忘れるものか。あの異常者を!
忘れるものか。この恨みを!
彼奴は酷い奴だ!とても酷い奴だ!
何も悪いことをしていない自分達の故郷を滅ぼした!自分の腕を切り落とした!
あれから必死に生きた。獣から逃れるために糞尿で身体を汚し悪臭をつけ、なんとか見つけた群でおこぼれが貰えるように下手に出て、機会をうがって群の長を殺した。
それでも自分は片腕の小鬼。何時命を狙われるどころか、常に狙われている。全く同族だというのにこいつらも酷い奴らである!
だが下手に出ては駄目だ。調子に乗って群のボスの座を奪われては駄目だ。派手に動けばあの漆黒の鎧が来る。同胞達は馬鹿だから絶対に派手に動く。
出来るだけ森の奥に移動して、小さな村から一人ずつ攫う。
小さな村から攫った場合冒険者が来にくいことを学んでいたからだ。
同胞の扱い方も覚えた。ある程度の恐怖と、ある程度の賛辞。これをうまく使えば見下されず、しかし扱える。それと褒美だ。働きが良い者に優先的に抱く権利を与えると良く働く。
だがこれでは駄目だ。群は大きくなった。しかしあの群を滅ぼした彼奴はもっと大きな群を力で実質的に支配していた。彼が命令してこないだけで、誰もが当時のボスより彼の動向に気を使った。
あの群には
他の群を襲い、部下にならぬなら殺すか追い出す。追い出した群は監視をつける。一人には嘘で匂いを濃くさせ、一人にはその旨を伝える。するとそいつは面白がると同時に自分は優遇されていると勘違いするのだ。実にやりやすい。
そして、彼奴がきた。直ぐに逃げた。今の戦力では敵わないから。やたらとえらそうなローブ姿の自分達の言葉が解る奴が用意していた鏡を通る。囮として、
『奴』は頭が良い。逃がすのは少数に、逃げた証拠をしっかり消せば一度は見失うが必ず別れた群を見つけ潰すだろう。あの群も後数日の命か。自信満々に出て行った彼奴等が無様に死ぬと思うと笑いがこみ上げる。
──────────────
あの群に捕まっていた娘達を村に送り返した後、手掛かりを探す。
見つけた。隠されていたが所詮ゴブリン。探せば見つかり、痕跡を追う。そして見つけたのはボロボロな小さな村。
村を襲い、乗っ取ったのだろう。正面から堂々と進むと二匹見張りが反応し、しかしスンスン鼻を鳴らすと顔を見合わせる。『渡り』か、もしくははぐれた村から合流してきたと思ったのだろう。六本の短剣を指で挟むように投影して投げつける。正確に頭や喉を貫き叫び声も上げさせずに絶命させた。
村の塀を越えると中に入る。今は朝、普通のゴブリン達にとっては夜だ。殆ど寝ている。襲撃したばかりの自分達が襲撃されるとは思わなかったのだろう。
《
「
空中に無数の剣が投影される。それは矢よりも速く飛び、ゴブリンの頭蓋を切り裂く。直ぐにその音に気づき残りのゴブリン達が出てくる。
「───────」
村の中央にたたずむ敵と思わしき相手は一人。それを確認した瞬間小鬼共は仲間の死体が見えていないのかニタニタ笑う。村を滅ぼしたことで増長してるのだろう。喧嘩している個体もいる、おそらく村を襲う前に他の群も取り込んだと言ったところか。
関係ないな。殺す。と、
無防備に近づいてきた一匹を斬り殺す。下半身と上半身が泣き別れした同胞を見て固まった小鬼を蹴りつける。鉄製の靴が睾丸を潰す。
「GUGYAAAA!?」
「GYAHAHAHA────HABE───!!」
睾丸は剥き出しの内臓だ。それが潰され激痛に叫ぶ仲間をゲラゲラ笑うゴブリンの首が飛ぶ。その様子を間抜けな奴めと笑っていたゴブリンが更に死ぬ。
《何をしている!敵を前に油断するな!》
「「「────!!!」」」
「───む」
と、一体の
切り裂き、クルクル宙を舞うグレートソードの半身を掴み目の前の呆気にとられている喉に突き刺す。ズルリと落ちてきた頭の髪を掴み振り回す。遠心力で飛んだ血に視界を奪われた小鬼達に切りかかると風切り音が聞こえ後退すると鎖が叩きつけられる。巻き込まれたゴブリンが3匹ほど死ぬ。
鎖が接近してきた方向を見ると鎖を引き戻し回転させる
呪文を唱え《
回転した鎖に砕かれ黒色火薬が飛び散る。周囲に残っていた火花と反応し激しく燃え上がる。生憎と、前世の漫画で得た知識。材料は知っていても正しい配合は解っていない試作品。大量の炎は生めても爆発はしない。
「GOBUOORR!?」
視界が炎に包まれ混乱する
飛んできた矢を撃ち落とし投げた剣の代わりを直ぐに投影する。そのまま足に捕まってきた剣を持った小鬼2匹を切り裂く。その隙に
「──────」
「GUBUU───!──GUA!?」
が、遮るように鏡が現れる。関係ない、鏡ごと砕こうと丸太を振り抜けば足に激痛が走る。
鏡に腕が半ば程吸い込まれ、吸い込まれた腕は己の足もとに現れ足を砕いていた。そのまま鏡に向かって倒れると己の下半身が見え、しかし直ぐに感覚が消える。切り裂かれていた。
「あ、あと……13ひき……」
そう呟きながらも
オリジナルのように特殊な異能があるわけではない。ただ純然たる技術。戻ってきた
「しぃ───!」
掛け声とともに放たれる二つの
と、武器を手放したゴブリンスレイヤーに剣を持った2匹と石斧を持った3匹が襲いかかってくる。その内石斧持ちの1匹の足を掴み剣持ち2匹を吹き飛ばしその回転の勢いのまま石斧を蹴りつけ後退させ、最後の1匹を肘で打つ。
「GUGII!!」
「GOBUGYAR!」
立ち上がった剣持ちと石斧持ちの片割れ、次の瞬間
最後の剣持ちは既に逃走を始めていたが、背中に何かがぶつかる。石斧持ちだ。起きあがろうとした瞬間切り裂かれたはずの
───────────────
生き残りがいないか村中探索する。逃げたのは居ないだろう。ゴブリン達は仲間が大量にやられない限り初見の相手を侮る。そこまで広くない村だ。増長もしていたはず。また死に苦しむ様を見たかった筈。故に隠れているのは絶対にいない。そういう生態だから。
戦う前に逃げるとすれば相手の強さを知っているか相手が自分達より多い時だけ。そして、ゴブリンスレイヤーの強さを知るゴブリンは一体だけ。
念の為村周辺に新しい足跡がないか探す。この村に襲撃した時の足跡だけだった。今度は偽装する暇もなかったろうから大丈夫だろう。
後は村の生き残りだ。家々を一つ一つ探して回る。床下を開き部屋の間に妙な感覚が有れば隠し部屋がないか砕いて時折旦那か妻のへそくりを見つけ懐に納めていく。
井戸の中も覗く。生き残りは、居なさそうだ。後は、まあ死体でも片付けてやるか───。と、村の死体を集め出す。奮闘して死んだであろう死体、嬲られて死んだであろう死体、犯されたあと死んだであろう死体。逃げてる途中に死んだであろう死体。女まで死んでいるのは、恐らく興奮していたのだろう。初めて村を手にして羽目を外しすぎた。そんなところだろう。
「──────」
最後の死体。村の住宅地から離れた、畑の奥の生ゴミ処理用の穴の近くで事切れた女の死体。鼻の良い身としては余り近付きたくはない。蓋が落ちており匂いが広がり難いとは言え全くではないのだ。とはいえ死体を放置などそれこそ非人道的かもしれないと死体に近づき、湿った音と穴の蓋がゴトリと僅かな音を立てる。
「────!」
直ぐ様剣を抜くゴブリンスレイヤー。生き残りだ。しかし、
肉や野菜、魚が腐ったツンとした匂いが湿り気を帯びむわっと顔にかかる。果たしてその穴にいたのは黒髪の少女であった。
よくよく見れば蓋を開けておく支えの棒も穴に落ちている。真っ二つになって。
腐らせるのを早めるために開けていたのだろう。畑仕事をする間は閉じていたのだろう。恐らく近くで死んでいた女は母か姉、この村の規模なら単なる近所もあり得るが、とにかくこの少女を抱え村を逃げ回っていて、矢にいられ倒れた時少女がこの穴に落ちた。その際支えを折って………。結果としてその匂いでゴブリン共から隠れられた。
頭の一部が腫れている。血こそ出ていないが殴られたのだろう。石ではなく木で。
その後この死体の女がゴブリンを突き飛ばし抱き抱えたと言ったところか?何ともまあ、運のいい少女だ。落ちた先も肥溜めじゃないし………きっと神に愛されているのだろう。
取り敢えず酷い匂いだ。死体の足を掴み引きずり、反対の手で抱えると井戸の近くに移動させる。そういえば、一応雑菌だらけの場所にいたのだ、
薬を飲める程度には体力も残ってたようなので井戸から汲んだ水をぶっかける。
「ぷは!───え、な、なに!?何事!?」
日の光の恩恵に預かれぬ暗い地下の闇に冷やされた冷水を浴び、慌てて目を覚ます少女。キョロキョロと周囲を見回し此方を見下ろすゴブリンスレイヤーに気付く。取り敢えず「ど、どうも──」と困惑しながら手を挙げ、彼の足下に転がっている近所のお姉さんの死体を見つける。
さて、知人の死体と血だらけの鎧姿の人物。普通の人間はどんな反応をするのか?答は簡単だ。目の前の相手こそが犯人だと思うだろう。そして、怯える。ゴブリンスレイヤーとしては別段それでも良い。どうせ生き残りは彼女だけ、怯える子供と漆黒の鎧騎士なんて衛兵を呼ばれる待ったなしの状況でも説明なんてしなくてすむし──。
「────ッ!」
が、予想外の事が一つ。少女の目に浮かぶのは恐怖ではなく怒り。次の瞬間ゴブリンスレイヤーの横を駆け抜ける。振り返った瞬間石が飛んできた。とっさに短剣を抜き弾こうとするが、無い。よく見れば少女が持っていた。あの一瞬で奪ったのか。
感心している間に少女が突っ込んでくる。遅い。所詮は子供だ。それも女。ゴブリンと同等程度。とはいえ武装しているし、頭に血が上っている。一度気絶させるかと無造作に蹴りを放つ。狙いは腹。
「あぐ──!?」
「───!」
が、蹴りが当たる前に少女が転ぶ。素人故に体格差も考えず突き刺そうと構えていた短剣は倒れる彼女の体重を乗せてどんな確率か足首を稼働させるための隙間に向かう。
直ぐに足を引き戻す。このまま少女が倒れて胸に柄を食い込ませ肺の中の空気を吐くことになるかと思えば少女は直ぐに頭を下げ肩から地面にぶつかり転がると勢いそのまま立ち上がり速度を殺さず突っ込んできた。
運は勿論咄嗟の判断力もあるらしい。が、武器を投げ捨てたのは悪手である。元よりない勝ち目を完全に捨てた。
顔を逸らし飛んできた短刀をかわす。と、胸に何かが引っかかる。
井戸をくむバケツに繋がるロープだ。引っ張っているのは少女。
「───ぬ、お……!!」
短刀は意識をそらすためだったのだろう。予期せず加わった力にバランスを崩すゴブリンスレイヤー。先端に鉄球が付いた鎖を投影し井戸を囲む柱に引っ掛け落ちるのを止める。
井戸の闇に飲まれかけた上半身を地上に引き戻すと背を向けて逃げる少女。距離からして、バランスを崩した時点で走り出していたのだろう。勝つのではなく、生きる方法を選んだ。
「────ほぉ」
鎧の下で、鋭い牙の並んだ口がグチリと歪む。やはり判断力がある。判断速度だけでなく、彼我の差もきちんと考えている。加えて、
と、こちらに意識を向けていたからかゴブリンの死体の血に足を取られすっころぶ。そのゴブリンの死体を見て漸く昨日のことを思い出したのか目を見開き固まり、ゴブリンスレイヤーを見る。その目には罪悪感が浮かぶ。
「あ、あの………ボク───」
「きに、するな──あやま、りたい……なら、うめる、手伝え」
そういって何処からともなくスコップを取り出すゴブリンスレイヤー。村を失ったばかりの生き残りに村人の死体を埋めさせるなんて普通の感性からしたら顔をしかめるかゴブリンスレイヤーに殴りかかるか、どちらかだろう。とはいえ負い目もある少女。それに、彼女も知人友人家族には安らかに眠って欲しい。小一時間ほどで埋葬は終わった。
「──それ、で……どう、する?」
異国出身だというそのお兄さんは喋り方がたどたどしい。が、子供からすればむしろ聞き取りやすい。
「どうする、って?」
「寺、院に……せわになる、か………ふく、しゅう──したい、なら……鍛えて、やる………」
「え、っと……」
このご時世寺院の世話になる子供は少なくない。そうしてやがては修道女だの修道士だの神父や神官になっていくのだ。奇跡を行える回数が多い天才なら聖女などと呼ばれる存在になるだろう。
しかし、だ。決まってそういうところは規律が厳しい。自由が少ない。いや、お世話になるのだからそれは仕方ないとは思うが、自分はこんな性格だ。きっと適当な理由でホイホイ破る。
じぃ、と隣の漆黒全身鎧を見る。冒険者、なのだろう。話に聞いていたのとはずいぶん印象が異なるが………。
「……鍛える、ってさ………強くなれる?」
「なれ、る……お前、に……は才能───ある」
「そっか……」
敵討ちは、必要ないだろう。彼がこの村を襲ったゴブリンを殺し尽くしてくれたらしいし。とはいえ、冒険者には憧れる。
「うん。じゃあ、宜しく師匠!」
その後ちょっと……いや、かなり後悔する羽目になった。
ゴブリン共は暗闇の中で襲ってくる。目が見えない状態でも戦えるように訓練すると目隠しされた状態で森の中で修行。
あんな甲冑姿で殆ど音を立てずに木剣を打ち付けてくる。オマケに罠まであるのだ。気付けば音だけで周囲の地形を把握できるようになっていた。
次に洞窟内で爆音があると耳が聞こえなくなるからとわざわざ《
曖昧なものに頼るな、気配を感じろ、との事だ。気配を感じるのは曖昧ではないのかと尋ねればそこに
そこまで出来て漸く剣を振るという冒険者らしい修行が許された。
師匠であるゴブリンスレイヤーの戦い方は平時ではその膂力にものを言わせて片手に両手剣、片方の手で投げナイフなどを扱う。というか武器をどっからか出して色んな戦法を取る。
戦い方を聞かれた時はやはり剣を片手にと言ってみる。短剣を渡された。もっと長いのが良いというと洞窟に連れて行かれ一日中素振りさせられた。
天井や壁にぶつけ何度も取り落としたが肘を胴に近づけ腰で振るというやり方を覚える。呆れたように許可をくれた。恐らく諦めさせたかったのだろう。勝った!と思わずにやけてしまった。
洞窟内での戦闘訓練にもなれてくると遺跡内部の大部屋や広い洞窟など剣がキチンと振れる場所での戦闘訓練。要するに、好きに振るって良いとの事。
広場で早速飛びかかる。勿論木剣で。
直ぐに地面に転がされた。昼になりゴブリンスレイヤーは「飯……」と呟きお金を置いてどっかに行ってしまった。
「…………………」
「………………」
残されたのは自分と同じく彼に拾われたらしい、皆には司書ちゃんと呼ばれる本好きの少女。
何となく嫌われてるなぁ、とは解るけどまあこれから一緒に過ごすんだ。仲良くなれるだろう、うん!仲良くしよう!
────────────────
隻腕の
まあどうでも良い。今は
問題は剣術か───。と、ゴブリンスレイヤーは考える。
彼は一度みた剣術なら一ヶ月程度である程度は再現できる。しかしそれは十全ではない。だから数多の武器を生み出せるという異能を用いた多数の手法で押し切るのだ。
彼女にそんな力はないから、剣を極めさせるべきだ。何処かに剣の師がいればいいのだが生憎とこの街に自分より強い奴など居やしない。弟子との修行風景を見て彼女達を解放しろと、虐待者扱いしてきた冒険者を半殺しにした。彼はこの街で一番強い剣の使い手。自分も剣で応戦してやった。まず間違いなく、残念ながら自分はこの街最強である。
ちなみにその青年剣士は幼馴染の女魔法使いと共に故郷に引き返した。雑魚狩り専門と揶揄される相手に為すすべもなく手加減までされ見逃されたのが相当堪えたのだろう。あの時の顔を思い出してしまうと、どうしたって笑える。自分はそういう生き物だから。
首を振り忘れることにした。今は取り敢えず弟子の育成だ。
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さて、そんな風に弟子の育成に悩んでいるゴブリンスレイヤーを余所にここではない何処かで神々がダイスを振るっていました。
結果、『彼』の弟子に新しい師匠がつくことが決まりました。それだけなら良いのだが、なんというか関係ないはずの………いえ、まあ関係ないとは言い切れないはずの『彼』にも大きな影響がありました。というか『彼』との関係で《偶然》師事を得られたと言うべきでしょう。
何せその剣の師になりそうな相手は王都に住む剣術道場の師範にして現《剣聖》です。
『彼』の剣技も向上できる存在で在ると同時に、その弟子の一人に
正直『彼』に関しては神々も良く解りません。作った覚えのない歪な在り方。与えた覚えのない異端の力。
神々は怪物も人も嫌いではありません。怪物とも人とも言えぬ『彼』の事だって大好きです。最近はやたらと出目の引きが良い───というかどん引きするほど良い女の子を弟子にしてました。『彼』が、彼女達がどうなっていくのかは神々にだって解りません。だって、神々はダイスの出目を弄ったりしないのですから。だから彼等が進む道をワクワクと眺めます。
そして、そんな神々ですら気付かぬ───気付けぬ領域から見下ろす別の神がおりました。
彼/彼女はダイスを振りません。彼/彼女はただの傍観者です。流れが変わっていく世界を、外れていく世界を見て楽しそうに笑みを浮かべていました。
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王都……魔力が付与された剣とか、長い歴史のある剣とかあるんだろうなぁ
ゴブスレさんに知り合いが増えるよ。やったね司書ちゃん!