鬼火の尾、野狐の牙   作:雄良 景

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( 前話冒頭に智嘉のお着換え描写を(数文字)書き加えました。危ない危ない、流石にあの格好のまま天国に出入りはさせません )



※捏造亡者の叱責シーン描写があります。罪状も胸糞なのでご注意を。




 ブチ、ブチ、ブチ、ブチ……

「い、ぎいいいいいいっ、アガッ…!! ガヒュッ、ガヒュッ……!!」
「ほら、ほら、ほうら、ご覧。地獄に落ちても…うふ、あんたの肉はかいらしなぁ。赤ん坊のほっぺみたいな色や。……ああ、つやつやとしとって…極楽浄土に生る桃のように鮮やかで…」
「いグッ、!! やべ、ヤベでぇェ゛エ゛エ゛…!! ゆ゛るじでえ゛ッ…!!」
「ああ―――――ええ匂い。性根の腐った血の匂い…!! (あて)はなあ、腐った死肉が好きなんよ。残念なことに地獄じゃあ亡者は死なへんものやさかい、いっこも死肉にありつけんで…かといって時間がのうて現世にも行けへん。そもそも獄卒が現世の死体荒らしなんてしたら鬼灯さまにこっぴどう叱られてまうのやけど…そん代わり、あんたみたいに精神(なかみ)の腐った肉を食べることにしたんや」
「あぎゅ、オ゛エッ! エ゛ッ、 オ゛ォ エ゛ッッ!!」
「ほら、ほら、美味しいやろ? …あらあら、全部えずき出してもうたの。好き好かんして悪い子やなあ。…まあ、自分の肉はおくちに合わへんかったか。うふふ、かんにんな?」
「はひゅッ…はひゅッ……! は、あ、…う……」
「? なんや、どないしたん? なんか言いたいことあるん?」

「あ、―――――ゆ、ゆるじで……ごべ、ごべんなじゃい……も゛、じない、じないか゛らぁ゛……!!」

「―――――ああ、ちゃぁんと「ごめんなさい」できたんか。偉い、偉い、偉いなあ」





「 でも、だぁめ 」





「あは、なんでそない顔してるん? 「もうしない」なんて、次なんてあるわけあらへんやん! 可愛おして可哀そうやなあ。さ、続きをしまひょね。今度は(あて)にあんたの血肉を頂戴な。ぎょうさんお仕事したさかい、喉も渇いてお腹もすいてもうたわあ。さあさ、ええ子やさかい大人しゅう…」

「い゛ッ…いや゛だァァ゛アア゛ア゛ッ゛!! ダスッ、だすけでよ゛ォオオ゛オッ!! なんも゛ッ、な゛んモ゛しでないも゛ンッ!! アダシ、あだシッ、―――――あダし゛は悪くな゛い゛ッッ(・・・ ・・・・ ・   )!!!」

「―――――ああ、悪い子」


 ミチッ


「アグッ」


 ブチ、ミチチ、―――――ブチブチブチブチブチッ!!!


「 い ガァ ァア゛ア ア゛ア゛ア゛ア゛ アッ゛!!!!!! 」





「うへあ……セ、先輩、燎さまさすがにやりすぎじゃあないっスかね…」
「馬鹿言え、あの方は叱責のプロだぞ。さじ加減を間違えるわけないだろ……まあ確かに、絵面はかなり惨いが」
「あれが妥当って…あの亡者何したんスか」
「あー…確か、2歳を餓死させて乳幼児を虐待死させたらしいな。上の子はまだアイツの両親が健在だったからなんとか育ってたらしいが、下の子が生まれる前に亡くなって……嘆かわしいもんだよ。腹減ったってなく赤ん坊を煩いからって殴り飛ばしてたみたいだな。上の子は泣き方すら忘れるほどの憔悴っぷりで…それでも、泣く弟をあやそうと一生懸命抱きしめたりコップに水を汲んで飲ませようとしていたらしい。そのうちピクリとも動かなくなった赤ん坊とそれに必死に声かけてる2歳児置いて2週間オトコんとこに遊びに行って……ま、そういうことだ」
「……嫌な時代っすね」
「昔にそういうことがなかったわけじゃねえが…やりきれないよなあ。ひとりじゃ三途の川を渡れない2歳児と赤ん坊を特別措置で抱えて移動した奪衣婆も、何とも言えない顔してたよ。あんなボロボロの山姥みたいなばあさんに抱えられて、ふたりとも嬉しそうにしてたんだとよ」
「ウッ…」

「…それでもひとりに対して時間かけすぎじゃないっすか? 効率的には…」
「ひとりはいいんだよ。見せしめだ見せしめ。他の連中の反抗しようとする気持ちをへし折っておくんだとよ。ま、逃げても逃げられるわけじゃねえから逃げるだけ無駄だけどな。―――――さ! 仕事するぞ仕事! 燎さまが代わり叱責跡してる間にこの書類の山と勝負だ!」





無念を纏ひし死肉の喘ぎ(グロ描写あり)

 

 

「うふ、うふ、うふ」

 

 

 ゆうらり、幽鬼のように揺らめいて歩を進める。

 

 

「も~ぉ、いー、かー~ぁい」

 

 

 黄色人種特有の肌色によく似た皮膚や梅紫(うめむらさき)色の前掛けには赤が飛び散り、ゾッとするようなおどろおどろしさを醸し出す。

 

 

「うふふ、うふ―――――」

 

 

 ぱちょん、と背の高い女下駄が血溜まりを踏む。

 

 

 言葉が出ないと言うかのように首を振る。息ができないとばかりにくち元が音もなく喘ぐ。足が動かないのか地面を必死に這う。

 

 にんまり。悪辣な顔で笑う(きつね)と目が合った。

 

 

 

 

 

「 みぃーつうけたぁ 」

 

 

 

 

 

 

 

 

「燎さま、ありがとうございました」

「いえいえ、こちらも楽しめましたわ。ほな(あて)はここいらで失礼させていただきますよって、皆はんもお仕事おきばりやすね」

 

 

 また手足らへん時は声かけとぉくれやす、と言い残して去っていった智嘉に、獄卒たちは返事をすることなく真っ青な顔で頭を下げ続けた。

 

 ―――――現代において地獄は前代未聞の繁忙期を迎えている。

 増える人口。加えてさらに地獄行きの割合が増えたことによる獄卒の人手不足。追い打ちをかけるような悪霊の凶暴化・活性化に、あっちもこっちも手が足りないと泣くばかり。

 

 そんな中、智嘉の担当する阿鼻地獄は相変わらずのホワイト勤務を極めていた。なにせ到着するまでが死ぬほど(亡者はもう死んでるが)長い叫喚地獄である。土地はまだまだスカスカで、増える亡者は1年に2,3人居るか居ないか。今のところ次の団体さんが到着するまで400年はこの調子という見積もりなのである。

 

 自分の時間がたっぷりとある智嘉は、しからば世のためヒト(おに)のため、と忙しさにてんやわんやしている他の地獄を手助けに回っているのだ。

 

 

 東へ行っては亡者を潰し、西へ戻っては亡者を殴り。南へ駆けつけ亡者を刻み、北へ向かって亡者を蹴り飛ばす。

 

 

 なかなかに器用な智嘉は特に亡者の叱責がたいそう上手く(・・・・・・・)、現在地獄では智嘉が亡者を集団叱責している間にその地獄の獄卒たちは溜まった事務仕事他を済ませる、という大変ありがたいボランティアシステムが導入されているのである。

 

 

 からあん、ころん。からころおん。智嘉の足音がゆっくり遠のく。やがてその音が聞こえなくなったころ、見送りに出そろっていた数人の獄卒は救われたとばかりに息を吐いた。

 

 智嘉のボランティアシステムは非常にありがたいものだった。地獄といえど組織。しからば事務仕事は切っても離せない存在であるからして、獄卒の業務は多岐にわたり疲労もひとしおである。

 朝起きて亡者の叱責。書類をさばいて地獄内を右往左往してまた叱責。鬼の過労死が笑い話ではなくなってどれほどか。藁にもすがる思いで手を伸ばしたこのシステムの導入中は智嘉が走り回って亡者を叱責し、その隙に獄卒たちは余裕をもって書類仕事他ができるようになり、仕事は大変はかどることはかどること。―――――智嘉のそばでなければ。

 

 

 叱責中はいい。仕事場が違うから接触がない。しかし、お出迎えとお見送りが問題なのだ。―――――ああ、膝が笑っている。

 前後にドッとまとめて疲労が分配されただけでトータルの疲労度はあまり変わらないのだから何とも言えない。まあそれでも仕事は進むのだからまあこのシステムに頼ってしまうのだけれど。

 

 

「ああ……恐ろしかった」

 

 

 せめて相手があの鬼狐(きこ)でさえなければ……

 

 

 

 

 

 

「じーごくよいとこいちどはおーいで……ああ、鬼灯さま。お疲れ様やすなあ」

「ええ、お疲れ様です。あなたはまた例のボランティア(・・・・・・)ですか」

「ええ、ええ、皆さま大変おせわしなくしていてはりますさかい、少しでもお役に立てればと」

 

 

 うふふ、と笑う智嘉に鬼灯は白い目を向ける。なんとも胡散臭い。…まあその行動は確実に利益があるのだからあまりとやかく言うつもりはないのだが…

 

 

「以前も言いましたが、限度は考えてくださいね。あなたに頼ればいいと思って怠け始める獄卒が出てくれば元も子もないですから」

「そらもちろん。さじ加減はばっちりですよって」

 

 

 あまり心配していないが念のためと鬼灯がこのボランティアが始まってから繰り返し伝えていることを改めてくちに出せば、智嘉は嫌な顔ひとつせずに頷いた。

 

 鬼灯の懸念はもっともだ。ヘラヘラとしているように見えて智嘉も相手選びは慎重にしている。時にはボランティアを頼みに来た獄卒を叱責することもある。そうすると結果的に獄卒の質向上に貢献することにもなるので、智嘉のボランティアは一石二鳥…いや、一石三鳥(・・・・)なのである。

 

 狐目をゆわんと曲げ、智嘉は笑う。もちろん、もちろんだとも。そんな失態はしない。するわけにはいかない。そんなことをしてしまえば、このボランティア活動が(・・・・・・・・・・・)禁止されてしまう可能性がある(・・・・・・・・・・・・・・)。そんなことはご免こうむるのだから選別に必死にもなるというものだ。

 

 

「この後のご予定は?」

「うーんと、2時間後に衆合地獄で姐さまのお手伝いどすなぁ」

「なるほど。でしたらそれまで私の仕事の手伝いをしてください。あの大王、また仕事をさぼって……」

 

 

 ぶつぶつ、と禍々しい(しかしどこか所帯じみた)文句を漏らしながら智嘉に背を向けた鬼灯に、智嘉は文句ひとつ言わずについて歩いた。

 鬼灯が刻まれたその背中をくるくると視線を滑らせ眺めながら、睡眠時間は2時間くらいやろうか、とあたりをつける。日々地獄で最も多忙を極めると言っても過言ではない鬼灯は膨大な業務のせいで徹夜・寝不足の常連だ。

 智嘉の手が空いていれば多少は肩代わりしたり夜食を届けたりすることもあるが、もちろんいつでもフォローできるわけではない。

 

 寝不足とは思えないほどまっすぐな、それでも普段と比べれば少しくたびれている背中を見ながら、智嘉は今日の予定を反芻した。

 急遽入った鬼灯の手伝い。そのあとは衆合地獄でお香姐さまの手伝い。最後は黒縄地獄に呼び出されて今日は終わりだったはず。ということは、夜の8時ごろにはフリーになるはずだ。

 

 

( ほなら今夜は鬼灯さまのお手伝いで、夜更かしと洒落こもか )

 

 

 せっかくのきれいな顔はすっかりパンダになっている。今までの経験から考えると、あの濃さからしてここ1週間はまともに寝てないクチだろう。ああ、せっかくこの間無理矢理睡眠をとらせることができたというのに。いたちごっこだ。

 気を向け手をかけ奉仕してもまるで状況が改善されない。なんとも手の出し甲斐がない。が、鬼灯が崩れれば地獄が瓦解しかねないのだ。それに、まあ恩もある(・・・・)相手なのだから、智嘉もそれなりに気を使うというもので。

 

 

「さて、どうしたものやろか…」

「? 何か言いましたか」

「いいえ? それより、今日のお夜食は何がええですやろか。ああ、シーラカンスの煮つけなんていかがでっしゃろ」

「それは―――――」

 

 

 

 ――――― ウーッ!! ウーッ!! ウーッ!!

 

 

 

「―――――」

「あら、あら、あら……」

 

 

 すう、と鬼灯の目が細まる。智嘉はくちの端を悪辣に釣り上げた。

 少し遠くから、青ざめた獄卒が走り寄ってくる。

 

 

「ほ、鬼灯さまっ! 燎さまーっ!!」

 

「はて、ひまな亡者の反乱(おまつり)か、まさか身内の不始末か……地獄(ここ)はいつになっても退屈しいひんもんどすなぁ」

 

 

 うふふ、と笑った智嘉に、鬼灯は重たいため息を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

「こいつです! こいつがワンセグを持ち込んだせいで…!」

「は、はわわ…」

 

 

 智嘉と鬼灯が真っ青な獄卒に連れられてやってきた地獄の一角では、複数の獄卒が右往左往としながらひとりの小鬼を取り囲んで怒りをあらわにしていた。

 はて、どうやら騒動の原因はあの小鬼だろうかとふたりがあたりをつけたところで、一番そばでその小鬼を叱り飛ばしていた獄卒が近づいてくる上司に気づき、叫んだ。

 

 

「落ち着きなさい。状況は?」

「は、はいっ! えっと、この新人が禁止されてる区域にワンセグを持ち込んで…」

「禁止区域? ちゅうことは、まさか…」

 

「 悪霊サダコが逃げ出しました(・・・・・・・・・・・・・)!! 」

 

「…ほんまに退屈しぃひんわぁ」

 

 

 

 

 

 

 辛い苦しい苦しい苦しい悲しい恨めしい辛い恨めしい何故如何して許せない許せない苦しい辛い恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい―――――許さな い か  ら

 

 

 

 

 

 

 ドゴシュッ!!

 

「ウボァ!!」

 

 

 一閃。圧倒的密度を誇るように黒々と輝く鬼の金棒が、鬼灯の手によって小鬼の頬を打った。

 いくら鬼と言えどこれは痛い。小鬼は打たれた頬を抑えながら崩れ落ちた。

 

 

「まったく―――――新人研修でちゃん教わったでしょう! 禁止されているのは理由があるものなんですよ」

「忘れとったのか、慢心か。そこら辺の重要さはしっかり履修されたはずどすけど…最近の新人はんには八大地獄の教育も生温いものなのやもしれまへんなあ」

「理由があったにしても、社会の基本は報告(ホウ)連絡(レン)相談(ソウ)! 事前に話をしておけば防げたミスは多いものです」

 

 

 カッと一瞬、その鉄仮面に怒りを乗せた鬼灯の叱責と、やんわりとした笑顔のまま嫌みを放つ智嘉に小鬼は震える声で謝罪を繰り返した。鬼灯の眼力には震え上がるし、智嘉にいたっては灼熱の八大地獄をして「温かったか」などという言い回しはあまりにあからさまな皮肉だ。

 

 しかし仕方のない話だ。いや、小鬼がワンセグを持ち込んだことではなく、鬼灯たちが怒ることが。

 まず第一に、この小鬼は獄卒で、その獄卒がが禁止区域にワンセグを持ち込んだ結果亡者が逃げ出した件については監督不行届として彼の上司も影響が出るだろう。新人ということで新人研修内容に疑問の声が出る可能性もあるし、教育係の獄卒にも責任が及びかねない。

 そしてその処罰もろもろの最終的な報告の取りまとめ、手続きは回り回って鬼灯(うえ)に行くのだ。

 

 

( ヒトが鬼灯さまを休ませようしとるときに問題起こすなんて、タイミングの悪い…… )

 

 

 しかも、逃げ出したのは「サダコ」だという。これが事態を重くさせるのだ。

 

 

 悪霊サダコは日本において最も有名な悪霊であるだろうということは間違いない。

 そもそも彼女はもとから文句ひとつないほど有能なサイキッカーであった。それに加え、彼女の死後その無念を拾い上げた人間が、電波に乗せて彼女の存在をひろく世界中に広めてしまったのだ。

 今でも彼女を題材にした映画などは複数制作されており、その勢いに波はあれど知名度に陰りは無い。

 

 なにより厄介なのが、視聴者や読者の「感想」である。

 

 よりエンターテイメント性を求められた結果、彼女の無念は貪られた。そして、変形させられた彼女の姿により「サダコならありうるのでは」という期待(ちから)がサダコに集まってしまった。

 

 すべてが収束した先にあったのは、世間の目によって歪められ、かつての悲しみ(かたち)を失ってしまった、悪霊でしかあれない(・・・・・・・・・)サダコであった。

 

 

( まあ、今はアレがどない存在であろうとどうでもええ。問題なのは、 )

 

 

 ―――――集まった期待(ちから)によりサダコが非常に強いちからを持った悪霊であるという事実。

 

 

「だいたい、いくら性質上テレビがあれば逃げ出せる(あとづけせっていがある)とはいえワンセグから逃げ出すとは…どんなボディですか。軟体動物(タコ)か!」

「いや、それはもうかなり頑張ったみたいで…」

「根性ありはるわぁ」

 

 

 智嘉はくち元に手をあて、くふりと笑う。鬼灯はわずかに寄せた眉のままふう、とため息を吐いた。

 

 

 

「―――――さて」

 

 

 

 サダコは非常に危険な悪霊だ。しかし、行動範囲が地獄であるのならまだ対処のしようがある。

 自体収束は時間との勝負。―――――現世に逃げられる前に、捕縛しなくては。

 

 

「では火急速やかに近隣のテレビ画面をお札で封印なさい」

「えっ?」

「そないおきばりはったなら、そら、えらいお疲れでいらはるやろなあ。つまり、今好機ちゅうことや―――――ああ、鬼灯さま。閻魔殿の倉庫から札を手配終了しましたわ。すでに貼り付け作業に入った班と、今からこちらに向かって来る班行動を開始しとります」

「結構。あなた方は半数が今から合流する方々と一緒に近隣のテレビを封印し、サダコが移動できないようにします。それから、」

 

 

 端末をいじりながら報告した智嘉に鬼灯は視線も向けず獄卒に指示を飛ばす。唐突な内容に一瞬すっとぼけた鬼たちは、しかし鬼灯が指を群れを半分に割るように動かしたのを皮切りに、瞬時に2班に分かれ指示に集中した。

 

 

「もう半分はブルーレイ内蔵52型テレビをここに」

 

 

 確か、あなたたち経費で落として職場に設置していましたよね?

 

 変わらぬ鉄仮面から放たれた言葉にやっぱり呆けてしまった一同は、鬼灯越しに突き刺さった智嘉の鋭い視線に慌てて行動を開始した。

 

 半分は、姿が見え始めた閻魔殿から来た獄卒へ合流に。もう半分は、今頃野球中継を見ながら仕事をしている上司の元からテレビを強奪しに。

 

 

 ―――――この灼熱の八大地獄で、獄卒たちの顔が青鬼ですらはっきりわかるほど青ざめたのはなんのためか。

 少なくとも、近いうちに自分の職場に監査が入るであろうという事だけは分かった獄卒たちであった。

 

 

 

 

 

 

 呼ばれる。惹かれる。なんだろうか―――――とても、魅力的な。

 ひどく鮮明な、意識が。ああ―――――これは、……これは………?

 

 

 

 

 

 

「いやあ、呆気ない終幕どしたなぁ」

「かつての天下のサダコも、今やB級映画のやられ役のようでしたね」

「盛者必衰、ちゅうよりは……存在を面白おかしゅう書き換えらられてもうた結果ちゅうか。日の本を震撼させた超級の悪霊があの始末とは、うすら寒いものを感じさせるわ。恐ろしや、恐ろしや……」

 

 

 うふ、と拘束され獄卒に手酷い叱責を受けているサダコを見ながら笑う智嘉をしり目に、鬼灯は功績者を労わった。

 

 

「よくやりましたよシロさん。B級ホラー映画の狼男みたいで素敵な登場でした」

「はいっ鬼灯さま!」

 

 

 きゃうん、とシロは甘えた声を出す。それをいくらか機嫌よくなった雰囲気で撫でながら、鬼灯は智嘉へ「予定を変更します。私はこれから休憩に入るので、お手伝いは結構です」と伝えた。

 もちろん智嘉はそれを肩をすくめて了解し、すっきりとした顔でその場を去った。―――――最後にサダコを一瞥して。

 

 

 

 ―――――サダコの罪というものは、『死後の罪』にあたる。

 というのも、生前のサダコは地獄に落ちるほど悪徳を積んではいなかったのだ。

 けれど、無残な死がすべてを変えた。

 憎しみが、苦しみが、サダコが本来持っていた素質を巻き込んで日本中を覆うような悪夢を生み出した。

 

 

( ああ、ああ、お可哀そうに )

 

 

 うふ、と智嘉は笑う。サダコはとんでもない悪霊だ。しかし、智嘉はサダコがそこまで嫌いではなかった。

 

 憎むことの何が悪い。無念が渦巻いて何が悪い。許せないことの何が悪い!

 

 それでも智嘉がサダコを罰するのはここが地獄でそれが地獄の定めであったからだ。

 

 サダコは亡者で智嘉は獄卒だ。そして地獄はサダコを罪人(つみびと)とした。それがすべてだ。

 

 だから個人の感情で言えば、智嘉はサダコが嫌いではない。

 

 

 

 ―――――それはあるいは共感か。智嘉は静かにその場を去り、今回の脱走により罪が重くなったであろうサダコに対する処罰他の、手続き処理の準備に取り掛かった。

 

 

 

 





「はーっ! ええ汗かいたなぁ」
「―――――それにしても、」
「…ん、ちゅ、んちゅ、ちゅる………ごくん」


「うふふ…相変わらず、臭おして臭おして……食えたものちゃうなあ、人間なんて」



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