無限の剣を持つゴブリン   作:超高校級の切望

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小鬼進軍

 無駄なことだと言っても、彼は止まらない。この計画のために殺した命を無為にしたくない。全く、愚かだ。死者は何も語らないというのに。だけど、そんな言葉はきっと何の意味もない。

 

「あんたとの二年間、悪くはなかった」

「……そうだね。私もだよ」

「………じゃあ逝ってくる」

「いってらっしゃい」

「………………」

「?まだ何か?」

 

 手を振り見送ろうとしたが、ユダが口をモゴモゴさせているのを見る。恐らく何か言いたいことがあるのだろうが、言葉にするのが気恥ずかしいと言ったところだろう。彼の表情はこの二年の付き合いで良く理解している。

 

「……ああ、その……いままでありがとな、母さん」

「……………君みたいな大きな息子、持った覚えはないんだけどな」

「そうか?いや、たまに、なんかそう言う風に感じてな……それに大きいと言っても俺ぁまだ9歳だぜ?」

 

 図体はでかいけど、と笑うユダに、精神年齢は私に近いじゃないかと返す魔女。時の概念がない世界の狭間で色々見てきた彼女が果たして精神年齢若いといえるのかは微妙だが口に出さない方が良いのだろう。

 

「じゃあ今度こそ逝ってくる」

「………………」

 

 

───────────────

 

 

「ねえゴブリンスレイヤー、あんた最近相当稼いでるのにまだそんな装備ばっかなの?」

 

 妖精弓手はここ最近一年前とは比べものにならないほど稼いでいるのに粗末な武器や使い捨てのダイナマイトや巻物(スクロール)しか買わないゴブリンスレイヤーに向かって尋ねる。ゴブリンスレイヤーは当然だ、と返した。

 良質な武器を得てゴブリンが進化しては困る。特に、勇者や剣聖とも互角に渡り合えるゴブリンが増えたら最悪だ。

 あんなゴブリンが増えてたまるかと思う。ていうかあれは元人間らしいし。

 

「それにしても最近ゴブリン退治の依頼、結構稼げますよね」

「何でも領主が金出しとるらしいぞ。息子が殺されたり娘が攫われたりしてな」

「ふぅむ……しかし妙な話ですな。小鬼共は元来臆病なはず。村より襲いにくい領主の屋敷を襲うなど」

「領主の屋敷なら兵も家の壁も、戸も堅い。狙うのには確かに向いていない。が、連中が動いたのは確かだ」

「ふむ。もしや混沌の勢力が?」

「知らん。俺は奴等の行動がゴブリンらしくないとは思うが、ならば混沌の勢力らしいかと言われても会ったことなどないからな」

「いえ、オーガとか闇人(ダークエルフ)とかと会ってるじゃないですか」

「ああ、そう言えばそうだな」

「まさか忘れてたんですか?本当に仕方のない人ですね」

「ま、かみきり丸は小鬼しか興味ないからのぉ!」

 

 かっかっか、と鉱人道士が笑い女神官と妖精弓手がはぁ、とため息を吐く。蜥蜴僧侶がそう言えば、と周りを見回す。

 

「小鬼といえば十三番殿を見かけぬな」

「奴の弟子はちらほら見かけるがな。そのせいで小鬼の依頼もお主が受けられるのは月に数度。領主が金かけとるおかげで稼げてはいるが、気が気でないのではないか?」

「ゴブリンが減るのは良いことだ。潜んでいるわけでなく、殺されているしな」

「ま、お前さんならそう言うか……」

「それにしても十三番さんは何処に行ったんでしょう……」

「確かに、気になるな」

「え……」

 

 ゴブリンスレイヤーが女の居場所を気にした。女神官は目を見開き妖精弓手はコップを運んでいた手をピタリととめる。

 

「恐らくそこにはゴブリンが居るはずだ」

「あ、そういう………」

 

 確かに彼女もゴブリンばっか狩っている。たまに攫われた娘などを連れてきてゴブリンを殺せるように鍛えたりもしている。そんな彼女が向かうとするなら、なるほどそこにはゴブリンが居るのだろう。

 

「向かうのはやめておいた方が良い。君が立てる作戦はせいぜいが100の群の対処までだろう?」

 

 と、その声は不意に聞こえた。全員が振り向くとそこには何時の間にか酒の入ったジョッキを持ったくすんだ金髪の魔女、かつてこの冒険者ギルドに所属していた孤電の術士(ア ー ク メ イ ジ)と呼ばれていた女性がいた。

 

「あ、あんたはあの時の!」

「ん?あの時君は気絶していなかったかい?」

「してないわよ!」

「そうか、意識があったのか」

 

 妖精弓手が指さし叫ぶと首を傾げる女。女の言葉に妖精弓手が返すとケラケラと笑う。

 

「他の面子は気絶してたようだね。では改めて───」

 

 鉱人道士や蜥蜴僧侶達の困惑した視線を受け、女は豊満な胸に手を当て微笑む。

 

「私は盤外の魔女。よろしく」

「あのゴブリンは何処だ」

「…………君は相変わらずだねぇ」

 

 そんな流れをバッサリ切り捨てるゴブリンスレイヤーに盤外の魔女は呆れたように肩を竦めた。

 

「おい金床、こいつ誰じゃ?」

「知らないわよ。あの時、意識ももうろうとしてたしね……取り敢えず、あの黒鎧のゴブリンの仲間ではあるようよ」

「ほう」

「ほほう……では、何故こちらに?正直我等に目を付けるほど、あの小鬼殿は弱くない。と、なれば先の発言から察するに旧知の小鬼殺し殿を訪ねにきたのであろうが」

「まあね。君が彼をどう思っているのか、それが聞きたい」

「ゴブリンなら殺すだけだ」

 

 ゴブリンスレイヤーに視線を向けると何の躊躇もなくそう返ってきた。ふむ、と顎に手を当てる。

 

「勇者ちゃんから聞いてないのかい?彼は元人間なんだけどね」

「だが今はゴブリンだ」

「………ま、そうだけどね………」

「お前は襲われてないのか?」

「おや、心配してるのかい?」

「孕んでいたら困るからな」

「は、はら───!!」

 

 ゴブリンスレイヤーの堂々とした言葉に女神官の顔が真っ赤に染まる。それに対して盤外の魔女はケラケラ笑った。

 

「生憎と、手は出されていないよ。そもそも彼はあまりそう言うことをしたがらないからね。弟子も居ないんだ、自由な時間も増えたし、盗賊だの邪教だのを殺して回って発散していた」

「そう言えばここ最近盗賊退治の依頼もなにげに減ってたわね」

「完全にはなくならないがね。盗賊という駒は人間がいる限り幾らでも用意できる。なにせ種族駒でなく職業駒なんだ」

「……?」

 

 首を傾げる女神官の頭を撫でながら神官は知らない方が良いよ、と笑いかける。

 

「時に盗賊達は「祈らぬ者」(N  P  C)だけど、人間だと思うかい?」

「藪から棒に何よ。当然でしょ」

「ふむ、別に怪物という訳ではござらん」

「ま、単なる人間じゃな」

「そうだろうね。だけど、其奴等よりあの子の方がずっと人間らしいと私は思う」

 

 あの子、とは恐らく黒鎧のゴブリンの事だろう。子供扱いなのか、確かにゴブリンは成長が早いから詳しい年齢は解らないが……。

 

「だけど悲しいかな、それでもあの子は怪物なんだ。他人を苦しめることが楽しくて仕方ないと脳が訴え、そんな自分が嫌だと心が泣く………なのにどうだ、同じように他者を傷つけ心の底から喜ぶ奴等はそれでも人間だ。なら、私はどうすれば良い?怪物の体を持ってしまった人間に、どうやって人間だと言ってやればいい?」

「知らん」

「ゴ、ゴブリンスレイヤーさん!」

 

 ゴブリンスレイヤーが即答すると女神官が慌てる。妖精弓手も呆れた顔をしていた。

 

「俺は其奴のことを何も知らない。お前のこともそこまでは知らん。短い付き合いだからな………ただ一つ、言えることがあるとするなら……何もしなかったお前のせいだ」

「……ん?」

「お前は何かを迷っているようだ。おそらくはあのゴブリンが怪物になり果てる前に自殺でもしようとした、といったところか?」

「どうして、そう思うんだい」

「俺がゴブリンになり、心までそうなりそうになったらそうなる前まで出来る限りゴブリンを殺してから自殺するからだ。なっていないから、其奴のように理性を保つために何でもするようになるのかは解らんが、少なくともただのゴブリンになる前に死ぬ。そして、その時こうしていればという感情に苛まれるならそれはお前のせいに他ならない」

「……………」

「救えず後悔するのは、何もしなかったからだ。何も出来ないのを言い訳に、何もしなかったからだ。後から救う手段が見つかって、今なら救えるなど、単なる言い訳にすぎない」

「………成る程、ね」

 

 ふぅ、と魔女はため息を吐き席から立ち上がる。代わりに羊皮紙の束を置いていく。

 

「あの子が調べていたゴブリン達の巣だよ。それと、人間であるが故に混沌の怪物の力を借りれず簡単に言うことをきくゴブリンしか配下に出来ない邪教徒や「覚知神」貴族達のゴブリン待機場所……好きなように使いたまえ」

 

 それは地図だった。赤いバツ印がかかれた地図の束を見て、ゴブリンスレイヤーは立ち上がる。

 

「ゴブリンスレイヤーさん?」

「行くぞ。ゴブリンだ」

「………はい!」

 

 

──────────────────

 

 

「またはずれ」

 

 黒い鎧をまとったゴブリンを広がった影に沈め導師は忌々しげに呟く。

 辺境の彼方此方で黒い鎧を着込んだゴブリンの噂が絶えない。しかし向かえば偽者ばかり。しかし他に情報がないのだから向かうしかない。

 『彼』の弟子達は彼の拠点を教えてくれた。しかしもぬけの殻だ。騙しているわけではないのだろう、弟子達にも教えていない拠点があるだけだ。おそらくは何処かのゴブリンの巣。

 ここ一年で起きているゴブリン共の妙な行動。そして、その結果起こったゴブリン退治の増加。間違いなく『彼』の仕業。せめてゴブリンの言葉が解ればいいのに。苛つきながらもがくゴブリンの頭を踏みつける。

 

「姉ちゃん、これって……師匠、ボク達のこと避けてるよね?」 

「今更でしょ……私は絶対に捕まえるけど」

「うん!そうだよね……次は………」

 

 と、地図を広げる勇者。

 ゴブリン達にとって社会とは己の巣で終わりだ。他の巣の情報なんて知らない。だから黒い鎧を着ると勇者が来るなんて解らない。そのせいで囮はいっこうに減らない。

 忌々しい。と、不意に喉の奥を何かがせり上がる。ぺっと吐き捨てるとサイコロが転がる。

 目覚めてから時折、サイコロを吐く。理由は不明。ただ、このサイコロは途轍もない魔力の塊。目覚めてから使えるようになった力は魔力を消費するが魔力を吸収する力もあるので、影にしまっておく。

 別の巣に向かっていた剣聖と賢者の二人に合流した勇者と導師は本日最後の巣に向かおうとする。

 

「その巣も外れだけどね」

「「「────!?」」」

 

 その声に、足を止め振り返る四人。木の陰から現れたのは気配を全く感じさせぬ金髪の女。

 

「あ、師匠と一緒にいた魔女……」

「久し振りだね、勇者ちゃん───ん?」

 

 彼とともにいた、そう聞いた瞬間導師の影が蠢き帯のように伸びて魔女の腕にからみつく。それを見て、魔女は目を細める。

 

「これはまた、随分と法則無視(ルール無用)な力だ。本質はあの子に似てるかな?性質は、逆だね。あの子は生み出す(創  る)けど君は消し去るようだし」

 

 あわてた様子もなく魔女は笑う。導師は目を細め、ギチリと強く締め付ける。シュウ、と服が影に溶けるように消える。

 

「だが悲しいかな。無意味だ、私はここには居ない。私は外にいる。この体はこちらに影響を及ぼすために作った人形さ」

「人、形……?」

「そうさ。食事も出来るし、何なら子供だって作れるが壊されても魂は狭間に置いてきた本体に還る……どうもこの力、上下に干渉できるようだけど横には干渉できないみたいだね。ん、いや……上下は能力に更に付け足した感じだ」

「………?」

「ああ、こちらの話さ。気にしないでくれ」

「………お兄ちゃんは何処………」

 

 睨みつけてくる導師に魔女は笑みを浮かべる。このまま腕を消してやろうかと思ったが彼女の話を信じるなら無意味だろう。

 

「教えてあげても良い」

「…………ほんと?」

「本当本当」

「………どういうつもり?」

 

 彼は兄の仲間だ。そして、兄は自分達を避けている。何の目的があって彼女は自分と兄を引き合わせても良いと判断したのか。

 

「私はもう仲間じゃないからね。彼とは袂を別った………」

「それは、あの人を裏切って私たちにつくって事?」

 

 賢者の言葉に魔女はふむ、と考え込む。

 

「そういうわけでもない、かな?」

「どう言うことですか?」

 

 剣聖が訝しみ、魔女はグイグイと腕を引いて絡みついた『影』を見ながら応える。

 

「私はあの子の目的を邪魔したいだけだよ」

「師匠の?何でまた……貴方は、師匠の手伝いをしていたんじゃないの?」

「………私はね、悲劇より喜劇が好きなんだ」

「え?」

「だって悲劇は、悲しいじゃないか。どんなに面白くても、悲しい………登場人物達が色んな思いを抱えて、色んな計画を立てて、話の流れを作って、その悲しい結末に向かうんだ」

 

 それは、まあ悲劇というのはそう言うものではないだろうか?

 

「どうせ見るなら、喜劇が良い。細かく考えられた一流の悲劇より、抱え込んだ思いを無視して、脈絡のない計画が始まって、話の流れを無視する、三流と笑われるようなものでも、私はそっちが良い」 

「………お兄ちゃんは、何をする気なの」

 

 何となく、察してしまった。でも認めたくなくて、尋ねる導師に魔女は応える。

 

「死ぬ気だよ」

「────ッ!!」

 

 それはつまり、もう自分は必要ないという事。人として生きる気がないという事。

 

「そんなの───そんなの駄目!」

 

 導師が叫び、『影』の力加減を誤ったのか巻き付かれていた部分が消え腕がボトリと落ちる。血が流れ表面が露わになる。どう見ても人形に見えないが、魔女はあっさり治した。この場合、直したが正しいのだろうか?少なくとも普通の人間に治癒の奇跡を行ってもこうはならない。

 

「だって、お兄ちゃんは、私の家族を覚えてる唯一の人で、だから……それに、私はお兄ちゃんを人間って言ってあげなきゃ……」

「ふむ……成る程ねぇ。これはまた、ずいぶんと歪んだ関係だ」

 

 息が荒く、瞳孔が開いた導師の頭にぽんと手をおく魔女。

 

「死なせたくないならそうすればいい。私も死なせたくないからね」

「…………」

「けど、それだけかな?君はただ、家族がいたという事実を肯定してもらうためだけに彼にいて欲しいのかい?」

「……………違う」

 

 しゃがみ込み、視線を合わせてきた魔女の瞳をまっすぐ見て、導師は言い切る。

 

「……側にいたい。居てほしい……だって……だってあの人は、私の、家族なんだもん」

「………そうか。なら、動こう。動かなきゃきっと後悔して、それは自分のせいらしいからね」

「………あなたは、どうして……」

「………お母さんって、そう呼ばれちゃったからね」

 

 導師の質問に魔女は照れたように頬をかいて言う。お母さん?と四人とも首を傾げる。

 

「母が子を叱って、子供がやろうとしてるのを止めるのは、何もおかしくなんかないだろう?」

「…………お母さん……そういえば私、生まれて直ぐ死んじゃってた」

「おや、じゃあ君も私をお母さんと呼んでみるかい?」

「…………お兄ちゃんが、本当にあなたをお母さんってよんだか解ってから」

 

 そういって、顔を逸らす導師に魔女はそうか、と立ち上がる。勇者達を見れば彼女達も此方を見ていた。

 

「さて、これまでの流れも、登場人物の心の闇も、全部無視した三流の喜劇を始めようか」

 

 

 

 

 門を開けるために、投影した魔剣を放つ。一瞬で光線へと姿を変えた魔剣は音速を遙かに超えた速度で門に向かい─────

 

「───は?」

 

 160度程向きを変えてゴブリンの群の一部を吹き飛ばした。

 

「─────ッ!!」

 

 人間の国の防衛用魔道具の効果か?調べたつもりだったが、甘く見積もりすぎていたか?

 再び魔剣を、今度は三本投影して弓につがえる。矢として放ち、効果を確認するために視力を強化する。

 門に当たる前に割り込むように影が入り込む。その影は音速で飛ぶ魔剣の一本の柄を掴み残り二本の魔剣を叩き落とし、受け止めた魔剣をゴブリンの群に投げつけた。

 

「─────は?」

 

 音速を超えた剣を止めた…………いや、それはまだ良い。人間なのか?と疑問は持つがまだ良い。

 

「──何で、ここに居やがる!」

 

 無視できぬ存在、黒い鎧を着たゴブリンは辺境各地にはなった。転移(ゲート)を妨害する魔法も巻物(スクロール)も使った。このタイミングで現れるなど、事前に都にいて、更に襲撃が来ることを知っていなくては不可能なはず。

 それを知っているのは、ただ一人……。

 

「……どういうつもりだ、あの女!」

 

 何でここに勇者が居る!




感想にもあったけど前回書いた
BAD END√は所謂DEAD ENDだったから主人公がゴブリン堕ちするBAD ENDも書くべきだろうか

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