敵中横断二九六千光年   作:島田イスケ

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家族のいない者の気持ち

ギョウザ焼きの仕事からやっと解放されたところで、古代は透明テントを出た。

 

パーティはまだ続いているが、あの場所に居続ける気はしなかった。自分には気疲れするばかりと感じる。

 

が、さてどうしよう。自室に戻る気もしないし……考えながら通路を歩いて、あらためて自分がこの艦内をまだロクに知らぬのに気づく。

 

当然だろう。太陽系にいた間は、自室と食堂と〈ゼロ〉のシミュレーター室、それにトレーニングの部屋をグルグルするだけ。それ以外を覗いて見ることなんてほとんどなかったのだから。

 

足が向くまま歩いていくと、やっぱりいつもの場所に着いた。トレーニング室だ。ずっと周囲の眼を避けて、山本に命じられるまま走り込みに器械トレーニングをやっていた部屋。どうやらここに慣れ親しんでしまったらしい。

 

ためらいつつも、やはり古代はまた中に入っていった。まさか皆がパーティに出るか地球との交信をしている最中(さなか)、こんなところで運動してるやつはいないだろう。いつものようにランニングでもしているか――。

 

そう思ったら、いた。先客がひとりだけ。

 

山本だった。ランニング・マシンの上で駆け足している。そのままマラソン大会に出たら、世界記録を出してしまうのじゃないかという勢いだ。

 

一緒にギョウザの焼き仕事からお役御免となったのだが、古代のようにモタモタせずにまっすぐここへやって来て運動を始めていたのだろうか。走りながら古代に気づいて意外そうな眼を向けてきた。

 

そして器械を止めようとするのに、

 

「あ、いや」と古代は言った。「いいよ、続けて」

 

「はい」

 

応えて走り続ける。古代はパイロットスーツのままだが、山本は運動服に着替えて上はタンクトップだ。

 

女のものとは思えないような筋肉質の太い腕が走りに合わせて振り動かされる。これで胸に脂肪がついたら神の御業(みわざ)に違いないがそんな有り(がた)き現象は見れない。

 

ともかく、その手がさっきまでは、古代の横でギョウザを焼くため動いていたのだ。そのときに見た横顔も、いま同様に一心不乱というようすだった。トレーニング・ルームの中に、ただ山本の駆け足と呼吸の音だけが響いている。

 

古代は言った。「交信はいいの?」

 

「はい。わたしには地球に話す相手はいません」

 

「そうか。君も遊星で?」

 

聞いたが、山本はすぐには応えなかった。しばらくしてから「ええまあ」と言った。

 

古代は少し妙なものを感じたが、しかしそもそもおれがまずい質問をしたのだろうと思い直した。大体、『君も』と聞いたけれど、

 

「ごめん。おれがガミラスに家族をみんな殺られたなんて話したことはなかったよな」

 

「いえ……」

 

と山本。しかしそうだ。地球を出てから僚機としてこれまで一緒にやってきたのに、お互いの身の上を語り合ったことなどない。それをいきなり、『君も』も何もないものだ。

 

そう思って古代は言った。

 

「家族が死んでおれだけ生きてる。そんな人間の気持ちなんて誰にもわかるわけがない。そんなふうに思ってきたけど……」

 

しかし、と山本を見て思う。そんなふうに体を鍛え上げながらどんな気持ちでいるんだろう。

 

まるでわからん。やっぱりおれと同じように、家を出てフラフラ歩いているところにでも親が遊星で死んだのだろうか。そうしておれと同じように、行き場がなくて軍に入ったのだろうか。

 

しかし、たとえそうだとしても……。

 

おれと山本じゃまるきり違う。それは確かだ。この女が何を考えているのやらまるで推し量ることもできない。

 

それを言うなら森というのもなんだかわからん女だし、それ以外の誰にしたって――。

 

〈ゼロ〉の整備員の大山田の顔を古代は思い出した。内戦で親の生死も不明だとさっき話していったときのあの表情。

 

今、あいつはどんな気持ちでいるんだろうか。船務科員の結城はどうだ。あの子にしても、あれやこれやと働きながら地球の家族の身を案じているようだった。

 

地球では、誰もが日々濃度を増してく放射能の水を飲んでいる。特に子供や老人の身を(むしば)んでいきながら。

 

〈ヤマト〉がどんなに急いでも手遅れの者が必ず出る。いや、間に合ったとしても、健康被害を受けずに済む者はいない。地球に家族を持つこの船の乗組員は、誰もがそれを思わずにはいられない。

 

今日のパーティを見てあらためてそれがわかった。わかりはしたが、

 

「どうなんだろうな」古代は言った。「ガミラスに家族を殺されちまった者と、まだ地球で生きてる者と、どっちの方が(つら)いんだろう」

 

「わたしにはわかりません」

 

言って山本は走り続ける。眼はまっすぐに前へ向けられ、古代にはもう視線すら寄越さなかった。


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