無限の剣を持つゴブリン   作:超高校級の切望

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4人の少女達

「貴方のお兄さん、本当にゴブリン退治ばっかりだね」

 

 魔法付与店にて、世界で初めて導師——世を導く者の称号を与えられた少女に、若くして賢者の名を襲名した少女が呟く。

 魔法が使えぬ導師は、魔法を扱う賢者と協力して魔法の込められた道具を造る。その技術は既に外部にくれてやったが、導師ほど完璧に魔法を込められる者も、賢者ほど強力な魔法を扱える者もいない。故に一番高価な魔剣、巻物(スクロール)が存在している。

 それは冒険者や商人達に感謝されると同時に、恨まれたりもする。何せ巻物(スクロール)や魔剣といえば一攫千金。そのまま使うも良し、高値で売るも良しな逸品だ。本来なら再現不能な古代の遺物。それを復活させるという事は新しい物流が生まれ、魔物退治が楽になると同時に苦労して手に入れたが故に高値で売れるはずだった商品の価値が下がると言うこと。

 金の余った商人達が腹いせに暗殺者を放った。既に世に広まってしまったが、彼の者達が襲撃されれば他も大人しくなるとも思って。まあ、冒険者でもない見習い剣士二人にやられたのだが。

 片方は年の割に立派なものを持った少女、片方は幼さを残した夜明けの陽のように底抜けに明るい少女。

 未だ冒険者でもない少女達だが、その実力は既に金等級。一人だけ戦闘力は低いがダイナマイト──彼女の保護者が名付けたらしい──を投げてくる結構危険な子だ。

 まあ賢者に導師、それに将来有望な剣聖の娘にして剣豪と謡われる少女や、一般的な冒険者の最高峰である銀等級の唯一の弟子にしてこの中でも最強という将来有望な彼女達を害そうとすれば王も黙ってはいないが。魔神王が復活し悪魔が沸く今、将来前線に立つこと間違いなしの現状、くだらない理由で貴重な戦力と人類の強化をする切っ掛けとなった導師を襲う商人など文字通り首が飛ぶ。少しすれば襲撃もなくなった。

 

「まあ師匠はゴブリンスレイヤーだからねぇ───おお、この魔剣凄そう!」

「金貨1500000枚」

「うーん………将来同じパーティーだしサービス」

「まだしない。貴方のお師匠様に魔剣渡したら勝手に冒険に出るだろうから渡すなって言われてる」

「む、失礼な!魔剣なんてなくても行くときは行くよ!」

 

 「それはそれでどうなんだ」と呆れる剣豪。少女剣士は何処に吹く風。とはいえやはり冒険するならキチンと冒険者になりたい。別にギルドに縛られず冒険することは出来るが、それは世話になっている師匠や剣の師匠に迷惑かけることになるだろう。

 まあ師匠はゴブリン退治にゴブリンが頻繁に現れる辺境に向かったっきりで手紙でしかやり取り出来てないが……。

 

「でも、新しい魔剣が出来た。これを届けに行くという言い訳はある」

「おお!」

「……はぁ」

 

 とはいえ、彼女達だってやはり冒険に憧れる。自分達が強い部類に入るからこそ、その思いは顕著だ。賢者がゴブリンスレイヤーを追う言い訳にしている魔剣を掲げて顔を輝かせる少女剣士。それに呆れたような剣豪だが止めようとはしない。

 後は導師だが、三人の視線に肩をすくめる。

 

「私だってお兄ちゃんに会いたいし、そもそもその魔剣は貴方一人じゃ造れないじゃん。それなのに貴方だけほめて貰うとか、狡い」

「別に誉めて貰おうとは思ってない。でもあの人のご飯は美味しい」

「あー、解る。師匠の料理は美味しいもんね。うーん、なんか話してるとますます会いたくなってきちゃった!」

 

 思い立ったが即行動!が少女剣士の在り方だ。賢者が抱えていた魔剣をヒョイと受け取り店の外に飛び出す。そして店の外でクルリと振り返る。

 

「もうなにしてんのー?早くいっくよー!」

 

 どうやら行くことは確定らしい。仕方ないと三人は顔を見合わせ戸締まりをしっかりして出発した。

 

 

 

 

「とぉ!てぃ、えいやぁ!」

「ふっ!」

「平和」

「……だね」

 

 ゴブリンスレイヤーが活動拠点を置く街に向かうために商人の馬車に乗った少女剣士一同。途中魔物が襲ってきたが少女剣士と剣豪が切り裂いていく。後方支援組は仲良くお茶を啜っていた。

 

「あ、あんたら手伝わないのか?」

「必要ない。魔法は限られてるし、温存するべき」

「持ってきた巻物(スクロール)にも限りあるし………お兄ちゃんの一番使える道──一番弟子が負ける訳ないし」

「今道具って言おうとした。そんなに嫌い?」

「………嫌い、というか。お兄ちゃんの中で大きくなられるのがいや」

 

 自分だって道具だ。人のふりをするための。それは自覚している。自覚しているからこそ、彼の中で自分と彼女にそこまでの差がないことは知っている。しかし、思い出すのだ。暗い洞窟の中、何も映さなくなったガラス玉のような姉達の目を。村に戻り目にした、がらんどうになった村人達の目を——。

 今までの自分を見ていた目。それが全て消えたと思うと、今まで自分が生きていた過去が消えたような錯覚に陥る。

 残念ながら自分は過去に囚われきってゴブリンを殺す復讐者にもなれなければ、少女剣士のように未来に期待することも出来ない。だから必要なのだ。過去に縋るための、己の家族を知る何かが……。

 

「お兄さんの素顔を知ってるのは貴方だけ。それは、貴方が特別だからじゃないの?」

「そうかな?そうだと良いな」

 

 

────────────────

 

 

 ゴブリンスレイヤーの最近の主な戦い方は、妹と妹の友人が造った魔剣を振るい巣を消し飛ばすという豪快なものである。一本金貨数百万枚はくだらない超高級品。安い物では銀貨十数枚で済むが、導師の保護者であるゴブリンスレイヤーは安く仕入れられる。そして一度仕入れたものは内包された魔力が尽きても買い換えない。買い換える必要がないからである。とはいえ、ギルドから苦情が来たため、仕方なく自重するようにした。

 今回は通常種が20程、田舎者(ホ  ブ)が3、シャーマンが1。田舎者(ホ  ブ)は1匹がシャーマンから離れ、2匹は常に護衛。あり得ないな、ゴブリンらしくない。

 ちょうど昼餉の時間なので、田舎者(ホ  ブ)の屍の腕を千切り、鎧の一部を消して食らいつく。

 筋っぽくて脂が多く、お世辞にも美味いとは言えないが腹の足しにはなる。人目ならば、そもそも人がいないため気にする必要はない。

 

「─────」

 

 そう、いないのだ。この群の規模で、孕み袋がいないなどあり得ない。いや、『はぐれ』や『渡り』が偶然であった可能性はあるが、それにしては田舎者(ホ  ブ)とシャーマンの連携が出来すぎている。つまり、最低でも田舎者(ホ  ブ)とシャーマンは群が出来る前から共にいたのだ。そうでなくとも、田舎者(ホ  ブ)3匹は確実に共にいたはずである。

 どう考えても可笑しい。小鬼共が群れるのは盾を増やすためだ。シャーマンを守ろうと考えるということは、シャーマンの有用性を理解しているという事である。役立つからまあまあ守ってやるかと思うということだ——孕み袋も居ないほどに真新しい群が?

 可能性としては、この群のトップの4匹、最低でも3匹が元から一つの群にいたという事。群が滅ぼされたから逃げてきた?3匹も田舎者(ホ  ブ)が居るのだ、逃げるわけがない。つまり、群から追い出された可能性が高い。

 上位種が?だとすれば、その群はそれこそ上位種だけで形成されていることになる。

 

「チッ、失態だな……」

 

 ひょっとしたら他の群もこうなっていたのかもしれない。巣を吹っ飛ばして、慌てて出てきた僅かな生き残りを殺すのを楽しみすぎた。

 痛めつけて遊ばないようにして逃がさなければ、楽しんで良いと何処かで思ってしまったらしい。圧倒的な火力で、慌てふためく連中を見て楽しんで巣の状況を確認してこなかった。

 本当にゴブリンの脳というのはつくづく救いがない。声帯を変化させるくせに脳の変化は他者を陥れ、苦しめ、嘲笑う時にのみ生じるのだから。

 

 

─────────────

 

 

 辺境の冒険者ギルド。昼間っから酒を飲む冒険者達はやれ自分はトロルを狩った、やれ自分は盗賊退治したと己の近況を自慢しあう。中には受付に報告してナンパする者もいる。と、その時冒険者ギルドの扉が勢いよく開く。

 

「たっのもー!」

 

 扉がバーンと勢いよく開き底抜けに明るい声が響き渡る。誰もが其方に視線を向ける。

 入ってきたのは黒髪の少女。見ているだけでほっこりするような、天真爛漫をその身で示す少女。その後ろには杖を持った一目で呪文遣い(スペルキャスター)と解るローブの少女と、背の割に中々立派なもの持った少女、明らかに振るえるとは思えない剣を持つ少女。

 幼いが見目麗しい少女達の登場にヒュウ、と誰かが口笛を吹く。

 少女達はキョロキョロと周囲を見回す。誰かを捜しているのだろうか?

 

「知り合いはいないのですか?」

「前居た場所とは別だしなぁ……聞いた方が早いね」

 

 呪文遣い(スペルキャスター)の言葉に少女剣士が受付の下に行こうとする。年齢からして冒険者登録ではないだろうが魅力的な少女達、格好からしていずれ冒険者になりそうだと、唾を付けようとする者も現れる。

 

「やあ君達、誰か知り合いを捜しているの?良かったら俺が探そうか?」

「ん?」

「にしても、その格好冒険者に憧れてるのかな?登録まで後数年だろうし、良かったら俺達のところこない?」

「あー、良いよ。冒険者登録したら最初は師匠と組んで、後はボクたち4人で組むように言われてるし、お兄さん弱そうだから」

 

 キラッと歯を光らせる青年剣士の言葉をバッサリ切り捨てる少女剣士。実力はかなりあるがその性格のせいで黒曜止まりの青年はピシリと固まる。

 何処かで失笑が漏れた。

 

「し、師匠……?」

 

 全員少女ということはその師匠も女性なのだろうかと想像する青年剣士。と、その時再び扉が開く。

 

「あ、師匠!」

「え?げぇ!ゴブリンスレイヤー!」

 

 入ってきたのは全身漆黒鎧の騎士。ゴブリンスレイヤー。都からやってきた銀等級のくせに名前の通り雑魚狩り(ゴブリン退治)しかせず『都堕ち』などと揶揄されていたが魔剣などを使い、その魔剣をゴブリン退治なんかに勿体ない、俺に寄越せと言われても無視、腹を立てて闇討ちしようとした冒険者達を返り討ちにした冒険者。ちなみに返り討ちにされた中には青年剣士も含まれている。

 

「お前等か……どうした、ゴブリンか?」

「確かに都付近にゴブリンが出ても放置されるけど違う」

「お兄ちゃん、これ……新しい魔剣」

「ああ、わざわざ悪いな」

 

 少女達の一人が剣を渡すと柄を手に取り刀身を抜く。鎧と同じく黒く輝く刀身、それを確認して仕舞う。

 

「雷か……」

「流石。解るんだ」

「ああ、お前の魔法だろ。流石賢者だ………お前も、良くここまで完璧に移せるものだ。ここらに流れてくる粗悪品とは大違い、導師の名は伊達ではないな…」

「ん……」

「えへへ」

 

 ゴブリンスレイヤーが頭を撫でると嬉しそうな顔をする導師と呼ばれた少女と誇らしげな賢者と呼ばれた少女。誰もがポカンと口を開け惚ける。

 何せ、導師といえば魔法を巻物(スクロール)や剣に込める古代の秘法を覚知神から授かり復活させ、賢者といえばあの年で最高峰の魔法遣いと認められたという称号で、導師と手を組み伝説級の魔剣を製造していると聞く。

 では残りの少女達が賢者と導師の友人で護衛、若くして剣豪と呼ばれる少女と4人のリーダーの剣士か……。

 そんな相手に上から目線。青年剣士は顔を青くしてその場から離れていく。

 

「ギルドに報告がある。後でな……」

「………師匠、何かあった?」

「ゴブリンだ」

「いや、まあうん………ゴブリンだろうけど………後で話聞かせてよ?」

 

 

──────────────────

 

 

 依頼達成の報告をするとゴブリンスレイヤーは4人の少女達を連れ、買った家に向かう。

 導師が開発したニトログリセリンなどを使ったダイナマイトや毒ガスを発生させるための道具など色々ある。散らかった机の道具を押しのけ地図を広げる。幾つか小さな×印が入っている。

 

「これは?」

「ゴブリンが居た場所だ。ここ半年のな………お前達のおかげで特に苦労することもなくあのゴミ共を殺せていたが、苦情がきて今日は地道にやっていた。田舎者(ホ  ブ)が数体にシャーマンが同じ群にいた。孕み袋はなしでな。居たという痕跡もない」

「へぇ、変な話だね」

 

 ゴブリンスレイヤーの弟子だけありゴブリンに関する知識をしこたま入れられた少女剣士は首を傾げる。自分達の種族こそ栄えるべきで、その中でも自分は一番偉いと考えるゴブリン。群を作る時、仕方ないから従ってやると思うのは可笑しくないが、田舎者(ホ  ブ)が複数は流石に可笑しい。余裕があるならともかく女を攫ってないと言うことは出来たばかり、となると田舎者(ホ  ブ)同士で争うはずだ。

 

「まさか(ロード)が討たれた群の生き残り?」

「だとすると(ロード)の目撃情報が在るはず。それがないという事は、群からはぐれたのではなく追い出された……」

「上位種が?ちょっと考えられないなぁ」

「実際多少の連携をしていた………それに……」

「?」

「駆け出し程度の粗末な品とは言え、その4匹は武装していた」

「てなると、ますます追い出されたとか考え難いんだけど………でもそう思うの?」

「ああ」

 

 武装を与えたまま上位種を追い出すという事は裏を返せば武装も上位種も満ちているという事。そんな群、普通は生まれない。何者かが支援している可能性が高い。

 

「ゴブリン共の最近の発生場所から、小鬼王(ゴブリンロード)の存在する群が在ると仮定する場合、候補は3つ………遺跡と廃村、廃坑だ」

「その調査を手伝えばいいの?」

「馬鹿言え。そんな事させられるか………取り敢えず一つ一つ調査するにしても、群を見つけ、逃げた場合村が襲われるかもしれない」

 

 ゴブリン共を殺している間に何匹か逃げ出すかもしれない。いや、確実に逃げるだろう。ゴブリン共は仲間が戦っていたらやることは二つ。勝てそうならとどめは貰い自分の功績だと自慢する。勝ち目がなさそうなら仲間が盾になって()()()()()間に逃げる。

 そうして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()するのだ。

 

「要するにボク等は知り合いの冒険者とたまたま一緒に行動して、たまたま襲われたから返り討ちにする。そんな感じ?」

「…………お前本物か?」

「熱でもあるのですか?少し休んだ方が」

「何か拾って食べた?貴方、毒とか効かないけど」

「不気味」

 

 剣豪はおでこに手を当てる。熱はない。導師は脈拍、呼吸を計り瞳孔の動きを確認する。異常はない。せっかく師匠の意図を察したのに全くもって不本意な反応をされプンプン怒り出す少女剣士。

 

「本当に自分で考えたんだ。不気味」

「二度も言った!?」

 

「何でさ!」と叫ぶ少女剣士。一同はそんな様子を見て笑った。

 

 

 

 

「ゴブリン退治?やだよ、金にならねぇし……それに群から逃げたらって、そんなの村人でも倒せるだろ?」

 

「やぁよ、彼奴等汚いし……別にほっといても問題ないでしょ?」

 

「巻き込むなよ、俺は紅玉等級だぜ?あんたも素人用のモンスターじゃなくて、もっと世のため人のためになることをしろよ」

 

 

 とまあ、一応他の冒険者達に頼んだのだがすべからく断られたゴブリンスレイヤーは4人の少女を連れ馬車に乗る。魔剣は防衛手段として導師に渡しておいた。

 最初は廃坑。ゴブリンは居たが規模は小さい。しかしやはり装備が整っている。次は森の中に呑まれた廃村。とはいえ、流石に遅い。一度村に戻りやすむことにした。

 

 

 

 村で妙な子供に絡まれた。弟子達と同じぐらいの年齢の少年。何でもゴブリンスレイヤーは本物の冒険者じゃないらしい。

 冒険者というのは仲間と一緒に遺跡に潜り魔物と戦うもの。ゴブリンなんて自分でも倒せる。それなのに銀等級なんて可笑しい!そう叫ぶ。幼馴染らしい少女格闘家が申し訳無さそうにしていた。彼が少女剣士達を年が同じだから一緒に冒険者になろうと誘った時は何とも言えない顔をしていたが、まあ、そう言うことなのだろう。

 しかしこのガキ五月蠅いな。本物の冒険者?なんだそれは、くだらない。ゴブリンを倒した?群から焼き出された手負いを追い払ったから何だというのだ。

 好き勝手喚くな、五月蝿い、ウザい、鬱陶しい。

 その自分は最高峰の冒険者になれると、英雄候補の一人だと信じて疑わないキラキラした目をえぐり出して如何に無力か解らせた上で好意を寄せてくれている少女の悲鳴を聞かせてやろうか?と、頭の中で考えるだけですむように押しとどめてやっているのにまだ喚く。少女剣士がぶっ飛ばさなければ子供の死体が出来ていたことだろう。

 

 

 

 ゴブリンスレイヤーは一人屋根の上で星を見る。夜の闇も昼のように見えるこの目は人間以上に星が輝いて見える。その点だけはこの身体の素晴らしさを誉めてやりたい。

 だが、周期が短くなってきた。本能の声が強くなってきた。押しとどめ続けていたものが外に出ようとしている。そんな感覚。ゴブリン共を殺す前にさっさと自決でもした方が良いかもしれない。と、音もなく屋根におり立つ気配を感じた。

 

「ヤッホー師匠、月見?」

「そんな所だ………」

「今日はどっちもよく見えるねぇ………」

 

 と、赤と青の月を眺める少女剣士。ストンとゴブリンスレイヤーの隣に座る。

 

「数、多いかな?」

「だろうな……」

「………ねえ、師匠は何でゴブリンを殺したいの?」

「前にも言ったろ。俺は彼奴等が大嫌いだからだ」

「うーん……じゃあ、えっと何で嫌い……でもなくて、ええっと………」

「………どうして同族でそこまで嫌うか、か?」

 

「人が折角言葉を濁そうとしたのに」と呆れる少女剣士に「お前にゃ無理だ。難しいことを考える頭がない」と返すゴブリンスレイヤー。

 少女剣士は導師の次に最も長く共にいた存在だ。

 毒に対する耐性や水の中でも魔法、アイテム無しで10分近く活動できるように鍛えたし、戦い方も教えた。気配察知だって教えた。いずれはバレると思っていた。

 

「ね、師匠。ボクの村を襲ったゴブリン達の関係って?」

「俺が昔取り逃がしたゴブリンが『渡り』になって造った群の一部だ」

「そっか………まあ師匠が滅ぼそうと思ったら死体は原型なんて残ってないか」

 

 うんうんと頷く己の弟子の姿にはぁ、とため息を吐くゴブリンスレイヤー。

 

「で、師匠は結局何で同族が嫌いなの?」

「………人間に、なりたいからかもな」

「なる程」

「笑わねえの?」

「笑わない」

 

 と、真っ直ぐ見つめてくる少女。その少女に伸びそうになる右手を左手で押さえる。

 

「人間になったら、今度は何になりたいの?」

「そうだな………その時は、勇者でも目指すか」

「それはなれないね」

「………そこはなれるよじゃねぇのかよ……」

「だって勇者になるのはボクだからね!」

 

 剣を抜き放ち月光を反射させる少女剣士。そう言えば、この剣は自分がやったんだったかと思い出す。上等な剣であることは確かだがずっと愛用してくれているのは気分が良い。

 

「お前が、勇者ね……顔も知らねぇ有象無象になられるよりは、まあ安心できるな。お前なら確かに世界を救っちまいそうだ」

「ふふん。そりゃね、ボクは何たって師匠の弟子だもん!」

 

 まだ冒険者にもなれない年齢の少女が世界を救うなどと嘯く、しかし彼女なら本当にやるかもしれないと思えてくるから不思議だ。

 

「だから、さ……その時は一緒に世界救おうよ」

「あ?」

「ボクでしょ、姉ちゃんに、賢者と剣豪……そして師匠。皆で世界を救うんだ。そしたらきっと、誰も師匠をゴブリンめ!なんて言えなくなるから」

「………なる程、な……ああ、それは楽しそうだ」

「えへへ!だよねだよね!皆で色んな冒険しようよ!」

 

 森に行って、山に行って、遺跡に行って、海に行って、まだ見ぬ景色を夢見て楽しそうに笑う少女を見てゴブリンスレイヤーは己の胸を押さえる。

 楽しそうじゃないか、楽しいに決まっている。期待しろよ、胸を高鳴らせろよ、何故呆れる、呆れる要素が何処にある。馬鹿なことなんかじゃない、なのにどうして、自分(お前)は嗤おうとしている?

 

 

 

 ゴブリンスレイヤーは振り分けられた客室に戻ろうと歩く。少女剣士は自分たちの客室に戻った。扉が閉まり、しかしゴブリンスレイヤーの足は縫いつけられたように動かない。

 若い女がいる。自分に笑顔を向けてくる女達がいる。救ってやったんだから、何をしても良いのが2匹。豊満な胸を持った柔らかそうなのが1匹。賢者などと呼ばれすました顔をしてるのが1匹。

 

「………ゴブリン共、数が多いと良いな」

 

 悲鳴を聞き、絶叫を笑い、血を浴びれば、少しはこの衝動が収まるだろう。せめて後一年、彼奴等が冒険者になったら、一度くらいは一緒に冒険する、それまで持ってくれ。

 

 

 

 

 その小鬼は部下の報告を聞き、思わず部下を殺してしまった。

 奴だ!奴が現れた!女と一緒にいるらしい、4匹も!

 そうか、そうか奴め!そのために仲間を殺したのか!女を独占して、自分達が野晒し雨晒しで苦労してるなか何の苦労もなさそうな人間なんかに紛れ込むために!

 許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない!

 今日も彼奴のせいで部下を殺してしまった!

 苦しめてやる!後悔させてやる!

 女達の特徴を聞くかぎり、あの時の女も居るらしい。彼奴が独占しようとしていた女………奪おう。奪って、彼奴の前で犯してやろう。彼奴はそれだけ非道な行いをしたのだから!

 

「おい、何を騒いでいる」

 

 ふと、偉そうなのが話しかけてきた。五月蝿いなぁ、ゴブリンでもないくせに。でも強いから逆らわないけど。

 でも絶対何時か殺して食ってやる。大人しく女と武器を差し出してればいいんだ、奉仕したいくせに偉そうにするなんて変な奴め。おまけに住処にあった剣を抜こうとしたり壊そうとしたり、出来なかったら今度は守っていろだなんて、何を考えてるんだ?きっと馬鹿なんだろう。

 とはいえ此奴に一度相談しないとどうせ文句言ってくる。だから教えてやる。

 

「ふん、くだらん。そんな理由か?まあ良い、好きに襲うと良い。だが役目は忘れるなよ?」




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