ゴブリンシャーマンが率いる群。天然の洞穴に巣を作ったゴブリン達は次は女を手に入れようと下卑た笑みを浮かべる。
もうじき夜になる。近くに村があった。家畜を持って行くついでに女も攫おう。もっとも、ついでは家畜になりそうだが………。ボスは来ない。命令するだけだ。最初に女を使うのもボスだろう。初めてを奪うのが一番楽しいというのに。
嫌悪感、忌避感、敵意、殺意……そんな感情で染まった顔が次の瞬間には破瓜の痛みで歪むのがたまらないのだ。しかしそれを楽しめるのはボスだけ。何時かは今のボスを殺して自分がその座を奪い、楽しもうと考える個体も少なくない。
今夜は曇り空。人間はまず遠くを見渡せない闇の世界。狩が楽に出来る、と笑みを深め洞窟を出ようとして、気づく。森の奥から黒い鎧に身を包んだ者が現れた。微かに感じる匂いは、同胞?と、首を傾げた一体の首がゴトリと落ちる。
「…………GI?」
《死に絶えろ》
「────!?」
同胞の言葉。やはり同胞。しかしいきなり襲いかかってこられるなど、これまで無かった。『渡り』などがボスになろうとした場合、普通殺すのはボスだけだ。その群を乗っ取るのに数を減らすのは無意味だし、ボスの死に様を見てみたいゴブリン達は基本的に邪魔しないのだから。
だが、感じる殺気は本物。混乱している間にまた一匹殺される。この同胞は、群を乗っ取るのではなく潰す気なのだ!後ろの方にいたゴブリンは目の前の同胞を鎧の異端者に向かって蹴りつける。
同胞が囮になっている内に、ボスに報告を!見たところ一風変わった
《女だ!女が来たぞ!しかも一人だ!》
「!?」
再び鎧の異端者が叫ぶ。洞窟の中まで響く大声。直ぐに欲望のこもった笑みを浮かべる同胞がかけてくる。真正面からぶつかり、どちらもバランスを崩す。そのまま腹を槍が貫く。
「─────!!」
ゴボリと口から血を吐く。目の前で同じような顔する同胞を睨みつけ、睨み返される。そのまま腹に刺さった槍に力が加えられる。
慣性の法則でミシミシと槍が振られる逆方向に力が加わり、しかし骨の隙間に入ったそれは肉を千切り抜けることなく激痛を与えながら二匹のゴブリンの頭を壁に叩きつけ潰した。
───────────────
目の前の光景に混乱するゴブリン。ゴブリンスレイヤーは二叉の矛を投影するとその首に引っ掛け壁に押しつける。
《この群の規模を教えろ。ガキはいるか?》
「──?」
同胞の言葉。行為と姿から人間の冒険者かと思っていたが改めて確認すれば確かに同胞の匂いがする。冒険者は自分の匂いを隠そうとしない。ゴブリン相手に小細工など必要ない、恥とすら考える。故にゴブリンは匂いを消しているのかなど考えない。実際、匂いは消していないが──。
《じ、15!15だ!子供は、いない!まだ、女を見つけてないんだ!お、教えたろ!た、助け────!》
ゴキリと首の骨が外れる。これで5匹。残り10匹。
ゴブリンは一匹たりとも生かさない。生かせば学習して成長するし、恨みを忘れないゴブリンはいずれ復讐しに来るだろうから。
《おい!女はまだ───ぱけ!?》
女と聞いて楽しみたくとも向かった人数から後回しになると考え、せめて犯される様を笑おうと奥で待機していたゴブリンの内一匹が中々連れてこない同胞に痺れを切らしやってくる。腹を蹴りつけ内臓を潰すと引き抜いた二叉矛で頭と頸椎を突き刺す。
残り9匹。
匂いを嗅ぎ、音を聞き、
ここは生まれたばかりの巣だ。それでも不衛生なゴブリンの臭いや糞尿の匂いが鼻につく。が、それでもこれほどの血が流れればその匂いに感づく者も現れる。もとよりゴブリン共からすればそんな匂い、慣れている。少し時期が経てば同胞の血の匂いにすら慣れ気付くこともなくなるだろう。
しかしここは生まれたばかりの巣。匂いに気づき、武装したゴブリン達が向かってくる。そして回転する
残り7匹。
ゴブリンスレイヤーは街で見た強弓を投影して多少形を変え飛びやすくした剣をつがえる。
彼が持つ、彼だけに許された異世界の力。外なる神より与えられし異能、
彼は弓道部で、その腕は全国クラス。弓矢というのは本来、距離が離れた場所に当てるのは難しい。鍛錬期間と才能が必要になる。では、『彼』はどうか?
放った矢は正確無比にゴブリンの頭を貫く。さらに同様の物を三本投影し、同時に放つ。やはりこれらも頭蓋を貫く。それが答えだ。
これで残りは4匹。
彼が『渡り』をしている期間はそこそこあった。修行期間は十分。何より、才能があった。剣も、弓も、槍も、斧も、鎌も。それらに命を預ける
それが
───忌まわしき神に感謝しよう。才能を与えてくれたことを。そこだけには。
浅ましく、そのくせ自身だけを至高とするくせに強者に媚びへつらいながらも常に相手を下に見て、悪徳を歓びとし、人の嘆きを悦びとする存在に生まれ変わらせたのは、絶対に許さない。だが才能には素直に感謝してやる。前世からか今世からかは知らないが、おかげでクズ共を駆逐できるのだから。
半分は切った。もう既に気付かれたので、隠密を行う理由もなし。
「■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」
地の底から響くような咆哮。人の口からは、喉からは決して放つことの出来ない咆哮。それはしかし同胞たるゴブリン達すら竦ませる。憎悪が、憤怒が、怨恨が、殺意が、あらゆる己に害をなす感情が込められた咆哮に小鬼達は震え上がる。
直ぐに死が駆ける。地を蹴り、進む。
その間に呪文を唱える。
バチリと雷の矢が形成される。直ぐに成長したそれは、まるで槍のような形となる。残りのゴブリン達が見えてくる。シャーマンが慌てて詠唱するが、遅い。
「──
放たれる雷の槍。シャーマンに当たり、拡散し近くのゴブリン達も同時に焼く。それが幸いなのか不幸なのか、他の個体より少しは頑丈なシャーマンは耐える。耐えてしまう。しかし身体が動かず激痛に苛まれながら倒れる。
そうだ、死んだふりをしよう。人間は間抜けだ。きっと死んだと思うに違いない。確認しには来るだろう、顔を絶対に覚えてやる。必ず復讐してやる!
自分は見た目だけなら一番ダメージが多い。震えを懸命に止め足音が聞こえてきた方向に意識を向けつつ視線は絶対に合わせない。死んだ仲間を見る。
まったく糞の役にも立たない奴だ。呪文も使えないならせめて呪文を使う自分の盾になるのがどうりだというのにそれすら出来ないとは───!
苛立たしい、この場を乗り切ったら死体をぐちゃぐちゃに────する必要はなくなった。目の前で頭を踏み潰されたから。
(─────ッ!!)
大丈夫だ。大丈夫だ。息を殺せ。反応するな。きっと見逃してくれる。前の時もそうだった。
顔を見るのは諦めよう。そうだ、復讐などまた今度で良い。もう一度群を率いて、己の群を奪ったあの憎き片腕を殺して巣を取り戻し、この辺りの村を滅ぼしてやれば現れるだろう。その時こそ殺せばいい。
グチャ、グチャと頭を潰していく音が聞こえる。これ、死ぬのでは?と、指がピクリと動いた。
「GUGIIII!!!」
音からして最後の死体の頭が潰された。次は自分。逃げ出そうと走り、首が落ちる。体が数歩ペタペタ走り倒れた。
────────────
「───ちが、う……な」
ここは依頼にあったゴブリンの巣ではない。攫われた家畜はいない。骨もない。本当に、出来たばかり。いまだに狩すら行っていない群。まあ被害を出す前に殺せただけ僥倖だろう。次は本命だ。全ての死体の心臓や頭蓋を潰した後、外に出る。
「─────」
「GUGIAA!?」
「生き残り………ではないな」
洞窟を出た瞬間、入り口の上に潜んでいた小鬼の首を掴み持ち上げる。毒塗りの短剣を必死に刺そうとするが生憎その程度の柔い鋼は投影していない。
《この群の監視か?さっきまで居なかったな、どこから来た》
《!?お、お前
《質問に答えろ───しかし、酷い匂いだ。それで隠れようなどと笑わせる》
鼻が優れた自分や獣人でなくとも気付くほどの匂いに鎧の奥で顔をしかめるゴブリンスレイヤー。
……………妙だ。小狡い小鬼がそんなミスをするとは思えない。匂いを消すとは思えないが、これは明らかに匂いを強くしている。
「───お、おまえ、おとりか?」
だいぶ慣れてきた──話したくなかったゴブリン語と違いだいぶ話して既に使った回数が超えた──共通語を思わずつぶやき慌てて周囲を見渡す。小鬼の気配は、ない。と、首を掴まれた小鬼が叫ぶ。
《くそ!何してる!早く来い!》
ゴブリンは囮などにならない。うっかり死ぬかもしれない役職など、途中で逃げ出す。つまり此奴は自分が囮であることを知らなかったのだろう。恐らく自分より地位のある個体に匂いを濃くするように言われてから、監視に向かった。巣の監視は2匹以上居たのだろう。残りか片方は匂いを濃くした奴が囮だと聞かされていたに違いない。その上で、捕まった同胞を笑っていたのだろう。
逃がした……。
《お前の巣は何処だ。さっさと案内しろ──誓うなら、この手は放してやる》
《あ、案内する!助けてくれ!》
手が離される。地面に腰を打ち付けた小鬼は鎧姿の同胞を睨みつけるが逆らわない。何時か殺すと内心誓い、駆け出す。ゴブリンスレイヤーは直ぐその後を追った。「ある程度遅くしてやる。それより遅く、追いつけるようなら首を切り落とす」と脅し文句を付けて。
走って20分ほど。遺跡を見つける。
《あ、あれ?ま、待ってくれ!俺は、本当に───!》
もぬけ殻の巣を見て混乱する小鬼は、慌てて振り返る。
ドゴン!と小鬼の頭を潰した拳が壁を叩き、人外の膂力が壁に大きな亀裂を走らせる。ぐらりと首なしのゴブリンが倒れる。
「───くそが………くぞがぁぁぁ!いき、て、やがった!いぎでやがっだかぁぁ!」
ビリビリと大気が震える。ゴブリンスレイヤーが苛立ったように吼えたのだ。
ゴブリン共に犯され既に生きるのを諦めガラス玉のように空虚な目をした女性達は漸く顔を上げゴブリンスレイヤーを見る。
ゴブリンスレイヤーが怒りに募らせるのは、この群を率いていたボスではなく、自分。
ボスは何故逃げたのか?群まで連れて。決まっている。報告を聞いて、勝てぬと判断したからだ。ゴブリンが?普通ならあり得ない。
自分こそ至高と考えるゴブリンならばそんなことはしない。監視がつくと言うことはあの群は追い出されたシャーマンが焼き出された『はぐれ』を集めて作ったのだろう。この砦の新たな主は少なくともシャーマンに勝てる実力に加えて監視を付ける知能がある。だからこそ絶対の自信を持つはずだ。その上で逃げた。理由は一つ、
これまで潰した群の生き残りではないだろう。徹底的に逃がさぬように殺したし、仮に生き残りがいたもても少し強くなれば図に乗る奴等。
だがもしゴブリンスレイヤーが
そしてそれを知るゴブリンの生き残りは一匹だけ。あの時片腕を切り落とした子供だ。
浅ましくも己の本能に溺れ、痛めつけようなどと考えた結果がこれだ。恐らく群の規模は数十以上。本来なら村を襲えるレベルには膨れ上がっていたはずだ。それでも堪え、他の巣を定期的に監視して冒険者が近付いていないか調べていた。
それだけならそれこそ金級冒険者を相手にした群の生き残りの可能性も───そこまで考え首を振る。どちらにしろ自分のせいではない、そう言い訳しそうになっていた。本当に、この脳味噌はつくづく不都合なことを他人のせいにしなくては気が済まないらしい。
女達は動く様子もないので砦を見て回る。群の規模は恐らく70程。その内一割ほどが
「………………」
人の骨で作られた玉座を蹴り飛ばす。地下へと続く階段を見つけた。階段を下りて進むと、奇妙な生物が見えた。
人の背丈ほどある眼球。瞼から生えた触手の先端には、更に眼球。その奥に鏡。
目玉は、この距離でなんの反応も示さない。ゴブリンの足跡も此方に続く。しばし考え、部屋の奥に入る。ギョロリと眼球が蠢き此方を見たが、直ぐに興味を失い前方の入り口に戻す。
ゴブリンだと気付かれたようだ。そして、ゴブリンは通す。足跡は鏡に向かって続く。
「……………」
触れようとすると鏡面に手が沈む。伝説に聞く《
しかし、こんな物を小鬼が扱えるとは思えない。手引きした者が居るのだろう。それがあの目玉に鏡の番をさせた。とりあえず鏡は壊した。
「BEBEBEBEHOO!?」
大目玉は叫びながら振り返る。当然だろう、彼、或いは彼女からしたら仲間でなくとも部下か奴隷のはずのゴブリンが重要な道具を壊したのだから。小さな眼球から光線が飛んでくる。それに対してゴブリンは片手をあげるだけ。しかし鎧の中で彼の腕に緑のラインが走り、兜の下で顔をしかめるゴブリンスレイヤー。
ゴブリンスレイヤーと大目玉の間に現れたのは鏡。先ほどゴブリンスレイヤーが壊したのと同じ、そして──
「LDEEERRRRRRRRR!!!!」
無数の熱線に貫かれる大目玉。己が敵に与える筈のものを自ら味わい、息絶えた。
「いい、ひろいもの───した」
範囲攻撃などされた時には使えそうだ。海につなげて、地下に広がる巣を沈めたり深海に繋げて水圧で吹っ飛ばすのもありか──このサイズでは前世で見たウォーターカッターは使えそうにないが──。
取り敢えずは、上の女達を村まで送り届けよう。天上を通過した先程の熱線に貫かれた者が数人居たが、生憎とゴブリンスレイヤーは責任感を感じるような脳をしていなかった。しかし精神が直ぐにそんな自分に嫌悪感を覚えた。
面倒だ。きっと自分は『肉の盾』を使うゴブリンを躊躇いなく盾ごと切り裂くだろう。そのたんびに気にしない脳に精神が抗議する。それはとても面倒なことだ。しかし肉体の思うままに行動するなど己が許さない。
「───おれ、は……人、間だ───」
己に言い聞かせるように。己の苦悩を見て笑っているのか哀れんでいるのか解らない神に言い聞かせるように共通語でそう呟いた。
───────────────
ゴブリンスレイヤーの連れの少女は年齢故に冒険者登録は出来ないが冒険者ギルドに頻繁に出入りする。というか一日の大半をそこで過ごす。
理由は本だ。代筆屋に文字を学び、ギルドが保管する閲覧可能な本を読む。未来の記録係になりそうな彼女は本好きもあわせて「司書ちゃん」などと呼ばれていた。今日はギルドの規則について書かれている本を読んでいる。このままギルド職員になってくれるなら、将来有望なのだが………。
「や、司書ちゃん。今日も読書?」
「あ、受付のお姉さん………うん。お兄ちゃん帰ってくるまで…それに、文字覚えるの楽しいし」
「そう。でも、ギルドにおいてある閲覧可能な本も残り少ないし、お兄さんに本屋で買って貰ったら?読み方は私が教えてあげる」
と、長い金髪の受付嬢がニコリと微笑む。司書の兄、ゴブリンスレイヤーと名乗る人物は金を払い妹に文字を学ばせ自分は仕事で金を稼ぐ。その後妹から文字を学んでいる。自分のためにもなるし、悪い話ではないはずだ。が、その言葉にんー、と考え込む司書。
「お兄ちゃんに任せると火の秘薬の上手な使い方とか覚えることになりそう」
「あー……」
確かにあの変わり者なら自分の妹に文字を教わる時、どうせならゴブリン退治に役立つ方法を調べる、とか言いそうだ。
「私が本を買って、それをあげたらお金くれるかな?」
「その方が良いかも………」
「そう。じゃあ、何か欲しい本ある?」
「料理」
「覚えたいの?」
「うん。お兄ちゃん料理うまいんだ。私も作って貰ってばかりじゃなくて、作りたいの」
意外だ、あんなゴブリンゴブリン言ってる全身鎧にそんな家庭的な一面があったのか。
「お兄ちゃん思いなんだね」
「うん。お兄ちゃんは、私の恩人だからね……」
ギルドでも名物になりつつあるゴブリン狂いとマスコット少女。この二人は本当の兄妹ではないらしい。ゴブリンの巣にいた彼女をゴブリンスレイヤーが外の世界に連れ出したのだとか。そして、遠い異国出身の彼は此方の言葉が喋れず、妹が教える。そうして付き合いが長くなりいつの間にか兄妹のような関係になったとか。
「司書ちゃんも冒険者になったりするの?」
「何で?」
「ほら、お兄ちゃんについて行きたいとか……私としては、おすすめしたくないけどお兄さんといれば安全だろうし」
「ゴブリン相手に安全なんてないよ」
「………え」
と、司書の言葉に固まる受付嬢。
「ゴブリンは狡賢くて卑劣で夜目が利いて暗闇に潜む。安全なんてないよ………それに、
「え、捨て……え?」
「お兄ちゃんが私の面倒を見てるのは同情でも哀れみでも……罪悪感でもない。責任感に近いけど違う────償い」
「つ、償い?」
「お兄ちゃんは、私の姉がゴブリンに犯されて、殺されるのを知ってて何もしなかった。その頃の群を潰せないから放置した──助けられるのは一人だけだった。それで、言葉が話せないお兄ちゃんは私を選んだ。子供って単純だから、助けてくれた人をいい人だと思った。お姉ちゃん達も同じような事になってると思った……」
「それは、でも──」
「うん。仕方のないことなんだよね」
それぐらい解ってる、そういうように頷く司書に、何を言えばいいのか解らない受付嬢。
誰だって万能ではないのだ。救えない命は存在して、救える命だけを救う。それは、決して間違ってるとは言えない。
「───あれ?でもそれって罪悪感なんじゃ──」
「全然違うよ。そういうのは感じてない。でもそれってほら、やっぱり人間っぽくないでしょ?だから、償い。自分は人間であると言い聞かせるために私に尽くしてるの………」
ニコリと笑った司書。その瞳は闇よりなお暗く、ゾクリと悪寒が走る。
「………でも、私はそんな薄情で、姉を見殺しにしたお兄ちゃんが、必要なの。村はね、私たちを攫ったゴブリン達とは別のゴブリンに滅ぼされてた」
この世界ではよくあることだ。小鬼を脅威と認識せず、他の誰かがちゃっちゃと倒すと判断して放置され、大きくなった群が村を滅ぼすなど。そうなってから漸く人は動くのだ。
「前の私を知る人は、誰もいない………でも少なくとも、お兄ちゃんだけは私に家族がいたことを覚えてくれてる。だから、お兄ちゃんが居なくなったら前までの全ての関わりが消えるような気になる。私はそうなるのがとても怖い………離れたくない」
だけど兄はそうではない。あくまで人であり続けるために、罪悪感のない償いをしているだけ。自分が小鬼を殺せるようになれば、トラウマを乗り越えたと判断して置いていくだろう。だけど、自分が弱い間は兄は側にいてくれる。守ってくれる。自分を人間だと言い張るために利用してくれる。
「私はお兄ちゃんを愛してない。だけど大好きだよ。きっとお兄ちゃんも同じだと思う」
少なくとも私を守っている間は人間のふりが出来るはずなのだから。そんな便利な道具を好きにならないはずがない。ゴブリンは自分に役立つものは大好きなのだから。
それから二ヶ月ほどが過ぎた。ちょっと前までは受付嬢に買って貰った冒険譚の本を読み聞かせるのが、文字を教えるという形で、彼の役に立つのが日々の楽しみだった。そのためにも本をよく読んでいた。が、今はギルド裏の広場で本を抱え、しかし文字に目を通さない。視線の先には闇をそのまま纏っているかのような漆黒の鎧を着た愛せずとも大好きな、正体を隠した人間になりたいであろうゴブリンと、そのゴブリンに向かって木剣を振り回し蹴り飛ばされる黒髪の少女。黒髪の少女は地面を転がりながらも直ぐに立ち上がり再び駆ける。
素人目から見ても最初あった時よりずっと強くなっている。その少女の頭を踏みつける
「どう、した……?兜、したくない言った……なら、頭へのこーげき、くらうな」
「だからって頭踏む普通!?ボクだって女の子なんだぞぉ!」
「ゴブ、リンは……そんなの、きにしな……い」
「ゴブリン限定なんだね。ボクはもっとこう……かっこいい活躍したいよ……」
「お前の村、ほろぼした……ゴブリン………まず、は──倒せるようになれ」
「うん!行くよ、師匠!」
彼が拾ってきた子供。隻腕の
……早く冒険に出て、ゴブリンに犯されて死なないかなぁ。
司書ちゃん
愛さないし愛せないけど自分に家族がいたことを唯一覚えてくれているゴブリンスレイヤーが大好き。『彼』にとって自分は人間ぶるために切り捨てることが出来ない存在だと解っているからこそ姉達の死体や父の死の瞬間を思いださせるゴブリンにはトラウマのままで居続けて貰うために冒険者になる気はない。最近彼が人間ぶるための新しい道具が出来たのを面白く思ってないが表面上は仲良くしてる。
弟子ちゃん
ゴブリンスレイヤーが拾った孤児。才能に溢れている。ボクっ娘。司書ちゃんを親友だと思っている
ゴブリンスレイヤー
最近そういう趣味なのではないかと噂されているが気にしていない。
感想お待ちしております