敵中横断二九六千光年   作:島田イスケ

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タコに食われると思ったからだ

「コロンブスの航海で、船員が反乱を起こした話があるでしょう」

 

と目の前に座る男が言うのを、結城は『おや』と思って聞いた。『反乱』などという言葉を冗談にでも口にする者がいたら注意せよと命じられている。

 

手元のタブレットに眼を落とした。《藪助治一等機関士》の名前がある。

 

船務科の相談室だ。外宇宙への航海を始めるにあたって、クルー全員のメンタルチェックを行う。いま結城がこの機関員と差し向いになっているのは彼が自分に割り当てられた人員のうちのひとりだからだが、

 

その藪が言う。「お話ではよく、船員達はみんな地球は平らなんだと思っていた。海は先で落ちてると思っていたから反乱した。なんてことになっているけど違うんだよ。だったらそもそも最初から、そんな船に乗るわけないじゃん。船に乗ってりゃ海面が丸くたわんでいるのはわかるんだから船乗りは、世界は大きな玉なんだと考えていた。コロンブスに反乱したのは神の怒りを恐れたからだ」

 

「神の怒り?」

 

「うん」と言った。「コロンブスはジパングまで十日(とおか)の距離とかなんとか言って船員達を騙していた。でも本当はその倍かかると思っていたし、それどころか三十日四十日と経っても全然陸地が見えない。そのうえにサルガッソーに捕まって先に進めなくなってしまった。で、船員は考えたんだ。『これは神の警告だ』って。神は世界を丸く造りはしたのだろうが人には平らと思わせておきたい考えなんだ。だから船で西回りに東に行くのを許さない。引き返さねば神の怒りに触れてしまう、と……」

 

「タコですね」結城は言った。「〈サルガッソー〉と言えばタコでしょ。でっかいタコに捕まって船ごと食われる。そう考えて反乱した!」

 

「笑いたきゃ笑えよ」

 

「あ……」と言った。「ごめんなさい」

 

「いや……でもまあ、そういうことだよ。大ダコに捕まって食われると思ったから反乱したんだ」

 

「あははは」

 

と結城は笑った。藪もちょっとだけ笑顔を見せたが、

 

「こんな航海がほんとにうまく行くと思う?」

 

「それを言われると困るんですけど」

 

「そうでしょ。なんだか地球では、〈イスカンダル〉はマゼランにあるって話が広まってるみたいだけど」

 

「らしいですね」

 

「おれも交信で親に言われた。マゼランじゃなくアンドロメダに行く話になってたけどね。『本当か』って」

 

「なんて応えたんですか?」

 

「だから、『機密だ。言えない』だよ。とにかく、地球じゃかなり話が漏れちまってる。で、言ってる人間もいる。〈イスカンダル〉は一体どういうつもりなんだ。なぜ『コスモクリーナーを取りに来い』なんてことをするんだ。『〈地球人を試す〉なんていうのは理由にならないだろう』と」

 

「うーん、やっぱり、そういうことを言う人間も出ますかねえ」

 

「そうだろう。で、はっきり言うけれど、その考えは決しておかしくないと思うよ」

 

「それはまあ」

 

「地球人に〈コア〉を渡すが〈コスモクリーナー〉は渡さない。『欲しけりゃ取りに来い』と言う……〈イスカンダル〉がそんなことをやる理由はひとつしか考えられない。『地球人を試すため』なんていうバカげた理由じゃもちろんない」

 

藪は言った。それから続けて、

 

「波動砲だ。地球人に〈コア〉を渡せば必ず波動砲を造る。ガミラスには造れぬらしい波動砲を、地球人なら造って船に取りつけられる。〈イスカンダル〉は宇宙のアレキサンダーなんだろ。〈大王様〉は地球人に波動砲を造らせ持って来させたかった。こんなことをやる理由はそれ以外に考えられない……そんなふうに言う者もいる」

 

「ええまあ」

 

「はっきり言うけど、おれはその考えは決しておかしくないと思うよ」


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