敵中横断二九六千光年   作:島田イスケ

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「うーん、なるほど。こりゃあひでえ。どうしたもんかな」

 

と斎藤は言った。頭に機械いじりの際に被る作業帽。青い船内服の上に作業用のベストを着けて、〈ヤマト〉艦内の〈畑〉に来ている。

 

〈畑〉といっても土などはない。促成野菜の水耕栽培農場であり、その内部はパン焼き工場か何かのようだ。食パンを焼く型のような長方形の栽培容器に野菜の種と肥料をこねたパン生地状のゼリーを入れて、パン焼き窯のような光合成室に入れ、上から光を当ててやれば、ニンジンでもほうれん草でも出来上がる。パンと違って『十五分で』というわけにはいかず、収穫まで十五日ほどかかるのだが、そのシステムが冥王星の戦いで大きなダメージを受けたのだ。

 

「ひどいでしょう」森が言った。「何から何まで凍ってしまって、歪んだりヒビが入ったり……水を使うものですから、ひとつ狂うともう全部がダメになるのに……」

 

「まあね、わかるよ」

 

斎藤は言った。狭いスペースでできる限り多くの野菜を育てるために、〈畑〉の中はまるで立体駐車場かウォーク・イン・クロゼットかという塩梅(あんばい)になっている。金属製の棚に何段も栽培コンテナを並べて固定し、水と光を与えるのだ。すべてのものがあるべきところにあるべきように隙間なくカチリとはまるように造られており、ズレたり水がこぼれたりしない。

 

ゆえに、そこにちょっとガタが出来てしまうとすぐに、ズレが新たなズレを生んでそこらじゅう水がこぼれることになるのだ。そして斎藤の見るところ、今はすべてがガタガタという状態になっていた。

 

原因は無論先日の戦いだ。あのとき、〈ヤマト〉は冥王星の海に潜って全艦内が冷凍庫と化した。この設備はその影響をモロに受けているのである。

 

森の言うように何もかもが歪んでヒビが入ったりしている。栽培コンテナを架から引っ張り出そうとしてもひっかかって動かないし、無理に出したら同じところに戻せない。

 

曲がってしまったパイプから水がポタポタと垂れている。その配管はまるでアミダくじであり、しかも立体に交差するのだ。

 

「こりゃいかんな。どうしたもんだろ」

 

と斎藤は、さっき言ったのと同じことをまた繰り返して言った。

 

森が言う。「直さないと野菜が育てられないんです」

 

「うん」

 

「合成でんぷんや合成肉の製造装置もやっぱり凍ってしまったでしょう。あっちはすぐに直せるという話でしたが……」

 

「こっちのはだいぶかかりそうだなあ」斎藤は言った。「けど、野菜が食えないからって、壊血病(かいけつびょう)になるわけでもねえだろう」

 

「それはそうです。でもやっぱり、なんとかしないと食料が足りなくなってしまうんですよ。ここで野菜が育てられないのであれば、両舷の展望室を〈菜園〉にしなきゃならなくなるかも……」

 

「ははは」

 

「それだって、種があればの話ですけど」森は言った。「冥王星では生育中の野菜がみんな凍ってダメになったんですが、それはまだいいんです。それ以上に問題なのは野菜の種も凍りついてしまったことで、まだ生きてて芽を出す種がどれだけあるか……」

 

「ん?」と言った。「種が凍った?」

 

「はい」

 

「みんなダメになったのか。だったらここを直しても、植える種がないってことか?」

 

「いえですから、生きてる種がどれだけあるかもまだわからないんです。それを調べるためにもここを直さなけらばならないわけです」

 

「うーん、そんなこと言われてもなあ。他にも急いで直さなきゃいけないところがたくさんあるし……」

 

「それはわかってるんですが」

 

「それにそろそろ、おれの交信の時間なんだよ。今日くらいは部下も休ませてやりたいしな。悪いけど、この話はまた後にできねえか」

 

「はあ」と森。

 

「んじゃ」と言って〈畑〉を出てから、斎藤は、「しかしまあよく働くねえちゃんだよな」と小さくつぶやいた。分刻みで船の中を駆けずりまわってるとしか思えん。あれのダンナになる男はさぞ大変なこったろうな。


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