---遥side---
陸へ上がる。
他のみなはまなかの方へ付き添って行ったが、俺は現在千夏を背負っているので、流石にそちらの方を優先することにした。
「それで、この状態は?」
「ああ、これまでの病気とは違うだろう。ただ、発熱もないようだから、すごく危機な状況...、でもないだろう。こっちは寝かせておけば問題ない。...遥の方は、大丈夫か?」
「ええ、ちょっとだけ身体が冷えましたけど、大事に至ることは無いです。身体もあったまってますし。けど今日は、ゆっくり休んでおきます。」
「ああ、そうしたほうがいいかもな。」
病気の事を知ってるであろう保さんから言質を取れたので、俺は自室で少し眠ることにした。
ああは言ったが、流石に身体にも割と負担がかかっているのは間違いない。
床に転がり、天井を見上げる。
手で空間を裂き、その感触を確かめる。
...そういえば、海の中で呼吸したのって、結構久しぶりだったな。
陸で長いこと過ごしてたから若干感覚が薄れていたとは思う。
なるほど、俺はだいぶ陸の人になったってことか。
それこそ、5年前の光が見たらなんと言われるんだろうかなんて思う。
ふぅ...。
今でも海は好きだ。
それは間違いない。何せ生まれ、育った街を好きにならないわけはない。
けれど、今思うのはそれ以上に陸が好きだという事。
もう長いこと陸で過ごしてきた。となれば、愛着も湧く。
それに出会いもあった。沢山の思い出も作った。
きっと、時間よりも濃いものを、陸で得ている。
俺もそろそろ先の未来を選ばなければならない。
大学生活も長いわけじゃない。いずれ、何か仕事につくことになるのは当たり前のことだ。
...。
もし、汐鹿生が元に戻っても、そこに俺の居場所はあるんだろうか?
【嫌われ者の烙印】だけではない。
数年前から、仕事を求めて海から出ていく人が増えている。俺の両親も実際そうだった。
おかしな話だ。
人には出ていって欲しくないくせに。出ていった人が戻る場所はない。
あの場所に、俺の求める仕事がなければ、俺は陸に残るだろう。
5年前にも同じようなことを考えたが、今はあんなに浅はかではない。
大事な人がいるし、大好きな人がいる。
それはいつだって変わらない。が、大好きの定義は変わった。
そろそろ、そっちの気持ちにも向き合う時が来たな...。
さて、眠くなったしそろそろ...。
...。
目が覚めた。
ちょうど夜時、晩御飯までもう少しくらいなところだろう。
身体には寝起きの倦怠感が残っているが、まあ、これくらいはと起き上がる。
さて...、色々気になることがあるが。
まずは千夏の様子を見に行こうか。
コンコン、とノックを2回。
「入るぞー。」
「...。」
返事はないが、否定はされてないとの事で、俺は中へと入る。
千夏は起きていた。
ベットの上で、上半身を起こして窓から外を見ている。
「どうしたんだ、千夏。起きてるなら...。」
「話があるの【島波君】。」
えっ...?
耳を疑った。
でも、現実だ。確かに今千夏は、島波君と呼んだ。
それは5年前のいつものように。
俺は名前を呼ばれた。
「千夏...、お前...、記憶が?」
「...うん、全部思い出したわけじゃないと思う。多分、10%にも満たない。でも、私があなたの事を島波君と、そう呼んでいたことは思い出した。...なんでだろう、汐鹿生に行ったからかな?」
俺は胸がおかしくなりそうだった。
正直、もう記憶が戻らなくても、と割り切っていた部分もある。
けれど、目の前の千夏は記憶を取り戻しつつある。
どこまで戻るのかは知らない。多分、このまま1部だけってのもあるかもしれない。
もしそうだとすると、千夏は苦しむかもしれない。
どうすればいいんだ...?
「...その話、詳しく。」
「うん、そのために呼び止めたんだから。...確かね、何度か音が聞こえたの。そして、出る間際に頭痛がきた。最初は冷えすぎかなって思ったんだけど、どうやら違うみたい。何かこう...揺れるような感じっていうか。」
「なるほど...。」
仮説を立ててみる。
千夏が昔持っていた病気、その片鱗はなくなった。しかし、それと同時に、俺に関する記憶も欠落している。
この現象が、海で繋がってるのか...?
...もし、このふたつが海で繋がってるのなら。
海が元通りになると、全て元通りになるのだろうか。
でも、病気が戻ってくるのなら、マイナスだ。
もし、このまま海が戻らないのなら。
最悪記憶治療に頼る...、ってのもありになるのだろうか。
でも、それは千夏が決めることだ。
俺はただ見守り続けよう。
ただ、これだけははっきりさせたい。
「なあ、千夏。」
「なに?」
「お前は、記憶を取り戻したいか?」
「...うん、分からないけど、私は多分、真実を知りたい。もし、記憶の中に、私の生きた証があるのなら、知っておきたいから。」
「そうか。」
それ以上は会話はなかった。
今度大悟先生に連絡してみるか...、なんて思いながら食卓へ向かう。
これだけは言える。
今確かに、世界の歯車は動き始めた。
こっから期末試験。
がんばろーる。
また会おうね(定期)