鬼火の尾、野狐の牙   作:雄良 景

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 今回は結構智嘉が頑張る





猿と犬

 

 

 

「あっ! 智嘉さまだーっ!」

「あら、こらお久しぶりどすなぁ」

 

 

 のうらりくらり、のんべんだらり。珍しく空いた時間を散歩に充てて地獄内をふらふらと歩いていた智嘉は、後ろからかけられた声にパッと振り返り、うふ、と笑った。

 

 駆けよってきたみっつの影。それは少し前に出会った、桃太郎のお供たちだった。

 

 

「皆さま、本日はお休みどすか? ご一緒で仲がよろしいこと」

「そうだよ!」

「ちょうどいい、アンタに聞きたいことがあったんだ」

「俺たち久しぶりに桃太郎に会いに行こうと思ってさ。でも、俺たち今は地獄の獄卒だろ? 住んでる場所も地獄だし…勝手に天国に行っていいのかなって」

 

 ぶんぶんと尻尾を振るシロに対して、ルリオは至極冷静に話を切り出し、柿助が本題を告げた。

 それに智嘉は「なるほど、立場を考えればそんな疑問も出てくるものか」と頷き、はんなりと肯定する。

 

 

「そらもちろん。皆さまはもとより天国のおヒトで、今は雇用契約により地獄に出稼ぎに来てはるようなもんやないですか。獄卒ゆうても、阻めるものはあらしまへんよ。…ああ、そん代わりぃ、天国にお入りになる前にはしっかり消毒(・・)を受けてもらわんとあきまへんけど。向こうには穢れ(・・)に弱いおヒトもいてはるさかい……ほんの数分で済みますよって、徹底しとぉくれやす」

 

 

 ゆうるりと。しかしきっぱりと言った智嘉に、3匹はしっかりと頷く。彼らとて伊達に聖獣をやっていないのだ。穢れのアレソレについてはそれなりに理解がある。

 

 

「―――――あら、そういえば」

 

 

 ふと、智嘉は思い出した。桃太郎を白澤のもとへ案内した際、かの英雄殿はあの漢方薬局の存在を知らなかったではなかったか。

 

 

「皆さま、桃太郎はんが天国のどこにいらはるかご存じなんどすか?」

 

 

 

 

 

 

「……何羨ましいことしてるんですか」

「あらまあ。欲望に忠実な本音転がり落ちてはるわ」

 

 

 まぁた寝てへんのどすか? と片眉を上げた智嘉をスルーし、鬼灯はその智嘉の周りを取り囲んで一緒に歩いていた3匹をじっと見つめた。

 

 

「鬼灯さまだ!」

「こんにちは、皆さん」

「「「 こんにちは 」」」

 

 

 よい子のお手本のように返事を返す3匹に、鬼灯の雰囲気が少し和らぐ。やはりアニマルセラピーは偉大である。

 ひとりでほのぼのしている鬼灯に無視された智嘉は、しかしそれ以上攻め立てることもなく黙って鬼灯の癒しの視覚摂取を受け入れた。

 

 

「ところで、皆さんはこれから天国ですか?」

「え! 何で分かったの!? そーだよ! 桃太郎のとこ行くんだよ!!」

 

 

 シロはぴょんと飛び跳ねた。超能力!? と騒ぐ姿は愛嬌があり、つい鬼灯も「そんなものですね」と答える。

 しかしもちろん種も仕掛けもある話で、ただ単に智嘉が服を着ていたからそう判断しただけだった。

 窮屈なのを嫌い普段は痴女のような仕事着で地獄を走り回る智嘉だが、鬼灯の長年の努力により『他所に行くとき・他所から客が来るとき』くらいは身なりを整えるようになった。

 だから智嘉は天国に行くときにはしっかり質のいい着物を手早く着付けてから出かけるのだ。

 

 

「桃太郎さんのところですか。奇遇ですね、私も丁度そこに用があり、今から向かおうと思っていたところですので……見たところ、智嘉さんは案内係ですか。私も同行しても?」

 

 

 いや鬼灯さまがおるなら(あて)が案内する必要あらへんやん……とは言わずに、智嘉は黙って頷いた。……また騒がしくなるだろうなと、ため息を吐きながら。

 

 

 

 

 

 

「もーっもたーろさんっ! もーもたーろさんっ!」

「おいシロ、あんまりはしゃぐなよ」

「すいません智嘉さま、鬼灯さま…」

 

「いえ、大丈夫です」

「ええ、ええ、お元気でいてはるんがシロはんの素敵なところやないですか」

 

 

 ご機嫌な仲間に少し恥ずかしそうにした柿助とルリオは、しかしおおらかにそれを許す智嘉と鬼灯にほっと胸をなでおろした。

 

 

「ここ桃いっぱいだね! 食べてもいい?」

「あらあら、そればっかりは勘弁したってくださいねぇ。ここん桃は天国が管理してはる仙桃やさかい」

「ああ、これが噂の…」

「えっ、じゃあ桃太郎仙桃の世話してんの? 桃太郎が、桃の世話……」

「なかなかの敏腕だそうですよ。天国からの覚えもめでたいようで」

 

 

 一行はゆっくりと目的地へ向かう小路を歩む。雰囲気はひどく柔らかく、ほのぼのとした空気が流れていた。

 ―――――しかし、ふと小路の反対側から強い怒気を纏った鬼女が歩いてきたことにより、その空気は砕けて消える。

 

 

「あら…」

「っ、ほ、鬼灯さま!? 智嘉さまも……」

「―――――なるほど、大体察しはつきます。あの白豚はシメておくので、あなたは家に帰って休みなさい」

 

 

 まさかの人物に出会った、と言った顔をしていた鬼女は、しかし鬼灯のセリフを聞いてぐっと涙ぐみ頭を下げ歩く速度を上げる。智嘉はすれ違いざまににその鬼女へ衆合地獄にある穴場のカフェを教えてやった。

 

 

「鬼灯さま、あの人どうしたの?」

「豚に噛まれたんですよ」

「豚って…」

「まったく、あのヒトぉが懲りへんのはいつものこっとすけど、あないなおヒトや知っとっても寄って行ってまうんは何でなんやろなあ…」

「手の内に入れる術には長けている男ですからね」

「まあ、性別が女ならどないな子でも優ぁしくしてくれるさかい、勘違いしてまう子ぉもおるみたいやし…魅力はあるちゅうことやろうけれども」

「魅力なんてありませんよあんな白豚」

「……手癖の悪いオスの話か…?」

 

 

 ブチブチと呟くふたりに3匹は首を傾げた。…ところで鬼女が歩いてきたのは小路の向こうからで、自分たちの目的地はその先なのだが。まさかその手癖の悪いオス、桃太郎と一緒にいるのではあるまいな。

 

 

 

 

 

 

「ぎゃーっ!! 出たな猛毒豆をまけ!! あっフーちゃんだフーちゃんはいいよちょっと横にずれててねよーし豆をまけ!!!」

 

 

 くちの端から血を垂らす白澤が声を張り上げる。それに向ける鬼灯の目は冷ややかだ。混沌の現状。かつてない様子の白澤に、桃太郎は寄ってきたシロを撫でながら困惑しきって智嘉を見た。

 白澤は確かに感情豊かなヒトではあったが、こんな様子を見るのは初めてだった。

 

 

「ああ、気にせんでええですよって。あんヒトら、毎度毎度のことですさかい……ウマ合わへん言うか反りが合わへん言うか……もうあの世のテンプレみたいなもんやから、流して避難しとったらええんどす」

 

 

 こっちのおふたりは仲ようしていらはるんに、と言いながら柿助とシロを見てひらひらと智嘉が手を振る。その顔は少し呆れているようで、確かに慣れている様子であったために、桃太郎とそのお供たちは「そういうものか」と受け入れて少し離れることにした。

 

 

「あー、ところでお前らは仕事順調か?」

「うん! 難しいこと一杯だけど、楽しいよ!」

「桃太郎はどうなんだよ~仙桃の世話してんだろ?」

「ああ、あとそれと一緒にあのヒトから漢方も教わってるんだ」

「あの手癖の悪いオスからか?」

「て、手癖の悪いオス……否定のしようがねぇ」

 

 

 ひくり、と桃太郎はくちの端を引きつらせた。あの人の好色ぶりは地獄まで響き渡っているのか…いやあれだけの有名人なら知ってる人の方が多いものか……とため息が出る。

 

 

「まあ、確かにちょっとアレなとこもあるけど、あのヒトすげぇヒトなんだぞ。中国の神獣さまで、漢方の権威なんだ。知らない草はないんじゃないかな」

「へぇー! 見かけによらないんだね!」

 

 

 天然に辛辣なシロのコメントに、しかしいつの間にかケンカの手を止め桃太郎たちを見ていた白澤がのほほんと手を振る。伊達に長生きしていない。マイナス評価なんて聞きなれたものだ。貫禄がある。

 

 

「やっぱ今の時代手に職じゃん? 俺もいつか、自分印の薬とか作ってみたくてさぁ」

「大人になったな桃太郎」

 

 

 ふう、とルリオが笑う。目の前にいる仲間は、少し前まで腐っていた時と違いかつての輝きを取り戻した懐かしい目の色をしていた。―――――いや、少し違うかもしれない。

 

 未来を見据えた目だ。先を選ぶ目だ。かつて年端も行かぬまま、その愚かで美しい意志の元英雄となり、幼いまま大人にならざるを得なくなってしまった少年が、そしてそのまま死んでしまった子供が、今ようやくまっとうに『成長』というものをしているのだ。

 

 チラリ、とこちらを見ている鬼灯たちに視線を向ける。死後に育つというのも不思議な話だが、彼をただの人間の子供と見ている大人があの世(ここ)にはいてくれる。それは何とも幸福な話だと、ルリオは思うのだ。

 きっとそれは、他の2匹もそうだろう。

 

 

「桃太郎印のきびだんごだね!」

「いやそれ既にありますよね」

 

 

 きゃらきゃらと笑うシロに、鬼灯があんなもんなくても調教すればいいと宣えば、「お前はな」と白澤が苛立ち交じりの溜息を吐いた。

 

 

「………あの、ところでおふたりってなんか……親戚とかなんかで……?」

「あ、言うてもうた」

「えっ」

「違います知人です」

「お、セーフや」

「えっ」

 

 

 桃太郎はきょどきょどと鬼灯と智嘉を交互に見た。智嘉の反応が不穏すぎる。あと嫌そうな顔になった白澤の顔もちょっと怖い。

 

 

「偶然お互いに東洋医学を研究していまして」

「まあね、望む望まないに限らず色々と付き合いってもんがね」

「まあ極力会いませんが」

「ええ……なんで……」

 

 

 交互に早口でまくし立てる鬼灯と白澤に桃太郎も微妙な顔になる。もしかして自分が抱いたイメージ以上に仲が悪いのだろうか。零れ落ちた疑問に、視界の端で智嘉があちゃあ、という顔をした。

 

 

「端的に言うとコイツが大嫌いだからです」

「僕もお前なんて大嫌いだよ!!!!」

「ああ、ああ、もうええ加減に終いにしとくれやっしゃ。あんさんらの仲の悪さなんて誰もが知っとるさかい、さあさそれより鬼灯さま。早うご用事を済まされとぉくれやす」

 

 

 再びケンカに発展しそうになったふたりを、智嘉が遮って促す。いくらテンプレとはいえ巻き込まれるのは勘弁願いたいのだ。このふたりに関することはいくら智嘉でものほほんと見ていられないから困る。

 

 

「それもそうですね。注文してた金丹をとりに来たんですけど」

「うわーんフーちゃんは僕の味方してくれるもんね! ざまあ見ろ常闇鬼神!」

「ああ、せやせや。桃太郎はん、もうご存じかもしれまへんが、白澤さまはアタマを信用してもおくちはあまり信用しいひん方がよろしいですよって」

「あれ!? フーちゃん!?」

「おい金丹出せっつってんだろ」

 

 

 案外智嘉さんも混沌を生み出すんだよなあ、と桃太郎は思った。

 

 

 

 

 

 

「あの、ところで『金丹』って何ですか?」

 

 

 ふうふうと荒い息を零す白澤を見ながら、ふと桃太郎はひとつ質問をしてみた。『注文した』と鬼灯が言ったのだから、おそらく漢方のことだと思うのだが、あいにくまだまだひよっこの桃太郎には『金丹』というのが一体何なのか分からないのだ。

 

 弟子からのそんな疑問に「ああ、そう言えば知らないか」とケロリといつもの調子を取り戻した白澤はもぞもぞと着ている割烹着のような白衣のポケットを漁り、コロリと手のひらに取り出したものを転がして見せた。

 

 

「これだよ」

「ちょい待ち」

 

 

 取り出された宝石のような丸薬。それにわぁ、と桃太郎が感嘆の声を上げるよりはやく、智嘉がギョッとして割り込んだ

 

 

「え? なになに?」

「何ちゃいますわ。まさかその金丹、そのままポケットに突っ込んどったんどすか?」

「そうだけど」

「『そうだけど』!? あ、あんた薬を、ヒトの口に入るものをようもまあそないな、不衛生な……ようポケットの中の縫い目で迷子にならへんかったわな……」

 

 

 あんまりな管理にさしもの地価もくちの端が引きつる。店に来る女の子たちにはかわいらしいラッピングをして渡すくせに相手がそれ以外だとこれだ。呆れを通り越して感心してくる。

 そんなふたりの様子を見ながら、桃太郎は鬼灯に話しかけた。

 

 

「あの、智嘉さんって昔ここで漢方習ってたって聞いたんですけど…鬼でも天国で暮らせるんですか?」

「ああ、そんなこともありましたね。できないことはないですよ。彼女の場合、もう少しめんどくさい理由があったんですけど……まあ置いといて。彼女がここに居たのはまだずっと幼いころでして。あのこってこての京言葉に少し混じる花魁言葉のような話し方は、あの白豚が幼いあの子を行きつけの花街の女性に預けてたりしてた結果ですね」

「へえ……」

 

 

 曖昧に切られた言葉を、桃太郎は追及しなかった。ここは好奇心で聞いていいことではない、というくらいの判断はできるからだ。

 

 

「そういえば先ほどの話の続きですが、『金丹』というのは中国の妙薬で、道教では『仙人になる薬』や『不老不死になる薬』とも言われていますね。まああの世の人外からしてみればよく効く万能薬という感じですが」

「うわ~ロマンがねえ~~~……」

「『仙人』も『不老不死』も案外現実的に考えれば最初からロマンなんてありませんよ。―――――智嘉さん、もう結構です。私も白豚の手垢がついた薬には思うところはありますが、今回ばかりは時間がないので」

「ほんっとお前嫌い!! 手垢なんてついてませんこっちはプロだぞ!!」

「プロなら衛生管理くらいしろ。いいからはやくください」

 

 

 にべもない鬼灯に片眉を跳ね上げた白澤は、ぶっすりと不満げな顔をして金丹を乗せた手のひらを鬼灯に向けた。

 

 

「ったく、医療研究の一環じゃなきゃこんな奴にこんな貴重なものあげたくないんだけどな~~ほんとうはぜっっったい嫌なんだけどな~~~~」

「まぁた油に火ぃつけて……」

 

 

 徹頭徹尾煽ってくスタイル。智嘉と桃太郎はため息を吐いた。またケンカが始まるのか、止めても止めてもキリがないと鬼灯の出方を伺えば、意外にも鬼灯は特に反応した様子もなくその手の上の金丹を受け取ろうとして―――――

 

 

「バルス!!!!!!」

「ぎゃああああああっ!!!! 手が、手がぁぁぁああああ!!!!」

「っぶな、」

 

 

 思い切り白澤の手のひらに鋭い爪を食い込ませた。

 予想外の激痛に白澤は絶叫を上げて鬼灯を振り払い、その拍子に手のひらから吹き飛んだ金丹を間一髪智嘉がキャッチする。だから貴重な妙薬だつってんだろ丁重に扱え。

 

 

「なんだそれは『滅びろ』ってことか!? お前ジブリマニアか!? 痛いわバカ!! この人でなし!! だからお前嫌いなんだ!!!」

「まあ人ではないですね」

「くそ、僕の手は女の子の柔らかい手を包み込むという大切な仕事があるんだぞ!」

 

「いやあんたついさっきその柔らかい手でぶん投げられてたじゃないですか……」

 

「そういえば道中、酷く気を乱していた鬼女に会いましたね」

「また泣かせて…特に鬼女は獄卒かもしれへんのやから、ちょっかいかけるのんはほどほどにしてくれまへん? 感情を引きずって後々仕事に支障きす子もいてはるのに…」

「あはは、ごめんごめん」

 

 

 釘を刺す智嘉に、けれど飄々とした返事をする白澤。来る者(相手持ちでなければ)拒まず去る者追わずのスタンス、ともいえるかもしれないが、この男は単に期待していないのだ。

 

 それは悠久を生きる自分が、いずれ滅びる誰かに理解されること。相手のいのちが自分の人生に付随してくれるのもだと思っていない。

 だから相手が怒っても「ああ怒らせちゃった」とは思っても、その感情に寄り添ってもう一度縁を紡ぎなおそうとはしない。謝りはするし、他の理由で悲しんでいれば親身になって慰めもする。けれどこの男はどこまでも人で無しだから。うだうだ言っても割り切って、線を越えない。

 

 非合理の塊のような男の、そんな合理的なところが鬼灯は嫌いだった。(むしろ好きなところは無いのだが)

 

 

「……あなた、そのうち奈落に堕ちますよ」

「そんなことより金丹の代金ちょうだいよ。5千元……10万円で良いよ。よこせ天下の日本銀行券」

金額盛ってんじゃ(ぼってんじゃ)ねぇぞ」

「元って何ですか?」

「中国のお金の単位どす。ちなみに2011年3月ごろやと1元が日本円で12円くらいやったはずやわ」

「(なんで2011年……)じゃあ5千元は6万円っスか。全力でぼったくろうとしてる……」

 

 

 いや妙薬を6万で買える方がおかしいのか…? と悩む桃太郎を置いて、鬼灯は一度ゆっくりと瞬きをした。

 

 

「……そうだ、あと高麗人参をください」

「あああれ? あれは向こうに置いてあるな~取ってくるよ」

「あ、白澤さま雑用なら俺が、って、え?」

 

 

 追加注文に背を向けた白澤は、さすがに嫌いな相手でも客相手にそこまでの横暴はしないのか、文句なく目的のものが置いてある場所に足を進める。それを見てハッとした桃太郎の言葉を遮ったのは鬼灯だ。

 ―――――歩く白澤を見つめる目はどこか昏く鋭く、桃太郎は思わず言葉を止める。

 

 

白澤(・・)さん。ひとつ忠告をしておきますが、由緒ある神獣であろうとおいた(・・・)が過ぎれば罰は当たりますよ」

「あたらないも~ん。むしろお前に当た―――――れ、え!?」

「えっ」

 

 

 ―――――バキバキバキッ!!!

 

 

「えっ!!?」

「落ちはったなあ」

「白澤さま!!?」

 

 

 一瞬のことだった。ひょうひょうと鬼灯の忠告を流した白澤の足元がふいに音をたてて沈み、白澤の体をまるっと飲み込んでしまったのだ。

 あまりのことに桃太郎が慌てて現れた穴を覗き込めば、それはあまりに深く、深く、深く―――――

 

 

「えっこれ現世に届いてます!?」

「現世どころか地獄直通ですよ。これがほんとの奈落の底ってね」

「下手人めっちゃ名乗り出とる」

 

 

 何やらかしとんのや、と智嘉が頭を抱える。鬼灯は穴に向かって「人間がごみのようだ」と言っているが、地獄直通ということはあの神獣は空から降ってきて地の底に沈んでいった姿を現世の人間に見られた可能性があるということではないか。リスク管理どうした。やっぱり寝ぼけているのでは、と判断した智嘉は、地獄に帰ったら目の前のハイパー問題児(ウン千歳)をまた布団の中に押し込もうと決意した。

 

 

「いだだだだ……何なのこの穴…昨日までは無かったのに……こわ……」

「は、はぁ!? ちょ、何で穴から戻ってくるんやっ」

 

 

 仕方ない、後始末を、と取り出した携帯端末を握り締めて智嘉が声を張る。地獄に落ちて、落ちた穴から這い上がってくるって、これ絶対姿を戻して(・・・・・)帰ってきてるだろ。絶対人間に見られてる。いや最悪白澤の姿が見られることはいいとしよう。現代ならテレビで特集を組まれることはあっても合成だろうと一蹴される可能性の方が高いのだから。

 問題は地獄につながる穴の存在が知られることだ。うっかりその穴を調査されて、あの世に辿り着かれれでもすれば未曽有の大混乱が発生する。

 

 

「もしもし、大急ぎで済ましてほしいんやけどっ! せや、大問題や。穴があるんや、穴が! え、どこって、えーっと、あーもうっここの真下はどこなん!?」

「私が徹夜で6時間かけて掘った穴ですよ。落ちたことを光栄に思え」

「多分針山地獄あたりの上空、やと思う! そこに現世に通じる穴開いてもうているはずやさかい、公になる前に埋め立ててもうてくれへんか! 構わん、阿鼻の獄卒動員したってええさかい、直ぐにや!」

「ロンドンハーツのスタッフかお前は!! そんなことで隈作ってる暇あったら寝てろ暇人!!」

「あなたが人間ならとっくに大量受苦悩処へ堕ちているでしょうからね。いやぁ徹夜した甲斐があった……」

「薬代払ってとっとと地獄へ帰れ!! だから嫌なんだこの男!!!!」

 

「ああもう、やかましい! 少しは静かにしてくれまへん!? あああともしもし、針山地獄ちゃうくて大量受苦悩処やったわ! 急いだってな!」

 

「……智嘉さんってあんな大声出るんだな」

 

 

 ぽつり、とカオスの中で呟かれた桃太郎の声は誰にも拾われず。

 

 ―――――別に、地獄が混乱に陥ろうと実は智嘉にはあまり関係ない。どうせあっちこっちが責任の押し付け合いをして、結局お上のやんごとなきお方たちの摩訶不思議パゥワーで無理矢理でも整頓されるのだ。それによってどんな支障が発生しようと、智嘉は変わらずのんべんだらりと歩くだけ。

 けれど、鬼灯と白澤が原因となってしまうのならさすがの智嘉も慌てて手を回すというもので。全く持って勘弁してほしい。自分のペースを乱されるのは好きじゃないのに。しかも今回は事が大きすぎる。おかげさまでキャラを投げ捨てて声を張ってばかりだ。これで喉を傷めたら労災は通るだろうか。

 

 

「ちょ、いつまでもケンカしてへんでこっちの穴を埋めるの手伝うてくれます!? ていうかこの穴どないすれば埋まるん…? 土ぃ、かけてもかけても現世に落ちてまうやんっ」

「白豚がなんか術とか使ってどうにかしますよ」

「はぁ~~? 自分でやったんだから自分でどうにかしろよ!」

「そもそも白澤さまはなんで家の真横に穴を掘られとるん気づかへんのや! えらいぐっすりお眠りやったんどすなぁ! 健康的でよろしいこと!」

「アレェ僕が悪いの!?」

「というかだから道中すれ違った女性とよろしくやってたんでしょう。私はちゃんと耳栓して作業してたので知りませんが」

「耳栓してる時点で確信してんじゃねーか!」

 

「ああ、やかましい、やかましい! くちより手ぇ動かしてや! 時間あらへんのやで!」

 

「地獄のタイムアタックですね」

「ここは天国ですぅ~~~!!」

「あの、俺も手伝います…!」

「おおきになあ桃太郎はん! 見倣いやそこの年長者(バカ)ふたり!!」

 

 

 







 いろいろあって智嘉にとって鬼灯と白澤には恩があるので、この二人が関係するなら案外積極的に動いてくれる。



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