無限の剣を持つゴブリン   作:超高校級の切望

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ゴブリンか、人か

 転移の鏡を抜け拠点の一つに移動したゴブリン・ユダと協力者の女。

 ゴブリン・ユダはその場に腰を下ろした。

 

「ははは。不完全とはいえ百手巨人(ヘカトンケイル)が今やられたようだ。凄いね、君の弟子は」

 

 手に持った腕を持ちながら笑う協力者。盤外の魔女を名乗る、()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 ゴブリン・ユダは鎧の向こうで醜い顔をゆがめギロリと睨む。

 

「てめぇ黙ってみてやがったな」

「仕方ないだろう?私では彼女に勝てないよ。何なんだろうね、あれ。神に愛されまくってるというか……神もどんびく超幸運でも持ってそうだ。それに才能もある」

「まあな、自慢の弟子だ」

「それ、ほかの弟子の前で言わない方が良いよ?君、一度だって彼女達を誇りに思うなんて言ってあげてないじゃないか」

 

 まあ出来の良すぎる弟子を持った身として、あの15人にはそこまで期待できなかった。死なない程度には鍛えたし、才能だってあると思う。1、2年もすれば今日出会ったあの男よりよほど優秀な小鬼の始末屋になれるだろう。あの男は才能無さそうだし。

 

「彼奴等が俺に誇られなかった程度で喚くかよ。俺はゴブリンだぞ?」

「それが本気なら、手放す順番は何であれだったのかな?」

「………………」

 

 言葉に詰まるユダを見てクックと喉を鳴らして笑う盤外の魔女。口喧嘩では今のところ無敗だ。彼は図星を指されると黙り込む。

 

「人は存外弱い生き物だよ。何かに縋りたくて、仕方がない。君が本当に非道な存在なら、復讐に縋り続けることが出来たんだろうけど……楽しそうに殴って、犯して、その後すぐに苦しそうな顔をする君を心の底から恨める者は、あの中にはいない」

 

 「君は彼女達を傷つけて、だからこそ尊敬なんてされたくないだろうけどね」と付け足す盤外の魔女に、舌打ちするユダ。この女の、こういう所が苦手だ。子供扱いされている気がする。この肉体の年齢7歳だけど。しかし──

 

「縋る、ね……」

 

 ふと対外的に妹と言うことになっていた少女の顔を思い出す。勇者の話によれば寝たきりなのだとか。

 

「さて、それじゃあ百手巨人(ヘカトンケイル)の権能を魔剣に移そうか……君の妹ほどではないが、まあ権能自体が強力だ、そこそこの魔剣は出来るだろうさ」

「そうか……」

「そうさ……しかし、妹ねぇ。話を聞く限りでは、君と弟子達のような依存関係だったが……一身に受けるぶん余計深そうだな。君がいなくて、大丈夫かな?」

「………さあな」

「その子にとって君は家族の存在していた過去の証明以上に、己の価値の証明だろうからねぇ」

「己の?」

「子供は親の役に立とうとする。誰かの役に立とうとする。君と妹の関係性を考えるに、より強く……それこそ覚知神の影響を弾くほど………それが君を失ったんだ。きっと正気で居られない」

「………寝たきりになってるらしいし、俺には関係ねぇよ」

「君の不運を考えると、それですみそうにないんだけどね?」

 

 

──────────────

 

「説明してもらおうか」

「………………」

 

 水薬(ポーション)や奇跡の力で回復したゴブリンスレイヤーは、臆することなく勇者達の泊まる宿にやってきた。勇者達はその取られたことのない暴挙に目を見開いて固まる。

 

「ゴ、ゴブリンスレイヤーさん!勇者様達にそんな……!」

「魔神王倒した相手に遠慮しないわね」

 

 慌てる女神官に呆れている妖精弓手。鉱人道士や蜥蜴僧侶達も来ている。

 都に魔神王の残党が現れた、救援求むという報告から二分もしない内に攻めてきた残党が消えたという謎の報告について話し合っていた勇者達は顔を見合わせる。

 

「あのゴブリンは何者だ?何故お前等はあのゴブリンを庇った。あの魔剣は何だ?明らかに複数の魔剣を持っていたが他にどんな魔剣を持っている?」

「え、っと………」

 

 何なの此奴?と視線で女神官達に問いかける勇者一行。肩を竦められた。何時もの事なのだろう。

 

「その事はここにいる他の誰かに話した?」

「ああ」

「「「────っ」」」

 

 その言葉に、三人は顔をしかめる。勇者が混沌の勢力であるはずのゴブリンを庇ったのだ、噂が広がれば立場が危うくなる。

 

「いやオルクボルグ、あれ絶対伝わってないわよ」

「そうなのか?」

「『ゴブリンが居た。勇者も居たな、同じぐらい強かった』で何が伝わるって言うのよ」

 

 妖精弓手の言葉によると、彼はだいぶ口下手らしい。助かった。

 

「というか誰も信じないでしょ、勇者がゴブリン庇ったなんて──そもそも勇者がゴブリンと互角に戦った、なんて話すら笑い話よ?」

「え、ボクも一応説明したけど?」

 

 それでも誰も信じてないそうだ。それがゴブリンに対する世界の認識なのだろう。とりあえず勇者に匹敵する何か、魔神将とかその辺がきたのでは?などと言われていた。

 一部冒険者はゴブリンに後れをとるなんて勇者も大したことがないな、などと言っていたが。その人物は凍り付いた森を見ていなかったのだろうか?

 

「そんなことはどうでも良い。あのゴブリンの情報だ」

「良いんだ……どうする?」

「…………私たちとの関係を黙ってくれるなら良い」

 

 勇者が賢者と剣聖に尋ねる。賢者は数秒考えてそう返す。ゴブリンスレイヤーの説明で通じてなくとも他の面子も彼処にいたのだ。信じられないような話だとしても漏れる口は減らしたい。

 

「良いだろう。それで、あのゴブリンの弱点は知っているか?」

「いやそれより関係じゃろ。確実にとれた一撃を防いだんじゃろ?」

「あの程度の剣であの人の首は取れませんよ。とはいえ、目の前で師の首に剣が突き立てられていれば放っておけないのがこの子ですので」

 

 鉱人道士の言葉に剣聖はどこか不服そうに応える。

 

「首を狙ったが、無意味だったか?」

「その剣では無意味でしょう」

「そうか」

 

 質のいい武器で挑んだとしても、あの動きだ。隙をつけなければ負けるのは自分。剣がゴブリンに奪われるのはよろしくない。

 

「師?いま、師って言わなかった?」

「拙僧もそう聞こえましたが………」

 

 と、ゴブリンが倒せなかったことを聞きならばと対策を考えるゴブリンスレイヤーと違い残りの面子は目を見開く。

 し、というのは師の事だろうか?混沌の怪物が、秩序の守護者である勇者の?確かに強さは納得いくものだが訳が分からない。

 

「あ、あれ?ちょっと待ってください。勇者様の師匠って……ゴブリンスレイヤーって名乗って、ゴブリン退治専門の冒険者だったんじゃ……十三番ちゃんにもゴブリン退治を命じてたって………」

「うん。その師匠」

「え?でも、ゴブリンを……え?」

「師匠はゴブリンが嫌いだからね。人間になりたいらしいし」

「ゴブリンが人間になるなど、笑わせる」

「「「…………」」」

 

 ゴブリンスレイヤーの嫌悪感を含んだ言葉に目を細める勇者一行。しかし彼の過去も知らないので、強く出ることはしない。その声に、嫌悪以上の憎悪が含まれていたからだ。

 

「……まあ、あれたぶん嘘だけどね」

「嘘?」

「師匠は価値観が人間により過ぎてる。多分、元々人間だと思う」

 

 子は親を見て成長する。女を犯し、暴力で他者をいたぶり苦しむ姿を笑うのが当たり前の環境で、誰もがそうしているゴブリンの巣の中で、それを疑問に思うとは思えない。もしユダがそれを面白くないことだと感じているなら、彼は我慢して本能を押さえ込む必要がない。面白いと思ってしまったから、彼はそれを抑えていたのだから。

 人がゴブリンになった、その事実に目を見開いて固まる一同。女神官など顔を青くしている。今まで殺してきた中に、もしかしたらユダのように元々人だった存在が居たのかもしれない、そう思ったのだろう。そして、その考えは彼には通じない。

 

「そうか。だが今はゴブリンなのだろう?」

「────っ」

「お前の師の弟子の一人が言っていた。暴力を振るい、犯し、発散していると………そして、弟子に己を殺させようとして居るとも」

「………それ、本当?」

「うむ、確かに言っておったな」

「拙僧達も証人になりましょう」

 

 ゴブリンスレイヤーの言葉に目を見開く勇者一行。鉱人道士と蜥蜴僧侶も肯定し、勇者はギリ、と歯軋りして苦虫を10匹ほど噛み潰したような顔になる。

 

「死にたい割には抵抗してるように見えたけど」

「……殺していいのは、弟子だけなんだろうね。師匠、酷いことしてたんでしょ?それで償うつもりなんだよ。だから、君たちには殺されない。本能に飲まれて、ボク達を殺そうとしたこともあるけど、ボク達はきっと師匠を殺せばその事に苦しむ。だからボク達にも殺させない」

「そうか………で、弱点は?」

「……まだ殺す気なの?」

「ゴブリンは皆殺しだ」

「……知らない。弱点なんて……負けた所なんて剣聖のお父さんに弟子入りした最初の頃だけだし」

「そうか。つまり剣聖以上の剣術………無理だな。ならあの能力は何だ?限界はあるのか?」

 

 正攻法で無理なら能力の対策を練る事にするゴブリンスレイヤー。

 

「………そう言えば、何なんだろうあの力。限界とかは見たこと無いけど」

「あの人は魔術と呼んでいた。でも、法則(ルール)が私達のそれとは異なる。出来ることは身体強化に物体の強化。皮膚にも走らせて硬化出来る。後、剣の投影」

「鉄の剣程度なら皮膚で防げると言ってましたね。それに、鉄を弾く強度なら真銀(ミスリル)を使ったとしても技術がなければ弾かれるでしょう」

「そうか。なら巻物(スクロール)かダイナマイトだな……強化と言うのはどの程度硬くなる?」

 

 勇者は良く覚えていないらしい。逆に、賢者と剣聖はしっかり応えた。自分の師なのに、と少し拗ねる勇者。覚えてない方が悪いと二人は無視する。

 

「硬くなるだけではありませんよ。切れ味も増します。『斬る道具』として強化されるんです」

「投影は、物質を再現する魔術、らしい………本来なら投影し続けると魔力を消費する。だから転移の鏡は長い間投影しない」

「本来?」

「剣は別。一度投影すれば魔力消費なしで顕現し続ける。魔剣なんかは、少し性能が下がるそう」

「………あんたら結構詳しく教えてくれるのね」

「知ったところで貴方達がどうにか出来るとは思えない」

 

 妖精弓手の言葉に賢者がそう返す。むっとする妖精弓手だったが能力を知り尽くしているはずの勇者達でさえ勝てなかったのは事実なのだ。

 

「魔剣は私達が知るだけで100を超えてる。今回のは知らなかった、増えてる可能性がある」

「厄介だな」

 

 実力で敵わず、ならば策をと思っても向こうの手札が見えない。少なくとも100以上。それに人の世に紛れるような奴だ、搦め手に対しても警戒してそうだ。ゴブリンと思って挑んでも負ける。

 本当にどうすれば良いのだろうか?

 

「本当に弱点を知らないのか?」

「ん」

「ええ」

「うん」

 

 知ってたらとっくに捕まえている。それが出来ないから逃がしてしまったのだ。

 

「あ、あの……ゴブリンスレイヤーさん……」

 

 と、女神官が恐る恐る手を挙げる。

 

「本当に、殺すんですか?元々人間で、他のゴブリンとも明らかに違うのに」

「ああ。そもそも本人がそれを望んでいるんだろう?俺に、ではなく弟子の誰かなんだろうがそこは知らん。本能に飲まれたくないからその前に死にたい。俺としても彼奴が他のゴブリン同様に欲望のまま暴れるのは避けたい」

「で、でも……人間に戻す方法とか探したり」

「それが奴が本能に飲まれる前に解るなら、それも良いだろう……」

「そもそも本当に元人間なの?確かに知能は高いみたいだし、優しい一面もあったみたいだけど正直人間がゴブリンになるなんて信じられないんだけど」

「確かにのぉ。そんな話聞いたこともないし、どうしてゴブリンなんかになったんじゃ?」

「小鬼殺し殿は以前誰かを妬むとゴブリンのようになる、とおっしゃってましたが……」

 

 妖精弓手の言葉に鉱人道士が顎髭をすり、蜥蜴僧侶がふむ、と思い出したかのように呟く。

 人に戻す、成る程。確かに捕らえたとしてもゴブリンのままではまた立ち去るかもしれない。

 

「んー………あ、そう言えば昔師匠が変なこと言ってたなぁ」

 

 と、勇者があ、と何かを思い出す。

 

「師匠は月見や星見が好きなんだけど、ボクも交じると気をつけるように言われた事があるんだ」

「そう言えばそれに付き合うのは基本的に導師か勇者でしたね」

「うん。でね、『星や月を見るのは良い。だが、間の闇は見つめるな。お前は俺と感覚が近いから、変なのと目が合うかもしれない』」

「変なの?」

「『もし目があって、声をかけてきても無視しろ。願いを聞いてやると言われても何も願うな、ゴブリンにされる』って……」

 

 願い事をするとゴブリンに変えてくる何か?なんだそれは、邪神か何かだろうか?

 

「つまり星空の闇に潜む何かをどうにかすればいいの?」

「俺は知らん。それでゴブリンが生まれなくなるなら殺しに行くが………」

 

 と、ゴブリンスレイヤー。能力はともかく勇者の師匠であることは黙ると改めて誓い、去っていった。勇者達も都に居る導師が心配だからと街から去っていった。

 

 

 

────────────────

 

 

 ギルドの仕事が遅くなり夜遅く一人で職員寮に向かう受付嬢。ふいに後ろに振り返る。

 

「………?」

 

 何か音がした気がしたが、気のせいだろうか?暫くしても何もなかったので再び歩き出した。

 

 

 

 

 

「ぐ、がぁ……で、めぇ……に…ん……」

 

 ギルドの職員寮に通じる道を少しずれた人気のない裏路地、少年が抑えつけられていた。いや、少年ではない。圃人(レーア)だ。押さえつけているのは白い肌に痛々しい傷跡をつけた獣人の少女。

 

「喋らない方が良い。息が吸えないように抑えてるから」

「────!──────!」

 

 コヒュコヒュ息を吐きパクパクと顔を青くしていく男。少女が力を弱めると慌てて息をする。

 

「てめぇ!何もんだ!何で邪魔しやがる!?」

「朝、師匠と襲われてるギルド職員助けたから、念のため最後に残ってたあの人の護衛してた」

「は、離せ!良いか?悪いのはあの女なんだよ!お、おいらを追い出しやがって!たかが宝箱一つに目くじら立てて……誰だってやってるのに───!」

「ゴブリンの特徴、知ってる?」

「ああ!?」

 

 突然関係ない話をされ叫ぶ男に、少女は微塵も怯えない。

 

「報復されて当たり前のことをしても、自分が悪いとは思わない。それなのに自分達が何かされれば怒る。絶対許さない………貴方にそっくり」

「─────!!」

「それにほら、貴方小さいし。そっくり………だから、ギルドに入って最初の一匹──」

「ま、ま──!」

 

 首の横に短剣が置かれ、梃子の原理で男の首に食い込んでいく。

 

「────!!」

 

 ゴグリと骨の隙間に刃先が食い込み、後はストンと首を切り落とす。

 男の死体を見て少女は思う。人間でさえこれか。あの人は必死に耐えているのに、そんな衝動もない此奴と来たら……。

 あの人も()()になるのは耐えられない。だから、少なくとも自分はあの人を殺せる。何の後悔もなく。


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