敵中横断二九六千光年   作:島田イスケ

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もし〈ヤマト〉の女子船務科員がマネジメント理論についての本を読んだら

「ほら、こいつを渡すためにな」

 

写真の束を古代に向けて差し出しながら、なんだかまたこないだと同じような状況だなと島は思った。

 

この前こいつに渡した束は百人一首の取り札だったが、今度のやつはパーティでアナライザーが撮った写真だ。ギョウザを焼く古代の前に自分達艦橋クルーが並んだものと、さらにその場にいた者達が我も我もと続いた写真。全部で二十枚ほどある。

 

古代は受け取り、一枚一枚その場でめくって眺め始めた。通路の中で立ったまま、分厚いファイルを重たそうに抱えながら。

 

「まあ、後で見ろよ」と言ってやると、

 

「ああ、うん」

 

と言う。相変わらず、この〈ヤマト〉の艦内で迷子が途方に暮れてるみたいだ。渡す前に島が見てみたその写真にも、やっぱり全部にそんな顔で写っていたが――。

 

まあしょうがない。こいつはてんでエリートという(がら)ではないんだからな。そう考えて島は言った。

 

「こんなところで立ち話もなんだろう。おれの部屋に来ないか」

 

「うん」

 

言ってついてくる。士官にはひとりひとり個室が与えられていた。島はドアを開け、さっき船務科で預かったニンジンの栽培容器に眼をやった。当然ながらまだ何も芽を出してなどいない。

 

それをどかして、床に胡坐(あぐら)をかいて座る。古代もそうしてふたり向き合うと、狭い室内はもう一杯だ。

 

「ところで古代、その抱えているのはなんだ」

 

「いや、船務科に『読め』って言われて」

 

「ハン?」と言った。「読んだのか?」

 

「いや、読もうとしたんだけれど」

 

「そんなもん、読んでその通り実行できたら宇宙平和が成るんじゃないか。お前が船を操ったらそのスピードが三倍になって、バリアで敵を防ぎながら百万隻でもやっつけられるようになるぞ。もしもそれが読めたら」

 

「読めないのか?」

 

「読めない。そりゃ船務科の女の子はそのマネジメント理論を読んで、おれ達にコレこの通りやれと言いもするだろうけど、言われる方はできないことをやれと言われるだけなんだからな。甲子園に行く高校は一度に一校と決まってるのに、百の高校の女子マネが同じマニュアル読んでどうなると言うようなもんで……」

 

「ははあ」

 

「百校全部が甲子園に行けるのか。それともその女子マネのかわいさによって決まるのか」

 

「ははは」

 

「ま、そんな話はいいさ。甲子園と言えばこの旅もそうだよな。地区予選を勝ち抜いて、全国大会の始まりって感じ。まあ確かに、マネージャーがいなきゃどうにもならないんだが……」

 

ニンジンの栽培容器にまた眼を向けて、それから、

 

「さっき南部のやつも言ったよ。この旅はお前がいればなんとかなるんじゃないかという気がしてきたって」

 

「『お前』っておれのことか」

 

「そうだよ」

 

「みんなそう思ってるのかな」

 

言って古代は手の中の写真の束に眼を落とす。「まあそうかもな」と島は応えた。

 

古代は続けて、「けど、それよりも、艦長だろう。沖田艦長がいればこの旅はやり遂げられる……みんなそう思ってるんじゃないか」

 

「ん? そりゃあ……まあそうかもしれないけど」

 

「だろうな。冥王星だって、あの人のおかげで勝てたわけだもんな」

 

「なんだよ、妙な言い方だな。古代お前、艦長が信じられないのか」

 

島は言った。しかし古代は応えなかった。それが答になっているような沈黙だった。

 

古代はまた、一枚一枚写真をめくって眺め始める。それはいつか百人一首の札を覚えようとしていたときの姿に似ていた。

 

「そうか」と言った。「古代、お前の兄さんは〈メ号作戦〉で死んだんだよな」

 

「ああ……なあ島、お前、冥王星行きは、確か反対してたよな。航海要員はみんな迂回を主張していた。作戦が決まる直前までずっと……」

 

「そりゃまあ」

 

「けど艦長は、最初っからやる気で策をめぐらしてたんだろ。なのに敵が動くまで、人に計略を話さなかった。操舵長のお前にも黙って事を進めていた」

 

「それは」

 

と言った。確かにそうだ。(あらかじ)め考えを聞いていたなら、おれは反対しなかったかも――島はそう思ったが、

 

「しかしだな」

 

「ああ、わかるよ。あのときは、たぶんああする必要があった。けど、それなら今だって、一体何を企んでるかわからないんじゃないか。お前、そうは思わないか」

 

「そりゃあ……」

 

「島、お前、それでもあの艦長を信頼できるのか」

 

「そういう言い方されると困るが」

 

「あの人はおれを航空隊長なんかにして、真田さんを副長にした。すべては〈魔女〉を討つための計略だった。おれはあの人のそういうとこが気に入らない……」

 

「いや、古代……」

 

「そりゃここまではうまくいったかもしれないさ。でも、〈魔女〉に勝ったんだから、おれはもう用済みじゃないのか? もう後は戦わずにマゼランまで行って帰ってくるだけならば」

 

「さすがにそこまで敵は甘くないと思うがな。乗り越えなければならない難所もある」

 

「ああ、けど……」

 

「それに古代、船務科に言われてるんだろ。野菜採りの仕事がある。お前には、準備も含めてタップリと働いてもらうことになってんだろが」

 

「それは……」

 

「うん。だからまあ、そのファイルは適当に飛ばし読みしておけよ。で、娯楽室にでも行け。悪くないぞ。世界の絶景なんか見られるヴァーチャル・リゾート室とかあるんだ」

 

「え? あ、うん」

 

「まあ、旅は始まったばかりだ。古代、お前は後から来た人間だしな。自分の意志で〈ヤマト〉に乗ったわけでもない。艦長をまだ信じられなくて当然かもしれないな……」

 

と島は言う。古代は頷いて聞くしかなかった。


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