パッシブ・ソナーの画面の中で〈ヤマト〉がまた転進する。前方の次元海底に潜宙艦が隠れているのを警戒してのジグザグ航行だ。確かにそれで、〈真下〉から魚雷を射たれる危険をほとんどゼロにまでおさえることが可能になる。
だがその代わりに船足を落とし、後方から追いつく望みを敵に――こちらに与えることになる。今、ゾールマン戦隊は、六隻が二隻ずつ三つに分かれて三角形の陣を組み、〈ヤマト〉の後を追いかけていた。
三角
よし、いいぞ、とゾールマンは思った。あともう少し。このままだ。エンジンが焼き付く前に魚雷の射程距離内にまで届きさえすれば――。
勝負は決まり。六隻が四本ずつの24基の次元魚雷を一斉に射たれてそれが
躱せるものか。どんな回避手段を取ろうと、躱せるはずがあるものか。
だからこの勝負はもらった――と、そのように考えていたときだった。「司令」と横に近づいてきて、ささやき声をかけてくる者がいた。
情報士官だ。遠慮がちに、「こんなときにどうかと思うのですが、しかしお耳に入れたいことが……」
「なんだ。後にできんのか」
「はあ……ですが一部の兵に、『司令を信用できるのか』と言う者が出ているらしく……」
「わたしが信用できない?」
と言った。それは、聞き捨てならない話だった。しかし相手は慌てた顔で、
「あ、いえ、そうではなくてその」
「なんだ。はっきりしないやつだな」
「いえですから、〈司令〉でなくて〈総司令〉です。『シュルツ総司令を信用できるか』という話でして」
「ああ」と言った。言ったが、やはり聞き捨てならない。「どういうことだ」
「先ほどの通信です。『まさか本当に地球と和平をなどと考えていやしまいな』と一部の者が……」
「何をくだらん」
「ええ。わたしもそう思いましたが、しかしどうやら、『和平』と言うより『まさか自分だけ逃げようとしてるのじゃなかろうな』という話のようなのです」
「自分だけ? シュルツ司令が?」首を
「地球です。地球人に『知りたいことを教えてやる』と言って近づき、本当に何もかも教えてやればそれで敵は……」
「シュルツ司令を迎え入れる……」と言った。「そういう話なのか?」
「はい」
と情報士官。発令所内にざわめきが起きた。いつの間にか声が大きくなっていたらしい。聞き耳を立てていた者達がみな驚きの顔をしている。
「いいや、待て。そんなバカな……」
ゾールマンは言った。言ったがしかし後の言葉を続けられない。情報士官も『しまった』という表情で聞く者達の顔を見たが、
「『ない』と言い切れますか。コスモクリーナーを渡せば地球は……」
「それは」
と言った。そうだ。放射能除去装置。シュルツ司令はそれを渡すと〈ヤマト〉に告げて地球にも伝わっている。
地球人は拒むだろうか。〈ヤマト〉の帰りを待つ間にも女子供や老人がプルトニウムの混ざった水を飲む状況で、除去装置を代わりにやると言う者が現れたなら。それが今まで自分達に石を投げていた者であっても、代償として求めるものが単に己の身の安全だけということならば……。
地球人はシュルツ司令を迎え入れる。歓迎さえ受けるのじゃないか。ガミラス本星では有り得ぬような高待遇を得て生きられる……。
だが、と思った。
「コスモクリーナー。司令はそんなもの持っているのか? 無ければ交渉できんだろう」
「ええ。ですが、『持ってない』とも言い切れないでしょう。それに、他に交渉の材料はあります。情報と、船……」
「船?」
「そうです。地球人は波動エンジン船を求めている。我らの船から〈コア〉の炉を取り出し、地球の船に積み替えたら、〈ヤマト〉のような船を何隻も造られて我々は……」
おしまいだ。そう思った。しかし地球に身を売る者にすればこれは……。
ガミラスが敗ければそこで自分の身は安泰、裏切りの咎めを受けることはなくなる、ということになる。
「だからシュルツ司令は地球に逃げようとしてると言うのか」
「そのような声が広がっているようなのです」
「ううむ」
そうだ。決して否定できない。シュルツ総司令には、自分だけ地球に身を寄せることができる。特に通信で告げた通り、本当に放射能除去装置を渡す用意があるのなら……。
そう思った。そのときだった。
「これは!」
と叫ぶ者がいた。ソナー士だ。続けて言う。
「ワープにて出現した船ひとつ
「なんだと!」
と言った。味方の信号? 潜宙艦艇では有り得ぬことだ。こんなところに一隻だけ現れたということは――。
「空母か!」
「いえ、違います。もっと小さい。しかしこの信号は……」
識別コードを読み上げる。そうして言った。
「シュルツ司令の乗艦であるのを示すコードです」