都に戻った勇者達は首を傾げる。
城壁の外に、これといった戦闘痕がない。大群が攻めてきた場合城壁の上から魔法を放ったりするので基本的に死体や穴だらけになる。今回はそれが殆どない。
連絡を受け
「とりあえず姉ちゃんの所いこうか」
「ん……」
「ええ、街がこの様子なら心配はないでしょうが」
勇者の言葉に賢者と剣聖が頷く。向かうのは聖剣を抜いて勇者になった事が王に知られて直ぐに渡された屋敷。導師が作っていた色んな道具を罠にしている。流石に他人の家を罠だらけには出来なかったのでちょうど良かった。
道具の開発者である導士が寝たままなので罠の在庫が尽きれば張れなくなるが今の所罠が起動したことは2回ほどだ。片方は欲のはった商人に雇われた盗人、片方はただの盗人。
どちらも
「………あれ?」
門に手をかけ、キィと動く。閂が抜けている。三人は顔を見合わせ、走り出す。この屋敷に住む四人には罠が発動しないようになっているから一々解除の手間はかからない。というか発動しても勇者が先頭なら謎の安心感がある。
二階につく。ここからは罠がない。
「罠は、一つも作動していませんね」
「却って不気味……」
剣聖の言葉に賢者が呟く。明らかに誰かが門を開けた形跡があるのに罠は一つも作動していないという事は、門を開けただけで帰った?なんだそれは。
と、勇者がふいにハッと目を開ける。1人だけ居るのだ、罠を作動させずに門まで向かえる人物が。
「姉ちゃん!?」
導師が眠る部屋の扉を勢いよく開ける。勢いつけすぎて留め具がはずれる。と、窓際のベッドの上に
扉がぶち破られて驚いた顔で固まっていた。
「………久しぶり…………久しぶり?私、あれからどれぐらい寝てた?」
「────姉ちゃん!」
「……とと」
抱きついてきた勇者を受け止める導師。自分にすがりつき涙を流す自称妹に困惑しつつ、その頭を撫でてやる。剣聖と賢者も目を見開き硬直していたが、復活し駆け寄ってくる。
「良かったです。目覚めて……」
「ん、心配した。でも、ようやく揃ったって気がする」
「良かった、良かったよぉぉぉ!」
「いい加減に離れて」
そう言いつつ押しのけず頭を撫でてやる導師にほっこりする賢者と剣聖。導師はふと周囲を見回す。
「………お兄ちゃんは?」
「「「────ッ!」」」
その言葉に、三人が固まる。その反応を見て、そう、とため息を吐く。
「あの後、出て行ったんだ」
「………うん」
「本当、仕方ないなぁお兄ちゃんは………」
「あ、で、でもね……昨日、見つけたんだ。逃がしちゃったけど………」
勇者の言葉にそうなの?と剣聖と賢者を見る導師。勇者が気を使った可能性を考慮したのだろう。2人とも頷く。
とりあえず、一度着替えて改めて部屋に集まった。勇者達はこの一年の間で起きた魔神王の復活を三行で説明して、ゴブリンスレイヤーからゴブリン・ユダと名を変えた彼について集めた情報を話す。
「そう、ユダ………どういう意味?」
「ごめん、わかんない………」
「それにしても、貴方が勇者………勇敢な者、ってことなのに神に選ばれるってどうなの?」
「それはボクも思ってた。もっとこう、使徒とかそんな呼び方の方が良いよね?ボク神様に頼まれても自分の感情で動くだろうけど」
「それにしても、弟子かぁ………15人も……理性を保つための、道具が……」
ぶつぶつと呟く導師に「姉ちゃん?」と首を傾げる勇者。直ぐにその弟子達に嫉妬しているのだろうとあたりをつける。
「早く捕まえないとね」
「うん。それと、逃げないように説得する方法も考えとかなきゃ」
「せめて転移の鏡を投影できなくする方法も知りたい」
「それと、あの剣の腕ですよ。総出でかかったとしても勝てるかどうか」
「勝てる勝てないじゃなくて、勝つしかないけどね。いっそ負けた方が言うこときく、とか条件付きで挑んでみる。師匠としても追ってほしくないだろうし」
「それでも逃げそうですが」
「その時は……手足をもいで首輪をつけて何処かに閉じこめるとか?」
「「「え?」」」
捕まえた後、どうやって逃がさないか話していると導師がポツリと呟く。三人が目を見開き導師を見ると導師は首を傾げ不思議そうな顔をする。
お兄ちゃん大好きっ娘の彼女がそんな酷いことを彼にするとは思えないし、多分気のせいだろう。
とりあえず導師の為に消化に良いご飯を作ってくると賢者。不意に足に何かが当たる。拾い上げる。サイコロだ。何故こんなところに?
────────────────
グチャリグチャリと引きずり出した腸を弄ぶ。ゴボゴボ赤い泡を吐きながら泣くそれを見ていると楽しくて笑いがこみ上げてくる。
肺に噛みつくとシューシュー間抜けな音が鳴る。毒を打ち込んでやれば殺してくれと泣いて懇願する。
番が来るともっと楽しい。片方をいたぶると片方が自分がやられているかのように泣きわめくのだ。おかしな奴等だ、きっと頭が悪いんだろう。雌を目の前で犯してやったらどんな反応をするんだろう?
犯すと言えば、彼奴等を犯すのは楽しいなぁ。必死に感じようとして、涙目になって、痛いくせに、苦しいくせに頑張って笑顔を作るんだ。見ていて腹が捩れる。
ああそうだ。これは楽しい。いたぶるのは、苦しめるのは、痛めつけるのは、犯すのは、食らうのは。楽しい
あの全身粗末な防具で身を固めた奴。こっちを殺したいみたいだけど逆に殺してやったらどんな顔をするかなぁ?いいや、駄目だな。それじゃあきっと何の反応もしない。
一緒にいた蜥蜴とデブを殺してその腕や足を連れてた雌2匹の穴という穴に入れてやろう。窒息しそうな雌二匹と仲間の残骸を見せる、その方が面白い反応をしそうだ。
向こうは自分を殺そうとしてるのだ。ならば此方も殺して、犯して、その死体で遊ぼうが問題ないではないか───
「ヒ、ヒヒ───ヒハ──ハァ、ぐぅ……うぅ──が、う───楽しい──違う、やだ……おも、し……もう、いやだ………」
「………やれやれ、弟子が居なくなった途端に弱さを見せるなんて、本当に分かり易い奴だな」
楽しそうに笑い苦しそうに泣くユダを見て魔女は肩を竦める。寝ると言って自室に戻り、ドタバタ五月蝿いから様子を見に行けばベッドや机が壊れているわ、ガリガリと喉をかきむしり血を流しているわで散々だ。
「たの、し……くない………楽しみたくな……い……嫌だ、こんな……俺は、ちが───」
「……………………」
遥か上から盤上を見下ろせる神は、きっとこの光景など見ていないのだろう。彼等が見たいのは冒険なのだ。人間だろうがデーモンだろうが関係ない。駒が動き、戦う様が大好きなのだ。その駒の感情など知ったことではない。
愛しているのだろう。人が道具を愛するように。慈しんで居るのだろう。人が物を大事にするように。で、それがなんだ?
サイコロの出目が悪くて失敗してもそれはそれ、苦しめるつもりが無くても苦しむのは駒達だ。駒達が苦しむ様を悲しむ?悲しむだろう、人々が悲恋の劇を見て感情移入するように。それでも何かしては来ない。感情で何かを与えはしない。逆に言えば、感情関係なく与えてくることもある。
見ているだけで居ればいいものを、冒険中の駒達に干渉してくる。
洞窟に怪物を配置し、それに勝てるだけの準備をしてきた冒険者を配置し、いざ決戦で干渉し不運にも不幸にも冒険者達の攻撃は空振り、怪物のなんてことない攻撃が渾身の一撃。
やらかしちゃったから仕方がない、次の冒険者を用意しよう。でも悲しいな、立ち直るには時間がかかる。時間がかかればもう大丈夫。それがこの世の神々。
魔女はそれを
隙間から上に行けないかと思ったが、それは生憎出来なかった。幸いにも時間の流れすら存在しない
そして、ある日何処からともなく投げ込まれた駒を偶々見つけた。ずっと見ていた。ハラハラすることもあった、彼が人の言葉を学ぼうとする姿には母性をくすぐられた。
だんだんと彼が彼でなくなっていくのは見てられなかった。だから、盤の上に戻ってきた。
「結局何もしてやれないがね………」
今もこうして、自分の中にある自分ではない部分を必死に押さえる彼にしてやれることはない。いや、あるのだが、彼はきっと救いを求めない。生憎と自分では己を責める彼を許してやれる存在にはなれない。
「ほら、泣くな……君の育てた弟子達はきっと強くなる。君がそうなる前に止めてくれる……ま、君は望まなくとも彼女達は結局悲しむだろうがね」
本当は死にたいくせにただで死ぬのは無責任だと勝手に決めつけ、殺されることを望む哀れな男の頭を撫でる魔女。
馬鹿な男だと思う。ある意味では吹っ切れてしまったから、殺されても仕方ないことをやる踏ん切りが付いてしまった。
彼がこれからやろうとしていることは、きっと多くの命が奪われる。多くの悲しみが生まれる。
全く面倒な男だ。勘が鋭いのも困りものだ。弟子達が自分を恨み切れていないからと、ならば今度は世界に己を恨ませるつもりなのだから。
「─────ッ!!」
不意に彼が目を覚まし魔女の細い首を掴む。鋭い爪が食い込み血が流れる。
「落ち着きたまえよ、私だ………」
「───っ………ああ」
すっと首から手が放れる。異形の瞳がジッと首の傷を見つめる。
「傷、つけたな」
「つけたね」
「ごめん、殺していいよって言ったら、どうする?」
「泣くね。私も、君の弟子達も」
「そうか」
「そうさ」
悪夢に魘され荒くなった息を整えながら天を仰ぐユダ。天に幾ら祈った所で神々は何もしないと言いたくなる。
最初は未知への興味。それが今や母親ぶりたくなる程度には、愛着が湧く。我が事ながら心というのは本当に複雑怪奇だ。
「もう眠りたまえ。悪夢をみるなら、子守歌でも歌ってやろう」
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ああ、何だ。あんなにえらそうだったのにこんなに弱いのか。
奇妙な輝きを放つ剣を持ったゴブリンは倒れた大きな人型の存在を見てニタニタ笑う。おぅい!肉だ、俺がとったぞぉ!と叫び切り分け仲間で食らう。
あんなに偉そうだったのが今では食料。これが偉そうに色々命じて来た時のことを思い出し笑いがこみ上げてくる。
あっはっは!ああ、楽しい。汚物を見る目で見てきた女をなぶるゴブリンはゲタゲタ笑う。
人の上半身と蛇の下半身を持つ変な奴だから、腕を切り落として少しは蛇らしくしてやった。斬ると同時に焼くから血を流して死ぬ心配もない。
ゲタゲタ笑いながら仲間達で回す。
大きな群でロードが宣言する。我等を雑兵と侮り使い捨てにしようとした物達へ報復の時は来た!と。
彼は混沌の勢力に雑兵として駆り出され、その都度生き残ってきた。それなのに未だ地位は雑兵のまま。おかしいではないか、自分はこんなにも貢献してきたのに、何の褒美もない。いや、これはもはや褒美を奪われていると言って良い。奪われたのだから、当然奪い返す権利がある。
氷、雷、炎、毒、風、様々な力を持った剣を持つ一団が、混沌の勢力の砦の一つに攻め入り男を殺し女を犯し宴をあげる。
ゴブリン達はゲタゲタ笑う。報復されるなど夢にも思わず。
混沌の勢力が同じく混沌に属するはずの小鬼共を怒りの表情で狩っていく。
異変は半年ほど前から。従えていた小鬼共に裏切られたと報告し、その者は直ぐに死んだ。最初は笑い話だ。ゴブリン程度に情けない!
そんな間抜けを笑いながら酒を飲む。
だが異変は続く。ある日混沌の勢力の地にある村との連絡が途絶えた。恋人がいるそいつはそこに赴き、手足を切り落とされ犯されている己の恋人を見つけた。
小鬼共が裏切った、小鬼共が砦を襲った、小鬼共が村を滅ぼした、小鬼共に犯された。
混沌の者達の怒りはもはや収まらない。小鬼共は皆殺しだ。どうやら奴らは少し力を手にすれば直ぐに自分が上だと勘違いする。ゴブリン如きが、上だと勘違いする。
解らせる?そんな必要はない。解らせたところでどうせ繰り返す。
ゴブリン共は皆殺しだ。もとより数が多いだけの役立たず。混沌に、こんな間抜け共は不要だ。ゴブリン共は皆殺しだ。
その皆殺しにしたいゴブリンの一匹の良いように動かされているのだなどとは夢にも思わず、混沌の勢力はゴブリン共を
ゴブリン共は思う。理不尽だ!自分達は何も悪いことをしていないのに!
そのうち何匹かが言う。
探せ探せ!ついでに村を襲い女を攫い減ったぶんを増やせ!自分達は明日を生きるのも大変なのに何の苦労もせず雨風を凌げる家に住み腹一杯ご飯を食べる奴等だ。そんな奴等苦しめても問題ない。
そうやって村を襲ったゴブリン達の元に現れる。黒猫が、虫が、蜥蜴が、森人が、人間が、小人が。
彼女達は助けた女性や村の生き残り達に口々に言う。小鬼共を殺す術を知りたいか?と。
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