---遥side---
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
きっと連日の疲れだろう。聴き逃しだってあるかもしれない。
今言われたことは、現実なんかじゃない。
そう信じるしかなかった。
「ごめん、もう一度言ってくれるかな?」
「えっと...何度も言いますが、...すいません。誰ですか?」
パリン、と、自分の中の何科が音を立てて割れた。
気がした、なんてものじゃない。
この時、俺の大事なものが、確かに壊れた。
「はっ、はは...。そうかよ、これが結末かよ...。」
呆れて笑う。そこには感情なんてないまま。
「遥...。」
「ほっといてくれ...。俺は今、ここにいるべき人間じゃないんだ。」
そして俺はふらふらと歩き出す。
そうだ、俺はこんな所にいてはいけない。
もう、俺の居場所は...ここにはないんだ。
「遥!待って!」
少し離れたあたりで美海が追ってくる。
「こっち来るな!...今、水瀬のためにどうこうできるのは、お前しかいないんだよ...。」
「そんなこと...。」
「お世辞はやめてくれ...。今は優しい嘘なんていらない。結局、答えは変わらないんだから...。」
その場で固まった美海に目をくれることも無く、俺は再び歩き出した、遠く、遠く。誰の目にもうつらないように。
歩く。
歩いて...。
それでも、俺に行き着く場所なんてなかった。
強く雪が降り始める。
ぬくみ雪なんかよりも遥かに冷たい雪が。
そんな雪を頭に被りながら、俺は歩く。
さて。どこへ向かおうか。
乾いた、空の心でそんなことを考える。
無駄だって、分かっているのに。
水瀬の家には、きっと水瀬が帰る。元あるべき場所に帰る、当たり前のことだ。
忘れ去られてしまった俺なんて、水瀬からすれば異分子だ。それに、前のような接点ももうない。
もうあの場所は、俺の居場所じゃない。
至さんの家には、至さんの家族がちゃんとある。あかりさんの弟である光がいるのはまだしも、そこに俺がいていいのだろうか。
海にはもちろん帰れない。果てしなく凍りつき、汐鹿生も閉ざされてしまっている。
...その冷えた海は、今の自分みたいなもんだろうか。
じゃあ街の方へ帰るか?
生憎の大雪で、電車もどうやら止めてしまうらしい。かといって街の方へ歩いていこうものなら、途中で倒れるのが関の山だ。
...いや、いっそこのまま一人で死んだ方がいいのではないのだろうか?
そうしたらもう何も考えなくていい。楽になれる。
そうだな、俺はちょっと疲れすぎたのかもしれない。
もう考えるのは、やめだ。
感情なんて、無くなってしまえばいい。
そして俺は行き着いた先のベンチで深く、深く眠りについた。
何故だろうか、もう雪の冷たさも、何も感じなかった。
街ゆく人の声も。
起こそうと声をかける人の声も。
しんしんと降り積もる雪の音も。
もう、何も聞こえなかった。
俺は、ずっとここで一人、それが答えなんだ。
---美海side---
遠ざかっていく遥の背中を、私は追えなかった。
5年前のあの日遥かを止めたように諭すことは、今の私にはできなかった。
千夏ちゃんが帰ってきた。
意識もある。私のことも覚えていてくれた。
ほんとは嬉しいはずなのに...嬉しくなきゃいけないのに...。
【千夏ちゃんは、遥の事を全て忘れていた。】
この事実が、私の中で渦巻いていた。
「えーっと千夏ちゃん、とりあえず家、戻る?」
「えっ、あぁ、うん。...美海ちゃん、大きくなったね。」
私は言葉に詰まった。
こういう時、なんて返せばいいか分からなかった。
5年経ったから?違う。
何を覚えてる?違う。
「うん、色々あったの。」
結局、曖昧な答えしか私は返せなかった。
数分して、千夏ちゃんの家に着いた。
とりあえず私がインターホンを鳴らす。出てきたのはお母さんの方だった。
「あら?いらっしゃい美海ちゃん...。...!?」
千夏ちゃんのお母さんは後ろにいた千夏ちゃんに驚き、その場に座り込んだ。自然と頬を涙が伝っている。
「ただいま、お母さん。」
そう言って笑顔を見せたのは、5年前のような、いつもの千夏ちゃんだった。
「千夏...。」
奥からお父さんも出てくる。
まあ、こういうこともあって、私は中へと招き入れられた。
「ねぇ千夏ちゃん?どこまで覚えてる?」
「ん?昨日の...あ、違うか、5年前のこと?」
「うん。」
とりあえず最低の連絡が終わりひと段落ついたが、遥が忘れ去られたことは言えないでいた。それに、今どこにいるのかも気になる。
「うーん...お船引きはやったよね。確かその時に飛び込んで...うーん、ここまでかな?覚えてるのは。」
「じゃあ、大体は問題ないかな?」
嘘だ。問題しかない。
千夏ちゃんはお船引きに至るまで、何度も葛藤して、何度も辛い思いをしてる。
それなのに、こんな軽々しく片付けていいわけが無い。
それに...、千夏ちゃんは、遥が好きだったんだ。
でも、忘れ去ってしまった今、フェアに戦う、なんて出来ない。
もう、遥のこと、遥にまつわる全てのことを、千夏ちゃんは、忘れているんだ。
そんなの...悲しすぎる...。
「美海ちゃん?」
「ううん、何も無いよ。」
どうやら顔に出てしまっていたようだ。
とはいえ...このままだと、限界がある。
いつかは私も心のどこかが、決壊してしまうかもしれない。
今は...ここには入れない。
ただ、最後に伝えなきゃいけないことがある。
「千夏ちゃんのお父さん。」
「ん?なんだ?...っと、そういえば遥がいつ帰ってくるか聞いたか?」
なんで、このタイミングで...、そんな悲しいことを...。
自分が伝えるだけでよかったのに。
「...遥は、当分帰ってきません。それに...」
私は一瞬言葉に詰まり目じりを拭う。
だめだ。ここで泣いちゃいけない。
「千夏ちゃんは...遥のこと...忘れ去ってしまってるから...。」
「!?...そうか...。」
お互い、それ以上何も言わなかった。
私は家を出て、当てもなく走る。
流れてくる涙も、もう気にすらしなかった。
私を動かしていたのはひとつの気持ち。
遥に、今すぐ会いたい。
ただそれだけで、私の足は冷たさにも負けず動いていた。
気がつくと鷲大師から結構離れた場所にいた。
...ちょっと来すぎたかな。
私は戻ろうとする。
しかし、あるものが目に入り、私は声にならない悲鳴をあげた。
それは人だった。そこは間違いない。
けど、その身体には雪が積もり、唇には赤さはなく、寝てるはずだが息すらしてない。
強く吹雪く。
そこにいたのは、死んだように眠っている遥だった。
うーん。
とりあえず明日から更新期間開きます。
ご了承ください。
では。
また会おうね(定期)