幻想郷が生まれるほんの少し前、八雲紫と摩多羅隠岐奈は、妖怪たちが直面した危機を打開しようとした。

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東方第零話

 むかしむかしあるところに、八雲紫と摩多羅隠岐奈という妖怪がいました。

 2人は妖怪の中でも極めて強力で、おまけに頭も良かったため、妖怪たちの指導者のような存在でした。

「ねえ、爺さんや」

 ある日、紫が隠岐奈に話しかけました。

「私は隠岐奈(おきな)という名前だが、爺さんではない」

 隠岐奈は鋭い眼差しを紫に返しました。

「そんな怖い顔しないで。冗談よ」

 紫は気にせずそのままの調子で話します。

「どうかしたのか?」

 隠岐奈は目の力を緩めて、紫の話を聞こうとしました。

「妖怪のこれからについてよ」

 紫がその話題を口にすると、隠岐奈は途端に真剣な表情になりました。

 というのも、近代化の影響で妖怪の力が弱まっていたからです。

 妖怪の力が弱まると、妖怪は消えてしまいます。

 もちろん、強力な妖怪である紫と隠岐奈に、そんな心配はありませんでした。

 しかし、力の弱い妖怪となれば話は別です。

 妖怪たちは生き残るための知恵を授かろうと、連日彼女たちの下に押し寄せてきました。

 聡明な2人は、これを妖怪全体の問題と捉え、日夜議論するようになりました。

「私の見立てでは、このままでは妖怪は滅びてしまう。何か手を打たねばなるまい」

 隠岐奈は深刻そうな面持ちで答えました。

「やっぱり、そうなるわよね。どうしましょうか……」

 紫は彼女が予想した通りの答えが返ってきて、余計に考え込みました。

「やはり、妖怪大戦争を仕掛けるべきだろうか」

 隠岐奈が1つの案を出しました。

 武力による妖怪の復権。

 妖怪たちの間では、この考え方が主流でした。

「それはやめておいた方が良いと思うわ。今の私たちは余りに弱すぎるもの」

 紫が残念そうな顔をしながら、隠岐奈の案を却下しました。

 隠岐奈には、人や妖の潜在能力を引き出す力があります。

 その力を使えば、妖怪の力を底上げすることができます。

 そうすれば、戦力を整えられると隠岐奈は考えたのでしょう。

 しかし、力を引き上げるといっても限度があります。

 妖怪全体の力が弱まっている中では、得られる力は微々たるものでした。

「では、どうするというのだ。紫の考えを聞かせてもらおう」

 隠岐奈は紫に対案を出すように言いました

「そうね……。何処か人里離れた場所に妖怪の国でも作りましょうか」

 紫は少し考えてから、こう言いました。

「なるほど。確かに逃げるのが最善かもしれないな」

 隠岐奈は紫の意見に賛成しました。

「しかし、他の妖怪たちは納得するだろうか? 妖怪大戦争を起こそうとしている輩は知恵無き者ほど多いぞ」

 隠岐奈はすぐに紫の案の問題点を挙げました。

 力が弱まっても、妖怪には血気盛んな連中が多かったからです。

「だから、先に作ってしまう。私たちのような存在が無意識に集まるような場所を」

 紫はすぐに返答しました。

「そいつは妙案だ。だが、そんなものどうやって作るんだ?」

 隠岐奈はすかさず第二の質問を投げかけました。

「貴方、私の能力をお忘れではなくて?」

 紫はそう言って、空中にスキマを作って見せました。

 彼女には、ありとあらゆる境界を操る力がありました。

 これを使えば、どんなことでもできるほど強大な力です。

 紫はこの力を使って妖怪の国を作ろうと思っているようです。

「これは失敬。では、その妖怪の国とやらは貴方に作ってもらうとしよう。(かなめ)は何にするおつもりで?」

 隠岐奈は畏まった態度で、紫に更なる質問を投げかけました。

「悠久の時を生きる樹木、そして人間」

 紫が妖しく微笑みました。

「人間? 妖怪の国を作るというのにか?」

 隠岐奈は紫の考えに難色を示しました。

「人間がいなければ私たちは力を得られない。それにただの人間を要にするつもりはないわ」

「というと?」

「あなたの持つ二童子のような人間を用意するのよ。さしずめ巫女といったところかしら」

 紫の思惑に隠岐奈は納得しました。

「ところで、内と外とを分かつ結界を作ったら、後から妖怪が入ってこれなくなるのではないか?」

 そして、隠岐奈は最も単純な問いを最後にしました。

「それなら、妖怪を引き寄せる結界と世界を隔てる結界を別に作ってしまいましょう。妖怪ならいつでも入ってこれるようにするのよ」

 紫は、簡単そうに言いました。

 境界を操る妖怪には、造作もないことのようです。

「ほう? そんな結界で大丈夫なのか?」

 隠岐奈は結界に抜け道が意図的に作られることに一抹の不安を覚えます。

「固すぎるものは脆いものよ。結界も柔軟なものにしなくちゃ」

 紫はすぐに反論しました。

「もはや、貴方の策に疑問はない」

 隠岐奈は紫の考えに納得したようです。

「まずは妖怪たちが集まるような場所を作りましょう。それから、妖怪たちを引き寄せる結界を作りましょう。要が見つかったら内と外とを分けましょう」

 紫が早速手順を列挙しました。

「残された時間は少ない。しかし、焦る必要はない……か」

 隠岐奈はそれに続いて更なる思考を開始しました。

「ところで、その妖怪の国の名前はどうする?」

 隠岐奈の中にまた1つの疑問が湧きました。

 名前には力が宿るため、これは非常に重要な問題でした。

「そうね……。幻想が辿り着く故郷で『幻想郷』というのはどうかしら?」

 紫は特に悩むことなく、自分たちの国に名前を付けました。

 

 こうして、幻想郷と呼ばれる世界は生まれました。

 ここから、妖怪たちの新たな時代が始まります。


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