艦これネタ置場   作:歌猫

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エピソード:ゼロ

 虫の音ひとつ聞こえない丑三つ時。空に光る星々に勝る輝きを放つ月は雲に隠れ、辺りは闇に包まれている。暗く、先が異常に見えづらい中で、意識が無い母さんを抱えて、私は山を駆ける。音を立てないように気を付けながら思うのは、やっぱり数日前の夜に出会した駆逐艦二人を始末すれば良かった、ということだ。

 

「この娘達は、恨んでないから」

 

 そんな母さんの言葉に従って気絶させるだけで済ませたけど、やっぱり間違いだったんだ。だって、当たり前だよね。母さんみたいな子達がいることに気付かないで、その元凶の上っ面の良さに騙されるような船達だもん。無知は罪だ。じゃないと、知らなかったから、気付かなかったから仕方がない、なんて言葉じゃ到底収まらない程の地獄を味わい死んでいった、あの子達が浮かばれない。

 そして、今にも死に行こうとしている母さんにも。

 

「……あ、れ? わたし…………」

「! 母さん、目が覚めたの!?」

 

 背負っていた鞄の中にあるボロボロのブランケットを、木に寄りかからせる形で敷いて母さんを座らせ、腰のポーチに入れている薬を飲ませた。

 

「…………けほっ。ありがとう、センちゃん。ラクになった……あと、『かあさん』はやめて」

「本当に大丈夫? ……やだ、母さんは母さんだもん」

「うん、まだへいきだよ……このごうじょうものめ」

 

 心配させないように母さんは笑ってくれるけど、無理をしていることは分かりきっている。でも、それを言葉にすることはせずに、私は現状を伝えることにした。

 

「ごめん、ターゲットを始末できなかった。護衛に大本営所属の艦娘がいて見付かって、後一歩のところで止めがさせなくて……あ、でも! アイツが自分に施してた術式は全部壊したし、悪行の数々の証拠はバラ蒔いて逃げたよ!」

「そっか。ならあとはもう、だいほんえいがやってくれるだろうからもんだいない、ね……」

 

 そう笑う母さんの言葉に、私は顔を顰めた。

 

「ねぇ母さん、本当に大本営って信用できるの?」

「センちゃんは、しんようできないの?」

「いや、私だって人柄は認めているよ? でもさ、アイツ等に簡単に騙されるような連中じゃんか」

「あれは、だますほうがわるいとおもうよ?」

「いーや、騙される方だって悪いね! 絶対!!」

 

 だって私達艦娘は、世界中を脅かす深海棲艦に対抗できる、唯一の存在だ。そんな私達を、二百年前の英雄たる刀剣男士の再来として、多くの人達が好意的に迎えてくれる。けれど、その力を悪用しようと企む人や、恐怖のあまり人の姿を模した化け物だと口さがなく吐き捨てる人もいる。寧ろそんな人達ばかりを、この十二年間ずっと、私は見続けた。

 

 

 

 妖精が見えて、提督適性(れいりょく)がある孤児を引き取り、自分の使い勝手の良い道具として扱っていた、最低な連中。母さんは最初期の頃、そんな連中に拾われた子供だった。

 当時最年少だった母さんは、しかしそこにいる子供達の誰よりも早熟で。私達を敢えて顕現させるようなことはせず、けれども自分が処分されないように、建造は完璧に行っていた。妖精のアシストも無しに造られたのにも拘わらず、正規の手順で造られた艦と同等の品質に、奴等は母さんの価値を見出だしたらしい。ただの建造マシーンとして、母さんは利用されることになった。

 そんな母さんに、私は最初に造られた艦だった。最初に造られただけあって、所々に欠陥があった軽巡洋艦。レア度もそう高くなかったために、私は母さんの傍にいることを唯一許された。そんな私を、母さんは大事にしてくれた。暇が出来れば私を磨き、返事はないのは分かっている筈なのに、私に話し掛けてきてくれる。顕現してくれれば、私は母さんのために働けるのに。おしゃべりだって、沢山出来るのに。母さんがそうしない理由を分かっているだけに、私は歯痒くて仕方が無かった。

 そんな母さんに、後輩が出来た。「ほんとうは、いないほうが、いいんだけどね」なんて母さんは哀しそうに笑っていたけど、母さんは連中に気取られない程度にその子を育て、護るようになった。私以外に大切な存在が出来たのは、ちょっと良い気はしなかったけど、母さんに笑顔が増えるなら、まぁ仕方がないかと、見守っていた、その最中。

 

「ああああぁあぁぁぁあああああああぁぁぁああああああああぁぁぁあああああああぁあぁぁぁああああああぁあぁぁぁあああああああぁぁぁあああ!!」

 

 その子が、壊された。母さんほど器用では無く、母さんよりも少し見目が良く、幼少から力を酷使したせいで発育が遅すぎる母さんと違って、きちんと成長していたのが災いしたのだろう。その子がオモチャにされている現場を偶然目撃した母さんは、怒りのままに力を解放して、欠陥品だった私達を顕現させ、その施設を破壊し尽くした。

 

「…………あはっ」

 

 私以外の欠陥品は全て自壊し、母さんを縛り付けていた施設という名の鎖は完膚なきまでに壊れた。

 

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

 

 その場に佇み、狂ったように笑っていた母さんは、落ち着けるためか深く息を吐き、口ずさむように言葉を発する。

 

「センダイちゃん、ごめん」

「何で謝るのさ?」

「キミを、ひとごろしのどうぐとしてつかうよ」

 

 それは命令でも、さりとてお願いでも無かった。もう、私が人殺しの道具として使われることは決定事項で、逆らうという選択は存在しない。そもそも私は欠陥品で、酷使され続けた母さんだって、もう長くは無い。なら、その先にあるのが破滅だとしても、何ら問題は無かった。

 

「うん、良いよ。元々夜戦は得意だし、暗殺だってやってみせるよ、母さん」

「ありがと――――まってセンダイちゃん、なんでわたしを『かあさん』よばわりする?」

 

 

 

 それから二年間、情報を集め、施設を破壊し、連中を殺していく日々。基本山の中で生活し、必要な物資は襲撃先で強奪する、そんな山賊紛いの行動を取り続け――本来ならば今夜が、終わりのはずだった。それを邪魔してくれた正規の分霊(べつのわたし)や、夜戦が得意な他の艦娘に、私は悔しい気持ちになる。

 本音を言えば母さんの復讐は、私の手で完遂させたかった。でも、それはもう不可能だ。更に厳重になるだろう警戒体制を潜り抜ける自信は、今の私には無い。

 

「…………まぁ、良いや。母さんの言う通り、後は大本営に任せようか」

「? めずらしいね、いつもなら、もっとしぶるのに」

「無理なことはしない主義なの! それより母さん、どっか行きたいことない?」

「え……?」

「だって、やらなくちゃいけないことはもう終わったじゃん。だからこれからは、やりたいことをしよう!」

 

 私は勿論、夜戦だよ! なんてはしゃいで見せれば、母さんは久し振りに、柔らかい笑みを見せてくれた。

 

「そう、だなぁ……うみ、みたいかも」

「『海』?」

「うん、すいへいせんからのぼるあさひや、すいへいせんにしずむゆうひがみたい」

「そっか……じゃあ、これから朝日を見に、海に行こう。今からだったら間に合うよ」

「うん、それとね……センちゃんが、うみをかけるところがみたい、な。あと、わたしも、センちゃんといっしょに、うみ、でたいかも」

「うん、良いよ! 私にどーんと任せて!」

「うん、たよりに……してる、ね」

 

 次々と、小さな願いを口にする母さんの言葉を、ひとつひとつ、刻み込む。今度こそ、私が母さんの願いを全部叶えるんだ。

 

「…………ねぇ、センちゃん」

「何、母さん?」

「わたしね、もっとセンちゃんとおはなししたかった。いっしょに、いろんなところにいきたかった。いっぱいあそんで、いっぱいわらって、いっぱいかんどう、したかった……」

「出来るよ、これからずっと、一緒にいられるよ?」

 

 視界が歪み、声が震える。ポツリポツリと、母さんの服に染みる水滴に、雨が降り始めたのかと空を見上げれば、月を隠していたはずの雲は見る影もなく、綺麗な満月と、満面に輝く星々が広がっていた。

 

「……そら、キレイだね」

「……うん」

「もっと、みていたいな」

「なら、一緒に見よう?」

「うん、でも……なんでかな。とっても、ねむいんだ」

「そっか」

「うん」

「じゃあ、寝てて良いよ。私がちゃーんと記憶しとくから」

「いいの?」

「勿論! だって、夜は好きだもん」

「じゃあ、おねがいするね」

「まっかせてよ!」

 

 そう、元気良く返事はしてみせたけど、私はちゃんと、笑えているだろうか。鏡が無いから、確認しようもないけど。

 

「…………センちゃん」

「なぁに?」

「いままで、ありがとう……おやすみ、なさい…………」

 

 そう呟いて、母さんは直ぐに眠りに就いた。そんな母さんを背に左手を回し、色の抜け落ちた髪を、私は力を込めずに右手で撫でる。

 今年で十七程になるはずの母さんの見た目は、十歳を下回る程度。ロクな栄養も貰えず酷使されてきたせいか、腕も脚も頬も痩せこけているのに、お腹だけがぽっこり出っ張っているような、とてもみすぼらしい姿だけれど。それでもこの人は、妖精さんの力も借りずに自分の手で私を造って(うんで)くれた、自慢の母さんだ。

 

「本当に、自慢なんだよ?」

 

 母さんには、もっと生きてほしかった。生きて、色んな所を自由に行ってほしかったんだ。

 

「だからさ、お願いだよ、本霊(わたし)

 

 

 

 ――――母さんに、分霊(わたし)を与えてよ。

 

 

 

 その願いは、ちゃんと届いただろうか。例え届いたとしても、叶えてもらえない可能性の方が高いけど。それでも、願うだけタダだと思いながら、私の意識は溶けていった。

 

 

          *   *   *

 

 

 駆ける、駆ける、駆ける。

 動きなれない山の中を、私はともかく走り続けた。藪を突っ切って服が破けようが、肌に無数の傷が付こうが関係ない。そんな些細な事柄よりも、もっと大事なことがある。

 

「姉さ……待っ…………」

「川内ちゃ……すぎ…………」

 

 後を追っている妹達が抗議してくるけど、それを全て無視して私は走った。

 

(あの『私』は、もう長くない)

 

 それはきっと、『私』を顕現した違法提督も同様だろう。彼女達がどうして、不慮の事故や深海棲艦の襲撃などで先代や後継者が相次いで亡くなり代替りしたばかりの名門筋の当主達を殺して回っていたのか、その理由が知れたのは、本当につい最近だ。まだ十数年しか経っていなかったとかでは済まされない程の犠牲者の数々。その最初期メンバー唯一の生き残りと思われる人が、つい数日前に雷と電の前に現れた。出会ったのは偶然で、明らかに虐待の跡がある彼女を保護する前に、『私』の手によって気絶させられた二人。彼女が止めなければ荒魂一歩手前だった『私』によって壊されていただろうとは、その日のトラウマで私から逃げるようになった二人の言葉だ。

 

(それに関する文句とか、言いたいことは色々とあるけど)

 

 ごめんなさいと、ありがとう。

 この二つの言葉は絶対に伝えないといけない。そして、残り僅かな生を幸せに過ごしてほしいから。だからこそ、私があの二人を保護しなければいけない。艦娘黎明期から現役でい続けている数少ない艦娘だからこそ、あの二人に余計な手出しをさせずに最期まで護り続けることが出来るから。

 ただそれだけを思って、僅かに残る『私』の痕跡を辿り、漸く彼女達の居場所へと辿り着く。だけど、それはもう遅かった――遅すぎた。

 そこにはもう、息を引き取った少女の亡骸と、ボロボロに壊れた『私』の依り代があるだけで。もう、命あるものは存在しない。

 

 私はそっと、『私』の依り代に手を触れる。そこから流れる違法提督の想いと、『私』の最期の純粋な願い。普通に生きていればすぐに出来た些細なことを願った彼女と、荒魂にほぼ足を踏み入れていながら生みの親のことを想って逝った『私』。誰よりも悲惨な目に遭いながら、それでも優しくあり続けた彼女と、彼女だけのために生きた『私』の最期の願いはどこまでも綺麗で――だからこそ、ここ最近では流すことの無かった涙を、一筋流す。

 

「今までお疲れ様、それと…………お休みなさい」

 

 

 

 ――――どうか、二人の次なる生が、幸福に満ちていますように。

 

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