敵中横断二九六千光年   作:島田イスケ

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藪助治の憂鬱

「エウスカレリア」

 

藪は言った。〈ヤマト〉船務科の相談室だ。

 

「〈イスカンダル〉のそれが正しい星の名前だと言うんだね。ただし地球人が正確に発音するのは難しい。日本人が聞けばそうなるかもだけど、英語を話す人間ならば〈イースカンディ〉とでもなるかもしれない。サーシャが〈イスカンダル〉をコードネームにしたのには、〈インドへの旅〉を意味するという他に元々読みが似てるという理由もあった……」

 

「そう」と結城。「さらに言えば、〈イスカンダル〉は古代インド語でアレキサンダー大王のこと、なんて言うけれど、昔のインド人がそれをどう発音してたかわかってるわけじゃありません。わかるはずもないこと……」

 

誰も録音装置を持ってタイムマシンで古代インドにまで行って、人が話す声を録ってきたのじゃないのだからだ。「うん、そりゃそうだ」と藪は応えて、それから、

 

「まあいい。〈イスカンダル〉でいこう。おれの親はイスカンダルは全宇宙をバラバラに壊してしまう計画なんだと本気で信じてるみたいだった。そんなこと言ってるやつが地球に結構いるのは知ってる?」

 

「もちろん。〈SML団〉団とか、〈S〇S団〉とか……」

 

「それだよ。おれの両親は、その手のやつにどうも入っちゃってるらしい」

 

「それは……なんて言うか……」

 

「イカレてるよな」

 

藪は言った。地球では波動砲の研究はかなり以前からされており、『完成すれば冥王星くらいの星は一撃に吹き飛ばせるのじゃないか』と早くから言われたが、その当時に結成されてガミラスの侵略により勢力を増した団体がいくつもあった。

 

それがその結城の言う〈SML団〉団とか、〈S(マル)S団〉とかいうものだ。〈SML〉とは『正義の味方LOVE』の略であるとかいう。なんで『ラブ』だけ英語なのかは不明だし、『エスマルエス』とは何かはもっと不明だが、他にも無数の集団がある。あの交信で知ったことだが、そのひとつに藪の父母は入団してるようなのだった。

 

彼らは叫ぶ。このままではセカイが終わる――すなわち、全宇宙が引き裂かれる。我らがそれを止めるのだ、と。

 

そして言うのが波動砲だ。『冥王星を吹き飛ばす力がある』と彼らは聞いてすぐさま言った。『なら、十発も撃ったなら、全宇宙が裂ける計算になりますね。決して造ってはなりません』と。

 

聞いて『はん?』と学者は応えた。『冥王星はごくちっぽけな星ですよ。宇宙というのがどれだけ広いか……』

 

『いいえ、ダメです!』と、ナントヤラ団の団長であるナントヤラ春樹とか春美とかいう名の人物。『ワタシが学んだところによれば、波動砲で冥王星を撃てば宇宙が消滅します。○○大学の××博士がそう唱えているのです。決して造ってはなりません』

 

『その博士は何を根拠に……』

 

『「何を根拠に」ですって。アナタ、バカですか。冥王星を一撃に壊す力があるんですよ。十発撃ったら宇宙が全部裂けるのは、学者じゃなくてもわかりそうなもんでしょうが。都知事の原口祐太郎も「撃っていいのは五発までだ」と言っていた!』

 

『冥王星十個が宇宙全体に相当すると……』

 

『そういうことを言ってるんじゃないですよ。その力は人類が手にしてならない力だということですよ。だから冥王星を撃てば、全宇宙が消滅する。どうしてこんな当然のことがわからない人がいるのかなあ』

 

藪の親は藪がオモチャの拳銃を買えば、『それを持ったら将来必ず銀行強盗をすることになる』と(わめ)き散らしてそのあまり、失神して寝込んでしまう人間だった。藪から見れは毎日同じ内容としか思えぬテレビの番組を眺め、宇宙人とか未来人とか異世界人とか超能力者が出るとすぐさまチャンネルを変える。そうした普通の人間が好むものに興味がないのだ。自分ら夫婦が毎日を何も変えずに過ごすことが世界の安定を維持するとでも考えているらしく、キャベツの値段が上がったとか下がったという程度のことで『この世が終わる。終わってしまう』とオロオロうろたえていた。

 

同じような人間が地球にたくさんいるのだろう。ひとりが言えば皆が『そうだそうだ』と言うのだ。『波動砲は撃てば宇宙を消滅させる。イスカンダルの目的はそれだ。地球人に波動砲を造らせて、自分の星に持って来させる。それが彼らの計画なんだ』と。

 

だってそうだろ。話がそもそもおかしいじゃないか。地球人類を救うためなら〈コスモクリーナー〉とやらを持ってくればいいのに、なんで『波動エンジンの技術をやるから』なんて言うんだ。技術を渡せば波動砲を造るとわかるはずなのに、彼らはそうは考えなかったとでも言うのか。

 

〈ヤマト〉がたどり着いたとして、イスカンダルの人間がもし言ったらおかしいぞ。『なぜです。どうしてあなた方はそれを造ってしまったのです』なんてなことを。そうだろう。

 

それはそこらのいじめっ子が、いじめ相手の鍵を奪って家に帰れなくさせてから、マンガでも万引させて現物を受け取り、『お前はなんてことをしたんだ。盗みは犯罪だぞ』などと言うのと同じだ。もちろん最初から、それが目的ということでしょう。

 

『そうなりますよね。違いますか』と〈S(マル)S団〉の団長は言った。地球人類を救うためなら、変なことせず最初から〈コスモクリーナー〉をくれればいい。なのにそうせずこんなことをやるというのは、地球人に波動砲を造らすのが目的という以外に考えることができないのです。

 

イスカンダルの波動砲は全宇宙を壊します。地球に使者を送った者はそれを眺めて楽しみながら自分も死ぬ気なのかもしれない。〈ヤマト〉をそこに行かすのは、恐るべき狂人の野望を叶えることになる――。

 

「イカレてるよな」

 

と藪はまた言った。

 

「自分達が世界を救う。世界を救える人間でいたい。自分に宇宙をまるごと変える力があると思っていたい。自分達の活動だけがセカイを護れるということにして、社会とは向き合わない。都合の悪いことは聞かない。見たいものしか見ない……」

 

「ええ」と結城。「でも言っていることに、スジが通っている部分もあるんですよね」

 

「それが厄介なんだよな。ひょっとしてイスカンダルの人間が、本当にいじめっ子みたいなやつだというのも考えられなくはない。波動砲を造らせといて難癖(なんくせ)をつけ、『非武装船で来たのでないならタダにしない。コスモクリーナーの代金としてその技術を寄越しなさい』なんてなことを言う気じゃないとは……」

 

言い切れない。そう思った。そもそもそれが目的で、初めからガミラスとグルじゃないとは言い切れない。こんな話はむしろそういう疑いを持つべきだとすら思った。

 

波動砲。ガミラスに造れないならイスカンダルも、たぶん造れないのだろう。地球だけがどういうわけか、造る技術を持っている。イスカンダルの目的は、地球からそれを取り上げ独占すること……。

 

そう考えれば辻褄が合わない気がしなくもない。支配階層の人間が常に考えることでもある。

 

弱いものいじめを楽しみながら、教師の前では優等生。そんな人間が大人になって、のさばってきたのが人類社会だ。イスカンダルがもしもそんな星ならば、地球の中の優等生はむしろ地球を売るだろう。

 

イスカンダルがいじめっ子なら地球を売ろう。対価として高い地位を求めよう――そんなことを考える者が必ず出る。この〈ヤマト〉の艦内にさえ、いないものとは限らない。そんな人間を目敏(めざと)く見つけ、重用(ちょうよう)するのが人類中のエリートの〈セカイ〉なのだから。

 

そんなふうに藪は思った。目の前にいる船務科の子は、うーんと唸ってそれから言った。

 

「それならそれでいいんじゃないですか」

 

「『人類さえ助かれば』かい? そりゃそうかもしれないけどさ……」


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