住む者も失せた廃村。
畑だった場所には人の子より頭一つ上の背の高い草がぼうぼうと生えている。ゴブリンスレイヤーは徐に短剣を投影して草むらに投げつける。『GOGYA!?』という叫びの後周りから複数のゴブリン、家の扉を突き破り
全て切り払う。炎の魔剣を投影して地面に突き刺すと、周囲に大量の火柱が立つ。
生き残りはシャーマンだけ。元々己が生き残ることに貪欲なゴブリンはガタガタ震え、跪いて喚き出す。
《ここでもなかったか。となると、お前達の王が居るのは遺跡か?》
《──まま、待ってくれ!お、俺じゃない!あのクズだ!あのクズが畏れ多くも貴方様を殺そうなんて言い出したんだ!》
《その反応、俺がゴブリンだと知ってやがったか。やっぱ隻腕の彼奴か?》
《あ、ああ!酷い奴だ、仲間を襲えなんて!俺はあんたの下につくよ、あんたなら最強の群も───!》
お前も仲間を襲えと言われて楽しんでいたくせに何を、とは思ったがその後浮かべた笑みと背後から感じる殺気に尋問を取りやめシャーマンを強化して盾代わりに振り返る。
ガギャアァァァンッ!!と金属同士のぶつかるような音と共に衝撃で内臓が潰れたシャーマンが血を吐き出す。
現れたのはオーガと見紛う程の巨体。手に持つのは巨大な戦鎚。
此奴何処から現れた?突然現れた。気配を隠していた?小鬼の英雄風情が?
と、視界の端で何かが煌めく。鏡だ。なるほど、以前自分が投影したあの鏡と同じ《
「GOBOORBOOO!!」
「………喧しい」
たかが1匹に魔剣を使うなど勿体ない。我こそは5番隊隊長などと吼えているが、くだらない、所詮は小鬼だろう。俺も、お前も。
そんな苛立ちと共に振るい慣れた
数合の打ち合い。しかし技量と武器で遙かに勝るゴブリンスレイヤーが
《群の規模を教えろ。5番隊隊長だったか?お前クラスが後5匹は居るってことか?》
《……お、教えたら助けてくれるのか?》
《さっさと答えろ》
ミシミシと頭を踏みつける力を込める。上位種故に中々死ねず、しかしドクドクと血が流れ死が近付き、頭に上る血が減り思考力が低下する。
《じ、15隊ある……一個小隊、5、50……副官と、何人かは俺達と同じで
《700以上の群だと?盛ってるんじゃねえだろうな》
《ほ、本当だ!あんたになら全部話す!そ、そうだ!俺達は、この辺の村々を襲うように……!》
グシャリと頭を踏みつぶす。直ぐに転移の鏡を投影して、飛び込んだ。
───────────────
「ゴブリン来ないねぇ」
村境の柵に腰をかけプラプラ足を振る少女剣士。逃げてきたゴブリンが来るとしたら一番近くのこの村の可能性が高いが来ない。そこまでの規模ではないのだろうか?と、その時だ、慌てた様子で馬に乗ってかけてくる男
「ぼ、冒険者居るんだろ!?助けてくれ!」
「ほいほいどうしたの?」
「ま、魔物だ!種族はわかんねえ……人型で、でっかくて……頼む、助けてくれ!」
「あ、おらんとこも出ただぁ!助けてけろぉ!」
「う、うちにも!うちにも出たぁ!となりん奴食われちまっだ」
「「「「──────」」」」
4人は顔を見合わせる。3ヶ所同時に魔物の襲撃、明らかに計画的な行動だが、こんな辺境で?
「ど、どうする?」
「どうするって──」
「戦力を分けるしかないと思う。けど、敵が解らない以上悪手」
「だ、だったらおらんとこぉ!」
「てめ、ふざけんな!うちなんて隣人食われてんだぞ!」
「うるせ──!?」
「てめぇこ──!?」
賢者の言葉に我先にと救援を要請する村人達。少女剣士は殴りかかろうとした彼等の間に剣を振り下ろす。
「───姉ちゃん、《
「5枚……どうするの?」
と、非常時の撤退用に用意していた《
「全部の村に行く。けど、優先は村人の救助。危なくなったら逃げて……剣豪はそっちの人と、賢者はそっち」
「わかりました」
「了解」
少女剣士の言葉に馬に乗せてもらい村を案内して貰う2人。残ったのは少女剣士と導師。少女剣士は導師をじっと見る。
「姉ちゃんは……どうする?」
「自衛ぐらいは出来る。足手纏いにはなりたくないから、いって…」
「でも……」
複数の村が襲われたのだ。この村だって襲われる可能性がある。正直言って、置いていきたくない。何せ彼女は弱いのだから。と、少女剣士の頭をつかみ引き寄せる導師。
「足手纏いにはなりたくない。貴方だって、知ったんでしょ?だから、置いてかれるわけには行かないの」
「…………正直になったね。ボク、そっちの方が好きだな」
「………そ、なら姉命令。早く行って」
「うん。任せたよ、姉ちゃん!」
そう言うと村人の乗った馬の尻をたたく少女剣士。走り出した馬は、当然馬なのだから足は速い。が、少女剣士は地面を蹴ると疾風のような速度で駆けあっと言う間に追い付く。この方が速いと思ったのだろう。
残された導師は残りの
逃げたゴブリンなど少女剣士達で十分だと思っていたがまさか複数の村が魔物に襲われるなんて、そう苛立っている彼女の前に立つ少年剣士。邪魔だ、凄く邪魔だ。
「地下とか、床下に避難してて。そこで転がって土の匂いをつけといて」
「俺だって戦う!俺だって、ずっと鍛えてきたんだ!」
「邪魔。私は貴方を守らないよ?」
「大丈夫だ、むしろ、俺が守ってやるよ!」
昨日少女剣士に一方的にぶっ飛ばされたのにこの自信は何処から来るのか。冒険者になったら大した経験もつまずにゴブリン退治に向かって死ぬタイプだな、と呆れ横を通り抜けようとする。
「待ってくれ!だから、君も避難を──あで!」
腕が掴まれる。ふりほどこうにも近接に置いて自分は4人中最弱。冒険者になる前提で在る程度の護身術を学ばされた賢者どころか鍛えた一般人にも劣る。思わず舌打ちしそうになると少年剣士の頭を叩く者がいた。少女格闘家だ。
「この馬鹿!いい加減にしなさい!彼女達の強さは昨日知ったでしょ!?私たちは隠れるのよ!」
「だ、だけど!」
と、その時だった。ズン、と村境の柵が壊される。全員が振り返る。そこにはオーガのような巨体を持った魔物が10匹、それより一回りほど小さな魔物が20程、その後ろに杖を持った人の子供ほどの魔物が10数匹。
「な、なんだあれ───」
「───ゴブリン」
「え、ゴブリン?で、でも!滅茶苦茶でかいぞ!」
「
少年剣士の事は取り敢えず無視だ。ほら戦ってこい、守ってくれるんだろう?
急いで宿屋に駆け出す。と、一匹だけ
「GOBGOOOR!!」
その叫びと同時にゴブリン達が向かってくる。狙いは自分のようだ。懐からダイナマイトを取り出し《
とはいえゴブリン共は数で勝っている間はよほどのことがない限り退かないだろう。魔剣を抜き、
「う、うおおおぉぉ!」
「あ、ま……待ちなさい!」
少年剣士が
「GOROB!GOROOB!!」
「GROOB!!」
新たな
炎の壁を前に立ち止まるゴブリン達。姿は見えている。ダイナマイトを投げつければ燃えてゴブリン達に当たり大爆発を起こす。
「GORB」
「GROO……」
炎の熱と爆発で死んだ己の同胞を見て後ずさるゴブリン達。シャーマンが呪文を唱えるが小鬼如きの魔法で賢者と謳われた少女の魔法を貫けるわけがない。導師はダイナマイトが尽きたのを確認すると今度は魔剣を構える。バチバチ紫電を走らせ、いざ放とうとした時───
「ぐあああああ!?」
人の悲鳴。恐らくは少年剣士。炎で見えないが何処かにいるのだろう。また聞こえてきた。
ああ、と察する。要するに人質だ。炎の壁を消さなければもっと痛めつけるという。くだらない。そんなガキどうなろうが知ったことか。仮にも冒険者を目指すなら自己責任だ。今度は女の短い悲鳴が聞こえた。少年剣士を助けようとした少女格闘家だろう。
助けてくれるとは限らないのだ。助けがくるとは限らないのだ。何せ神は何時だって、サイコロを振るう。残酷な目が出ても、哀れみ、悲しんでも、救いはしない。
結局、ゴブリンに襲われるなんて運が悪い、その一言で済まされる。
「──────!!」
ガシリと後ろから延びてきた手が導師の腕を掴む。ミシリと骨が軋むほど強く握られ、次の瞬間へし折れる。
「あぐ──!?」
魔剣が落ちる。引き寄せられ、無理やり振り返らされる。
「GARORO──」
ニタァ、と笑うのは2メートル近くあるゴブリン。枝で出来た王冠を被り、ニタニタとゴブリンらしく嫌らしい笑みを浮かべる。その後ろには鏡面。しかし鏡面に移るのは何処かの遺跡。
「GUGEGE!」
「かあ──ッ!!」
腹に膝がめり込む。拳ではない。そのゴブリンには片腕がないから、獲物を捕まえれば後は足で攻撃するしかないのだ。
空気を吐き出し気絶した女。ベロリと頬を撫でゲタゲタ笑うと肩に担ぐ。と、地面に転がっている剣を見つけた。使いやすそうな剣だ。自分が持ってるそれよりよほど上等。持ち帰ることにする。
炎の外の連中は、ほうって置いて良いだろう。聞いてない、お前のせいで仲間が死んだなどと喚くに決まっている。全く同じゴブリンだというのにどうして他の奴等はこうも自分勝手で浅ましいのだろうと首を振りながら炎の壁が消える前に鏡面の中を潜った。
少女格闘家は幼馴染に駆け寄る。冒険者に、英雄になると意気込み剣を振るう幼馴染。自分も父から受け継いだ武術を人のために使おうと鍛えてきた。だけど、怖い。
自分達よりずっと大きな魔物達。これがゴブリン?今までのと、違いすぎる。ゴブリン達は炎の中に隠れた導師をどうにか捕まえようとしているようだが、埒があかず苛立ったのか民家の一つを壊す。人は、居ない。地下に隠れたのだろう。と、大型のゴブリンの一体が気絶した少年剣士を見てニタリと笑った。
「こ、こないで!」
伸びてくる大きな手。自分の胴を簡単に握り潰しそうな手に蹴りを放ち、しかし逆に弾かれる。大型ゴブリンは少年剣士を持ち上げると彼の腕を人差し指と薬指と中指の隙間に挟みへし折る。
「ぐあああああ!?」
気絶していた少年剣士が激痛で目を覚まし泡を吹き絶叫する。続いて足が折られる。
「や、やめなさい!」
と手刀を放つ。しかし太い木でも叩いたかのような激痛に顔をしかめ、大型ゴブリンは鬱陶しいというように足で小突く。それでもこの身長差。地面を転がりゲホゲホせき込む。
体中が痛い。体の奥が燃えるように熱いのに、凍えそうな程悪寒が走る。と、そんな少女をひっくり返す者が居た。恐らく焦れてきたのだろう。そこで雌だ。興奮した様子の中型のゴブリン。
ゴブリンが何故女を攫うか知っている少女格闘家はそのゴブリンに見えず、しかし明らかに獣欲をはらんだ目で見てくる魔物に顔を青くする。
「い、いや!放して、放してぇ!誰かぁ!」
必死に暴れようとするが力は向こうが上。押さえつけられ、服を破り捨てられる。ゴブリンが腰布を解き人の腕ほど在りそうな己のものを剥き出しにする。
「や、やめ───お願───?」
「────?」
涙目で懇願する少女の様子を楽しんでいたゴブリンは少女の視線が背後に向けられたのに気づく。なんだなんだと振り返れば己の頭目がペコペコ頭を下げているゴブリンではない変な奴が移動するときに現れるのに似たのがあった。自分達もこれを使ってきた。増援だろうか?あの炎の壁を消せるのか?
消せたらあの女も犯そう。なんか殺すなとか犯すなとか言われたような気もするが突然仲間を殺したあの非道な小娘はさっさと苦しめるべきだろう。と、あの小娘が泣きわめく姿を想像して涎を垂らすゴブリン。その首が切り落とされる。
「───
ドシャリと体が倒れ倒れた衝撃から傷口から血がブシャリと噴き出す。現れたのは漆黒の鎧に身を包んだ長身の男。
ゴブリン達が反応し───次の瞬間には死ぬ。圧倒的だ。圧倒的なほど強い。剣についた血を払った鎧の男──ゴブリンスレイヤーと名乗っていた──少女格闘家の口に瓶をつっこむ。痛みが引いてきた。
「あ、あの───」
「他の奴等は何処行った?」
「ほ、他の村が襲われて──そっちに」
「分断させられた訳か。あの炎の壁は?」
「えっと──ど、導師様が───」
「───あ?」
その言葉にゴブリンスレイヤーは訝しみ剣を振るう。魔剣なのか突風が起こり炎の壁が天に向かって散っていく。炎の壁が消えると、そこには誰もいなかった。
「え?そ、そんな!確かに──!」
「─────」
困惑する少女格闘家と異なりゴブリンスレイヤーは先程、突然
「戻ってきた奴等に伝えとけ。俺は遺跡に向かう」
「え、あ、はい───あ、あの!」
「何だ?」
「く、薬を………彼にも」
「ああ………」
鼻から上が切り取られた死体の上に転がった少年剣士を指差す少女格闘家。ゴブリンスレイヤーは一瞥すると
その日、冒険者を目指していた一人の格闘家が夢を諦めた。彼女の幼馴染も同様だ。村で当たり前の幸せを、当たり前のように享受した。
──────────────────
その日4つの村が壊滅的な被害を受けた。その村々は生き残り同士で手を組み何とか再び村らしく活動することが出来た。しかし、実質的に3つの村が滅んだ。ゴブリンによって。
やはり国は動かない。ゴブリンの被害などありふれたもので、それにどうせもう解決したことだ。それにその日は喜ばしい事が起きた。
遺跡の最奥に封印されし剣が抜かれた。勇者が生まれた。
彼女達はゴブリンに拘っていたようだが国として、王としてまず魔神王の討伐を命じた。
感想お待ちしております