古代は目の前に置き並べた名刺サイズの写真を眺め、じっと考え込んでいた。縦四列に札を並べて手に何枚か持ってる姿は、
だが、違う。見ているのはどれも人間の顔写真だ。4×8で32人のタイガー隊員。それに〈ゼロ〉の古代と山本。
合計34枚だが、その中から五枚を抜いて古代が手にしているために、机の上の並びはそこが歯抜けになっている。
古代は〈手札〉の五枚を眺めた。一枚一枚、裏をめくり返してみる。
冥王星の戦いで、タイガー乗りは五人が死んだ。この五枚はその死んだ五人の顔だ。
写真の裏には、彼らの姓名が記されている。しかし古代は、生前に顔をよく見たこともなかった。
この五人だけでない。加藤以外に誰ひとりとして――それでも、『ええと』と確かめながら、五枚のうちからさらに一枚を抜いてみた。自分の代わりにミサイルの雨を受けた隊員のものだ。
その光景を思い出す。『どうして』、とあらためて古代は思った。
どうしてこいつは身替わりになって死んだりしたんだろう。それはおれもあのときには考えもした、『ああいいとも』と。急降下で襲ってくるゴンズイ戦闘機の〈玉〉に対して、『撃てよ、ここで死んでやるさ』と。
むしろおれは生きてちゃいけない。ここで死なねばならないのだとすら思った。ここで死なねばすまないのだとすら思った。それまで人類を救うため戦い死んだ者達に。
おれが死んでも誰かが代わりに〈魔女〉を討ってくれるだろう。だからここで死んでやるさ、と――。
そう思った。なのに代わりにこいつが死んで、おれがいま生きている。どうしてだ。おれはこいつの名も知らず、知ろうとしたこともなかったのに。おれに隊長の資格なんかどこにもあるわけなかったのに。
「あのときは、あそこで一尉に死なれるわけにはいかなかったのです」
古代の考えを読み取ったように山本が言った。
「〈魔女〉はおそらく〈ゼロ〉でなければ討てないことは半ば予想されていました。〈タイガー〉に乗る者達は、イザとなれば〈盾〉になる覚悟を元から決めていました」
「そりゃあそうなんだろうけど、おれはこいつのことをなんにも知らないんだぞ。こいつだってそれを知ってたはずなのに……」
「古代一尉のためにそうしたのではありません。地球のためです。人類を救うためにああしたのです」
そのセリフをどこかで聞いたな。それも、同じ山本の口から。いつだったかな……と思ったが、思い出せない。あまりにこの一ヵ月間に多くのことがあり過ぎたのか。
代わりに言った。「じゃあ、こっちのはどうなんだ」
「『こっち』、と言うと?」
「ええと……墜ちたうち最初の二機は、急降下で殺られたんだよな。でも、最後の二機はどうだ。トンネルの蓋を開けておれと君を出させるために墜ちて死んだ……」
「はい。そのように聞いております」
「なぜだよ。おれと君が死ぬか、そのふたりが死ぬか、それだけの違いじゃないか。数は同じ〈2〉じゃないのか」
「そうですが、やはり……」
「おれはこいつらの名も覚えられそうにない。なのにおれが隊長なんて……」
「いま生きている者を覚えたらどうですか。それが彼らのためと思えば」
「そうなのかな。でも……」
「かるたが取れるなら覚えられるはずです」
「そりゃあ」
と言った。けれど、と思った。前に並べた自分と山本を含む29枚の写真。大きさはかるたの取り札とほぼ同じだ。〈札〉を並べたその見た目は競技かるたのようでもある。
「でも」と言った。「誰がD1で誰がF4だとかなんて……」
「それもかるたが取れるのならば覚えられるはずです」
「そりゃそうかもだけれどさ」
写真の一枚を取り上げて、裏の名前を確かめてみた。確かに昔にかるた取りを一から覚えさせられたときは、取り札の裏にそれぞれの歌が全部書かれたものを練習用として使った。
しかし、
「特攻部隊の指揮官はこんなことはしないんだよな」
「そうでしょうね。覚えるヒマも必要もない……」
そうだ、と思った。木星や火星の基地でがんもどきの自分を小突いた戦闘機乗り達の姿を思い出す。
あの連中はカミカゼだった。対艦ミサイルを腹に抱いてガミラスを攻撃する作戦を続けたら、まず命は五回ともたない。それを承知で〈棺桶〉に乗りたがる者は後を絶たず、死ねば死ぬだけ補充される。
そんな部隊で部下の名前を覚える指揮官がいるわけがない。古代が基地に降りるたび、〈曹〉の記章を着けた者らを従えた三尉や准尉に嫌味を言われた。いやいやさすがに長く宇宙を飛んでおられる二尉ドノは操縦がお
腕が良ければ戦闘機を飛ばせるというものではない。ましてや隊の指揮官なんて。
古代は言った。「こんなのちょっとやそっとのことでできるわけがないだろう。ましておれなんか……」
「いいえ」と山本は言った。「それもかるたが取れるのならばできるはずです」