月も星も雲に隠れた曇天を見上げる。
行動に移そうとした日に、自分達にとって都合の良い
本当に馬鹿だな。たかが三千の群。ロードやチャンピオンですら複数居るとはいえ肉の盾もないゴブリンが果たして何万という兵士や冒険者と数万はいる民が暮らす都を攻め落とせると思っているのだから。
ただ、まあ、沢山死ぬだろうな………しかしここにいるゴブリン共は全部冒険者達が脅威にならないと見逃した奴等だ。いる噂を聞いても、冒険者がやられたという話を聞いても、どうせゴブリンだと動かなかった結果がこれだ。
ゴブリンは確かに弱い。だが、成長する。何より、女を犯す。知っていたはずだ。知っていて、ゴブリン如きに自分がやられるはずがないと決めつけ、放置した。攫われた女達の話を聞いても大概が村娘など金にならない、だ。
《あれが人間達の王がすむ街だ》
町明かりを指さし、告げる。
《お前達の
その言葉にゴブリン達がギリギリ歯軋りをする。家畜を奪い、女を攫い、その上で逆襲されても彼等からすれば人間達は侵略者なのだ。だから怒る。これがゴブリンなのだ。
《その怒りを知らしめろ!我等の理不尽さを、恐ろしさを、人間共に知らしめろ!男を殺し餌とし、女を犯し数を増やせ!他の町を襲い、さらに増やし、我等ゴブリンの王国を築くのだ!》
「「「GOGAGAGOOOOO!!!!」」」
咆哮をあげ、続いてロード達が己の配下達に指示を出す。進軍するゴブリンの群を見て思うのは門を破壊するのだけで二割は死ぬな、というもの。
銀等級のチャンピオンが複数居ようが直接戦うならともかく攻防戦は攻撃側が不利。ましてやこの数の差では勇者が来たら秒で詰む。だから、一枚の
この戦争においてただ一度だけ使うつもりの魔剣を……。
「しかし、勝てるわきゃねーのに馬鹿だなゴブリンも、自分達に勝てないからって女を犯すゴブリンを放置する人間も……」
本当に、この世は馬鹿ばかりだ。自分も含めて。ああ、ままならない。
ふと夜空を見開げる。雲に覆われた夜空。その向こうから見ている神々。そして、それをさらに上から眺めて居るであろう星の外から此方と目があった神を幻視する。
彼であり彼女でありクソジジイともクソガキとも形容できる顔のない神。狂気と混乱をもたらす為に暗躍し、その神から何かを授かった者は大概自滅するとか………。
「まさに俺にふさわしい最後だな。さて行くか……」
ああ、そうだ。取り敢えず「覚知神」貴族共の死体をゴブリンの死体と一緒に屋敷に戻しておかないと。
見張りの兵士達は夜の闇の向こうから聞こえてきた声に直ぐに反応する。ここ最近悪魔共の出撃もなく、気を抜いて船をこいでいた兵の頭を叩いて起こし城壁の下を照らす。
現れたのは、ゴブリン。何だ、ゴブリンかと大慌ての兵士達はあっと言うまに落ち着く。誰が城に報告しに言った兵を追って、緊急事態は誤報だと伝えるように言う。もちろんそうする。だってゴブリンだぞ?
だが……
「あ、あれ?なんか、おかしくないか」
ゴブリンが現れる。
ゴブリンが現れる。
ゴブリンが現れる。
ゴブリンが現れる。ゴブリンが現れる。ゴブリンが現れる。
ゴブリンが現れる。ゴブリンが現れる。ゴブリンが現れる。ゴブリンが現れる。ゴブリンが現れる。ゴブリンが現れるゴブリンが現れるゴブリンが現れるゴブリンが現れるゴブリンが現れるゴブリンが現れるゴブリンが現れるゴブリンが現れるゴブリンが現れるゴブリンが現れるゴブリンが現れるゴブリンが………
「お、おい!やっぱり緊急事態だ───!」
バサリと上空で音が鳴る。振り向けば巨大なコンドルに乗った二匹のゴブリン。片方は手綱を握り、片方は杖を持つ。ゴブリンライダーとシャーマンだ。炎に焼かれる。
「ぐあ──!?」
仮にも都の衛兵。その鎧は特別製。炎に耐える。
だがゴブリン達の目的は足止め。ロードは知能が高い。街に自分達が現れるとカンカン喧しい音が鳴り響いて武器を持った奴等がやってくるのを知っている。
コンドルの何匹かが運んでいた狼を城壁に落とす。別のコンドルの背に乗っていたゴブリン達が狼の上におり城壁を駆け抜ける。音を鳴らそうとしていた兵士に襲いかかり、兜の隙間から毒塗りのナイフを突き刺す。主従息ぴったりだ。
兜をはずして被ると無事な目をえぐり出して狼に与える。剣は、持てそうにない。懐の短刀なら持てそうだ。
「GOOBROB!!」
狼にまたがり剣を掲げ叫ぶ。どうせ自慢でもしているんだろう。
ゴブリンだぁ!そう叫ばれて街の住人は、そんなことで起こすなと不機嫌そうに目をこする。中にはシーツを深く被る者も。しかし、路上にいた酔っ払いや兵士達は城壁の上で火が上がったのを見て逃げるものと援護に向かう者で分かれる。もちろん酔っ払いと兵士で、だ。
そんな騒ぎになろうとゴブリンの名しか上がらない。母親が面倒くさそうに扉の閂を確認する。うん、大丈夫。万が一城壁を越えられても問題ない。と、窓ガラスが割れる。
「───え?」
「───GOB」
困惑する雌を見つけて、ゴブリンはニタァと笑う。
漸く本当に街がざわめく。兵士達も遅れながら駆けつけ中に侵入したゴブリン達に対応する。城壁を越えられたが、コンドルに乗っているのは数十匹。これさえしのげばゴブリン如きが城壁を越えられるはずがない。そう思った瞬間、一条の光が城門を貫く。遅れながら城門が赤く発光し、ゴパッ!と溶けた鉄になり降り注ぐ。
光はそのまま城門から続く広場の中央の石像を破壊した。
そして、ズンと地面が震える。現れたのは、オーガと見紛う巨体を持ったゴブリン。兵士達が慌てて対応しようとするも棍棒の一振りで骨を折られ吹き飛ばされる。
「GROOOOOBROB!!!!」
咆哮を一つ。直ぐに他のゴブリン達が流れ込んでくる。ホブ、シャーマン、ライダー、そしてチャンピオン。
ホブは扉を壊し、チャンピオンは家ごと壊す。中に女を見つければ引きずり出し欲望のままに犯す。と、ホブの首が切り落とされる。
顔を怒りに染めた銀等級冒険者だ。そのまま持っていた剣を振るうがチャンピオンは受け止める。
ホブやチャンピオンは兵士達の正規の剣を拾い豪腕を持って振るう。元より人より遙かに高い膂力を持つ上位種のゴブリン達。ある程度の技術を手に入れたチャンピオンもいる。それも複数。
鎧越しに殴られ体が吹っ飛ぶ。民家を壊した男をそのまま踏みつける。
叫び声があがる。炎があがる。小鬼共はゲラゲラ笑う。ああ、良い気味だ。思い知ったか人間共!これが奪われる側の恐怖と怒りだ!
と、そんな小鬼達の命が刈られる。冒険者や兵士はまだまだ居るのだ。それに、一般人でも石を持てば小鬼を殺せる。
次第に押され始める小鬼達。チャンピオンやロード達が咆哮する。前に進めと。そして逃げようとするロード。その首は切り落とされる。漆黒の鎧をまとったゴブリンによって。
ホブやチャンピオンとは比べるまでもなく、ロードより小柄なゴブリン。顔立ちは他のどのゴブリン共より人に近く、醜い人間にも見えなくはない。
「GOBGROOB」
「「「─────」」」
人には理解できない何かを言うとゴブリン達は大慌てで得物を構え前に駆け出す。恐らくあの個体こそがこの騒動の大元。その個体を殺そうと銀等級達が得物を振るい、鎧の隙間を刃が通り抜ける。
「くかかか!弱い、弱いなぁ………」
「「「────!?」」」
ゴブリンが、言葉を発した。誰もが目を見開く。しかし、攻められない。ゴブリンの実力は周囲に転がる手無し足無しの銀等級冒険者が物語っているから。と、そんなゴブリンに迫る一つの影。白い影。
闇の中でも白く輝く鎧、盾、籠手。そして手に握った剣。
癒やしの加護、破邪の光、不凍の守り、原初の炎、渦巻く風。目を見張るほどの魔法の武具に彩られたその男を見て民達はわっ!とわき上がる。
「
「金剛石の騎士が来てくれたぞ!」
「あぁ?だせぇ名前……だが知ってる。くひゃひゃ……都市の英雄様じゃあねえか」
黒い鎧を着たゴブリン、ゴブリンナイトはゲタゲタ笑う。慌てた様子はないが、民達誰もが助かったと思っている。それだけ有名な騎士なのだ。
「貴様、言葉を発するのか」
「そうだな」
「……それだけの知能がありながら、このような暴挙……心は痛まないのか!?」
「…………痛まねぇよ………痛まねぇんだよ……」
ゴブリンナイトは不機嫌そうに言うと背後から迫ってきた黒装束の娘の首を掴む。
「女を犯そうが男を殺そうが手足を千切ってのたうつ様を眺めて歯を全部折って糞喰わせて足の裏の皮をはいで砂利の上を歩かせて背骨を生きたまま取り出して………楽しくて楽しくて仕方ねぇんだよ……今もお前の目の前でこの女やお前の妹を犯してやったら、お前がどんな顔をするんだろうって考える。きっと楽しいだろうなぁ……」
「───貴様!──ッ!?」
「………おい、俺が話してる」
「ぐあ!?」
「──GOROO!?」
ゴブリンナイトの言葉に怒りをにじませ周囲の警戒が疎かになった金剛石の騎士の背後に現れたチャンピオン。慌てて対処しようとするとチャンピオンに向かって黒装束がぶん投げられる。
「だけどよぉ、お前には感謝してるからなぁ……見せつけずに殺しておいてやるよ」
「感謝だと?」
「俺たちが進化するのは知ってたはずだ。ホブでさえ、頭殴って首をおりゃ騎士を殺せる。お前は知ってるはずだ。知ってたはずだ……なぁ、元冒険者。だがお前は見逃した。お前が放置すれば、他の奴等も俺達ゴブリンを大したことがないと考える。そりゃそうだ、国の意向だもんなぁ!」
そう言って、両手を広げる。燃えさかる都を見せつける。
「その結果がこれだ!放置され、成長した俺達に攻められる!笑えるなぁ、巣穴を攻めるのは自分達だけの特権だとでも思ったかぁ?壊れてもどうせ直ぐに復活する辺境しか狙われていないと思ったかぁ?ヒャヒャヒャ!そんなはずねぇだろばぁか!俺達は国が欲しい、飯が欲しい、女が欲しい。けど力がない……でもお前等がくれた。経験を、成長する時間を……ああ、実にありがたい。感謝感謝──ヒハハハ!」
キィン!と金剛石の騎士とゴブリンナイトの剣がぶつかり合う。
「貴様は、ここで伐つ!」
「ヒヒ!やってみろよ!」
ゴブリンナイトは力任せに金剛石の騎士を弾き飛ばす。そのままゴブリンとは思えぬ技量で金剛石の騎士と切り結ぶ。
「────っ!!」
此奴は、本当にゴブリンなのか!?膂力は圧倒的。速度も……何よりこの剣技。音に聞こえし剣聖でも相手しているかのようだ。
「ぜあ!」
渦巻く風が原初の炎を纏い螺旋を描く。ゴブリンナイトは顔をしかめ距離をとる。
認めたくないが、純粋な技量では向こうが上。使える手を全て使わなければ屍を曝すのは此方だ。炎を纏った剣で切りかかる。鉄をも溶かし両断する炎の剣にゴブリンナイトは剣を受け流し捌く。それでも剣が少しずつ赤く染まり溶けていく。
まずは剣を奪う。剣技で劣るなら剣を奪う。そうすれば勝率が上がる
ゴブリンナイトは舌打ちして距離をとると民家の一つの壁をたたき壊す。
「ひっ!」
「な!?」
そこには机と、その下に隠れた子供。ゴブリンナイトはその子供の首根っこを掴み、金剛石の騎士に向かって投げつける。
「くっ──!?」
慌てて渦巻く風と原初の炎を消して盾を投げ捨て子供を受けとめる。そして、その隙に迫るゴブリンナイト。
金剛石の騎士の腕が飛ぶ。剣とともにガランと鎧が音を立てて地面に落ちる。女の叫び声が聞こえる。子供の慟哭が聞こえる。
熱せられた剣に斬られ剥き出しの神経が焼かれ、金剛石の騎士はせめて民達を不安にさせないために歯を喰い縛り絶叫を飲み込む。
「ヒーローは大変だなぁ。守るものが多すぎて………お前が間抜けで本当に感謝だ。最期に何か言い残すことはあるか?」
聞いてやるよ、とゲタゲタ笑うゴブリンナイト。金剛石の騎士を助けようとする冒険者達だが他のゴブリン達が邪魔をする。
「……もし来世があるなら、お前達ゴブリンは決して見逃さないと誓おう」
「…………そうか」
「………?」
ゴブリンナイトが笑う。その笑みは、嘲るようなものではなく、何故か安心したような顔に見えた。
と、ゴブリンナイトの体が揺れる。その背中から槍が生えていた。
「お久しぶりです」
「さようなら」
「───ああ、九番に……十三番か」
その会話は金剛石の騎士だけが聞けた。そして、他の冒険者達も圧倒的な力を持つゴブリンナイトの明らかな隙に他のゴブリン達を押しのけ己の得物を突き刺していく。
勇者は導師、剣聖は賢者を抱えて必死に駆ける。
ゴブリンの群が都を襲ったという報告があった。ゴブリンが都を襲うなんて普通はあり得ない。なら、普通ではない事が起きているという事。
頭をよぎるのは、ゴブリンを殺す術を秩序側に伝えるゴブリン。
ゴブリンが国を滅ぼせるわけがない。だが、国を滅ぼそうとしたゴブリンが居るとしれればゴブリンを退治すべきと主張する人間は間違いなく増える。ここ最近の辺境貴族のように。
「───これって、たぶんそう言うことだよね」
「それがあの人の取った手、だと思う」
「何、やってんだよ兄ちゃん……!」
賢者の肯定に勇者が叫ぶ。果たして本当にこんなやり方しか無かったのだろうか?自分では思いつかないが、彼ならひょっとしたら別の方法が浮かんだのではないか、そう思う。ただ、ここに後一つ目的を加えるなら納得できることがある。
それは、死ぬことだ。世界の敵として討たれる。そこまで含めて都を襲った。ゴブリンの危険性を知らしめ、己が本能に飲まれる前に消えるために。
「───お兄ちゃん」
ギュッと導師が勇者の肩においた手に力を込める。
「───おいてかないで」
間に合ってくれ、どうか………!
しかし悲しいかな。所詮外なる神から恩恵をもらった娘の
神々はサイコロを振るう。出た目は、彼女にしては珍しく──或いは初めてのファンブル。
「────あ」
燃える都で4手に別れ、導師は見つける。辺りが騒がしい。消火を急げと兵士が叫び母を捜して子が泣き父親の死体に娘がすがりつく。
そんな周りの音など最早目に入らない。あまたの武器を身体に刺し、満足そうに笑っているゴブリンの死体しか、見えない。それ以外の情報なんて必要ない。
──何で死んでる?家族を見殺しにした代わりに、ずっと守ると言ったのに。
──何で怪物になり果てた。人になりたいと言ったくせに。
──何で笑っている。満足したのか、自分以外の、誰かのおかげで。
「───ああ、そっか。私はもう………必要なくなってたんだ」
何て事はない。そもそも二年前、彼が己をゴブリンであると言い切ったそうではないか。その時から、自分は彼にとってもう必要のない存在になっていただけ。自分だけが彼を必要としていた。自分だけが──
「───は、あはは──あははは!」
「君、ここは危険だ!早く避難を───」
兵士が消えた。
「もう、良いや。もう……何も残ってない。お姉ちゃん達、お父さん……もう誰も、私と皆が一緒に暮らしてたこと覚えてないんだよ?」
ズルリズルリと広がる影が擬似的に世界を作るほどの力を持っていたゴブリンの死体を飲み込み膨大な魔力を得ていく。頭だけ残して消化して、その頭を胸に抱える。
「でも本当はそんなの言い訳。私だけが覚えてればいいのに、家族をだしにこの人を縛ろうとした」
あの頃の自分には、それしか縋るものがなくて、縋った後離れるのが怖くなって、でも一度だってそれを言わなかった。ただ居てほしいから、側にいてくれと言えなかった。
「もう死んじゃおうっかな………ああ、でも………」
大切な家族を奪ったゴブリン共は彼が殺してくれた。では大切な彼を奪った連中はどうするか?決まっている。
「……取り敢えず全部殺してから」
黒い布を束ねたような影が落ちてくる。導師を包み込み、服を溶かし代わりに肌を隠すように体を包む。白く染まった髪が夜風に揺られ、冷たい瞳が周囲を見回す。
もし人間がゴブリンをもっと危険視していれば彼はこんな手を取らなかった。もしゴブリン共が居なければ彼はもっと別の形で生まれて自分と出会っていたかもしれない。だから、どっちも滅ぼそう。
──────────────────
《混沌》はうんうん、と頷きます。やはりこういった、歪んだ愛情から起こる世界の危機もまた楽しいものです。
故に《真実》に提案します。この世界はこの世界で残さないか?と。《真実》は暫く考え、首を横に振りました。そうなると駒の配置的に勇者と導師が殺し合いになるからです。勇者はもちろんの事、導師も本当は勇者の事をもうそこまで嫌っていません。仲のいい姉妹なのです。その殺し合いをみるのは胸が痛くなりそう。
《幻想》や《秩序》達もうんうんと頷きます。
ではこの世界は廃棄で
賛成ー!
こうして神々が暇つぶしに作ったIFの世界は、暇つぶしが終わって消えていきました。
さあ、いよいよ正史の世界です。此方ではサイコロを振っても意味がないので、振りません。さあ彼等はどんな冒険を見せてくれるのでしょう
感想待ってます