敵中横断二九六千光年   作:島田イスケ

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潜宙艦隊

「ダメです。また失敗だ」

 

次元ソナー士が告げる言葉を、ゾールマンはただ(うなず)いて聞いた。わざわざ教えてもらわなくても、彼の眼前にあるスクリーンパネルにも宇宙を遠のいていく〈ヤマト〉の指標が示されている。

 

「エンジンも限界です。これ以上の全力は維持できません。やったとしても……」

 

と機関士も言う。ゾールマンはこれにも頷くしかなかった。やはり教えてもらわなくても、エンジン出力を最大にして進ませているのにもかかわらず、船の速度が下がり始めているのを各種の計器が示している。

 

「わかった。追跡はいったん中止だ。他の船にも合図を送れ」

 

と言った。その場にいる者達がみな深いため息をつく。

 

ガミラス次元潜宙艦。六隻からなる艦隊のゾールマンは司令官だ。

 

彼の指揮する戦隊は、この数日、〈ヤマト〉の後をつけていた。波動技術に関する限り地球の上をゆく彼らには、今のところは〈ヤマト〉がワープするやただちに行き先を突き止め、後を(ひそ)かに追跡するのが可能なのだ。

 

『今のところ』は。今のところ〈ヤマト〉は一度のワープ距離を一光日・十光日と伸ばしている段階であり、まだたったの一光年も太陽系を離れていない。地球人が〈オールトの雲〉と呼ぶ領域にすら達しておらず、その意味ではまだ星系を出てすらいない。

 

そして一度のワープ距離をそれ以上にされてしまうと、もう後などたどれなくなる。もちろん、やつらの目的地は察しがついているのだから、必ず通るであろう場所で待つのは可能だが。

 

そして『今はたどれる』といっても、『今はたどれる』というだけだ。後を追って〈ヤマト〉に近づき襲おうとしても、こちらに勝ち目などはない。そもそもやつらは戦わずに逃げて行ってしまうだろう。

 

〈ヤマト〉にはそれができる性能がある。それが明らかであるために、普通に〈ヤマト〉を追って攻撃をかけられない。

 

そこで潜宙艦隊の出番となるわけだった。〈オールトの雲〉を抜けられる前の今なら潜宙艦でコッソリと〈ヤマト〉の後をつけられる。そして近づき、次元魚雷で攻撃できる。

 

はずではあった。はずではあったが、

 

「これは無理です。何度やっても……」

 

潜宙艦隊旗艦にして、ゾールマンの乗艦である〈デロイデル〉の艦長ガレルが言った。

 

そうだ。潜宙艦ならば、〈ヤマト〉に次元魚雷を射てる。射てるがしかし成功さすのは至難の(わざ)なのでもあった。

 

理由は、船のスピードだ。次元の波の〈下〉に潜れる潜宙艦は、次元魚雷の射程距離まで敵に探知されることなく近づくことが可能である。可能であるがそれはしかし無条件なわけではない。

 

〈ヤマト〉は決して潜宙艦が容易(たやす)く寄れる船ではなかった。

 

何よりもそのスピードだ。潜宙艦は速度が遅く、〈水〉に潜っている間はさらに速度が遅いのだった。〈水上船〉に巡航速度を出されたら全速を出しても置いて行かれるだけ。

 

ならば〈ヤマト〉がワープしたときその前方の空間にワープ、真正面から魚雷をブチ込んでやればいい――と、言いたいところなのだが、それもまた難しい。

 

潜宙艦は〈波の下〉から敵に近づくことができる。できるがしかし、〈ヤマト〉はその対策手段を持っている。次元アクティブ・ソナーを備え、〈ピン〉と呼ばれる探針波を宇宙に放ち〈波の下〉を探っているのだ。

 

潜宙艦はこれにたやすく見つかってしまう。そして〈ヤマト〉の艦首と艦尾の魚雷ミサイル発射管には、〈水中〉の敵を射止めるための次元魚雷が常に装填されているのもまた明らかだった。

 

〈ヤマト〉が持つのがただ〈水中〉の〈音〉を聴き取る次元パッシブ・ソナーだけなら、悟られぬうち正面から魚雷をブチ込んでやることもできる。しかし〈ピン〉を打たれてしまうとアウト。そうなったなら速度の遅い〈ドンガメ〉はただ〈ヤマト〉に殺られるだけ……。

 

それがわかりきっていた。けれどもひとつ、探知されずに〈ヤマト〉に迫れる方角がある。

 

真後ろだ。理屈は、スクリュープロペラで水を掻いて進む船と同じだ。ノズルから炎を噴いて宇宙を進む船は、それが空間を掻き乱すため後方にはソナーが利かない。探針波も当然無効だ。

 

というわけで、ゾールマンの戦隊は〈ヤマト〉を背後から襲おうとした。まず〈ヤマト〉がワープしたなら、行った先を突き止めてその遥か前方の空間にワープ、すぐさま〈波の下〉に潜って次元海底に身を(ひそ)ませる。

 

そして〈ヤマト〉が〈上〉を通り過ぎたなら、エンジンを全開にさせて急速浮上。ソナーの死角である後ろから魚雷を放つ――うまくいったら見事不意打ち喰らわせられるというわけだ。

 

うまくいったら――しかし、うまくいかなかった。エンジンにモノを言わせて船を上昇させてやっても〈ヤマト〉の巡航速度は速く、何度やっても射程外にまで行かれてしまうのだ。次元ソナーの画面に映るは、ただ遠のいていくばかりの敵快速船の指標。

 

「これはダメです。〈ヤマト〉は魚雷の攪乱装置も持っているはずですから、闇雲に射ったところで(かわ)されるだけ。ヘタすりゃ、次元爆雷をバラ撒かれて我々は壊滅……」

 

とガレルは言う。ゾールマンはまた頷いて応えるしかなかった。

 

「わかっている。しかし続ける他になかろう。とにかく次にやつらがワープしたならば、浮上して上の指示を仰ごう。何か考えてくれてればいいが……」

 

「ええ」とガレル。「せめてやつのスピードがもう少し遅ければいいんですがね」


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