敵中横断二九六千光年   作:島田イスケ

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最功労者

ああなんてことだよと、焼けるギョウザを前にして古代は重い気分だった。どうも話がおかしいと思っていたらなんとまあ、森ユキ船務科長ドノの管理が始まってたってわけかい。そうだよなあ。罰とかなんとか言ってるけど、ほんとはおれをイビりたいんだろ。ギョウザを焼く程度の仕事も気楽にやらせてくれんとは……。

 

にしてもな、と古代は思った。わからん女だ。森ユキか――手元に置いた冥王星の色のカクテルに眼を走らせる。ひょっとしてこの彼女が自分が飲んでいる酒と同じものを持ってきてやると言ったなら、おれは喜んで『ハイ』と応えていたのだろうか。

 

まさかな。それはないだろう。この彼女こそこの数日――いや、地球を出てからずっと、船の誰より働いてきたのだ。それは、おれにもわかる。このパーティが今できるのも、この彼女の尽力のたまもの。

 

そのくらいは誰に教えてもらわなくてもおれにだってわかるってもんだ。なのにこの彼女の方じゃ、それがわかってないんじゃないかな。ボンクラにはそんなことすらわかるわけないという考えでいて……。

 

よそう、と思った。つまらない話だ。おれからすればどうでもいい女だ。どうせこちとら地球に生きて帰れるかどうかわからぬ戦闘機乗り。対してこの船務科長こそ、船が地球に帰りつけば人類を救った旅の最功労者。それはこの〈ヤマト〉のクルーみんながよくわかっていること……。

 

そうだ。だからおれはせいぜい今はギョウザを焼くとするさと思った。おれは別に『人類が救われたのは君のおかげ』と言われたいわけじゃないのだし……。

 

「古代」と島が言った。「けどなんだな。このパーティが今できるのも、お前のおかげかもしれないな」

 

「はん?」と言った。「ギョウザのことか?」

 

「違うよ」

 

「いや、これは、言われてただ焼いてるだけで……」

 

「だから違うって。冥王星だよ。〈スタンレー〉を越えられたのは、古代、お前のおかげって話だ」

 

「だから、それもな」

 

「『敵を討った』という意味じゃない。戦う前だよ。ワープのときにお前がやったろ、『おれは生きて帰る』って。あれがなければ、果たして勝てたものかどうか。勝てたとしても……」

 

「ええ」と新見。「このパーティ、今はできてないかもしれない。そういう話ですよね」

 

「そう」

 

と島。古代は「いや……」と言ったがしかし、それ以上の言葉は続けられなかった。

 

「うん」と太田。「あのときほんとは、みんな内心怖かったんだ。〈スタンレー〉には罠がある。〈ヤマト〉が沈めば地球は終わり……だから本当は怖かった。できるもんなら逃げたかったよ。あのとき君があれをやってくれていなけりゃ……」

 

「うん」

 

と相原。他の者も皆頷いた。森でさえ、シブシブという調子であるが。

 

「いや」と古代は言った。「そんな。おれだって……」

 

「わかるよ」と南部。「ヤケクソで言っただけだと言うんだろう。そういうもんさ。でもあのとき、誰かが嘘でもああ言ってくれていなけりゃ……」

 

「勝てたかどうかわからない」と相原。「たとえ勝っても、犠牲はもっと大きなことになっていて、このパーティはできてないかも……」

 

「そういう話だ」と島。「あのときあれができたのは、お前しかいなかった。他の者じゃダメだったんだよ。だからそれだけは、お前のおかげだとおれは言うんだ」

 

言って森に眼を向ける。この場にいてこの件で何も発言していないのは森だけだ。

 

「そうね」と森は言った。「あと、ギョウザを焦がさないこと」

 

「あ」

 

と言った。ギョウザの〈羽根〉が焦げ付きだしてる。急いでヘラですくい取った。

 

その作業を見守るようにしながら森が、また「そうね」とつぶやいて言う。

 

「〈スタンレー〉ではケガ人が多く出たけれど、死者はごく少なくて済んだ。クルーが二十人足らずに戦闘機のパイロットが五人というのは、想定を大きく下回っている。本当は倍の犠牲を覚悟していたし、一時はそれ以上のことになるんじゃないかと……」

 

古代は頷いて聞きながら、またグダグダと細かい話が始まったなと考えていた。この女はやっぱりほんとに、口を開けばこういう話しかしないな。犠牲が少なく済んだのは自分達艦橋クルーの働きのおかげだとでも言いたいんだろうか。

 

そのあたりの事情はやはり、結城などに聞かされていた。冥王星の戦いで、〈ヤマト〉は千百のクルーのうち四百もの死傷者を出した。その多くが砲雷科員や機関科員、レーダー機器などを操る者達であったため、船は一時は完全に戦闘力を失うところまでいった、と。

 

それを立ち直らせたのが、個々のクルーの働きもさることながら、いま自分の眼の前にいる艦橋士官であるのだろう。だからそんなの、念を押して言われなくてもおれはちゃんとわかってますよと古代は森に言いたい気がした。おれが〈魔女〉を討てたのだって、あなた達が道を示してくれたからですよ、と。

 

「ただ……」と森は続けて言う。「そうなったのは、敵の方が〈ヤマト〉を沈めさすのでなく座礁させる策を取ったからだけど。〈ヤマト〉の秘密を奪うために、乗組員を殺すより多くをケガさせようとした。狙い通りになったからこそ、あれだけやられても死者はごく少なくて済んだ……」

 

「まあ」と新見。「それを言うなら敵にそう仕向けさせたのは艦長ですから、すべては沖田艦長のおかげなのでしょうけれど」

 

「うん」

 

とまた相原が応え、それに皆が頷いた。

 

それぞれの手にしている酒を飲む。そうだ。すべては沖田艦長のおかげなのだという思いを今あらためて口に噛み締めているように見えた。そのようにして飲みさえすればこのニセ酒も本物の美酒に変わるとでも考えているように。

 

しかし古代はホットプレートにギョウザを並べているところだったので、そのままその作業を続けた。

 

沖田か、と思う。確かに、敵に勝てたのは、結局のところすべてはあの艦長の力ということになるのかもしれない。このパーティが今できるのも。

 

だが古代は、皆と同じに頷く気にはなれなかった。

 

冥王星の戦いで〈ヤマト〉は多数のケガ人を出したが、その大半は軽傷であり、包帯を巻いただけですぐ配置に復帰できた。だからこそ速やかにマゼランへの旅を始められたし、このパーティもできている。それは〈機略の沖田〉と呼ばれる男のまさに機略のたまものだ。クルー達が沖田を讃え、畏敬を込めてその名を呼ぶのもむべなるかなという気はする。

 

だが――と思う。旅はまだ始まったばかりだ。やっと一回、一光日のワープをやっただけのところだ。眼の前のホットプレートにギョウザのタネを敷き詰めながら、果たして本当にこんな旅が成し遂げられるものなのだろうかと古代は思わずいられなかった。

 

このパーティでギョウザを出すのはギョウザのタネを作って焼くのも英語の〈ワープ〉であるからだという。いま眼の前のプレートにざっと五十ばかりのギョウザ。おれが最初にタネをこしらえあげたときにはまったくきれいに形を整えるなんてことはできなかった。

 

マゼランとの往復は何百というワープの連続の旅だという。そんなの、果たしてできるのだろうか。いや、たとえできたとしても――。

 

沖田のおかげで、冥王星では犠牲が少なく済んだという。だが、それがなんだというのだ。別に沖田はクルーのためを思ってそのような戦い方をしたのじゃあるまい。ここで犠牲を多く出せば旅が遅れることになるから、それを避ける策を講じた。地球へ帰った暁に、人類を救ったのは自分の力としたいからだ。

 

そんなふうに思えてならない。犠牲を出したくないのなら、冥王星など迂回すればよかったのだから。

 

『〈スタンレー〉に行く』と決まるたった一日前にはむしろ、この船の中は迂回派の方が優勢だったはずだ。それが地球で内戦が起こり、敵が逃げたことによって、『行こう』という話に変わった。それも沖田が仕組んだこと。

 

だが、と思う。実のところ、あのとき怖くてたまらなかったと今になって太田は言う。あのときおれが船底(ふなぞこ)で叫ばなければ〈ヤマト〉は勝てず人類は終わりとなっているかもと言う。だから怖くてたまらなかった、と――。

 

皆がそうだったのだろう。こうして今にパーティなんかできるのはおれのおかげで沖田のおかげだなんて言うが、しかし――。

 

最後のあれはどうだ。あの戦いで、おれは最後にトンネルに飛び込めと命じられた。それが沖田の命令ならば、同じじゃないのか。おれの兄貴が死んだ戦いの状況と。

 

〈メ号作戦〉。そのとき、沖田はおれの兄貴に死ねと命じて自分は逃げた。そしてこの前の戦いでは、おれにトンネルに突っ込めと言った。基地を完全に破壊するには他に方法がないからといって。

 

あのときは、無茶だと思いはしたがそれでも考えた。『やってやるさ』と――ここで死んでも構うものかと。しかし、後になって思う。兄貴もそうだったのだろうか。そのとき、兄貴も沖田の(めい)に従い応えたのだろうか。はい、提督。行きます。おれに行かせてください。あなたの盾として死ねるなら自分はそれで本望です、と……。

 

バカな。とすれば、それこそ最も愚かな軍人。撤退するなら撤退で、旗艦を護って共に退くのが最後に残った僚の務め。その途中で死んだというなら話はわかるし立派な最期と言えるだろうが、一隻だけで無駄死に特攻するなど到底――。

 

正気の沙汰ではない。なのに沖田は、兄貴にそれをやらせたのだ。そんな男がどうして信用できるものか。

 

そう思っていた。「古代」と名を呼ぶ声がしたが最初は自分とわからなかった。

 

「古代」

 

と、二度目に呼ばれてハッと我に返る。

 

「なんだ?」

 

と言った。見ると島だ。指で何かを差している。

 

アナライザーだった。手に何やら角張った妙な機械を持っている。

 

カメラだった。ただしおそろしく旧式なやつだ。木の箱に皮の蛇腹が付いていて、レンズがこちらを向いている。横にいくつものツマミやダイヤル。反射傘付きのフラッシュガン。

 

そうして言った。「皆サン、ゴ一緒ノトコロデ一枚イカガデスカ」

 

どうやら記念撮影係をやっているらしい。カメラがやたら旧式なのは演出で、本当は自分の〈眼〉で視て電子頭脳に書き込むものから静止画(スチル)を切り出すのだろう。

 

「ああ、頼むよ」島が言った。「ここは古代が中心でな」

 

「え?」

 

と言ったが、異存ある者はないようだった。ギョウザを焼く卓の前に六人の艦橋士官が三人ずつ左右に分かれて並び、エプロン掛けの古代が真ん中の構図を作る。

 

「撮リマスヨ」

 

フラッシュが白い光を放った。

 

と、そこで、

 

「あの、すみません。よろしいですか?」

 

声を掛けてくる者がいた。たまたま近くで見ていた通信科員らしい。同じグレーコードの相原が、

 

「なんだ?」

 

とたずねると、

 

「できたら自分も、古代一尉と記念の一枚をいただけましたら……」

 

「ああ」と言った。「いいよね?」

 

「え?」

 

と古代はまた言ったが、気づくとそのひとりだけではなかった。他に何人も、名も知らないクルー達が自分を見ている。

 

「あ、うん」

 

と頷いて言った。するとその者達が、ワッと歓声を上げて駆け寄ってきた。


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