PSO2小説 ビギンズデイ   作:矢代大介

1 / 1
前編

 

 走る。

 黒い髪を振り乱し、息を切らせながら、「少年」はひたすらに走っていた。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ――」

 

 青空のもと、焦燥感に駆られる少年の胸中とはまるで不釣り合いな、鮮やかな緑で彩られた森林を駆け抜けながら、少年は休みなく金色の瞳を巡らせる。

 その、何かを恐れているかのような金の瞳に何かを捉えて、少年は反射的に急停止をかけた。

 

「――くそっ、ここもか!」

 

 毒づく少年の前方十数メートルほど先で、赤黒い霧が、意思を持っているかのように渦を巻く。まるで空間に穿たれた穴のように収束した霧は、やがて周囲の大気を歪ませ、不快な音を響かせながら、一つの影を吐き出した。

 

 例えるならば、蟲。

 闇色の甲殻と、腹に抱えた鮮血よりも赤い核を持ち、ねじくれた四つ足で地面を捉えたそれは、さながら槍のように尖った口を持つ頭をもたげて、怖気の走るような咆哮を上げた。

 

「ダー、カー……!」

 

 眼前に現れた「敵」の名を口にして、黒髪の少年はぎりときつく歯噛みする。

 

(ただの修了試験なのに、なんだってこんなことに……! ナベリウスにはダーカーどころか、発生の予兆すらなかったはずなのに……!)

 

 疑問と怨嗟がないまぜになった心の声を吐き出しながら、少年は勤めて冷静に状況を確認する。

 少年の前に立ちはだかるダーカーたち――四つ足の甲虫型ダーカー「ダガン」の総数は、目算で五体ほど。加えて、後ろを振り返ってみれば、そこには少年を取り囲むかのように、別のダーカーたちが現出していた。

 前後に続く道はどちらもダーカーに抑えられており、すでに逃げ道はない。そのことを悟った少年は、覚悟を決めるように、困惑に歪んでいた表情を引き締めた。

 

(……落ち着け。大丈夫、やれる。あの人に教わったことを思い出せ)

 

 細く息を吐きながら、少年は己を叱咤する。あの人――彼の師でもある男性の顔を脳裏によぎらせ、彼から学んだ戦いの術を胸に思い浮かべながら、少年はゆっくりと、背に担いでいた得物の柄を握りしめた。

 引き抜かれ、姿を見せたのは、大剣。鮮やかなライトグリーンに輝く刀身を携えた、身の丈ほどもある巨大な片刃の剣をしかと握りしめて、少年は深く構える。

 

「……そうだ。できるできないは関係ない」

 

 自分へ言い聞かせるように、少年は低い声で呟く。ふぅ、と細く息を吐き出した後、少年は勢いよく顔を上げて。

 

「――やるんだ! 絶対に、生き残るんだ!!」

 

 雄叫びとともに、一直線にダーカーたちの群れめがけて突撃した。

 

 

***

 

 

 新光暦238年。原初の人類が宇宙へと飛び出し、銀河を駆ける冒険者となってから、はるかな時が経った未来。

 巨大な惑星間航行船団「オラクル」を拠点に、脈々と版図を広げる人類は、ある時異形の怪物たちと邂逅する。

 生物はおろか、環境や機械すら侵食し、ありとあらゆるモノを食らいつくす。「ダーカー」と名付けられたそれに対抗するべく、人類は研究を重ねていた。

 

 かねてより人類の手で運用されていたエネルギーである「フォトン」。元はただのエネルギー以上の意味を持たなかったそれには、ダーカーたちの源である因子を浄化する力が備わっていることが明らかとなったのだ。

 人類の中に存在していた、フォトンを自在に行使する才能を持つ者たちの手でダーカーが討滅されたことを受け、人類はダーカーたちへの対抗手段を確立する。

 

 フォトンを行使する力を持ち、己が身と得物をもって、不倶戴天の敵たるダーカーを殲滅する戦士。

 銀河全土の惑星を飛び回り、ダーカーの魔の手から安寧を守るための守護者。

 

 ――人は彼らを、「アークス」と呼んだ。

 

 

 

***

 

 

 

 ことの発端は、数十分ほど前にさかのぼる。

 

 ――新光暦《A.P.》238年、2月20日。惑星「ナベリウス」上空。

 その日は、かねてより計画されていた、新たにアークスとなる人々の実力を測り、正式なアークスとなるにふさわしいかを決める、「修了試験」が執り行われる日だった。

 

 

《――新たに誕生するアークスよ。今から諸君は、広大な宇宙へと第一歩を踏み出す。覚悟を決めた者から、キャンプシップを発ち、課せられた最初の任務を遂行せよ。我々は、諸君を歓迎する――》

 

 大きく映し出されていたホロウィンドウ越しに、一人の男性――機械然とした体躯を持つ、老人の声をした人物が、その場にいる面々へと語り掛ける。その光景を、一人佇みながら遠巻きに見つめていた黒髪の少年の眼前で、演説を聞き終えた新人アークスの人々が、こぞって船――輸送船「キャンプシップ」に備えられた、惑星降下用設備であるテレプールの方面へぞろぞろと流れ始めた。

 少年もまた、そちらへ向かおうと足を向ける。しかしその直後、不意に背中に走った衝撃でたたらを踏むことになった。

 

「ぁうっ」

「っと……?」

 

 不意打ち気味に浴びせられたそれに驚き、振り返ってみれば、そこには顔を抑えている人影。少年よりも低い背丈と華奢な体躯を持つその人物は、はっとした表情になったかと思うと、ぺこりと頭を下げてきた。

 

「ご、ごめんなさい。人の流れに押されて、ぶつかっちゃいました」

「あぁ、大丈夫だよ。怪我してないか?」

「少し顔は打ちましたけど、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 

 そう言って笑うのは、少女。肩口で切りそろえた鮮やかな金髪と、芽吹いたばかりの若草のような翠に輝く瞳が、ひときわ強く目を引いた。

 

「それにしても、たくさん人が居ますね。士官学校の卒業生以外にも、一般からの公募で集められた人たちや、正規アークスからの推薦を受けた方も一緒、っていうのは知ってたんですけど……こう見ると、思った以上にアークスを目指す人って多いんですね」

 

 物珍しそうに周囲を見回しながら、金髪の少女は意外そうな表情で笑う。仮にもアークスとしての合否を決める修了試験に挑む身であるというのに、その立ち振る舞いには、気負いや緊張感といったものが、まるで感じ取れなかった。

 

「まぁ、同感だけど……実戦訓練の前だってのに、落ち着いてるんだな?」

「そうですか? でもそれを言うなら、貴方だってすごく落ち着いてますよ。ほら、表情も崩れてませんし」

「……もともとこういう顔なんだよ。ま、俺は色々と師匠から教わってきたからな」

 

 少年の脳裏で、彼の師でもある壮年の男性の、どうにも子供っぽい笑みが浮かび上がる。尊敬とは別な感情が色々と混ざった、なんとも微妙な笑いを浮かべていると、少女は納得したように手を打った。

 

「そういうことだったんですね! ……ということは、貴方は一般公募で参加してるんですか?」

「いや、一応推薦枠だよ。俺の師匠って、意外と有名人らしいから、そのコネでな」

「へぇー、凄いですね、お師匠さん」

「俺から言わせれば、子供いびりが大好きな迷惑親父だけどな……」

 

 はぁーと長いため息をついた少年が、ふと周りを見渡すと、すでに大半の面々はナベリウスの地表に降下した後だったらしい。彼らを除けば、他には念入りに最終確認を行っているような者しか残っていなかった。

 

「っと、そろそろ行かないと」

「あ、ほんとですね。ついつい話し込んじゃいました。――あ、そうだ!」

 

 踵を返そうとした少年を、少女が呼び止める。

 

「私、シューティアって言います。良ければ、お名前をお伺いしてもいいですか?」

 

 何事かと内心で首をかしげる少年だったが、ふたを開けてみればなんてことはない、ただの自己紹介。少女、ことシューティアの言葉で、ようやく自分も名乗っていないことを思い出した少年は、改めてシューティアに向き直った。

 

「あぁ。――俺はコネクト。改めて宜しくな、シューティア」

「コネクトさん、ですね。もし降下した後も一緒になったら、その時は宜しくお願いします!」

 

 これから二人が挑む修了試験は、大まかに分けたいくつかの任務のうち、指定された一つを遂行する形で行われる。どんな任務が割り振られるかはランダムであり、それによって降下するポイントも違うため、今しがた知り合った彼らが力を合わせ、同じ任務に挑むことができる確率は、決して高くなかった。

 

「あぁ。向こうで出会ったら、その時はお互いによろしく、だな」

「はい! それじゃ、行きましょう!」

 

 しかしそれでも、試験に運用されるエリアは限定されており、鉢合わせる可能性はゼロではない。

 もしもの再開を期待しながら、二人は並び立ち、同時にテレプールへと突入していった。

 

 

***

 

 

 ナベリウスへと降下した少年、ことコネクトだったが、その隣に先刻知り合った少女、シューティアの姿はなく、出遅れたこともあり、彼は一人で試験を遂行することとなった。

 

 基礎的な戦闘機動の訓練から始まり、仮想ターゲットを相手にしての戦闘演習、特殊戦術機動「フォトンアーツ」の発動演習。兵科(クラス)固有の戦術などを学び、最後には試験エリア内に配置された原生生物(エネミー)との実戦訓練を経て、コネクトはその全てを抜かりなくこなす。

 

 すべてが順調に見えた修了試験。そこに陰りが見えたのは、一体のエネミーと遭遇してからだった。

 

 

「……っ」

 

 不意に、ナベリウスの森林を進むコネクトの眼前へ、一体のエネミーが降り立つ。

 一見すれば、それは森林地帯に生息する小型の原生生物であり、道中でコネクトも見かけた猿型エネミー「ウーダン」で間違いない。しかし、本来ならば明るいオレンジ色に染まっているであろう体毛の色は、まるで闇や瘴気を想起させるような、不気味な赤黒い色に変色している。誰がどう見ても、そのウーダンの状態は「異常」だということがわかる、そんな異様な姿だった。

 

(ウーダン……の希少種か? いや、それにしては様子がおかしい気も――)

 

 突然の襲撃者を眼前にして、コネクトは浅く身構える。背に吊った兵装――身の丈ほどに大きな翡翠色の刀身を持つ、ハンタークラス用の大剣「ソード」の柄を握り、いつでも抜刀できるようにしていると、不意にウーダンがコネクトの方に振り返った。

 

 直後、ウーダンが振り向いたことで、影になっていた部分があらわとなる。

 

「ッ――浸食核?!」

 

 ウーダンの顔面すぐ横。首筋付近に相当する位置に突きささり、赤黒い光を放ちながら、不気味に脈動する楔――アークス間で「浸食核」と呼ばれる物体を見つけて、コネクトは驚愕する。

 ――浸食核とは、各地のエネミーに時たま張り付いている寄生物質のことだ。その名前の通り、浸食核は張り付いたエネミーを内側から食らい、浸食を進めるとともに、宿主を自由に操れる傀儡へと作り変えていく。「アークス不倶戴天の敵」よりもたらされたそれは、放置すれば原生生物たちを絶滅させかねないということから、発見次第出来る限り破壊を推奨されている、厄介な物質だった。

 

 しかし、今問題なのはその性質ではない。

「浸食核がこの地で発見されたこと」そのものが、大きな問題なのだ。

 

(どうして……! ナベリウスには、「ダーカー」が観測されてないどころか、発生の予兆すら確認されてなかったはずなのに――ッ!?)

 

 動揺するコネクトに隙を見出したのか、浸食核に侵されたウーダンが、糸操り人形のような不自然な動作で、猛然と跳びかかってくる。

 思考の中断を余儀なくされたコネクトは、何よりもウーダンを討伐し、浸食核を根絶することが先決だと判断。地面を転がって攻撃を回避しつつ、素早くソードを抜刀した。

 

「は、あぁッ!!」

 

 雄たけびと共に、握りしめたソードを横なぎに一閃。生み出された翡翠色の軌跡は、狙いたがわずウーダンの首筋付近を捉え、宿主の首とその付近に取り付いた浸食核を、纏めて切り伏せてみせた。

 

「!!!」

 

 鳴き声にもならないいびつな悲鳴を上げて、ウーダンの骸がその場にくずおれる。同時に、間近に落下した浸食核が、赤黒い霧となって消滅していった。

 ウーダンが動かなくなったことを確認して、コネクトは細く息を吐きながらソードを背に吊り直す。しかし、その顔に戦闘を潜り抜けたという達成感はなく、むしろその表情は先刻よりもずっと険しいものになっていた。

 

(……いや、理由なんて今はどうでもいい。とにかく、どうにかして正規のアークスたちにこのことを知らせないと――)

 

 かぶりを振りながら、コネクトは耳裏に仕込んだ無線へと手を当て、管制へと連絡を取ろうとする。

 

 しかし、コネクトが耳裏へと手を当てた直後、脳の奥まで響くような、けたたましい警報が耳を揺るがした。

 

《管制より、アークス各員へ緊急連絡! 惑星ナベリウスにて、「コードD」発令! 全アークスへ、最優先命令コードによる、ダーカーへの戒厳令が発令されました!! アークスシップに待機中の各アークスは、直ちに惑星ナベリウスへと出撃! 現在ナベリウスに展開している修了試験生の皆さんは、ダーカーとの交戦を避けつつ、アークスと合流し、ナベリウスより脱出してください!! 繰り返します――》

 

 

 

 切羽詰まったオペレーターの声が耳朶を震わせると同時に、コネクトの周囲で、キィン、という音が――聞くものすべてに不快感をもたらすような、耳をつんざく音が響く。無線への注力をやめ、素早く周囲へと視線を巡らせてみれば、周りを取り囲む光景のそこかしこから、赤黒い霧と共に、異形の甲虫たちが這い出して来る様が映り込んだ。

 

「ダーカー……!!」

 

 あまりにも唐突な襲来。そして、あまりにも予測を超えた出来事に、コネクトは驚愕を隠し切れずにいた。

 

 ――ダーカー。それは、アークスの存在意義の一つであり、「アークス不倶戴天の敵」とも言われる存在のことだ。

 あまねく生物や機械等を浸食し、自らの眷属としていく性質を持っているのが、大きな特徴とされている。 

 一度浸食されれば助かる方法は存在せず、その内に宿した「ダーカー因子」と呼ばれる物体により、通常の手段での討滅は不可能。

 交戦した相手を内から喰らっていき、ありとあらゆる存在を同化していくそれらは、ほぼ一つの対抗手段を除いて抗うすべのない、まさしく「宇宙の敵」と呼ぶにふさわしい存在だった。

 

 そんなダーカーが今、本来ならば観測もされず、出現の予兆すら検出されなかったナベリウスに、顕現している。その事実は、この地が安全な場所だという前提を持っていたコネクトを、強く動揺させていた。

 

「――あぁ、くそッ! 考えるのは後だ!!」

 

 コネクトの目前に立ちふさがったダーカーの数は、目算でも10はくだらない。最下級の種類だけで構成された群体でこそあったが、その実態は並の人間はおろか、時には対抗手段を持つアークス相手ですら容易く殺めることができる、凶暴かつ凶悪な存在に他ならないのだ。

 故に、コネクトは踵を返し、ダーカーとの交戦を回避することを選択する。師から教わった戦いの術こそあれど、所詮今の彼は初の実戦を経験したばかりのルーキーに過ぎない。まともな実戦経験もない者が無謀な戦闘に挑めばどうなるかなど、火を見るよりも明らか。だからこそ、コネクトは自ら死地に飛び込む真似は避け、可能な限り生き残れるであろう道を選択したのである。

 

 

(なんでっ、どうしてこんなことに――!!)

 

 胸中で毒づきながら、コネクトは生き残るために、ナベリウスの森林をひた走り始めて。

 

 

 

 そして、時刻は冒頭へと戻る。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。