ども
期間が開いてすみません。
難産だったのと、私生活(大学院生活)が忙しすぎたので遅くなりました。
「秋月君、後は任せて今日は上がっていいよ。明日もテストだよね?」
残りの締め作業をしている最中、夏樹の背に声が掛かる。
「ええ、そうですけど…いいんですか店長? 閉店作業まだ残ってますよ?」
「テストがあるのにシフト出て欲しいってかなり無理言った自覚があるから」
「人手不足ですからねぇ」
働き手を捜すのも一苦労する今の時代、夏樹がバイトをしているこのファミレスも慢性的な人手不足だ。こうして誰かが融通を利かせないと店が成り立たないほどに。
「早く人を入れないと厳しいですよ」
「それはわかっているし、募集もかけているんだけどねぇ」
それでも人は集まらない。世知辛い世の中だ。
しかしこの人場合は根本的に違う考えを持っている。
「正直言うと新人くんも欲しいけど秋月くんと入ったほうが僕も楽だからね」
そっちが本音だろう。大体こういう場合、声が掛かるのは夏樹なのだ。
「いつも助けてもらってます」
ただこの人のいいところはちゃんと自覚して、色々と融通を利かせてくれるところだ。だから夏樹もそれなりに融通を利かせている。
「まあ色々思惑があるからこそこのくらいは、ね。それに
「別に気にしなくていいんですけどね」
成績優秀である夏樹はテスト勉強というものをほとんどしない。今日も軽く範囲をさらってさっさと寝る予定だ。だから今日のシフトも気軽に引き受けた。
「君の成績がいいのは知っているけど、今日はもう帰りなさい。これは僕の自己満足だからバイト代は時間通りに、それとお礼として少し色をつけてあげるから」
「それじゃあ、今日はもう上がらせてもらいますね」
そこまで言われて留まることもないだろう。
夏樹は更衣室で着替えて店長とお疲れ様です、とお互い挨拶を交わして店を後にする。
外の風が頬を撫でる。徐々に夏の足音が近づいてはきてはいるもののまだ六月初めというのもあって少々風が冷たく感じた。しかし、夏樹にとっては涼しいくらいしか感じなく気にせず自転車に跨ってペダルに足をかける。
自転車を漕ぐこと約二十分。自宅のマンションの自転車置き場に自転車を置いて部屋の階層まで上がる。
自分のフロアに辿り着いたと同時にある部屋から一人の少女が出てきてこちらに向かってくる。その足取りはゆっくりとしていた。だが視点を変えれば重たいように見える。まるで悪霊のように悲しみを引き摺っていた。
そんな彼女の様子に、俺は深くため息を吐いた。
「何してんだお前は」
「……っ」
呆れを隠さない夏樹に麻衣は何か言いそうになっていたが下唇を噛んで我慢している。
「ほんと、咲太といいお前といいどうしてそんな不器用なことしかできないんだか」
お互い本心を隠して、わかったつもりになっているから肝心なときになにも出来なくなる。
「アホみたいに格好つけるから後悔するんだ」
もっと素直に、自分の本心を曝け出していればよかったのだ。
泥臭くても、みっともなくても、それが自分なのだから。
「本当に、バカだなお前」
麻衣の顔を見た夏樹は頭を掻きながら言った。
「泣くほど辛いんだったら、やらなかったらよかっただろ」
「わかってるわよ!」
頬に涙を伝えさせながら麻衣は声を上げた。
「でもこうするしかなかったんだから仕方ないじゃない! 咲太にこれ以上無理させるわけにもいかなかった!!」
「今まであれこれ言っていた奴が今さら何を言うか」
本当に今更である。忘れさせるならテスト前にやっておけば咲太も酷い点数にはならなかったはずなのに。
いや、咲太はそもそも成績がいいほうじゃなかったな。なら大丈夫か。
「それで麻衣、お前はこれからどうするつもりだ?」
「……わからないわよ、どうしたらいいのか。これからどうなるのかもわからないのに」
「まあ、そうだわな」
夏樹が忘れてないとは言え、誰からも見えなくなってしまった麻衣がこれからどうすればいいのかなんて、わからないだろう。仮に夏樹が助言したところでそれも無意味だ。
「とりあえず…飯食うか?」
どうしようもない状況になってしまった麻衣に夏樹が言えるのはそんなどうでもいいことだけだった。
翌日――テスト最終日。
家を出たとき、ちょうど咲太も玄関から出てきた。
「おー、咲太。ゾンビから死に掛けの人間になったな」
「出会い頭にいきなりなんだよ。秋月」
「いやなに、昨日までのお前はゾンビだったからな。テスト勉強で徹夜でもし続けていたのか?」
わかっているはずのことを聞く。だが、咲太は首を横に振った。
「いや、僕は潔く諦めてさっさと寝るタイプだ。それくらい秋月も知っているだろ」
「人は変わるもんだからな。お前がついに勉学に目覚めたのかと思ってしまった」
「そんなこと微塵も考えていなかったくせによく言うよ」
そう言って咲太は夏樹の前を通って階段を下りていく。
「ふむ…どうやら疑問にすら思ってないみたいだな。実際直面すると面白いな、この現象――で、お前はどうするんだ、麻衣?」
夏樹は自分の隣に居た麻衣に問いかける。
「……私も学校に行くわ」
そう言って麻衣は咲太を追いかけていく。
「そうかい。ま、何とかなるさ」
それだけを呟いた夏樹は麻衣と咲太に続いた。
電車に乗り込めば佑真と会い、そのまま揺られながら通学する。
その最中、麻衣はずっと咲太の後ろに居た。だが、咲太が気付く様子はない。
――この光景、なかなか笑えるな
誰にも聞こえないぐらい小さい声でなつきは呟いた。
麻衣は咲太に思い出してもらおうと色々なことしていた。
肩を叩いたり、空いてる腕を抱いたり――キスしたり。
夏樹が居るというのに、麻衣はあらゆる手を持って咲太にアプローチしていた。
しかしその努力も虚しく、学校に着いても咲太は麻衣のことが見えていなかった。
「あいつ、どこに行ったんだ?」
今日最初のテストが始まる前、一緒に学校に来ていたはずの麻衣の姿がいつの間にか居なくなっていた。
そしてそのまま教室に帰って来ることもなくテストの試験監督が来て、テスト用紙が配られる。
「まあ、やらないならそれでいいんだけどな」
今の麻衣は誰にも見えていないのだから自由だ。どこで何していようが俺には関係ない。
「では、始め――」
試験監督の教師の合図で、一斉に用紙を捲る音が立つ。
一時限目は数学。俺はスラスラと問題用紙に書き込んでいく。
問題自体はそんなに難しくない。ただ解答を書いていくのが面倒くさかった。
高校三年の数学ともなると定理やら計算過程やらで一問に用紙の四分の一ぐらいのスペースが取られる。物によっては半分のときもあり、他の科目と比べて書く量が単純に多いのだ。
こんなもの答えさえ合っていればいいのに、と頭の中で文句をいいながら書いていく。
それから、開始から二十分が経ったあたりで夏樹は解答用紙を裏返し、軽く伸びをする。
「どうした、秋月」
「いえ、終わったので伸びをしただけです」
夏樹の言葉に、周りが動揺していた。わからない人間からしたら夏樹の終わるスピードが尋常じゃないと思っているのだろう。
「妙なマネをするな」
「すんません」
妙なまねをしなくても夏樹の成績は知っているはずだとは思ったが、誤解させる行動を取ったのは夏樹なので素直に謝る。
その際、集まった嫉妬や嫌悪の視線に夏樹は気付かない。
終わって暇を持て余した夏樹はボーっと外を眺める。すると、グラウンドの中心に一人の生徒が居るのに気付いた。
そいつは夏樹のよく知っている奴。テストの最中だというのに何をするというのか。
そいつの意図に気付いた夏樹はニヤリと口角を上げた。
そして――
「お前ら、よく聞けーっ!!」
学校に響き渡る一人の男子の声。
「二年一組のっ!」
「出席番号一番っ!」
「梓川咲太はっ!」
「三年一組のっ!」
「桜島麻衣先輩のことがっ!」
「桜島麻衣先輩のことが、好きだ!」
「麻衣さん、好きだあー!!」
そう叫んだ後、咲太は咳き込んだ様子を見せる。
いきなりの出来事にクラスの全員、いや、学校全体が困惑の空気に囚われる。
「おーい、咲太!!」
だがそんな中、夏樹は叫んだ。クラス全員の視線が夏樹に向けられる。だが、それを無視して続けた。
「お前はっ、どこの誰が好きだってっ!? もう一回言ってみろ!!」
「三年一組のっ、桜島麻衣先輩だっ!!」
咲太の返答にクラスの連中がざわめく。
それもそのはず。今クラスの人間は夏樹以外麻衣のことを忘れているのだから。
桜島麻衣? 誰? と周囲はがやがやと騒ぎ始める。中にはテストの最中に外に出て愛の告白をした咲太を侮蔑したり嘲笑したりするものもいた。
だが、咲太は一歩も引かなかった。
「手ぇ繋いで、七里ヶ浜の砂浜を一緒に歩きたい!」
考えなんてないのだろう。
「バニーガールの格好だってもう一度みたい!」
感情に任せて想いを綴っているのだろう。
「ぎゅって抱きしめてみたいし! キスだってしたいんだ!」
もはや自分でもなに言っているのかすらわかっていないのだろう。
「要するにさあ! 麻衣さん、大好きだあああー!!」
人生最大の告白が大空へと響き渡る。
咲太の叫びに周囲のざわめきが次第に消えていく。そして完全なる静寂が学校を支配した。
固唾を呑むとはこのことなのだろう。件の桜島麻衣は現れるのか。現れたとしてどういう返事をするのか、この学校の人間全員が思っていた。
「――ぷっ」
しかし、夏樹からしたら滑稽でしかなかった。
「あっははははははー!!」
しんとした学校に夏樹の笑い声だけが響き渡る。皆の視線が集まる中、夏樹はひたすら笑い続ける。
「最高だよ、咲太!!」
あはは、と夏樹は声を上げて笑う。
本当に滑稽だ。夏樹からしたらこんなのどう頑張っても茶番にしか見えないのだ。
だが、グラウンドの中心にいる咲太は苛立たしげな視線で夏樹を見返していた。
夏樹は腹を抱えて笑いながら、目に滲んだ涙を拭いながら指差した。
「いやーだって、すぐ後ろにいるのに全校生徒に向かって告白するんだもんよ。普通そういうのは本人と面と向かってするもんだろーっ!?」
その瞬間、咲太の怒気が霧散した。
「なのに、全員にわからせるように言うなんて……これが笑わないでいられるか、ぷっ、あはは!!」
笑う夏樹を尻目に咲太は後ろに振り向く。
「ちゃんと答えてやれよ、告白された桜島麻衣さんー?」
「夏樹、笑いすぎ」
そういわれてもしょうがないだろう。おかしくて仕方なかったのだから。
「あんたのせいでムードもなにもあったもんじゃないわよ」
何を言ってるんだか。麻衣達にムードなんて最初から存在しないだろうに。
しかし夏樹はあえて言わず二人を見守る。それを感じ取った麻衣は改めて咲太に駆け寄る。
咲太はそんな麻衣を受け止めようと両腕を広げる。だが、
――パァン!!!!
乾いた音が学校に響いた。
「ぷはっ!」
からかいもここまでにしておこう、せっかくそう思っていたのに。これは、反則すぎる……!
ほら、咲太も戸惑ったような顔してんじゃん。凄いアホ面さらして呆けてるじゃん。
「嘘つき!!」
呆けてる咲太に麻衣はそう言った。
「絶対に忘れないって言ったじゃない!!」
その言葉になるほど、と夏樹は納得した。どうやら咲太は麻衣にも同じことを言っていたようだ。
絶対なんて言葉は基本的に使うものじゃない。
だけど麻衣さんや? 咲太に一服盛って眠らせたのはあなたですぞ?
出会ってから三週間しか関わっていなかった咲太が忘れることぐらいはわかってたはず。
それこそ、お互いに愛の力なんてものを信じていたのだろうか。だとしたら後で全力でからかおう。
夏樹は頬杖突いて、抱き合っている二人を眺める。
「ひとまずは何とかなったようだな――まあ、
この後にどうなるのかも夏樹にはわかっていた。だから、
「おい、秋月! どこに行く!?」
「トイレですよ、トイレ。漏らしそうなんで」
「その割には切羽詰ってない――おい待て、トイレに行くのに階段下りる必要ないだろう! 戻れ秋月! おい!!」
呼び止める試験官を無視して、夏樹は二人の元に歩いていく。
その後、咲太と麻衣に加わって教師から説教を受けたのは言わずもがなである。
いかがでしたでしょうか。
次でラストです。
プチデビルから先をやるかどうかは皆さんの反応次第にしたいと思います。