敵中横断二九六千光年   作:島田イスケ

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マジックミラー

「古代君」

 

と森が言う。くん、という呼び方は女が親しい男を呼ぶときの君付(くんづ)けでなかった。先輩格の人間が『○○君、キミねえ』と上から呼ぶときのコダイクンだ。

 

「あなた、戦争が終わったら、模型飛行機の色塗りで食ってく気じゃないでしょうね」

 

「いや、そんな……」

 

言いながら古代は横を見た。壁に大きな鏡があり、自分と森が机を挟んで向き合う姿が映っている。

 

船務科は艦内の保安を(つかさど)るのも役目であり、森を長とする彼らが尋問など行うための部屋なのだろう。この鏡はマジックミラーで、その向こうからこちらのようすを観察できる構造なのだ。

 

何もこんな部屋に連れ込まなくてもいいじゃないかと思う。それにこの人、今なんつった。『戦争が終わったら、どうやって食ってくか』と、そう聞いたのか?

 

おれに? 戦闘機乗りが生きて地球に帰れるのか?

 

そんなこと考えたこともなかった。〈がんもどき〉に乗ってたときでも、おれはこいつに乗ったまま宇宙で死ぬことになるのだろうと思っていた。あるいは、どうせ結局いつかは攻撃機に乗せられてカミカゼ特攻することになるのだろう、と。

 

だから考えないようにしていた。考えたくなかったからだ。〈コスモゼロ〉はおれのプラモじゃないだって? そうかな。あれはもうおれのプラモデルなんじゃないのかな。だからおれが色塗って構わないんじゃないのかな。

 

これに乗っておれは宇宙で死ぬんだから……そんなふうに思っていた。

 

トリさんの画を描きながら。そんなふうに思っていたが、決して深くそんなことを考えていたわけでもない。考えたくなかったから、古代はあまり深く考えないようにしていた。

 

なのに今この船務科長殿。『考えろ』とおれに言うのか。戦争が終わったならばどうするのかと。戦争前に、高校で、親や教師にさんざっぱら『お前は一生そのままでいる気なのか』と言われたように。

 

マジックミラーに映っている自分を見る。地球を出て一月(ひとつき)になるが、黒いパイロットスーツの自分を初めて大きな鏡で見た。他人の眼におれはこのように見えるのか、と今更のように思う。

 

加藤や他のパイロットらと着ている服が同じだから同じに見えるのだろうとなんとなく思っていたが、違う。いま見てまるっきりガキがジャージ服着てるみたいだ。まるでエリートっ気がない。

 

そりゃエリートじゃないんだから当たり前だ。そういうのは人間の内側から滲んで鏡に映るものだ。人の眼にも。おれって、他のクルーから、こんなふうに見えるのか。

 

輸送機飛ばしの軽トラあんちゃんそのまんま。それが肩にこんな記章付けちゃって、まるで全然サマになっていないじゃないか。おれが一尉で航空隊長なんてえの、やっぱりてんでおかしいんじゃないか。

 

そうだろう。なのに一体、こんなところでおれは何をやってんだろ。

 

そう思った。これじゃテレビのお子様向け特撮ヒーロー番組のバイク乗りの主人公なんじゃないか。誰が見たってそうなんじゃないか。てんで安ピカの、マンガっぽい、ただオモチャを売るためにいる正義の味方……。

 

それがおれなんじゃないか。おれ、こんなんでいいんだろうか。

 

古代は思った。そのときに森が言った。

 

「どこを見てるの。ちゃんとこっちを向きなさい」

 

「あ、はい」

 

「まったく……」

 

と言った。自分の腕の肘から下をさすったり掴んで(ねじ)るようにしながら何か考えている。

 

それから言った。「古代君」

 

「はい」

 

と応えた。古代君。もはや学校の女教師が、出来の悪い生徒に対してするような君付け呼びだった。どうやらこれがこの彼女が自分を呼ぶときの定番になりそうだなと古代は思った。

 

森は言った。「あなたには教育が必要なようですね」


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