「で、採点の結果ですが……」
と結城蛍が無重力下でもインクの出る宇宙船内用ボールペンの先をクリップボードに走らながら言った。そこになんと書かれたのか古代からは見えないけれど推して知るべし。
「想像以上に悪いですね。とてもこれまで長く宇宙を飛んできた人と思えません」
「そうですか」
「宇宙飛行士としての基本がまるで身についてない。軍人としても落第です。普通はこれじゃ士官になれないはずですし、なった後でも定期的に……」
「がんもどきは〈がんもどき〉を飛ばせりゃそれでよかったんです」
「その考えは捨ててください。今はこの〈ヤマト〉の士官なんですから。とにかくあたしが今日から教育係です。でもこれ、一体どうやって直していけばいいんだろう……」
「いやあおれなんか、やるだけ無駄じゃないかなあ」
古代は言った。するとキッと睨まれた。
「なんですかその言い方は。まずそこからダメなんですよ。だいたい士官が下に対して使う言葉じゃないでしょう。言い直しなさい」
「え?」
「今の言葉を言い直すんです。士官らしく!」
「え、えーと……自分にはやるだけ無駄ではなかろうか?」
「なんか」と言った。「これじゃあ、変なお店で遊んでるみたい……」
「おれもそう思う」
「とにかくですね。一尉には、野菜を採りに行くまでにもう少しなんとかなっていただかないと。あらゆることに人類を救えるかどうかが懸かってるんですからね」
「はい」と言った。「けど、『野菜を採る』ってどうやるの?」
「わかりません。わかるわけないじゃないですか。何もかもこれから手探りしてくんですよ」
「そんなんでやっていけるのか?」
「だから今から一尉にもシャキッとしろと言ってんでしょう。とりあえず明日までにこれを読んでおいてください。それからこいつのこっからこのページまで」
分厚いファイルを渡された。古代は受け取り、
こんなもの読めてたまるものか。読んでも理解できるものか。しかし古代が眼を窺うと結城は冷徹な調子で言った。
「それではよろしく。何かあったら森船務長に報告するよう言われてますので」
後はほとんど追い出されるようにして、古代は相談室を出た。結城はこの〈ヤマト〉の中でいちばん下っ端のはずなのに、どっちが上かわからない。
出たところで通路の向かいに置かれた椅子に、ギプスで固めた腕を首から布で吊ってる者が座っていて、驚いた顔で古代を見た。慌てて立ち上がろうとするものだから、古代も急いで手を挙げて制す。
見れば他にも松葉杖を突いてる者や、眼帯をしてる者達が、あちこちの椅子に座っていた。彼らの前には船務科のいくつも並ぶ相談室。
冥王星の戦いで負傷したクルーなのだろう。あの作戦では命にかかわる重傷者と、包帯を巻けば配置に戻れる軽傷者の手当が優先され、その中間のケガ人は放って置かれたという話は古代も耳に聞いていた。そんなクルーが百人ほどいるのだと。
だが実際にその者らを眼で見るのは初めてだ。ギプスをしながらあの甲板のパーティー特設会場に出ていけるはずもない。この数日は自室で寝ていて、今日か昨日にやっと起きれたというところではなかろうか。
今になって船務科員らが、その彼らのメンタルケアをしているということなのだろう。結城がギプスをした彼の名前らしきものを呼び、彼は古代に会釈してから相談室に入っていった。
古代も頷き返してから、さっきあの森雪がおれをあんな尋問用の部屋で責め立てたのはここが一杯で使えなかったからなのかなと思った。結城という子も本当はこの仕事に忙しくておれの教育係なんてするのは余計な役目もいいところなのかもしれない。
そうだよな、とまた思った。一尉で航空隊長なんて言ってもまるで威張れないんじゃないか。
威張ろうと思ったこともありゃしないが、でもなあ、やはり、おれが『士官らしく』なんて言っても……。
やはり全然ガラじゃないとしか考えられない。渡されたファイルの重さを感じながらトボトボ歩いた。
気づけばそろそろ当直が明けて非番になる時間だった。航空隊長と言えどもそれには隊の部屋でチェックを受けなければならない。太陽系にいた間にはそれすらやらずにいたわけだが――。
古代は航空隊室に入った。認識票を差し出して言う。「古代進」
「はい確認。トレーニング室に行ってください」
「はん?」と言った。「トレーニング?」
「はい。これから古代一尉は訓練ということになっています」
「えっと……今から非番じゃないの?」
「『非番』というのは休んでいいという意味じゃなく、待機時間であるわけです。古代一尉の予定は今から訓練です」
「誰が決めたの?」
「わたしです」
と横から声がした。いつの間にかそこに山本が立っていた。そして言う。
「〈スタンレー〉では勝てましたが、隊長は指揮官としてまだまだですから。と言うより、まるでなっていませんから。一から学び直してもらう必要があります」