敵中横断二九六千光年   作:島田イスケ

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詰問

「君の兄か。あれは立派な最期だった」

 

と徳川が言う。対して古代は言った。

 

「そんな言葉が聞きたいのではありません。おれの兄貴は……」

 

「まあ待て。そうか。君は真相を知らんのだったな」徳川は言って、沖田を見やった。「どうだろう。彼は事実を知る権利があると思うが」

 

沖田は応えず、ただ小さく頷き返した。

 

「わしの口から言っていいのか」

 

「すまん」

 

とただ一言(ひとこと)言った。すると横で真田が、

 

「その……」

 

「ああ、真田君も知るべきだろう。〈ゆきかぜ〉がなぜ敵に向かっていったかの話は、別に元々機密というわけでもなかった。世間の方で勝手に騒いで憶測が乱れ飛んでしまったために、事実を伏せねばならなくなってしまっただけだ。話が愚かな人間を刺激するのも明らかだったしな」

 

「それで皆が口をつぐんだ? なんとなくわかりますが……」

 

真田は言いながら古代を見てくる。古代も目で頷きながら、どうやらこの副長も詳しい事実は知らなかったようだなと思った。

 

それに、古代にもなんとなくわかった。この件では憶測が確かに乱れ飛んでいた。軍の中には『その艦長は旗艦を逃がすために盾になったのだろう。立派な最期だ』と言う者もいれば、『一隻だけが向かって行ってなんになる。捕虜になって自分だけ生きようとしたのじゃないか』などと言う者もいた。

 

その他たくさんの説を聞いたが、どれもがみんなバカらしかった。だから思った。その提督は本来ならば行かすべきでない最後の(とも)を突っ込ませ、自分は逃げてきたのかもしれない。そして『戦場は物事が思い通りに行く場所でない』と言い訳にならぬ言い訳をしているらしい……しかし、それがなんだと言うのだ、と。

 

どうせ人類は滅ぶんだろう。〈メ号作戦〉なんてもの、どうせ元々勝ち目などなかった戦いなのだろう。だから言ってもしょうがない、と。その最後の僚艦が自分の兄の船とは知らずに。

 

しかし、そうは考えない者もいた。軍はまだいい。地下の一般市民の中には降伏論者やガミラス教徒などと呼ばれる者達がいて、もっとはるかにイカレたことをてんでに(わめ)き立てていた。何を言っても嘘だとされて、カルトに走る人間を増やすだけのことならば、何も公表しないのが最善の道ということになる。

 

その理屈はわからなくもないことだった。だが、その時その場にいて、真相を知る人物が、今は仲間であるおれにそれを話してくれるという。

 

ならばそれがどんなものであれ、おれは受け入れられるのだろうか。わからない。聞いてみるしかないと思った。古代は横で聞いている沖田の顔を窺いながら、徳川が話を始めるのを待った。

 

徳川はしばらくどのように話そうか考える顔をしていたが、やがて口を開いて言った。

 

「〈ゆきかぜ〉の最期についてはいろいろと言われているな。最後に二隻残ったならば、本来ならば二隻ともに退却するか、二隻で特攻するのがスジだ。なのにどうして一隻が行って、旗艦だけが戻ったか」

 

「ええ」

 

「あのとき、艦長――いや、沖田提督は、『退()こう』と君の兄に言った。共に地球に戻ろう、とな。だが君の兄は命令を拒んだ。『イヤだ。それはできない』と言って、〈ゆきかぜ〉だけで突っ込んでいった」

 

「え?」と言った。「でも……」

 

「『それは立派な最期じゃない』と思うかね。そうかもしれん。彼は最後に、『それでは先に死んだ者に申し訳が立たない』と言った。『こうなったならひとりでも多く敵を道連れにして死ぬ』とも言った。そうだ。それは犬死にだ。〈ゆきかぜ〉が敵を討てる望みなど万にひとつも有り得なかった」

 

「それは」

 

と言った。しかし思った。同じだ、と。それはあのときおれが考えたことと同じだ。冥王星で、〈魔女〉へと続く道を辿(たど)っておれが考えたことと同じだ、と。

 

『いいさ、ここで死んでやる』――あのときそう思った。別に〈魔女〉――ビーム砲台の(もと)にまで着けなくても構わない。おれはここで死んでやると思った。ここで死なねば、おれが荷物運びをしていた間に死んだ者らに申し訳が立たないのだから――。

 

そう思った。だが、とも思う。それが結局、おれの代わりにひとり死なせることになった。身代わりになってミサイルを受けて、死んでいったタイガー隊員。

 

さっき写真を手に取って見るまで、顔も名前も知らなかったおれの部下だ。

 

「ミサイル艦に乗る者達は、元より誰も地球に生きて帰ろうなどと考えていなかった」

 

と徳川は続けて言う。

 

「あの戦いに勝てたなら、海が凍るのを止められて、南極の氷を解かして女と子らに与えられる。それで十年、滅亡の日を遠ざけられる……そう言われていた。それができる最後のチャンスがあの戦いだったのだ。だから君の兄にしても、ミサイルを射つことなしには決して帰らぬ覚悟だった――しかしそれだけではない。理由はもうひとつあった」

 

「は?」と今度は真田が言った。「ええと、〈コア〉のことでしょうか」

 

「うん? ああ、そうか。君にはそう言っていたかもしれんな」

 

徳川は言った。『君には』? なんのことだろうと古代は聞いて思ったが、しかし老人は続けて言う。

 

「それもあったかもしれないが、しかしわしがここで言うのはそれではない。君は知らなかったかもしれんが、『スタンレーには魔女がいる』と最初に言ったのはあの古代だ。『冥王星には罠がある。おそらくビーム砲台だろう。近づいたなら一撃に船は沈められてしまう』と……」

 

「は?」と真田はまた言った。「いや、ちょっと待ってください。だったらなおさら……」

 

「どうして向かって行ったのか。いや、『だからこそ』なのだよ。ミサイル艦に乗る者達は、それを聞いてみな言っていた。『ならばそいつにおれの艦が撃たれてやる』と。〈魔女〉がどこからどう地球の船を撃つ気でいるにせよ、一隻が犠牲になれば見てわかるだろう。だから自分がその犠牲になってやる、と、そういう考えだった。〈魔女〉が鏡を持ってるなんて、あのときはまさか知る(よし)もなかったからな」

 

「それじゃあ……」

 

「そうだ。あいつは艦長に――沖田提督に見せる気でいたのかもしれん。〈きりしま〉はたとえ作戦が失敗してもデータを採って持ち帰る任を背負わされていた。古代のやつは〈魔女〉の居場所を教える気でいたのかもしれん。そこまでならばたどり着けるかもしれないと……」

 

「それは」

 

とまた古代は言った。同じだ、とまた思った。それは同じだ。あのときに、加藤や山本と交わした言葉と同じ。

 

〈魔女〉にめがけて核を射つとき、おれが一番で山本が二番。と、そのときに山本は言った。『隊長のあなたは失敗してもいい。データを元に自分が次に』と。しかしそれは……。

 

犠牲を覚悟の道だと言った。しかしそういうものだと言った。〈アルファー・ワン〉のおれに死ぬのは許されず、死んでいいのは……。

 

「嘘だ」と言った。「そんなの嘘だ」

 

「え?」

 

と真田。『何を言うのか』という眼を古代に向けてくる。

 

そうだ、と思った。何を言ってる。おれは何を言ってるんだと古代は思った。けれども言った。

 

「艦長、どうして兄さんを連れ帰ってくれなかったんですか」

 

「え?」

 

と今度は徳川が言った。真田同様に『何を』という顔をする。

 

そうだ。おれはいま何を。何をスジの通らないこと言ったんだと古代は思った。違う。おれはそんなこと言おうとしたんじゃないだろう。

 

だが、出なかった。『間違い』だとか『取り消し』という言葉が口から出ない。

 

それどころか、古代は感じた。口を開けば、言ってしまうだろう。同じ言葉を。

 

どうしてだ。どうしておれの兄さんを連れ帰ってくれなかった。そう言ってしまうだろう。それを止められないだろう。なんで(まもる)兄さんを死なせ、あんたはそこで生きてるんだ。そう叫んでしまうに違いないことを、脳ではなく心臓で古代は感じ取っていた。

 

だから古代はそれ以上、何も言えずに黙っていた。沖田も黙って目の前に投影された像を見ていた。イグアスの滝。その夜景。〈悪魔の喉笛〉と呼ばれる滝の上で輝くいくつかの星々。

 

しばらくして沖田はデッキチェアを降りた。古代に背を向けて立つ。

 

「すまん」

 

一言(ひとこと)言った。そして部屋を出て行った。

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