冒険者ギルドに変なのが来た。それがその少女を見た時の第一印象。
襤褸布を纏った少女。足音がしない。ふと目を離せば見失ってしまいそうなほど存在感がない。
「ゴブリンだな」
「何でよ」
ゴブリンスレイヤーの言葉に妖精弓手は呆れたように呟く。と、勇者はスンスンと鼻を鳴らす。
「あ、本当だ。あれゴブリンの血や臓物の臭いがするね」
「ゴブリン共は増えれば女を取り合ったり序列を付けようと喧嘩する。そうでなくとも喧嘩するし、盾にもする。同族の臭いが染み着いているからな、あれは臭い消しに丁度良い」
勇者の言葉にゴブリンスレイヤーが珍しく説明する。普段言葉の足りない彼なのにゴブリンについて説明する時はこんなにも流暢に喋るのか。
「てか、それ私に血をぶっかける前に教えなさいよ」
「教えただろ?」
確かに「奴等は鼻が利く」などとは言われたがそこまで詳しく説明された覚えはない。されても絶対嫌だが。
そのゴブリンの血の臭いが染み付いた襤褸布を纏っているという少女は白磁等級の認識票を受け取る。
「ではゴブリンをお願いします」
「え、っと………ゴブリンでしたらチームを」
「大丈夫です。何度か狩っているので……巣の中のも」
焼き出されたゴブリンではなく、巣の中にいるゴブリンを倒したことがあると言う少女。受付も困っているようだ。
「では、せめて
「いえ、師匠に毒が効かないように鍛えられてるので」
「ふむ……」
あ、と女神官は思った。ゴブリンスレイヤーが興味を持った。ゴブリンは毒を使う、毒が効かない方法があると聞けば学ぼうとするだろう。鍛えられて、彼女はそう言った。つまり鍛えて得られるという事。
「毒ならボクも効かないよ。そう鍛えられてるからね」
「方法は?」
「毎日少しずつ毒を飲んだり傷口から刺したりするの。ボクは師匠にそうされた……ん?」
と、勇者が少女に目を向ける。自分と同じく毒が効かない。それも、先天的ではなく後天的に修行で得た力。師匠も同じだったりするのだろうか?
「あ、ええと……今はゴブリン退治は無いみたいですね」
「そうですか。解りました」
受付の言葉に少女はそれだけ呟き踵を返す。話すチャンスだと勇者が近付いてく。
「こんにちは!」
「………こんにちは」
元気よく挨拶され戸惑ったように目を見開く少女。
「勇者様が私に何か用でしょうか?」
「うん。あのね、君の師匠ってゴブリン退治に拘ったりしてない?」
「………してますよ」
「やっぱり!ね、その人って今何処にいるの!?」
「解りません。だいぶ前に別れたので今は何処か………」
「嘘だね」
「………何故そう思うのですか?」
「何となく!」
ニコッと太陽のような笑みを浮かべて他者の言葉を虚言と断じた理由がただの直感であると言い切る勇者。流石に失礼じゃないかと妖精弓手や蜥蜴僧侶達が呆れたように見る。少女ははぉ、とため息を吐いてフードを取る。
ピンと上に向いた耳が現れる。片方は、痛々しく半分ほどで切り裂かれていたが。
「流石、あの人の一番弟子」
「それで、何処にいるの?」
「解らないのは本当ですよ。この街で別れました。私はただ好きにしろとだけ命じられたので……目的があったとしても私は知りません。他の場所のようにゴブリンを殺すように弟子を置いていったのかと」
「………弟子?」
ピクリと勇者が目を細める。「ええ」と獣人少女は応えた。勇者は面白く無さそうに顔をしかめる。
「ちえ、なんだいなんだい、一年しか経ってないのにもう弟子を……」
「ゴブリンの巣で拾ったり、滅ぼされた村で拾ったのが15人程。私は13番目です。どうぞ十三番と」
淡々と返す獣人少女、十三番……弟子が15人。ますます面白く無さそうな顔をする勇者。
「まあ貴方ほどの弟子は居なかったと言ってましたが」
「それ本当!?」
「ええ」
「やったー!」
と、嬉しそうにピョンピョン跳ねる勇者。どうやら相当懐いているらしい。そして、はっ!と顔を上げる。
「こうしちゃ居られない!師匠はまだ近くにいるはず、捜すよ!」
「どうやって?」
「勘!」
賢者と剣聖は顔を見合わせ、肩を竦める。何時もの事なのだろう。十三番は残された揚げ物の詰め合わせをジッと見る。
「これ私が頂いても?」
「あ、ああ……構わん」
鉱人道士から許可が下りるとパクパク食べ出す十三番。表情からは何を考えているのか察せないが耳がぴくぴく動いているのを見るに喜んではいるのかもしれない。手で摑んで食べて、ペロペロ指で舐める。
「なあ飯やったんだ。お前さんの師匠について教えてくれんか?」
「むぐ?」
「かみきり丸と同じく小鬼ばっかり狩っとるじゃろう?どれぐらい似てるか気になっての」
「カミキリムシ?」
「反応が同じですな」
と、勇者と同じ返しをした十三番に蜥蜴僧侶が勇者達と同じように説明する。彼女達の師匠も同じようなことを言うのだろうか?
「貴方がゴブリンスレイヤーさん?」
「ああ、そう呼ばれている」
「………場所は山の麓の洞窟……ダイナマイトが手元にあったら?」
「まずは他に出入り口がないか探し、なかったら巣に投げる。あれはそこそこ値を張るが、良い物だ」
「成る程合理的」
「やめてくださいよ!?山が崩れたらどうするんですか!危ないですよ」
「「ゴブリンを放置する方が危ない。洞窟が崩れれば二度と住まれることもない」」
「もう!貴方達、もう!」
「わっはっは!息ぴったりじゃのう!」
女神官が息ぴったりな2人を叱り鉱人道士がガハハと笑う。蜥蜴僧侶は興味深げに見て妖精弓手は呆れたように肩を竦める。
「そう言う発想がでるって事は、仕込んだ奴はそうとうオルクボルグに似てるのね」
「いいえ。師匠は強いですから、私達不出来な弟子やこの人のような戦い方はしませんよ。話に聞く弟子一号の勇者様もそうでしょう」
言外にゴブリンスレイヤーが弱いと言われむっとする女神官に妖精弓手。しかし十三番は気にしない。
「私達は勇者様のように目も見えず耳も聞こえない状況で、気配を感じることが出来ない。だから空気の流れを感じるように、頭や腕などを出しておくように言われました」
「そのために毒が効かぬ為の特訓か……」
「はい。後万が一負けた時のために」
「?」
「体を遅効性の毒で満たしておけば食べた小鬼達を殺せるでしょう?」
生き残れば毒の耐性があがるだけだし、と何でもないかのように呟く十三番。あの勇者と師を同じくする者の口から聞ける師の話だとこっそり聞き耳立てていた全員が顔をひきつらせる。
「他にも死後半日で周囲一帯を吹き飛ばす魔剣も持ってます。これは弟子全員……ああ、勇者様は持ってないでしょうが」
「成る程、己自身を毒餌にして、さらに死後の爆発か………魔剣ならゴブリン共が戦利品として持つだろうし、合理的だな」
「やめてくださいね!?死ぬ前提なんて、縁起でもない」
「?その方は初めからゴブリンの巣で死ぬ可能性を考えてその装備なのでは?」
「ああ。質の良い武器を与えてしまえば奴等は簡単に上位種になるからな」
もうやだこの人達と頭をかく女神官。そんな彼女を見て成る程、と何かに納得したように頷く十三番。
しかしこの十三番の師、ゴブリンスレイヤー以上に徹底している。まさか死んだ時喰われたりする前提で、しかも自爆までするというのだから。
「なんか、ちょっと好きになれそうにないタイプね」
「ええ。むしろ、我々十五人は勇者様達と違いそうなるように育てられましたから」
「?そうなるよう?」
「お互い、好きにならないように。何れ殺せるように……だから番号で呼ぶし、抑えるために必要とはいえ殴るし犯す」
「………え?」
「なんと……自身を殺させる?そこにいったいどんな意味が」
妖精弓手が固まり蜥蜴僧侶が目を見開いて尋ねる。殴るだの犯すだのと聞こえた。そこまで徹底的に己を恨まさせ、殺させようとする理由が解らない。
「師匠はまあ、少し特殊な事情で人を殺したくなるし犯したくなるんです。普段は盗賊や邪教徒、ゴブリンなんかを殺して発散してますが不定期で十分発散はしていても衝動に飲まれそうになることがある。そう言う時は私達が相手していました。師匠に殴られたり、犯されたり……」
と、襤褸布から腕を出し指を這わせる。白い肌に、斑模様のように青痣やひっかき傷、噛み痕などがあった。
「お、犯されるって……それで良いの、あんたは………」
「堕胎薬なら飲んでます。とはいえ、毒は効きにくいので気分が悪くなる量接種するのは手間ですが」
「そうじゃなくて──!その、そういうのは───」
「初めては小鬼共に奪われたので。妹や母も同様に──そして、死んだ2人は食べられました。その群にはシャーマンが居たので、私は少しでも長く持つように食事も与えられました………話の流れから解るように、2人の死体を無理やり──」
「「「────ッ!!」」」
妖精弓手が顔を青くする。女神官や、話を聞いていた何人かは口を押さえる。中には外に飛び出た者や、間に合わずその場で吐く者まで現れる。
「だから、その群を滅ぼしてくれた師匠に頼んだのです。強くしてくれと──師匠はその体質故にあまり弟子をとりたがらない。そして、その体質を誰よりも疎んでいる。それでも小鬼達がのさばっている間は死ぬに死ねない」
だからこそ交換条件。近くにいるという事は衝動に襲われた時諫めるのを手伝う。小鬼を殺すのを手伝う。衝動に飲まれきった時、殺すのを手伝う。だから小鬼を殺す術を教えろ、と。
「師匠は勇者様に殺されるのは避けたいでしょうね。勇者様はどうやら師匠の事が大好きな様子。殺せばきっと後悔する。だから後悔せず自分を殺してくれる相手を用意した」
「それがお主か?」
「ええ。あの方には、そこまで嫌悪はありません。むしろ必死に衝動に抗おうとする姿は、それなりに好感を待ちます。でも殺す。殺せる──いえ、強いので殺し合いになったら殺されますけど、殺そうとすることは出来る。何の後悔もなく」
だからこそ鍛えてもらえたのだから。もし少しでも彼を手に掛けることに躊躇いを覚えるようになれば、その時点で彼は彼女をその場に置いて去ったろう。彼女はそうならなかった。ゆえにこそ、十三番目の彼女だけが最後まで残っていたのだから。人は、存外何かに依存しやすい。ゴブリンに襲われ弱っているなら尚更に……。
時間はかかるが、依存しないよう精神を鍛えることは確かに出来るだろう。ただ、彼女達の師はそんな時間をとるよりもゴブリン殺し専門の冒険者の数を増やすことを選んだ。
「後は十六番と五番、九番が師匠を殺せますね。一番である勇者様とは、どうか出会わさない事を祈るばかりですが───」
と、その時だった。
大きな爆音が聞こえた。なんだなんだと冒険者達が外に出る。どうやら街の外で爆発があったらしい。
いったい何が原因なのかと誰もが見に行こうとする中十三番はポツリと呟いた。
「───手遅れでしたね」