そして……
アクセルは混乱していた。
ソラを探して、異世界を回って六ヵ月。
久しぶりにこの世界に訪れたのだが…
「ちょっと待て!…1888年だと、あれから七年経ってんのか!?」
「はい、そうですが…?」
半年ほど離れていただけなのに、この世界の時間軸は一気に七年の月日が過ぎていたのだ。
異世界の時間軸は、その時々によって大きく変動する事はある。
しかし、誤差はあれど精々一、ニ年程度ぐらいだ。
これだけ、大きく時の流れが動いた事例はほとんど見た事がない。
「マジかよ…」
「まじなん?」
現在、三人は町中を歩いている。
アクセルは額に利き手を押し当てて、あ~と困惑している。
ソラも、彼の顔を見上げながら、同じセリフを真似る。
「浦島太郎の気持ちが今なら分かる気がするぜ…」
「あの…大丈夫ですか?」
エリナが心配そうに、アクセルに尋ねる。
すると、アクセルは苦笑いして「ああ…気にしなくていい」と取り繕う。
「なんつーか…エリナ、綺麗になったな」
「えっ…そ、そうですか?」
エリナは微かに頬を赤らめて、照れ笑いする。
なお、アクセルは御世辞ではなく、素で感想を言った。
七年前は可愛らしい年頃の少女といった感じだったが、成長した彼女はおしとやかで、
美しい淑女となった。
これは、そこらの男性陣がアプローチしてこない訳ないだろうな…と客観的に分析していると、
ふとある事が気になった。
「なぁ、インドから帰ってきたって事は…ジョジョとはもう会ったのか?」
「…いいえ、まだです」
エリナは一瞬だけ哀しさを宿した顔になり、首を緩慢に左右に振る。
「…そっか。互いに忙しいみたいだしな…」
「アクセルさんは、これからお仕事に戻るんですか?」
話を切り替えようと、エリナは別の話題に触れた。
「ああ…実は今日な、ジョースター家に行く予定なんだ」
「えっ…」
「一ヵ月前、ダスク…いや俺の部下がジョースター卿から手紙をもらったんだ…俺宛に」
簡単に言えば『久しぶりに屋敷にきてほしい』という内容だった。
半年ぐらい、足を運んでいなかったし、ソラに関してちょっとでも情報が得られるんじゃないか、軽い気持ちで訪れたのだが…。
激震が走った…ショックを受けずにはいられなかった。
(ジョースター卿からみりゃ、七年間音信不通状態だったんだな…俺の方が)
なんで、時間の流れが早まったのかはとりあえずおいておこう。
七年間の情勢を把握するために、情報収集しなくてはならない。
「そうだ。フー、エリナ…俺と一緒に来るか?
久しぶりにジョジョにも会えるかもしれねーぞ」
アクセルからの誘いに、エリナはえっ…えっ…と戸惑いを露わにする。
「ふーたん、いきゅ!」
ソラは目を輝かせて、迷う事無く挙手した。
「えりちゃんも~!」
「えっ…でも…私は…」
エリナに対しても「行こう」と誘うソラ。
困っている彼女は、アクセルに視線を向けた。
「……何を迷ってるんだ?」
彼女のオロオロとした態度に、アクセルは悩みがあるのだと察した。
エリナは言おうか言わないか…唇を動かそうとし、閉じてしまう。
「…少し場所を移動しようか」
アクセルはそう言うと、エリナとソラを連れて町の外へ出た。
町の入り口に近い街道から逸れた叢付近までやってくると、アクセルはエリナの話に
耳を傾ける。
「なるほど…それで、ジョジョに会うのを躊躇してんのか」
「…はい」
とても真面目な雰囲気で話をしている二人を真下で見つめるソラ。
エリナが、ポツリポツリと内に抱える悩みを語っていく。
「…ジョジョに迷惑をかけたくないんです」
「…ハァ~…」
ソラは思った。
二人の話はとっても長くなりそうだ。
でも、なんでエリナはジョナサンに会いたくないのだろう?
エリナは、ジョナサンの事を今でも大好きなはずなのに…。
(えりちゃん…ないとる)
目元から真珠大の涙を零し始めたエリナ。
アクセルが慌てて、ハンカチを取り出して彼女に拭くよう促している。
どうすれば、エリナは元気になるだろう?
どうしたら、エリナは笑顔になるだろう?
ソラは幼児ながら一生懸命考えた。
(ふぅ~…じょーちゃん!)
そうだ、ジョナサンを連れてくればいいんだ!
ジョナサンがいないから、エリナは泣いてしまうのだ。
きっと、ジョナサンが傍にいればエリナも泣き止んで笑ってくれる。
そうだ、そうしよう!
「あくたん、あくたん」
「ん? どうした、フー」
言いたい事をぶちまけたおかげで、大分泣き止んだエリナに、アクセルはホッとしていた矢先、
ソラに声をかけられて下へ視線を向けた。
「ふーたん、いきゅ」
「えっ、どこへだ?」
「じょーちゃんとこ」
「っ!…お、おい! ちょっと待て…」
ソラが告げた事の意味をすぐさま察したアクセルは制止しようとしたが、ソラは白い光に包まれ、空高く飛んで行ってしまった。
「あっ~!!」
アクセルは叫ばずにはいられなかった。
触れようとした手が空を仰ぐ。ようやく見つけ出して、連れて帰れると思って安心したのもつかの間、またしてもソラを逃してしまった。
「す、ステラ…アクセルさん、ステラはいったい…」
一気に落胆の気分になりかかったところ、一部始終を間近で見ていたエリナは狼狽していた。
あ~…と額を手で抑える。
この状況、前にもあったな…とデジャヴを感じずにはいられなかった。
◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇
揺れる馬車に乗ったジョナサンは、逸る気持ちを抑えるのに必死だった。
ディオが、これ以上毒薬を父に服薬させない様に、信頼できる医師達に父の治療を頼み、父に数日の外出の許可を得て今に至っている。
父の体を蝕む毒を取り除くためには、解毒剤が必要だ。
大学の研究室でも、薬の分析は不可能だった。
その薬は東洋のものであるらしく、ディオは屋敷に来る前、ロンドンのスラム街に住んでいた事から、そこで入手した可能性が強い。
そう推測したジョナサンはある場所へ向かっていた。
――――《食屍鬼街(オウガストリート)》
「だ、旦那…ここはロンドンでも一番やばい町なんでさ」
「分かってるよ…だけど僕には行かなくてはならない理由がある。
君は引き上げてくれて構わない」
ジョナサンはそう言うと、雪が積もった道を一歩ずつ前進していく。
(一刻も早く証拠と解毒剤を見つけなければ…!)
食屍鬼街(オウガストリート)は不気味な町だ。
全体的に薄暗く、剣呑とした異様な空気が支配している。
迷路のような複雑な道を壁の傷や構造を頼りに、進んでいくジョナサン。
「ここも行き止まりか…」
道が塞がれていたため、一旦来た道を戻ろうとしたその時…積もった雪の中から何かが
勢いよく飛び出した。
黒猫だった…しかも屍となって間がない子犬を咥えていたのだ。
「ひどい! 猫が子犬を食ってた…!」
ジョナサンは息を飲み込んだ。
猫が犬を食うなんて信じられない光景…弱肉強食の一場面を目の当たりにして、頭を金槌で殴られたようなショックを受けた。あまりにも凄惨な場面に出くわし、心が落ち着く暇もなく、別の方向から三人の男性がこちらへ走ってきた。
如何にもガラの悪いゴロツキどもだ。
手にはナイフを持ち、標的が自分だと気づくのに時間はかからなかった。
「なるほど…名前にふさわしい町だ」
ジョナサンは襲い掛かってくる男達に対し、焦ることなく目を向ける。
顔にペイントを塗った男が、ナイフを振りかざしてきた
…その凶器をジョナサンは素手で受け止めた。
「こいつ…! ナイフを素手でとりやがった!」
男は驚くものの、すぐにニタッと笑みを浮かべる。
「ふへへっ…だがよぉ、オイラがこのナイフをちょいと引っ張ったら、4本の指は
削げ落ちるぜ!」
しかし、ジョナサンは屈するどころか気迫を伴った顔で高らかに告げた。
「試してみろ! 引っ張った瞬間、僕の丸太のような足蹴りが君の股間を潰す。
僕には指4本など失っていい理由がある!」
気迫に押された男がひるんだ瞬間、ジョナサンはペイントの男の顔面を殴った。
「それは父を守るため! ジョースター家を守るため!
君等とは闘う動機の『格』が違うんだ!」
別方向から、東洋人の男が跳び蹴りをしてきたが、殴り飛ばした。
「そこの東洋人…君なら知っているな。東洋の毒薬を売っている店を!」
「お前! 指4本失っていいだと?」
倒れている東洋人に気を取られていると、三人目…眉間から左頬に走った切り傷がある、
ぼさぼさの長髪の男の声で、ジョナサンはそちらへ視線を戻す。
男は被っていた帽子の縁を指先で触れると、生地の部分がとれて、重なり合った円状の
刃物が露わになる。
「ハッタリぬかすなよ、金持ちの甘ちゃん。試してやる!」
走ってくる男に対し、ジョナサンは恐れる事無く構える。
例え、指を失おうと身体を傷つけられようとも…此処で死ぬわけにはいかない。
家を…父を守るために、立ち止まるわけにはいかない!
「…どんな妨害があろうと、つきとめるのみ!」
ジョナサンが強く願った。
―――《大事な人を守る力が欲しい》と。
パァアア…
「これは…!」
その時、ジョナサンの右の手の甲が光り出した。
メビウスの輪の文様がくっきりと輝いて浮かび上がる。
(ジョナサン・ジョースター…聞こえるか?)
ふと、耳元に誰かが囁いてきた。
(誰だっ!)
ジョナサンはハッと周囲を見回すと、ある異変に気付いた。
襲い掛かってきているはずの男が硬直して止まっているのだ。
…それだけじゃない。
周りの風景がセピア色に彩られ、あたかも写真の中に入り込んだような感じだ。
「安心してくれ。時を一時的に止めただけだ」
声がした後方へ咄嗟に振り向くと、そこには黒い聖職者の衣装を着た、顎鬚の30代位の
男性がいた。
「貴方は…?」
「通りすがりの神父だよ。敢えて詳しく言うならば…ステラと関係のある者だ」
「!? ステラと…!」
眼前の人物は、ステラの知人…という事は、彼女の居場所を知っているかもしれない。
すぐに訊きだそうとしたら、神父はさらにこう告げた。
「時間がないから単刀直入に言おうか。
ジョナサン、君はこの世界でエクレシアと契約した“二番目の”人物だ」
「……えっ…?」
自ずと、右手の甲に浮かぶメビウスの文様に視線が向かう。
やはり、これはステラとの繋がりだったのか…それが正式に明かされた事に、
ジョナサンは嬉しく感じた。
「エクレシアは、契約者に力を授ける。
だが、その力は人が扱うにはあまりにも強大で…リスクを伴う」
神父は、釘をさすように注意事項を述べた。
彼の言葉に対し、ジョナサンは静かに耳を傾ける。
「契約者の声で、思想で、求める願い次第で…彼らは正義にも悪にも染まってしまう。
幼いエクレシア…ステラならば尚更だ。
ジョナサン…君は果たして、ステラをどちらへ導くのかな?」
意味深げな問いかけ。
神父は試しているのだ…ジョナサンが契約者として、ステラをどう捉えているのか、を。
「僕は…何故、ステラと契約してしまったのか解らない」
ジョナサンは思い出した。
ステラと初めて出会った時の事を…。
「ステラは僕よりも背が小さくて、幼い子どもだった…」
でも、初対面の人に物怖じせずに、すぐに周囲と馴染める明るい子だ。
「僕が虐められている時も、傍にいて…ずっと友達でいてくれた」
ディオの影響とはいえ、仲の良かったはずの友達に掌を返された時…凄く傷ついた。
ステラは、そんな子達とは異なり、ディオの甘言にも左右されず、純粋にジョナサンを
『友達』だと言ってくれた。
「初めて好きになった女の子と誓いのキスをした時に…心から祝ってくれた」
今思えば、ステラがいてくれたおかげで、エリナと心を通わせる事が出来た気がする。
あの子は、どんな時だって…ジョナサンの味方であり、親友であったのだ。
「僕は…できれば、ステラを危険な目に合わせたくない。
大切な友達が傷つく姿を見たくない。
でも…どうしても、僕自身で解決できない事もある。
そんな時は、傍にいてくれるだけでいいんだ。
ステラが応援してくれたら、それだけでいいんだ」
だから…とジョナサンは、視線を前へ戻す。
その直後、止まっていた時は動き出した。
男は刃物のついた帽子を手にして、ジョナサンへ投げつけようとする。
「僕は…安易な気持ちでステラの力に頼らない!
自らの力で、この状況を突破してみせる!」
腕で頭を防御しつつ、雪のカーペットに突き刺さっていたナイフを勢いよく蹴り上げる。
飛んできたナイフを、男は弾き飛ばすと同時に刃物つきの帽子を回転させて投げた。
回転する刃が、頭を防御していたジョナサンの腕に食い込んだ。
ズキャッ…と刃が骨まで達する音が響く。
「ヒャハー! ナイフの所為で狙い通りにはいかなかったが、まともにくらったら…」
男が余裕に腕を組んで喋っていたが…ジョナサンが腕を庇いながらそのまま突進してきた事に
目を疑う。
ジョナサンは勢いをつけた足蹴りを男の顔面へ命中させた。
男は綺麗に弧を描き、雪が積もった地面へ倒れ込んだ。
突き刺さった凶器つきの帽子を、腕から抜き取るジョナサン。
ふと、視線を前方へ戻すと、鎌や剣…武器を持った大勢の此処の住民がやってきた。
さらに、横の古びた家の窓から、後方の行き止まりの壁の上から
…殺気を宿らせた人々に囲まれてしまう。
ジリジリと迫りくる者達に、ジョナサンは負傷した腕を手拭いで縛り、戦う覚悟を
決めようとしていた。
――――“ じょーちゃん! ”
耳元に懐かしい声が聞こえた。
幻聴かと思ったが、何度も同じ声音がジョナサンに伝わる。
「…ステラ?」
ジョナサンは…親しい友であり、大切な家族である、あの子の名を徐に紡いだ。
次の瞬間――――
パァアアア!
先程と同じく、いやそれ以上に手の甲の文様が輝きだした。
「うわっ」「なんだありゃ!?」
沢山の住民達がその現象に驚愕し、恐れおののく。
『君の決意…しかと聞き届けた』
先程の神父の声がどこからか聞こえた。
『導き神の名の下、ジョナサン・ジョースターをエクレシア《アリエス・セクレート》の契約者と認めよう。ジョナサン……君が彼女のよきパートナーになれる事を祈っている』
輝きが強さを増していき、ジョナサンを中心に、眩い光が周囲へ広がっていく。
眩しさのあまり、目を閉じてしまう。
暖かな光…まるで雪解けの春の陽だまりのようだ。
“ …ちゃん。じょーちゃん…”
明確に響いてくるその声。
懐かしくて…とても可愛らしい幼子の声音だ。
目をゆっくり開けると、そこには――――
「じょーちゃん!」
空色の光翼を出して、ジョナサンと同じ目線で浮かんでいる小さな天使がいた。
「ステラ!」
顔に嬉しさを滲ませ、ジョナサンが差し出した大きな手に、ソラはにっこりと
小さな手を重ね合わせた。
【契約者の声に誘われて】
“ジョナサン”と“ソラ”
“一人の青年”と“幼い神の卵”
七年の月日を超えて、二人は再び巡り逢えた。
彼等の奇跡の再会の場面を、オウガストリートの住人達は目撃した。
そして、この町を束ねるボス…先程、足蹴りされて吹き飛ばされた男性…
ロバート・E・O・スピードワゴンもまた、二人に目が釘付けになっていた。
後の書記で彼はこう記している。
~~《 あれは、ステラがジョナサン・ジョースターを【契約者】として任命した瞬間だった。
あの時を境に、ジョースター家とエクレシアの物語は始まったのだ。
その運命的な舞台の一幕に立てた事を誇りに思い、私は生涯忘れないだろう 》~~
【To Be Continued… ⇒】
※ふーちゃんは、ジョナサンと再会した!
余談として、スピードワゴンの目には、ソラとジョナサンの再会のシーンが【大司教が王様に冠をかぶせる、戴冠式の一場面】のように見えた模様。