「
「そうだ」
ゴブリン・ユダはゴブリンを殺す存在だと自称する男を見る。弱い。
素の実力だけで見れば翠玉か紅玉って所だろう。良くてかろうじて銅。しかし首に掛かる認識票は銀。彼が銀等級の働きが出来るとは思えないし、実績のみでそこまで上り詰めたのだろう。
「………ふぅ……ん」
嘗て名乗っていた名。そのうち弟子の誰かが呼ばれるようになるかと思っていたが既に居たらしい。案外場所が違うから知らなかっただけで冒険者時代から居たのかもしれない。
(弟子共よりはやるな。現状は、だが……)
鎧に包まれ顔が見えないし声もくぐもっていたが、恐らく二十代だろう。仮に名の通りゴブリンだけを標的にしていたなら数年前から活動していた筈。その上でこれなら、才能がない。能力がない。根性で生き延びてきたか。
それだけだ。さて、どうするか。小鬼を殺してくるならむしろ此奴の存在は大歓迎。あの街には十三番を放ったし、良い見本になるだろう。
この程度なら殺さないように手加減して気絶させるのは簡単。ここに勇者達が居なければ。
勇者達も流石にゴブリンを他の冒険者の前で保護するのは難しいと考えているのか苦虫を噛み潰したかのように顔をしかめる。
手っ取り早いのはこの冒険者共を人質にして逃げることだが、チラリとゴブリンスレイヤーを見る。
此奴は駄目だな。人質にした瞬間残ったダイナマイトで自爆する。ならば蜥蜴か?さっきの竜牙兵を見る限り僧侶。他にどんな術を持ってるのか解らない。
では女神官か?神の奇跡なんざたかが知れてる。聖壁の強度からしても、多少意外性はあるが首に下げてる認識票同様黒曜等級と見て問題ないだろう。だが、ゴブリンスレイヤーが守っている。そもそも勇者達が簡単に人質を取らせるとは思えない。ん?足下のを泥沼に変えた奴は何奴だ?
「────!」
と、枝が折れる音と共に頭上から土砂が降り注いでくる。土の塊、大したことはないが鬱陶しい。
足が埋まり、引き抜こうとした瞬間固まった。
「と──っ」
次の瞬間正確に鎧の隙間を狙い首を突く一撃。体を反らしてかわし、固まった地面を砕いて蹴りを放つ。透明な壁、聖壁に防がれる。さらに聖壁の向こう側から投げられる棒状の物体。舌打ちし弾く。
不可視の壁だろうと物理的な干渉が出来る以上空気を揺らす。空気が揺れればだいたいの大きさは察せる。
あ、と思わず呟きそうになった。反射的に目の前の相手に返してしまった。女神官が目を開くのが見える。せっかくのゴブリン退治を主とする冒険者だ、みすみす死なせるのは惜しいと短剣を投影しダイナマイトに向かって投げようとすれば矢がダイナマイトを再び此方に弾く。導火線は、今まさに無くなる。
「ちっ!」
すぐさま先程防御に使った魔剣を振るう。火薬が一瞬で凍り付きただの棒になったそれを砕いてダイナマイトが不発になった瞬間一切躊躇なく突きを放ってきたゴブリンスレイヤーの手首を掴む。案の定新たに取り出したダイナマイトに火を付けようとしていたので蜥蜴に向かってぶん投げる。と、その影から飛び出してくる勇者。
飛行剣を放ち動きを止めれば剣聖が切りかかってくる。
それを氷の魔剣で受け止め、しかし飛行剣を砕いた勇者がさらに切りかかる。舌打ちして、回収した腕をぶん投げ二本目を投影。剣聖の剣と勇者の剣を受け止める。
剣聖の剣が凍り付いていき慌てて離れる。聖剣は、霜すら張らない。魔剣を消すとつんのめる勇者。その頭を踏みつけ上に飛ぶと腕を回収する。と、矢が飛んできた。掴んでゴブリンスレイヤーに向かってぶん投げる。足を狙ったそれはしかし弾かれた。
考えてみれば動けないのは自分と勇者達だけだ。ゴブリンスレイヤーからすればここには味方が多い、その程度の認識なのだから。勇者達もそれに気づいたのか冒険者達の対処は後回しにする気のようだ。
後で説得か気絶でもさせるのだろう。哀れだな。
「てやあぁ!」
「ちぃ!」
勇者と打ち合う。剣聖も賢者に氷を溶かさせ参戦してくる。ゴブリンスレイヤーと蜥蜴は参戦しない。邪魔になると判断したのだろう。もう少し身の程を知らなければ良いものを──
「──お!?」
と、地面に片足がめり込む。再び泥沼になっていた。片足ぶんだけ。
バランスを崩した瞬間変わった形の投げナイフが飛んでくる。掴んで勇者達に向かってぶん投げる。当然弾かれる。というか砕かれる。
支援してきている術師が邪魔だが、探そうにもそんな暇勇者達が与えない。ただ、恐らくだが精霊を使った技だろう。ならばこの辺りの土の精霊共を黙らせる。
飛行剣を爆発させ、一瞬の隙をつき空へと跳ぶ。再び氷の魔剣を取り出し腕を脇に挟み弓を構える。
「
命名、協力者の盤外の魔女。
剣に名を付けてやると、何故かその名を呼ぶ時威力が格段に上がる。魔女曰わく投影するイメージが確固たる物になるからこそ本来の力を発揮できる、らしい。詳しくは知らない。興味もない。ただ威力が上がるという事実さえあればいい。
放たれた
彼奴か──
「ちぃ!」
土も水も黙り込んだ。ならば風かと詠唱しようにも見つかった。が、ここには勇者も剣聖も居る。ゴブリン・ユダは懐から
「こんなことしたって、場所は解るよ!!」
「お前はな──」
聖剣を受けながら飛び退く。一秒とて同じ場所には居ない。止まれば剣聖が向かってくるだろうしゴブリンスレイヤーも何らかの手を取ってくるだろう。
降り注ぐ雨は凍り付き魔剣が聖剣と打ち合う度に削れ周囲に冷気が広がる。動き回る気配が消えていく。防寒装備もなしにこの凍えた空間に人間が長い間活動するなどそもそも無理がある───筈なのだが勇者の動きは一向に衰えない。というか、気のせいで無ければ反応速度が上がってきている。
「なんで捨てた弟子さらに強くしなきゃならねえんだよ!」
「──捨てられてない!」
聖剣に強化された身体能力と人外の膂力に加えこの世界には存在しない魔術で強化された身体能力で振るわれる剣同士がぶつかり合い。聖剣の方が勝ち氷の魔剣を削るが直ぐに再生する。
「凄いね、その剣。何で出来てるの?姉ちゃん達の作品じゃないよね」
「氷の魔女とか呼ばれてた蚊のバケモンの手足もいで全ての魔力を使い切って氷の剣を造るように脅した。これはその時のだよ」
「成る程。師匠ならほんの一時の剣でも永遠に使えるからね──ちなみにその魔女は?」
「食おうとしたら灰になった」
「変な蚊、だね!」
力を込めた剣同士がぶつかり合い金属音を奏でて距離が開く。と、ゴブリン・ユダの感覚が飛んでくる何かを捉える。
「──また
飛んできたダイナマイトを上に弾くと同時に爆発し氷の霧が吹き飛び、霧の中にぽっかり穴があく。氷の霧の奥で影が動き、霧をかき分けゴブリンスレイヤーが向かってくる。
「正面からは
「知っている……」
そのまま蹴り飛ばそうとして、広がっていく霧の壁の向こうに新たな影を見つける。霧が退くと杖を掲げた女神官の姿が見える。
「《いと慈悲深き地母神よ、闇に迷えるわたしどもに、聖なる光をお恵みください》《
「───ッ!!」
光が目を焼く。光を背にしていたゴブリンスレイヤーはもちろん影響を受けない。視界が消えようと動きは手に取るように解るが目に走る激痛で動きが僅かに遅れる。回避ではなく防御。鎧の隙間の皮膚に強化魔法を───
「───……あ」
「………何のつもりだ?」
キィン!と澄んだ金属音。発生源は折られたゴブリンスレイヤーの剣。折ったのは勇者。反射的にやってしまったのだろう。このまま睨みあえと思ったがゴブリンスレイヤーも女神官もその場にうずくまる。そもそも動けていた方が可笑しいのだ。気力も尽きたのだろう。それでも気絶しないゴブリンスレイヤー……此奴は本当に人間なのだろうか?
とはいえ今は勇者だ。結局一対一。いけるか?いや、戦っている間に剣聖と賢者が復帰してくるだろう。さらに付け足すなら、冒険者達の足音……。騒ぎを起こしすぎた。
さて、どう切り抜けるか───
「帰りがやけに遅いと思えば、君はつくづく出目が悪いな……」
ふと、女の声が響く。呆れたような女の声。勇者は目を見開く。近付いてくる気配はなかった。自分の感知の外?何者だ!?
「ん?おや懐かしい顔ぶれ──君にとっては何年ぶりかな?」
「───!?」
また、別の方向から声がする。やはり動きを感じ取れなかった。パチン、と指を鳴らす音が聞こえる。霧が晴れる。寒さで気絶した冒険者達の姿が見えた。白く凍った息を吐き辛うじて震えている。剣聖や賢者も意識を保っているが全員身体に霜が張っている。きっと凍傷になっているだろう。
「お前は………五年ぶりだな」
「五年。五年か……
くすんだ金色の髪は櫛を入れていないのかあちこちに跳ねていた。眼鏡の向こうには緑の瞳。何の獣のものかはさだかではない毛糸の上衣。
変わらない。
「誰……?」
「ああ、やあやあ……君が彼の弟子かな?話は聞いているよ。私は君の師の、現協力者と言ったところかな」
勇者は、警戒を解かない。何だろう、この女は。強さは感じない。というか、何も感じない。酷く不気味だ。
「君と私は
「このタイミングで師匠の協力者だもん。警戒はするよ……混沌側ではないんだろうけど」
「ユダ、その子を見張っていてくれたまえ」
「何する気だ?」
「我々が逃げるには現状その子が邪魔だ。ほかは動けなくしたがその子と戦っている間にあの2人は動きそうだし……で、あるならその子が直ぐに倒せない敵を作る」
そういってゴブリン・ユダから腕を受け取る。その間にもゴブリン・ユダは勇者から目を離さない。この女、気配の感じ方が異様だが身体の動きからして近接戦では此方に分がある。しかしその場合師匠に隙をさらすことになる。
故に、動けない。女は氷の中に手を突っ込み
「う、ぐ……な、何が」
「ああ、起きたか丁度良い。
「な!?ゆ、勇者だと!?」
闇人が睨んでくる。まさか敵とは彼か?だとしたら随分となめられたものである。あの程度が相手など、直ぐに切り倒して逃亡の邪魔を出来る。
「おのれぃ!混沌の神々の仇敵!我ら無秩序の使徒の怨敵めが!」
「ああ、しかし生け贄がいない。復活などとてもとても」
「否!復活できずとも、我が身に力を移せばあのような小娘1人2人!」
「そうかい。君がそう言ってくれて、嬉しいよ」
とん、と腕を男の頭に置く。その腕の指に炎がポポポと灯る。闇人は「……あ?」と間の抜けた声を出して、背中から無数の腕を生やす。
「おお、おお!これぞまさに
メキメキ音を立てさらに腕が生える。いや、もはや生えると言うより突き破るか。
徐々に巨大化していく腕の塊。中に皮膚がなかったり骨に肉や血管が絡み付いているだけだったりと不完全の物も──と言うよりは、不完全なものばかり。
「さあさ我等はここで逃げよう。なぁに、魔神王よりはずっと弱い。単なる巨人のなり損ないだ!」
「───ちょ!」
腕を持ったままゴブリン・ユダに駆け出す女。ゴブリン・ユダは既に転移の鏡を投影していた。慌てて追おうとするもその前に腕の塊が暴れ出す。くっ、と顔をしかめ聖剣の腹で思いっきりぶん殴る。吹き飛ぶ異形の肉塊。さっきより人の形に近付いた気がする。気持ち悪い。というか
全ての腕が魔術を編み上げようとするが成功しているのは皮膚までしっかり出来ている腕だけ。それでもかなりの数だ。
「ああ、もう!」
確かにこれは放置できない。倒せるだろう。確実に倒せるだろうがそれは恐らく自分だけ。帰りが遅いから迎えにきた?絶対嘘だあの年増!唯一これを倒せる自分が相手している間、剣聖が動けない状況にしなくては逃げられない。ずっとタイミングを窺っていたに決まっている!
「夜明けの、一撃ィ!」
太陽の爆発!
腕の塊が身体の大半を焼かれる。しかしボコボコと泡立つように次々生えてくる腕によって傷がふさがる。
「もう、いっちょおぉぉぉ!」
太陽の大爆発!腕の塊が光に飲まれ消し飛んだ。
─────────────
あれ?
《真実》は首を傾げます。振ったサイコロが消えてしまいました。
おかしいな?と、探してみても見つからず、仕方ないので新しくサイコロを振ります。また何処かに行ってしまいました。盤の下を探しても見つかりません。
《幻想》が何をしているの?と尋ねてきたので《真実》は盤上を指さします。そこには黒い鎧を着た駒が一つ。『勇者』の駒と並べられていました。
《混沌》の最近のお気に入り、盤上の駒達には至高神と呼ばれる《秩序》も扱いに困っていた《秩序》側の魂と《混沌》側の肉体を持ちその差異に苛まれながらも生きている駒です。
彼と彼女が再会したのだから、あの子も起こしてあげようかなと神の計らいで起きるか起きないかサイコロで決めようとしたのにサイコロが消えてしまったと。《幻想》は呆れました。サイコロを無くすなんて、と。
と言うわけで彼女が振ります。サイコロが消えました。あれ?と首を傾げると《真実》がケラケラ笑ってきたので頬を膨らませてポカポカ殴ります。
騒ぎを聞きつけて《恐怖》や《時間》、《死》や《空》に《水》や《偶然》、《熱》に《太陽》、次々神々が現れました。
ようし、なら俺がと彼を気に入っていた《混沌》がサイコロを振ります。
今度は私が、と彼の扱いを判断した時のように《秩序》がサイコロを振ります。
《死》が、《時間》が、《空》が、《偶然》が、《恐怖》が………
神々がサイコロを何度も振りました。しかしサイコロは消えてしまいます。首を傾げた神々は仕方ないか、と運命に任せることにしました。たまにはサイコロを使わず動く世界をみるのも一興です。サイコロを振らせない面白い存在も知ってますし………
────────────────
夢を見た。
人の形をした何か。人ではない何かが話しかけてきた。男なのか女なのか、子供なのか老人なのか、醜いのか美しいのか、見ているはずなのに解らない。それのどれもであるような気もする不思議な存在。
彼/彼女は手招きしてきて、何故か警戒できずにホイホイ付いていった。頭にとんと指を当てられ、何かを植え付けられた。
彼/彼女は笑顔でこう言った。
『僕/俺/私/我/儂は君/汝/お主/お前/貴様/の兄が大好きだ。見ていて飽きない。彼の特別であろうとするお前/汝/君/貴様/お主よ、だからこれは想いを同じくする友に選別だ。きっと彼も意識してくれる』
夢から覚めて、歩く。身体がすっかり錆び付いたかのように動かしづらい。
フラフラと宛もなくさまよっていると人気のない路地に来てしまった。お腹が空いた、人のいる場所に行こう。月はまだ上ったばかり。屋台がやっているだろう。と──
「おい見ろよ女だ、女がいるぜ」
「綺麗な服着てんなぁ……そんな格好でこの辺うろついたら危ないぜ?いくら都つってもこわーい奴らがいるんだから」
「何なら俺らが守ってやろうか?報酬は金じゃねぇけど」
人目のない所を彷徨くだけあり人前に出るに相応しくない下品な男達。彼女はフラフラペタペタと裸足の足で彼に近付いていく。彼等は顔を見合わせにたにた笑う。
「何だよ、あんたもその気───」
触れようとした男が黒に染まり消える。え?と残された2人がキョロキョロ周囲を見ます。女はもごもご口を動かす。と、急に口を押さえる。
「うぷ──うおぇぇぇ!」
カラカラと音を立て転がるのは複数のサイコロ。人が口にすべきではない、飲み込むべきではないそのままの形のサイコロ。それを大量に吐き出す。
「「───ッ!!」」
この女、何かやばい!直感的にそう感じ取り逃げ出そうとする男達。月明かりが僅かに闇を払う中、不自然な影が生まれ男達の足下を通る。
「あ───んぐ」
「お腹空いたなぁ」
さっき何食べたっけ?
何が美味しいんだろう?寝起きの頭は上手く働かない。なにやらカンカン喧しい。鎧を着た男達が大きな壁に向かって走っていく。こっそりついて行く。何か、いっぱいいた。
お腹減った。くぅくぅお腹が鳴る。とここ数年ただ栄養を与え続けられた身体は飢えていて。
あれ?というか兄は何処に行った?人のフリをするのに私が必要なのに、と呆れる。ふと、五月蝿い壁の外で騒いでる連中を睨む。あれは、多分食べても平気。
「いっただきまーす♪」