敵中横断二九六千光年   作:島田イスケ

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徘徊老人

迷路というのはそれが紙に書かれたものなら、上から見て指で解くのは簡単だ。しかし立体迷路の中に人が自分で入り込んだら、簡単なものも簡単でなくなる。〈ヤマト〉の艦内などは迷宮そのものであり、行きたい場所へなかなか行けずに同じところをグルグルまわってしまうというのはクルーの誰もが経験するところだった。

 

そしてそれは、艦長の沖田と言えども例外ではない。今、沖田は〈ヤマト〉の中でひとり迷子になっていた。

 

食堂を出て〈艦内娯楽室〉とやらを覗いてみようと思い立ち、『確かこっちの方だった』と思った角を右に曲がり、次の角を右に曲がり、その次の角を右に曲がるとなんと不思議なことに、元の食堂に戻ってしまった。なぜだ。どうしてこんなことが?

 

「何かお忘れ物ですか」主計科員に不審そうに尋ねられる。

 

「ああ、いや、別に」

 

とごまかして食堂を出て、しかしこれではボケ老人が食べたばかりの食事を忘れたみたいじゃないかと思った。そう疑われたのでなければいいが……考えながらふと周囲に眼をやって、『おや、ここはどこだ』と思った。いつの間にか艦内の全然知らない場所を歩いてしまっている。

 

恐慌にかられた。『いかなる危地に置かれても絶望せずに抜け出す道を見つける』と呼ばれる男が、今この時は何をどうすれば自分が置かれたこの状況を抜け出せるかわからない。

 

どうする。これは来た道を引き返すべきなのだろうか――しかし、また食堂に行ってしまうのは気が進まない。それにここまでどこをどう歩いてきたかも覚えていない。

 

いかん。これでは、まるで徘徊老人ではないか。さてどうしたものだろう……思いながら歩き続けて、横に階段があるのを見つける。

 

船の中で迷ったときに、そんなものをやたらと昇り降りするものではない。だが沖田は降りてしまった。

 

この歳では階段を一段一段降りるのも結構体に負担がかかる。やれやれ、動く椅子でもあって、ボタンを押せば船の中のどこにでも運んでくれるようならいいのに――そう考えてから、それはまさしく老人用の介護椅子ではないかと沖田は思い直した。なんの負けるか。これくらい、ちゃんと下まで降りてみせるわ。

 

やっとのことで階を降り、見ればその先は機関室だった。沖田は中に入ってみた。巨大なエンジンが唸りを上げて、機関科員らがそのまわりで立ち働いている。

 

ふうん、と思いつつようすを眺めた。近くの制御盤に眼をやるが、何が何やらサッパリわからない。

 

「艦長、何か御用ですか」

 

こちらを向いて沖田に気づいた機関科員が驚いた顔をして言った。

 

「あ、いや。なんでもない」

 

と慌てて沖田は言った。逃げるように機関室を後にする。

 

「ビックリした。どうしたんだろ」などと、機関員らが交わす言葉が背中に聞こえた。


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