敵中横断二九六千光年   作:島田イスケ

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池の底から

いかにもシュルツは生きていた。

 

冥王星の戦いで〈ヤマト〉に敗北しながらも、彼は死なずに命長らえていたのである。

 

すべては基地に備えられた脱出システムのおかげだ。冥王星のガミラス基地は、地球の池や湖に生える蓮のような構造をしていた。液体窒素と液体メタンの〈池〉の中を司令室が、蓮の花が茎で蓮根と繋がるように、他の設備とチューブで繋がり漂っていたのだ。

 

〈ヤマト〉との戦いにおいて、最後までシュルツはそこにとどまり続けた。最後まで――至近距離から〈ヤマト〉に砲撃を浴びせられ、まさに巨大な蓮の花が花托の中の種を水鳥についばまれるがごとく、徹底的に打ち倒されて〈水〉に沈められるまで。

 

最後のときに〈ヤマト〉の主砲が放ったビームは、ガミラス基地司令室の芯を貫き打ち砕いた。シュルツは確かにその寸前のときまでそこにいたのだった。

 

わずかにほんの数秒前まで――けれどもしかしその部屋は、下にチューブが伸びていたのだ。連絡筒はイザというとき脱出路の役を果たすように造られていた。ガミラス基地司令室は全体がいくつもの厚い装甲に鎧われており、たとえ〈ヤマト〉の主砲によって撃たれようとも数発ならば(はじ)き返すだけの強度を備えていた。

 

数発ならば――数十発なら持ちこたえらえはしないが数発ならば。

 

〈ヤマト〉の主砲の直撃をたとえ十発喰らおうとも、シュルツの居た中心部には届かない。二十三十とブチ込まれ完全に破壊し尽くされるまでに、連絡筒に飛び込んで〈池の底〉へと逃げる時間は充分にあったのである。

 

冥王星のガミラス基地は、窒素とメタンが固体化した氷の地盤を解かし〈蓮池〉とした造りをしていた。遊星投擲のエネルギーをも生み出す動力炉の熱が、窒素とメタンを温め続け、液体でいられるようにしていた。

 

その動力炉も〈ヤマト〉の戦闘機部隊に破壊されてしまい、〈池〉は再び凍結することになったが、しかしさすがにすぐそうなるわけではない。〈池〉の底の泥にうずまる宇宙船ドックを浮上させ、部下を連れて星を出るのに充分なゆとりはあったのだ。

 

冥王星でシュルツは敗けた。敗けたがしかし生きている。基地を失くしたが戦力はほぼそっくり残っている。

 

百隻あった宇宙戦闘艦のうち、冥王星で殺られたのはたった三隻だけなのだ。シュルツは地球と戦う力をまだまだ持っていると言える。

 

しかし――。

 

「残る戦力は空母一。重巡十二。後は軽巡と駆逐艦、それに潜宙艦といったところです」と副官のガンツが言う。「戦艦なしに〈ヤマト〉とまともにぶつかっても……」

 

「勝てないというわけでもあるまい」シュルツは言った。「『戦って死ね』だ。それが総統閣下のお言葉だそうだ」

 

ベムラーとの通信で、体中の脂をすべて搾り取られてしまったような表情だった。

 

シュルツとガンツは、今、ガミラス宇宙空母の作戦司令室にいた。地球人の単位で言うならば直径400メートルになる十字型の巨大空母。〈ヤマト〉が地球の大地から飛び立とうとしたときに、ドリルミサイルで事前に破壊すべく送った船と同型のものだ。

 

シュルツが持つ戦闘艦で超大型の船と言えば、もはやこれだけとなっていた。後は全長200メートルの重巡が十二。150メートルの軽巡が三十。

 

他は小型のザコ船だ。それで〈ヤマト〉とぶつかって果たして勝てるかどうかと言えば――。

 

勝てる。もちろん、勝つことはできる。〈ヤマト〉と言えどもこれだけの数で一度に向かえば多勢に無勢だ。戦闘機に対艦ミサイルを抱かせて空母から送り出し、十二の重巡で〈ヤマト〉を囲んでドカドカ撃ちまくってやれば、撃沈とは行かないまでも〈ヤマト〉をズタボロにしてやれるだろう。もはや戦う力を完全に失くしたところで、残った船で押さえればよいのだ。

 

〈ヤマト〉がそうさせてくれるのであれば――しかしそれが問題だった。

 

「〈ヤマト〉は決して、我々と戦おうとはしないでしょう」ガンツが言った。「あれは逃げ足の速い船です。巡洋艦で囲もうとしても、スルリと(かわ)して行ってしまうだけ。おそらく、こちらは二、三隻を(またた)くうちに沈められ、やつの方はほとんど無傷。可能な限り交戦は避け、目的地への旅を急ぐ考えなのに違いない。それでは手の出しようが……」

 

「目的地か」と言った。「その〈イスカンダル〉とやらだが……」

 

「間違いなく〈×××××××〉です」

 

ガンツは言った。言ったが、これは地球の日本人にはまず発音できず、耳で正確に聴き取ることもできぬ言葉だ。いや、案外ひょっとして、どこかの県の(なま)りがある者ならできたりするかもしれぬがともかく、無理にカタカナで書いたら〈エウスカレリア〉とでもするところだろうか。

 

エウスカレリア――しかしやはり、人によっては〈イースカディ〉〈エスカンデリア〉などと聞こえるかもしれない。〈アレキサンドロス〉が英語で〈アレキサンダー〉、古代インドで〈イスカンダル〉となるように。〈ヤマト計画〉でその名前は、その大王を意味するコードネームということになっているが、

 

「ですが、まあ、ここのところはやつらに合わせてイスカンダルと呼んでやることにしましょう」

 

ガンツは言い、そして続ける。

 

「〈ヤマト〉はまっすぐ〈○○○○○○〉を目指していると考えれる――やつらが〈マゼラン〉と呼ぶ小銀河を。よくもふざけた名前を付けてくれたものだ。〈イスカンダル〉にせよ〈マゼラン〉にせよ、来られる側の(たみ)からすれば〈侵略者〉を意味するのですが……」

 

「結局、〈大和〉という船が、そういう船ということだろう。〈大和民族〉とかいうやつも」シュルツは言った。「そんなことはどうでもいい。要は〈ヤマト〉をそこに行かせなければいいのだ。この銀河から出さぬこと……」

 

「はい、もちろん」

 

「我らが国へ帰れる望みも、ただそれだけということだ」

 

「もちろんその通りであります」

 

とガンツは言った。〈○○○○○○〉――そのガミラス語でマゼラン星雲を指す呼び名も、無理にカタカナで書いたなら〈バルダナ〉というところだが、

 

「ひとつだけ……」シュルツは言った。「〈バルダナ〉へ行くのならばひとつだけ、船が必ず通らねばならぬ場所があるだろう。だからそこで待ち伏せれば、〈ヤマト〉を迎え撃つことができる。そこでだけはやつらにしても戦いを避けるわけにはいかないはずだ。我らとしても多大な犠牲を覚悟しなければならない場所だが、『戦って死ね』というのであれば……」

 

「はい」とガンツは応えて言った。「あの海峡ですね」


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