敵中横断二九六千光年   作:島田イスケ

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返答

『答えてもらおう。イエスか、ノーか』

 

画面の中でオキタが言い、ガミラス語に翻訳される。シュルツは返答に窮して「う」と(うめ)いた。

 

我らガミラスが何者で、この星系になぜ来たのかを言うわけにいかない。ましてや地球の地下で何万という者達がこの交信を聞いてるなかで。

 

本国の(めい)に従うならばもちろんそうだ。だがしかし、『ノー』と言ったらそこで話がおしまいになる。ここへ自分がいま一体何しに来たかという話になってしまう。

 

ゾールマンに魚雷を射たす。その助けをするためここにやって来たのだ。ゾールマンが魚雷を射つまで〈ヤマト〉の足を止めるのだ。

 

なのに『ノー』と答えたら、〈ヤマト〉が行ってしまうじゃないか。『ならば死ね』との返事とともに、あの銀色の戦闘機にロケット弾を射たれるかもだ。

 

こんな小舟は、ロケット弾一発で軽く殺られてしまうかもしれん。なのに『ノー』と答えるのか。

 

いいやそれは、とシュルツは思った。『イエス』だ。ここは、嘘でも『イエス』と言うしかない。

 

いや、『嘘でも』か? 本当に、本気で『イエス』と答えていのじゃないか? そうだ、わたしは本国を売る。地球に寝返ると答えていいのではないか?

 

それで命が助かるのなら――シュルツは思った。本国政府が自分に何をしてくれた。本当なら〈ヤマト〉など、しょせん船一隻だ。冥王星で沈める気なら沈めることもできたはずだ。

 

なのに決して沈めてはならないとの厳命を受けた。座礁させて波動砲の秘密を奪えと――それがどんなに難しいことか、考えたうえの命令なのか。

 

とてもそうは思えなかった。なのにそれはまだ続いており、今も決してこの敵を撃沈してはならぬときつく言われている。必ず生かして捕らえるのだ、と。

 

それがどんなに難しいことか、考えて命令しているのか。シュルツはそう言いたかった。ここで雷撃に成功すれば、それは〈ヤマト〉の拿捕(だほ)(かな)うかもしれないが……。

 

だがその代わりゾールマン隊は、ほぼすべてが〈ヤマト〉に沈められるだろう。わたしはここで彼らが死ぬのを見ていなければならなくなる。

 

魚雷を十発二十発と〈ヤマト〉に当てれば沈めてやれる。けれどもそれは許されぬのだ。〈ヤマト〉に対する攻撃は、『沈めぬ程度に』でなければならない。

 

そんなバカげた話があるか。ただ一隻と言ったところで、自分が持つどんな船より強い力を持っているのに。なのに死ななくていい部下に、『戦って死ね』と言わねばならぬのか。

 

そうだ。『イエス』だ。本当に、イエスと言ってしまったらどうだ。総統など裏切って、わたしは地球についてやる。知りたいことはなんでも教えてやればいいし、ワープ船もくれてやる。

 

それで命は助かるだろう。わたしだけでなく、部下の命も。放射能除去装置はないけれど、エウスカレリアへの旅の手伝いはしてやれよう。

 

だから本気で『イエス』と答えてやるのはどうだ――シュルツは思った。そのときだった。

 

「魚雷です。魚雷の発射を確認!」ソナー手が叫んだ。「ゾールマン隊です。〈ヤマト〉に魚雷が進んでいます!」

 

「何?」

 

と言った。隠密行動をとっている潜宙艦隊の所在はシュルツも知りようもなかったが、しかし今、ここで〈ヤマト〉に彼らが魚雷を射ったならばそれとわかる。

 

次元ソナーの画面に〈ヤマト〉に向けてひた走る魚雷の航跡が映っていた。数は二十かそれ以上。

 

〈ヤマト〉のほぼ真後ろから、後を追うように迫っている。たどり着くまでに数分かかるが……。

 

しかし命中は必至だ。どんな手段を取ろうとも、〈ヤマト〉にこのすべてを躱せるはずがない。

 

一発でも当たれば拿捕が成るのだ。どれだけ犠牲を出そうともだ。

 

「いいぞ!」

 

シュルツは叫んだ。一瞬前に地球に身を売ってしまえと思った自分はもういなかった。目の前の画面に映るオキタに向かう。

 

そして叫んだ。「〈ヤマト〉よ、わたしの答は『ノー』だ!」

 

帽子の(つば)の下でオキタの目が動いた。しかし、ただそれだけだった。〈ヤマト〉の方でも魚雷の接近を探知したらしいのが窺えたが、オキタは報告を受けながら、自分の目の前の画面に映るシュルツの顔だけじっくりと観察しているように見えた。

 

それに向かってシュルツは続ける。「地球人どももみな聞くがいい。わたしが教えてやることは、貴様達がここで終わりということだけだ! ただ滅亡を待つだけの(せい)をこれから生きるがいい!」

 

「司令! ここにいたのでは――」

 

ガンツが叫ぶ。はっとした。そうだ。ここにいたのでは、あの銀色の戦闘機に殺られてしまう。ロケット弾の届かぬ深さまで潜らないと。

 

「急速潜航!」

 

シュルツは命じた。それからまたオキタに向かう。

 

「コスモクリーナーなどもちろん持っておらぬわ! わたしを()るなら殺るがいい。その戦闘機もどうせ帰るところのないまま宇宙のゴミだ!」

 

――と、オキタの顔が消えた。黒くなった画面に『通信途絶』とガミラス語で書かれた文が表れる。

 

「なんだ?」

 

と言った。そこでヴィリップスが、

 

「〈ヤマト〉がエンジンを止めました。同時に通信も切れたようです」

 

「ふむ」

 

ソナー画面を見ると、さっきまで映っていた〈ヤマト〉の指標が消えている。

 

「魚雷を()けるつもりか――無駄なことだ」

 

「ええ」

 

とガンツ。次元魚雷は次元ソナーを備えていて、〈音〉で標的の姿を捉えてまっしぐらに進んでいく。ゆえに狙われた標的の船は、エンジンを切って〈音〉を消し、パッシブ・ソナーの探知を()けようとするのがまずは回避の第一手順だ。

 

だから〈ヤマト〉は今それを(おこな)ったわけなのだろう。けれども無駄だ。魚雷は別に、アクティブ・ソナーを持っている。探針波(ピン)を打って標的から跳ね返ってくる〈音〉を捉えて進むのだ。

 

地球人が山に向かって『ヤッホー』と叫んで返ってくる(こだま)を耳で聞くように、魚雷は『ヤホヤホヤホヤホ』と〈ヤマト〉に()えつつ向かっているわけなのだ。エンジンを切ってもこれは防げない。

 

〈ヤマト〉はピンを()けるための〈次元マスカー〉も備えているだろう。だがそれも無駄だ。ゾールマン隊は〈ヤマト〉の完全な真後ろでなく、六隻が二隻ずつ三つに分かれて少しずつ角度を変えて雷撃しているのがわかる。そのすべてを躱すことなど断じてできるわけがない!

 

二十数基の魚雷のうち何発かは当たるのだ。そしてただ一発が当たればそれで充分なのだ。後はこの前、冥王星で〈反射衛星砲〉を使ってしてやったように、ゆっくり(なぶ)って戦う力を奪ってやるだけ。そして今度はこの前のように、海に潜って回復させるような真似はさせない。

 

キン、キン、キン……という音が、船の内壁を震わせ始めた。ピンガーだ。六隻が四発ずつ射ったのなら24。その魚雷が〈ヤマト〉に向かって打つ探針波の合奏が、ここにまで聞こえてきたのだ。

 

「勝ったな」とシュルツは言った。「〈オキタ〉と言ったか。あの男――恐ろしい敵であったが、これまでだ」


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