---遥side---
それから、もう一つだけ。
俺の今後はまだ決まってなかった。
脳に以上はなし、記憶も普通通り。
授業を受けるには十分な状態である。
問題は、やはり失った足。
それに、住処の問題だ。
水瀬がいなくなって、保さん、夏帆さんとまだ会ってない。
正直、すごく心配だ。
自分の娘の消息が分かってないのだ。平常心でいられる気がしない。
そして、仮退院の日。
杖をつきながら玄関を出ると、見慣れた1台の車が止まっていた。
「久しぶりだな、遥君。」
「ええ、久しぶりですね。保さん。」
その表情は伺えない。でも、声でわかる。
寂しい。
なにか抜けている声だ。その声のトーンは変わらないのに、そこに重さがない。
「とりあえず、一旦、うちに帰らないか?」
「...そうですね、行きましょう。」
ではまた、と見送りに来た先生に会釈をし、車に乗り込む。
車内での会話は一切なく、すぐに水瀬宅へと着いた。
「...ここも随分と久しぶりだ。」
「結構空いたからな...。とりあえず、おかえり、だな。」
「はい、ただいまです。」
そう言うが、相変わらず元気がない。
そう考えるとまたひしひしと責任感が湧いてくる。
俺のせいだ。
俺が生んだ、痛みだ。
くそっ...。
唇を噛み締める。
そんな俺の顔は保さんにどう映っていただろうか。
せめて、無様な顔はしていなきゃいいが。
家に入ると、改めてリビングに通された。
その机には夏帆さんが先に座っており、何やら話がある雰囲気だ。
「あー、そこに座ってくれるか?」
指し示された席は2人の向かい側だった。
特に何も言うことなく俺は席に着く。
「...。」
一瞬の沈黙。
切り裂いたのは保さんの言葉だった。
「島波遥君、改めてお願いがある。」
「はい。」
その言葉には、重さがあった。
俺は覚悟を決める。
「これからもうちに住み続けてくれないか?」
「...その前に、色々と言わせてください。」
俺は直ぐに答えを出さなかった。
確認したいのだ。俺はここにいていい存在かどうかを。
「まず、先日のお船引きは、本当にすいませんでした。千夏ちゃんを無理な企画に巻き込んだ挙句、このような事態になったのは俺にも責任があります。」
「そこは誰のせい、とかないんじゃないかな?」
優しく慈しむ声。夏帆さんだ。
「ありがとうございます。...それで一つ、非常に失礼な事を言わせてください。俺は、...千夏ちゃんの代わりにはなれません。姿を重ねられているのなら、俺は多分、ここに住む価値はないと思います。」
全く、最低な話だ。
でも、俺は水瀬の代わりにはなれない。
淡い幻影を重ねられて育てられるなら、その愛は受け取れない。
「...確かに、姿は重ねているかもしれん。」
「ちょっと、あなた!」
「でも、君が怪我してここに住み始めてからの日々は本当に楽しかった。私はもう、君のことを家族のように思ってる。できればこれからも、家族であって欲しいんだ。...いけないだろうか?」
ああ...。この人は、やっぱり素敵な人だ。
自分の心に真っ直ぐで、曲がったことは言わず、誰よりも優しい。
俺も、水瀬のこういう所が好きなんだろうか。
ここまで言われて今更NOの答えなんていらなかった。
「...これからも、ここに住まさせて頂いてもいいでしょうか?」
言い終わる頃に涙が頬を伝う。
あれから涙脆くなったんだろうか。
でも今は、これでいいと思う。
涙さえ失ってしまったらもう、俺は人間じゃなくなるかもしれない。
「ああ。これからもよろしく頼む。」
「また美味しいもの食べさせてあげるんだからね。」
二人とも、笑顔で迎えてくれる。
俺の居場所は、ここにあった。
それからまた、人生は右往左往したが
俺は真っ直ぐ歩いていった。
失った先に
本当の大切に気づいた。
自分は1人だと思い込んでも
結局近くに誰かがいて
そうやってまた、1歩進む。
1年
2年
3年
ひとつずつ年が過ぎていく。
温かさに包まれて俺は育って行った。
それでも。
それは海を除いての話。
海には眠っている。大切な人が。俺の大事な何かが。
心の底から冷えてくるような気候とともに
海は少しずつ、世界を嘲笑うかのように冷たく、冷たくなっていったのだった。
これまでは、少しずつ成長する話。
これからは、少し成長した遥が解決に導いたりなどのケースも考えてます。
では、次回より第2部
また会おうね(定期)