ヤマトはすべての機能を止めて宇宙にあった。いや、〈すべて〉を止めているわけではなかった。
「波動エンジン内圧力上げろ。非常弁全閉鎖」
「非常弁全閉鎖!」
「波動砲への回路開け」
「回路開きます!」
「波動砲薬室内、圧力上がります!」
「全エネルギー波動砲へ。強制注入機作動」
「波動砲、安全装置解除」
「安全装置解除! セイフティロック・ゼロ。圧力、発射点へ上昇中」
「最終セイフティ解除。圧力限界へ!」
第一艦橋で声が飛び交っていた。そして艦首だ。〈ヤマト〉の
徳川が言う。「エネルギー充填、100パーセント」
それですべての発射準備終了だ。「波動砲用意」と沖田が言った。
後は狙いをつけて引き金を引くだけで、星をも砕く砲が火を噴く。島が操縦を南部に渡し、南部が応えて操縦桿を握る。
島が持つ主操舵士席の操縦桿が凹字型のハンドルを両手で握るものなのに対し、砲雷士席で南部が持つのは片手で握るピストルグリップ式のものだ。それを使って〈ヤマト〉の舵を切ることもできるが、波動砲発射の際には親指で上に付いたトリムスイッチを動かすだけ。
そして引き金が前にある。南部はそれに人差し指をかけて、
「ターゲット・スコープは……」
「必要なのか?」沖田が言った。
「いえ」と南部。照準板を出したところで、今、〈ヤマト〉の前方には、狙いを付けるものなどない。ただ〈オールトの雲〉と呼ばれる見た限りでは何もない空間があるだけだ。
だからここで波動砲を撃ってもそれで粉砕するものなど別にありはしない。ありはしないがにもかかわらず、ヤマトはいま波動砲を撃とうとしていた。
「魚雷到達まで1000……900……」
森がソナーの画面を見ながら言う。『すべての機能を止めて』いると言っても、無論レーダーやソナーの
実際、波動砲の光を直接見ないで済むように、二機の〈ゼロ〉は機をひるがえして〈ヤマト〉に腹を向けた。徳川が言う。「タキオン粒子出力上昇」
「発射十秒前。対ショック、対閃光防御」
沖田が言った。全員が目にアイプロテクターを掛ける。
森が「800……700……」と、敵の魚雷が近づく距離を読み続ける。
「重力アンカーの解除を確認。発射五秒前」南部が言った。「四、三、二、一、ゼロ、発射!」
閃光。そして轟然と鳴る音とともに船が震えた。白い光が〈ヤマト〉の前を突き進んでいく。
しかし、そこには何もないから、何を破壊するでもなくただまっすぐ宙を進んでいくだけだ。
だがそのとき、〈ヤマト〉艦内ではクルーの誰もがクルマの衝突実験に使うダミー人形のようになっていた。ワープの際に座るための耐衝撃シートに就いて、安全ベルトを締めてその上、ムチ打ち防止のプロテクターを付けている。その恰好で皆がまさしく時速何十キロかで走るクルマが何かに突っ込んだような衝撃を喰らい、のたうちながら前に体を持っていかれたのだ。
波動砲発射の反動だった。〈ヤマト〉は通常の手順では、その力を〈重力アンカー〉と呼ばれる装置で吸収させる。しかし今、ここではそれを外して砲を撃ったのだった。そんなことをしたがために中の乗員はクルマで何かに突っ込んだどころか、ダンプトラックとでも正面衝突したかのような衝撃を受けたのである。
そして船体そのものが、後ろ向きの力を受けて減速する。相対速度を合わせていた古代と山本の〈ゼロ〉からすれば、〈ヤマト〉が凄い勢いでバックしていくように見えることだろう。もっとも、どちらの機も今は、キャノピー窓を
しかしもし、見ることができたらそう見えるだろう。あまりの急激な制動により、今の〈ヤマト〉は後ろ向きに宇宙をスッ飛んでいるかのようだ。
それは沖田が魚雷を回避するために編み出した機略によるものだった。
すべての魚雷は弾頭部に次元ソナーという〈耳〉を持ち、ピンを打って返ってくる〈音〉によって〈ヤマト〉の居場所を〈聴き定めて〉進んでいた。
普通はこれを、エンジンを止めて〈音〉を消したり、次元マスカーで船体を包んで探知を
耳のいい敵の〈鼓膜〉を破るほどに大きな音を出すことで、その敵が持つ耳を封じる。波動砲発射の轟音は、〈ヤマト〉めがけてピンを打つ魚雷の次元ソナーを潰して何も感じなくさせるに足るものだった。
〈耳〉を失ってしまった魚雷はそれでも進み続ける。『そのまま行けば五秒後に〈ヤマト〉がいる』とコンピュータが
しかし、そうはならなかった。ガミラスの次元魚雷がもし通常の宇宙空間を見るカメラを持っていたら、その〈眼〉はえらい勢いでバックしているかのような〈ヤマト〉の姿を捉えただろう。
しかし、魚雷は〈眼〉を持たない。すべての魚雷はあくまでも『〈ヤマト〉は前に進み続けている』という前提で未来位置を割り出していたため、〈ヤマト〉の横をかすりもせずにただ前へと追い越していった。
そこでどれもがすぐに力を失った。魚雷はすべてがホーミング機能を備えており、一度外れても向きをクルリと変えてまた標的を定め直し、仕留めるまでどこまでも追いかけるように造られている。
どこまでも――ただし、射程距離の範囲で。今回、魚雷はどれもがその射程距離ギリギリから射たれていた。ためにどれもが一度