敵中横断二九六千光年   作:島田イスケ

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交渉開始

「〈ヤマト〉から返信です。『交信の内容すべてが同時に地球に届くのならば了承する』」

 

通信士がそう告げる。〈ヤマト〉としては『「NO」と言うなら戦闘機にロケット弾を射たせるぞ』ということなのだろうけれども、しかしもちろんこれは当然付けてくるに違いない条件なのは予想していた。

 

と言うより、むしろ、この答えを望んでいたのだ。「『無論だ』と応えてやれ」とシュルツは言った。

 

「はっ」

 

と通信士。〈ヤマト〉が持つ通信機器は今の距離から地球にタイムラグなしに信号を送れぬが、こちらが中継してやれば可能となる。

 

つまり――と思った。話の途中で〈ヤマト〉を沈めれば、地球人類も同時にそれを知ることになる。

 

もちろん、そうしてやる気だった。波動砲の秘密をいただいてからだが。

 

しかし――とも思う。ここからは出たとこ勝負だ。『〈ヤマト〉と話す』などといっても、何を話すかは考えていない。

 

ゾールマンを助けるために〈ヤマト〉を足止めさせる。ただその一心で来たのであり、なんの準備もしていない。放射能除去装置など、『提供する用意』どころか、持ってすらいない。

 

だがしかし、構うものか。ゾールマンが〈ヤマト〉に対して魚雷を射てさえすればいいのだ。その全部を〈ヤマト〉が(かわ)すことなどできるわけがない。勝負はそこで終わりであり、後のことはどうでもいい。

 

そう思った。シュルツは通話機に向かい、相手が〈電話〉に出るのを待った。

 

自分を撮るカメラの横のランプが(とも)り、同時に画面に地球人の顔が映る。軍帽にコート。白い頬髭。

 

『宇宙戦艦〈ヤマト〉艦長オキタだ』

 

声が聞こえる。この程度の日本語ならばシュルツにもわかるが機械が同時翻訳していく。もちろん完全に同時とは行かず、少し遅れて後から訳がついてくるのだ。

 

一方で、シュルツ自身の肉声は相手には聞かせない。〈オキタ〉と名乗る男には、シュルツが口をパクパクさせて数秒後に機械が訳した日本語だけが聞こえる仕組みとなっている。

 

「大ガミラス冥王星基地司令シュルツだ。あらためて応答に感謝する」

 

『わしの顔や声も含めて、ちゃんと地球に届いてるのだろうな』

 

「無論だ。かなりの人々が、今これを見ているはずだ」

 

『うむ。ならばあらためて言おう。交渉は地球としたまえ。この船はイスカンダルに行く』

 

「ええと……いや、ちょっと待ちたまえ」

 

『いや、待てませんな。我々は旅を急ぐ身だ。予定ではあと八ヶ月で地球に戻らねばならんのに、この通りまだたったの一光年しか来ていない。これでは隣のエイクルス星系までしか往復できない計算になる』

 

オキタは言った。何を、と思った。エイクルス――地球人がアルファ・ケンタウリと呼ぶ星の系まで4.3光年。それは確かにお前らは地球を出てからもう一月(ひとつき)になるというのにやっとマゼランまでの旅を始めたところかもしれないが、とりあえず、その一光年を今日は一日で来たではないか。

 

そう考えたところで気づいた。地球に残る人間達は、〈ヤマト〉の目的地がマゼラン星雲にあるのを知らない。それどころか、イスカンダルの使者が来るまでガミラスは数十光年の距離にあるものと考えていた。百光年以上というのはまず考えられない、と。

 

そうしてそのままやってきて、だから地球の一般市民は多くがイスカンダルへの距離も同程度と考えている。〈ヤマト〉は何十光年かを往復すればよいのだ、と。

 

ならば、と思った。今ここで本当のことを教えてやれば、こいつらを動揺させられるのじゃないか? いやもちろんすべてを教えるわけにいかぬが、しかし――。

 

「イスカンダル」シュルツは言った。「本当にそこまで行けると思うのかね」

 

『あなたに心配してもらおうとは思わんが』

 

「しかしどうだろう。ほんの二十か三十光年なら充分にその〈ヤマト〉で往復できるかもしれんが、どうかな。地球の民衆が、本当はそこまでどれだけあるか知ったら……」

 

『何が言いたいのかね?』

 

「行ける行けない以前に『なぜ』という話にならんかという話だよ。ええと、オキタと言ったか。オキタ。君は知ってるのかね。なぜ我々がここに来て、イスカンダルがなぜ君達にこんな旅をさせるのか」

 

『あなたは知っていると言うのか?』

 

「知らないと思うかね」

 

『ふうむ。知っているとして、わしに教えてくれるのか』

 

「フフフ」

 

笑った。質問に質問で応え、その質問にまた質問が返ってくる。だが、いいぞ。これでいい。ゾールマンのための時間をこうして稼ぎ続けてやる――そう思ったが、しかしずっとこの調子というわけにもいくまい。地球人が知りたいはずのことも少しは教えてやらねばなるまい。

 

「イスカンダル」シュルツは言った。「わたしは君らがそう呼ぶ星がどこなのかを知っている。その〈ヤマト〉がどれだけの距離を旅せねばならないのかも」

 

『ほう』

 

「エウスカレリア」と正確な発音で言った。「そうだろう。それが本当の名だ。しかしそこまで、決してたどり着くことはできん。なぜなら、途中にいくつもの難所があってそこに我らが罠を張り待ち伏せることができるからだ。どうだ。それよりはここで和解し、放射能除去装置を受け取るのは」

 

『ふむ、そうだな。イエスかノーで答えろと言うのか?』

 

「まあそうだな」

 

シュルツは言った。返事がどちらであるかなど、実のところどうでもいい。けれどもちろん、答は「NO」に違いあるまい。ノーだ。放射能除去装置をくれるなんて嘘なんだろう。誰が信じるか。だから答はノーだ、と。

 

もちろん、事実そうなのだから、答はそうに決まっている。そう思った。だがオキタは言った。

 

「イエス」


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