無限の剣を持つゴブリン   作:超高校級の切望

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分岐点

 ゴブリンは殺す、と混沌の勢力が躍起になる。裏切りに次ぐ裏切り。たかがゴブリン如きが、自分達をなめている。侮っている。裏切っている。

 力こそ絶対。気に入らなければ殺す。何ともわかりやすい思考の混沌の勢力はゴブリン程ではないにしろ、馬鹿だ。

 力がないからこそ狡猾になるゴブリンの方が余程手強い。

 今日も今日とて秩序の民など知ったことかと人間の領地に入ってきた混沌の民が無様な屍を曝す。ゴブリン達は飯だ飯だと大喜び。女は与えられないし外に出るなとも命じられ、そのくせ自分は胸のデカい只人(ヒューム)の女と外に出歩く今のボスは気に入らないことだらけだが飯が食えるのはありがたい。

 それでも飯の取り合いが起きて殺し合いに発展して、田舎者(ホ  ブ)だのが生まれ始めているが。

 ボスは何やら薄い獣の皮にミミズがのたくったような模様がある変なのを眺めている。

 変な奴だなぁ、あんなもん眺めて何が面白いのやら。力が強いぶん馬鹿なのだろう。と、そんな馬鹿から命令が来た。ある場所に向かうからついてこい、と。言われたのは自分だけ。これはこの群で立場を手に入れるのも近いな!

 

 

───────────────

 

 

 とある辺境に領地を持つ領主はまた領民から来た懇願書を見てため息を吐く。ゴブリンを退治してくれ、だと。ここ最近特に多い。全く冒険者共は何をしているのか。

 と、そんな苛立ちが食事の場に出ていたのか愛娘が心配そうな顔でのぞき込んでくる。

 

「お父様、いかがなさいました?」

「いや、ここ最近ゴブリンを退治してくれと領民が五月蝿くてな。全く、ゴブリン如き自分達で何とか出来ないのか」

「……ですがお父様、小鬼は、女を襲うと聞きますし、武器だって扱うと……ここは混沌の軍勢も襲ってこないですし、盗賊達も冒険者様達が相手してくれています。私兵を出さないのですか?」

 

 ゴブリンというのは、書物から得た知識として知っている。見たことはないが、女を犯すという。同じ女として、攫われた娘達が心配になる。

 

「冒険者様、か。ふん、奴等こそゴブリンを退治していればいいものを、盗賊退治の花形は我等領主の役目だというのに」

「お父様、その冒険者様達のおかげで兵達が死なずにすんでいるのですよ?それでも小鬼を退治していろと言うのなら、小鬼退治の依頼を出せばよろしいではないですか。領民達は村総出でお金を集めても僅か、それ故に冒険者様達も見向きしないのですから」

「ゴブリン如きを退治してくださいと、金を出せと?」

「はい」

「……………」

 

 即答した娘に言葉に詰まる男。はぁ、とため息を吐き検討しよう、と話を切り上げた。

 

 

 

(───検討は、しないのでしょうね)

 

 夜になる。自室に戻ろうと歩く令嬢は先程のやりとりを思い出しはぁ、とため息を吐く。

 まあ、それも()()()()か。部屋の扉を開けると乱された寝台に、割れた花瓶。開け放たれた窓。そして頭から血を流したゴブリンの死体。

 

「遅かったな」

 

 暗闇の中、窓から差し込む月明かりに照らされ黒い騎士が現れる。彼女は彼の名も、顔も、性別も種族も知らない。ただ、ゴブリンに攫われる娘達を憂いている時に何処からともなく現れたのだ。協力しろと。

 あまりに突飛で、貴族として汚名をかぶる作戦だったが彼女はそれで小鬼に犯され腫れ物のような扱いを受けることになる娘が一人でも減るならと協力を申し出た。

 もとより辺境とはいえ貴族の屋敷に侵入できる彼に逆らったところで意味など無いのだろうし、力の一端は見せられた。魅せられたと言っても良いかもしれない。

 

「ごめんなさい、黒騎士様。ですが、お父様に提案はしておきましたわ」

「お前みたいに物わかりが良い奴ばっかりだと、俺も無理矢理攫って巣に放り込むなんて面倒な手を使わずに擦むんだがな……」

「そうですか。まあ、ゴブリンの巣は汚い、臭い、暗いと聞きますし」

「………てっきり怒ると思ったがな。お前、そう言う場所に村娘が連れてかれないために俺に協力すんだろ?」

「領主の血縁でありながら領民を蔑ろにする娘など、一度襲われる側の気分を味わうべきでしょう」

「ま、今の所投石もしらねえ巣で、範囲系の魔剣持たせてやってるから大丈夫だが」

 

 一応安全策は用意しているらしい。彼は、本当に優しい人だ。自分なら領民の被害を減らさせる策を講じない父親を動かす良い方法があると聞いて、領民など知らない自分の安全第一と考える領主の血縁の貞操や命など知ったことではないが………。

 

「お前が領主になったらこの地も安泰だろうな」

「あら、女に家督を継ぐ権利などありませんよ?」

「そうか」

「そうです」

 

 ニコリと微笑む貴族令嬢。黒い騎士は薄ら寒さを覚える。まあ、これぐらいが良い。これぐらい不気味な方が、それを理解できる自分は間違っても手出ししない。

 

「それでは騎士様、どうぞ私を攫ってくださいな」

 

 

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 ある辺境貴族の屋敷、娘がなかなか起きてこない事を不審に思った父は使用人に命じ様子を見に行かせる。そこには荒らされた部屋と割れた花瓶、そして頭から流していた血を乾かしたゴブリンの死体。

 その様子と開け放たれた窓が意味することは、娘がゴブリンに攫われたと言うこと。

 見張りは何をしていたと叫ぶ。こんな田舎だ、見張りなんて門番ぐらい。だったらもっと雇えと誰もが思った。それに、そんなことをしてる場合ではないと。

 直ぐに私兵を投入しゴブリンの巣の捜索。直ぐに見つかり、約二名が毒で死ぬも娘は無事保護された。攫われた後、巣で見つけた剣を持ち寝ずに己の身を守り続け貞操こそ無事だったものの泥だらけになった娘、それでも貴族は安心した。

 だがゴブリンの性質を知る貴族達の間で犯されたのでは?と話が広がり婚約は破談。面白おかしく好き勝手な噂まで広がる始末。

 男はまあ、キレた。私兵を使い領地に進入したゴブリンどもを殺すように命じた。手が足りぬのなら冒険者を雇った。

 他の貴族達は嘲笑う。ゴブリン如きに金を使うなんて馬鹿だ、と。そしてその貴族の娘達も攫われる。後は先の貴族とやることは同じだ。

 中には地方貴族の威厳を取り戻してみせましょう!と声高々に宣言した騎士や女騎士に憧れる年若い金のかかった装備をした貴族冒険者達が巣に乗り込み、むき出しの頭に石を食らったりして直ぐ死んだ。

 となれば娘が攫われなかった貴族達も笑い事ではない。辺境でゴブリン退治に赴く貴族の私兵や、ゴブリン退治の報酬は目に見えて増える。

 婚約破棄された最初の被害者の貴族の娘はそんな話を聞いて楽しそうに笑っていた。

 さて、辺境でも追われるようになったゴブリン達は当然逃げ出した。逃げ出したゴブリン達が向かうのは比較的発展した場所。

 大きな柵に囲まれた街ばかりで女は攫いづらい。が、時折ゴブリンが居ると聞き片手間で倒してやろうとやってくる女冒険者を捕らえて数を増やす。哀れな冒険者は生き残ってもゴブリンにやられた、その事実で冒険者人生を絶たれる。

 しかし退治に来るのは希だ。故にそんな冒険者は少ない。

 ゴブリンなんてほっといても退治されると思っているから。

 そんな希に退治しにくる冒険者も逃げ出すゴブリンを見て笑う者が殆ど。追いはしない。ほうっておいても獣に喰われて死ぬと思っているから。そうして一年が過ぎる。

 

 

 

 嘗て神の遊戯盤の外に出た、この世界とは異なる法則(ルール)を手にした女はゴブリン共が歩き回る古い遺跡の中を堂々と歩く。見かけたゴブリン達は慌てて道をあける。

 彼女の実力を知っているのもあるし、彼女に手を出せばボスに殺されるとも知っているからだ。

 飯を何処からか持ってくるボス。女は持ってこないせいで、永い禁欲生活。ただでさえ我慢強さなどとは無縁で理不尽な怒りを覚えることで有名なゴブリンだ。自分達はこんなに我慢してやってるのにずるいと女に手を出そうとすれば女の魔法で焼かれ、その話を聞いたボスはそのゴブリンがやってきた時の群の仲間全員を吊し上げ剣を突き刺し傷を焼いて半日かけて殺した。

 もちろん笑うゴブリン達だが自分達もああはなりたくない。自分が行動せずとも元群の仲間が動けば連帯責任で殺される。故に見かけたら殺して、ボスに死体を献上する。自分だけは見逃してくれと。そうすれば元群の仲間は死ぬが自分は生き残れる。

 そんな事が続けば彼女はゴブリン達にとって死、そのものだ。もはや誰も手を出さない。

 

「これはまた派手だねぇ。量も周期も短くなってきてやいないかい?」

 

 遺跡の奥。元は何だったのか皆目見当もつかぬ部屋は今は死体の山が転がっていた。盗賊だったり人攫いだったり王の目を盗んで色々企んでいた貴族だったり様々だが、一貫して死んだ方が人の世のためになる連中ばかりだ。

 その血の海と肉片の島でちょっとした世界地図じみた部屋の中央にはこの遺跡に住まうゴブリン達の長。グチャグチャと死体を踏みつけていた足を止め振り返る。

 

「そうか?いや、そうだな」

「まあ、元々二択だ。抑え続けて、何時か暴走を何度か繰り返して化け物になるか、発散して発散して、楽しくてやめられなくなって化け物になるか……君は最初から混沌の怪物になり果てるしか、道がなかったからね」

「楽しい、ねぇ……ああ、楽しいよ。だからさっさと死ぬべきだ」

 

 ゴブリンはさっさと消えるべきだ、そう付け足す彼に、魔女は目を細める。

 

「確かにその力が暴威を振るえば秩序も、混沌も、きっと戦争なんてやめて手を組むだろうね。で、終われば争う」

「何だ、結局争うのか」

「そう言う風に出来てるからね。稀に混沌、秩序、そのどちらにつくか自分で選べるのもいるけどそれは本当に稀だ」

 

 闇人(ダークエルフ)や一部の蜥蜴人部族のことだろう。

 だが、と魔女は己の頭を指さす。

 

「それでも受け入れられない。本能的に嫌う。脳がそうできてるんだ、君が他人の幸福を見て苛立つようにね。心の問題じゃない、脳の問題だ」

「………ゴブリンがなめられるのも、か?」

「ゴブリンは神々にとって基本的な配置に使う怪物の駒。弱くて数が多くてそのくせ多様性がある。滅ぼされては、たまったものではない。だから私は君がしようとしてることは無駄なんじゃないかと思うがね……幾ら今の世代が怒りによってゴブリン共を殺しても、緑の月がある限り一世代で滅ぼすなんて不可能だ。しかし数が減れば被害も減る。被害が減れば、脅威も忘れ去られる。せいぜい二世代後まで続けばいい方さ」

「緑の月、か……」

「無駄だから、する必要はないと思うけどね」

「…………俺はさ、正義の味方になりたかったんだ」

「………?」

 

 唐突に話を変えられ首を傾げる魔女。まあ、彼は基本的に自分を語らない。語らないので、せっかくだから聞かせてもらおうと耳を傾ける。

 

「別に世界中の人間を救いたいとか、大それた事は考えてなかった。ただ、昔いじめられてた友達を、見捨てたことがあった。石を投げられている犬を庇って、じゃあお前に投げてやろうかと言われて犬に石を投げたこともあった。正義の味方にあこがれるくせに、正義を貫こうともしない自分が大嫌いだった」

「それは、まあ……仕方ないことだと思うけどね。平和な世界だ、誰だって傷つきたくない。この世界にも、そんな奴等はゴロゴロ居る」

「それでも、だ……だから、例え作り物でも、正義を貫こうとした男に憧れた。未来の自分に否定されても、誰かを救いたいという願いは、自分の正義は間違っていないと貫ける男に憧れた」

「それはもう狂人の類だと思うがね」

「それで救える命があるんだ。良いじゃねーか」

「…………」

「だから俺はその男と同じ力を欲しがった。その力があれば、俺は今度こそ誰かを救えると思った………笑える話だ。力がないことを言い訳に何もしなかった奴が、力を手に出来たから人を守りますぅ、なんてな………ああ、だからこれはきっと罰なんだろうな」

「……君に力を与えた神の性格がねじ曲がっているだけさ。君自身に責はない」

「だが俺は人を殺した。これから、もっと殺す」

「……………そうか」

 

 きっと変えないのだろうな。変えたく、無いのだろう。この計画のために殺した命を無為にしたくない。全く、愚かだ。死者は何も語らないというのに。だけど、そんな言葉はきっと何の意味もない。

 

「あんたとの二年間、悪くはなかった」

「……そうだね。私もだよ」

「………じゃあ逝ってくる」

「いってらっしゃい」

「………………」

「?まだ何か?」

「………いや、やっぱり何でもない」

 

 

 

 

「またはずれ」

 

 黒い鎧をまとったゴブリンを広がった影に沈め導師は忌々しげに呟く。

 辺境の彼方此方で黒い鎧を着込んだゴブリンの噂が絶えない。しかし向かえば偽者ばかり。しかし他に情報がないのだから向かうしかない。

 『彼』の弟子達は彼の拠点を教えてくれた。しかしもぬけの殻だ。騙しているわけではないのだろう、弟子達にも教えていない拠点があるだけだ。おそらくは何処かのゴブリンの巣。

 ここ一年で起きているゴブリン共の妙な行動。そして、その結果起こったゴブリン退治の増加。間違いなく『彼』の仕業。せめてゴブリンの言葉が解ればいいのに。苛つきながらもがくゴブリンの頭を踏みつける。

 

「姉ちゃん、これって……師匠、ボク達のこと避けてるよね?」 

「今更でしょ……私は絶対に捕まえるけど」

「うん!そうだよね……次は………」

 

 と、地図を広げる勇者。

 ゴブリン達にとって社会とは己の巣で終わりだ。他の巣の情報なんて知らない。だから黒い鎧を着ると勇者が来るなんて解らない。そのせいで囮はいっこうに減らない。

 忌々しい。と、不意に喉を奥を何かがせり上がる。ぺっと吐き捨てるとサイコロが転がる。

 目覚めてから時折、サイコロを吐く。理由は不明。ただ、このサイコロは途轍もない魔力の塊。目覚めてから使えるようになった力は魔力を消費するが魔力を吸収する力もあるので、影にしまっておく。

 別の巣に向かっていた剣聖と賢者の二人に合流した勇者と導師は本日最後の巣に向かった。

 

 

 

────────────────

 

はじまるはじまる!

《幻想》は大騒ぎ。神々が目につけていたお気に入りで、世界を変えるほどの力を持つ存在が漸く動き出したのです。《幻想》のみならず《混沌》も《死》も、皆皆大騒ぎ。だけど誰かが呟きます。これで終わるのかな、と。神々は彼が大好きです。彼は完全なるイレギュラー。また彼のような存在が何時現れるのかも解りません。それを失うのは、悲しい。

 そう落ち込む神々に、《真実》はふっふっふっ、と得意げに笑います。

じゃーん!

 と見せたのは四方世界の遊戯盤。他の世界のように全く別の法則(ルール)世界(遊戯盤)ではない、全く同じ世界(遊戯盤)。配置されている駒も一緒。

 《真実》はドヤ顔一つ。二度楽しめるように造っていたのだと。そっちは実は記録があるだけの生まれたばかりの世界だと。

 どうせなら二度楽しみたいじゃないか、そう言う《真実》に神々は呆れます。でも確かに、サイコロを振り直すわけではありませんし、と誰かが言い訳して皆乗ります。

 まずはIFから。正史は後の楽しみです。

 こっちの彼は少しだけ恥ずかしがり屋。ある言葉を仲間に言いません。人間をずっと見てきた《真実》はその言葉一つで流れが変わることを予想していました。

 さあ、こっちの彼がどんな風に物語を終えるのか、観戦しましょう。神々は『彼』が大好きです。でも、別にだからといって彼を救ったりはしません。




次回はIF世界のBAD END√

ゴブユダが盤外の魔女に言おうとしていた言葉を言わなかった世界。

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