敵中横断二九六千光年   作:島田イスケ

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牽引ロープ

『いいか、牽引ロープを掛けて引っ張ってくるだけだ。それがブービートラップでないという保証はない。艦内に入れる前に危険がないか確認する』

 

と耳に相原の声。「了解です」と古代は応えてキャノピー窓の向こうにあるものをあらためて見た。

 

潜宙艦が沈んでいく次元の渦の中から〈浮かんで〉きたひとりの〈人間〉。見る限りは地球人となんの違いも見出(みいだ)せない。革ツナギのような服にヘルメット――と言うより、その昔に地球の空でハーロック一世や二世が被ったプロペラ機時代の飛行帽のようなもので頭部が覆われている。おそらく、先日のパーティで、『テントにもし穴が開いたら被れ』と言われて持たされた防具と似たようなものではないかと思えた。

 

とすれば、あれはまだ生きている可能性があることになる。まさか、とも思いはするがしかしたとえ死体としても……。

 

敵が何かを探る貴重な標本となる。〈ヤマト〉に持ち帰らなければならない。山本の〈アルファー・ツー〉をもうひとつ回収を命じられたスパイカメラの方に向かわせ、古代はその〈男〉に〈ゼロ〉を近づかせた。機体から牽引ロープを出して、フックの先を〈男〉の体にひっかけさせる。

 

と言っても、事は決して簡単ではない。ゲームセンターのクレーンゲームで景品を獲ろうとするようなものであり、あれよりずっと難しい。

 

外へ出てって自分の手でフックを掛けることができれば早いのだが、そうするわけにはいかなかった。やった瞬間、あいつがドカンと爆発しない保証はない。

 

それが〈ブービートラップ〉、古来から地球人類の(いくさ)において使われてきたダーティ戦法。だが戦争に卑怯も姑息もないのだから、ガミラス人がそんな手をここで使わぬと考えることがあってはならない。

 

もっともその可能性は低いし、やるとしても今ここでなく〈ヤマト〉の中に入ったところでドカンなのかもしれないが。やっとどうにかロープを掛けて、古代は機をひるがえさせた。

 

〈ヤマト〉は既に宙域の離脱にかかり、補助エンジンにモノを言わせて遠く去っていこうとしている。古代は〈ゼロ〉を加速させて後を追った。もちろん、エンジンを吹かせばずっと〈ゼロ〉の方がスピードが速い。

 

近づいていくと、艦尾の扉を開けて〈タイガー〉が次々に船の外に飛び出してきた。ワープができるようになるまで〈ヤマト〉を護ろうというわけだろう。そしてまた、

 

『古代サーン』

 

呼びかけてくるものがあった。アナライザーだ。〈ヤマト〉の第三艦橋から、命綱に繋がれて船の外に出てきている。

 

古代と山本が回収したものに危険がないか確かめろと命じられたのだろう。もしもこれがトラップならばこのロボットはドカンといってしまうわけだが、しかしそれを気にするような性格でもないようだった。水上スキーかパラセーリングでも楽しんでるような調子で自分の半重力装置を使い、宙をクルクルと舞っている。

 

古代は〈ゼロ〉の翼を振って応えてやった。山本の機も続いてくる。

 

()く手の彼方(かなた)にこの前の冥王星で見たのより明るく輝くエイクルス。ケンタウルス座アルファー星――今ここからは三光年。そうだ、勝ったんだなと思った。どうやら、また今回も。

 

ここは宇宙のマラッカ海峡。しかし、遂にそこを抜け、本当の外宇宙の旅が始まるのだ。

 

沖田のおかげで――そう考えて、古代は複雑な思いがした。

 

そうだ。今度の勝利もまた、結局のところ沖田のおかげ。どこをどう見てもそうなのだから、そう認める他にない。

 

しかし複雑な気分だった。ヴァーチャル・ルームでのあの一件――おれはどうしてあのとき沖田に、あんなことを言ってしまったのだろう。

 

徳川機関長はあのとき言った。いつか君にもわかるだろう、と――何が? あれはただ単に、おれの兄貴の死についてだけの話じゃないように思えた。機関長はもっと大事な何かがおれにいつかわかると言ったような気がする。

 

沖田艦長の思いが――しかも、おれも同じだって? まさか。そのうえ、それがわかるようになるって?

 

いいや、いくらなんでもそれはない――そう思った。思ったけれど、その後で見た島の顔を思い出す。

 

あいつは言ったな。なんだったっけ。高校野球部の女子マネがマネジメントの本を読めば甲子園に行けるというものじゃない。だからマニュアルなんてもの読んだところでしょうがない、とか。

 

あれは、と思った。沖田もやはり、そういう意味で言ったんだろうか。他人の書いたマニュアルに頼って得られる勝利など、千にひとつもありはしない、と……。

 

兄さん。兄さんは信じたのか。沖田ならば勝ってくれる。人を救ってくれるんだと。だからおれも兄さんのように沖田を信じるべきなのだろうか。

 

どうなんだろう、と古代は思った。しかしやはり『イエスだ』と自分に言える確信はなかった。


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