---遥side---
現在地、水瀬家。
夜7時の事である。
テーブルを囲んで4人、いつもの光景ではあるが笑顔はない。
長く続く沈黙。それぞれが、それぞれの複雑な心境を迎えている。
しかし、その原点は1つ。
千夏の記憶について、ただそれだけであった。
「確認するぞ、千夏。お前は、少しずつ記憶を取り戻してるんだな?」
長い沈黙の後、保さんが口を開いた。
「うん。ほんの一部だけど、島波君のことを思い出した。...けど、なんだろう、今はもうこれ以上は思い出せない気がする。その記憶治療?に頼れば思い出せないことはないらしいけど...。」
「一応、手術のことは詳しく聞いたんですけど、100%成功はないらしいです。それでも治る可能性の方が高い、とは言ってました。ただ、やっぱり危険なぶん、本人の意思を聞いてこいと言われて現在って感じですが...。あぁ、それと、もし手術を行う場合、費用は向こうが全額負担するらしいです。(これに至っては向こうの院長がそう言ったらしいから驚いた。)」
「なるほど...。結局、千夏がどうしたいかで全部決まるわけか。」
保さんはあくまで千夏の意見を優先するそうだ。夏帆さんに至っても同じ。
もう少し、親としてこうして欲しい、とか意見を言ってもいいとは思うんだけど...。
それこそ、実の娘の安全を優先するのであれば、受けさせるべきでは無いと思うだろう。
でも、こうして悩んでくれているということは、自意識過剰みたいなことを言うが、俺のことも気にかけてくれているのだろうか?
もしそうだとしたら、俺は一生、この2人の息子でいたい。
「ね、千夏はどうしたいの?こればかりは私たちが決めることじゃない。だからちゃんと、千夏の口からどうしたいか聞かせて?」
夏帆さんが優しく諭す。
やはり親心だろうか、その態度には不安が全面にでていた。
「分かってるよ、お母さん。...やっぱり私は、記憶を取り戻したい。この気持ちに間違いはないよ。確かに無くしちゃったらどうしよう、なんて思ってる。けど、それ以上に、私は大切な何かを失ってるの。
それが一生私の中に残るのは、嫌だから...。」
それは千夏の決心。
揺るぎない覚悟。
こうなれば誰も止めることは出来ない。
ただその結果を待つことが、俺たちにできることだ。
...
結局、千夏はもう翌日には入院を開始、すぐに手術を受ける日程になったようだ。
ということは、しばらくこの家ともお別れ。少し寂しいのだろう、先程から下を向いている。
だから俺に出来ることは。
「なあ千夏、散歩行かねえか?」
...
「なんで、急に?」
俺は千夏を連れていつもの堤防へ向かった。
俺と千夏は、ただ遠くを懐かしさの眼差しで見ている。
「ん?ああ、元気なさそうだったからな。ほっとけなかったんだよ。」
「そんなことないし...。」
なんて言ってるが、元気はない。
しかし、今話してる中でタメ口に戻ってるのも、少しは嬉しかったりする。
「やっぱり、後悔、してるのか?手術受ける選択をしたこと。」
「...ううん、それは絶対にない。私、知りたいからさ。何がここまで私を動かしてるのかなって。記憶をなくす前の私は、島波君に何を思ってたのかなって。だから、お父さんたちには悪いけど、後悔はしてないよ。」
そう言って千夏はもっと遠くを見る。こちらに目を合わせる様子はない。
「じゃあなんでお前は...。」
「...お父さんたち、ほんとに辛そうな目をしていたの。多分、私なんかよりずっと複雑な心境なんだと思う。...思えばずっとそうだったなぁ。私、小さい頃から心配させてばっかりで。...でも、なんで心配させてたのか、思い出せない。...だから、こんな複雑な心境を抱いてしまうなら、もう最後にしなきゃって。お父さんたち、もう心配させたくないの。」
「そうか。」
思えば俺もずっと心配させてきたな。
でも、何も言わず、あの人たちは受け入れてくれた。
メンタルももうかなりボロボロなのかもしれない。
それでも、信じてくれている。
なるほど...。
これが、【親】ってものなんだな。
それは芯から暖かく、
大きくなって初めてわかる。
そうだな、ならせめて俺も、あの人達に何か最大の孝行をしたい。
それはこれから考えていこう。
しっかり生きて、しっかり悩んで、一生のうちに答えを出そう。
とりあえず今は、千夏に付き添おう。
そうすることで、あの人達が安心するのなら。
「そういえば、お前に渡しておくものがあったな。」
「え、どしたの急に。」
俺はポケットから1つの小さな箱を出す。
それはいつかのネックレス。
受け取った千夏は首を傾げた。
「これは?」
「気にすんな、ただのプレゼントだ。」
理由は言わないでおこう。
ただ、これが思い出すきっかけになってくれるなら。
そんな淡い願いを埋め込んで俺はネックレスを手渡した。
さて。
この夜空が明るくなれば千夏は自分との戦いが始まる。
頭上の流れ星に俺は小さく願い事。
せめてこの行く末がよくなりますように、と。
そういえば近々修学旅行なんすよねぇ...。
楽しんできます。
では。
がんばろーる。
また会おうね(定期)