敵中横断二九六千光年   作:島田イスケ

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ピンガー

そして、〈ヤマト〉は一光年のワープをした。

 

太陽系最外縁部、〈オールトの雲〉と呼ばれる領域の手前にワープアウトする。

 

そこには氷の塊が無数にあると言われている。地球の冬に雪が降って数日後、道のあちこちに残るような、黒く汚れた氷の集まり。それが漂い流れていると。なかにはかつて、地球の海で〈タイタニック〉とぶつかったような大きなものも億の単位であるだろうと言われるが、22世紀末の今もひとつも観測例はない。

 

そこに今、〈ヤマト〉は入っていこうとしているが、『氷山との激突』を心配する者はいなかった。その確率がほとんどないに等しいほどに低いのもさることながら、進路上にもしあってもソナーで察知できるからだ。

 

ごく小さな雪玉ならば当たっても〈ヤマト〉に傷もつけられない。脅威となる〈氷山〉は、潜宙艦艇同様に〈ピンガー〉によって見つけられる。暗い宇宙に浮かぶ黒い氷山は自然のステルス要塞であり、レーダーなどでは捉えにくいが、やはり地球の氷山同様〈海面下〉に大きな実体を潜ませており、それはソナーのアクティブ・ピンを強く跳ね返すのだ。

 

カイパーベルトの辺りを漂う氷塊を避けるために使うことで、それは実証されていた。〈タイタニック〉がソナーを持ち、〈ピン〉を打ちながら進んでいたら、歴史に名高い事故は起きなかっただろう。水中ソナーが実用化されたのはその数年後の第一次世界大戦中のことと言うが、今の〈ヤマト〉は宇宙の氷山を避けるのに充分なだけの性能を持ったソナーを備えている。ワープアウトするなりただちに〈ピン〉を放った。

 

キーン、と鐘を鳴らすような音が人の耳にも聞こえる。

 

そして第一艦橋、森が見る次元ソナー画面に〈海中〉のようすが表された。無論、地球の水の海と違って、宇宙の海では〈ヤマト〉の赤い部分だけが〈水〉に浸かっているのじゃないが、それでも地球の海同様に、〈下〉に〈海底〉が存在する。宇宙ではあらゆる方向が〈下〉であり、コンピュータは探知データを〈ヤマト〉が長いトンネルの中にいるような画像として描き出した。

 

トンネルの〈壁〉が次元海底だ。これが平坦で起伏がなければ何も心配することはないが、ネジ穴を覗いたようにギザギザだとひとつ案ずべきことがある。

 

ガミラス次元潜宙艦だ。海底の〈地形〉が複雑だと、潜宙艦がそこにピタリと張り付いて身を潜ませていたとしても発見は難しくなる。藁を敷いた道に針があるのにその上をはだしで歩くようなことに……。

 

もっとも、たとえそうなっても、〈ヤマト〉が巡航で進む限り攻撃を受けるおそれは少ないのだが。しかし、だからと言ったところで、やはり油断は禁物だった。

 

幸い、〈ヤマト〉は前方に潜宙艦が潜むに都合が良さそうな海域があるとわかればそんなもの、舵を切って避けて通ることができる。航海士席で太田が森が見るのと同じソナー画面に眼をこらし、警戒すべきところにチェックを入れていた。

 

ゆえに〈海底〉のようすについては太田に任せ、森は動いているものがないかだけを見ていればいい。

 

そして、〈氷山〉。いつか太陽に向かって進み、彗星となるかもしれない氷の塊。しかし行く手にこれもとりあえず見当たらない。

 

「敵影見えず」森は言った。「レーダー、ソナー、共に障害となるものは探知されません」

 

「了解」と島。「太田、まっすぐ進んでいいのか」

 

「ええ。けど、ちょっと待てよ。どうもこれは、行く手の方が……」

 

「なんだ。何かあるのか」

 

「いえ……と言うか、何もない。先の方で海底が急になくなっているような……」

 

「ん?」と言った。「どういうこと?」


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