遅れて申し訳ないです。
職場体験も無事終わり、1-Aの生徒たちが久しぶりに教室で顔を合わせる。皆、職場体験の余韻が抜け切れていないようで、教室はその話で盛り上がっていた。
「おい、落月。職場体験は関係ないが……あの料理どうしたんだよ!?」「ねえ、ねえ!ステインと最後何話してたの?」「何か別のヴィランと戦ってたっての本当?」「落月ぃ!俺にも抱き着いてくれ‼」
そんな教室の中でも、純狐の机の周りは異様な盛り上がりを見せていた。この一週間、皆の間で純狐の話題が尽きることは無く、早く会って話をしたいと思っていた者も多かったのだろう。とはいえ、今の純狐は基本的にニュースで流れていること以上のことを言えない。
「料理は……悪質ないたずらにあったから仕方なく作ったの。その他のことはニュースで報道されている通りよ。」
そうよね飯田君、と純狐は少し離れたところで話している三人に話を振る。話を振られた三人も、特に話せることは無いので首を縦に振るしかない。
「そう言う事。ほら、そろそろ授業始まるわ。」
純狐の声で時間に気づいた彼らは、若干違和感を覚えつつ、各々席に戻って行くのだった。
◇ ◇ ◇
「はい、私が来た。という事でね、ヒーロー基礎学だ。」
ネタ切れを感じさせる入り方をしたオールマイトは、早速授業内容を説明していく。授業をすることにも慣れたようで、もうカンペは使っていない。
「私がこの運動場γのどこかで救難信号を出したら街外から一斉にスタート。誰が一番に私のことを救けてくれるのか勝負だ。」
オールマイトはあらかたのルールを説明し終わると、不意に純狐の方を気まずそうに見る。純狐は何なのか分からず首を傾げたが、オールマイトの表情があまり芳しくないことからいい話ではないことは分かった。
「落月少女は、相澤先生が呼んでいたのでそっちに向かってくれ。」
「……了解しました。」
なんとなく話の内容を察した純狐は周りの生徒たちの疑問を適当にはぐらかして校舎に向かう。校舎の入り口にはミッドナイトが立っており一緒に相澤の待つ仮眠室までついて来た。
「失礼します。」
「座れ。」
仮眠室の中は相澤一人だけであった。ついて来たミッドナイトも中に入ることはせず、扉の前で待っている。
「すまんな授業中に。安心はしていていいぞ。お前が思う最悪のケースではないだろうし、特段生活が変わることは無い。まあ、いくつか質問に答えてくれればいいだけだ。」
ミッドナイトからの目が無くなったからか、相澤はいつも通りの気だるそうな様子になり、ソファーに座る姿勢を崩す。
「お前、何で力が落ちてきてること報告しなかった?」
鋭い観察眼がいかなる表情の変化も見逃さないように純狐の顔を見つめる。見つめられた純狐は、別段驚くようなことでもなかったため表情を変えることは無い。予想が当たった、と思うのみである。
「やはり体育祭辺りで気づきましたか。報告しなかったのは、退学させられないためですよ。」
質問の答えとは違うものを長々と話すのは相澤の性格的にあまりいいことではないと考えた純狐は、最低限のことを話して話を切り上げる。純狐からの返答を聞いた相澤は、先程よりいくらか表情を緩め、表情を読むのをやめた。いつも通り表情を読むのを諦めたのと、特に危険性は無いと判断したのだろう。
「そんなとこだろうと思ったよ。実際、俺はお前の実力を理解する前までなら、将来性が無いと考えて退学にしただろうしな。」
「今は違うと?」
「そうだな。体育祭後の世間の反応を見ると、お前をここで引かせるのは俺たちヒーローにとって大損害となりうる。また今回の脳無討伐に関しても、あの程度の被害で倒せるのはお前以外にはいなかっただろう。それに個性以外の部分……光弾であったり知略であったり、たとえ【純化】が無くなってもお前の価値は高い。」
純狐は相澤の自分に対する評価が高いことに少し驚く。できるだけ評価を高められるよう行動をしてきたという事もあるが、相澤に弱体化を悟られないために避けていることも多かったので、あまり評価はされていないと考えていたのだ。やはり相澤は生徒のことを相当考えているのだろう。
「じゃあ、この話はここで終わりだ。次の話に移ろう。」
やけに改まって言う相澤に純狐は違和感を覚える。そして、相澤は純狐に身構える隙を与えるのを嫌うかのように、間髪入れず言葉を紡いだ。
「お前、両親のこと覚えてるか?神獄さんのことでもいい。」
「……どうして今更そのことを?」
数舜何と答えるか迷った純狐は、差し障りのない答えを返す。この質問を直接してくるという事はかなり調査が進んでいるという事だ。純狐はそれを分かったうえで、この情報がどの程度の重要性を持っているのかを知りたかった。
「……いや、興味があっただけだ。答えたくないなら答えなくてもいい。ただ……両親の名前くらい知っておきたいと思っただけだ。」
意外なことに、相澤はあまり追及をしてこない。何か個人的な思いがあるのか、それとも教員たちの間でそこまで気にされていないのか。判断はしかねたが、自分から積極的に追及するわけにはいかないので、純狐はこれ以上気にしないことにした。
しかし、ことあるごとに疑われ、行動しにくくなることは純狐にとって大問題である。
(ステンと脳無の件で、私の責任を誰が負うのかという話にでもなったのかしら。もしくはヘカーティアの差し金か、それともその他の団体が気づいたのか。まあ、何でもいいわ。この世界に来るときにわざと作ったガバだし。でも、あまり面倒なことにならないよう少しだけ言い訳しておきましょう)
純狐はそう考えると、それまでと変わらぬ態度で話し始める。
「そうですか。まあ、私の両親が変に疑われるのも無理はありません。あの人たち、私のために戸籍まで消してくれたのですから。感謝してもしきれませんよ。」
「それはどういうことだ?」
突然のカミングアウトに相澤は驚きを隠しきれない。おそらく純狐の返答を聞いたのがプレゼントマイクなどであったら、このまま数分は言葉が出なかっただろう。純狐がどうしても隠したいことだろう、と考えていた両親の謎を純狐から聞くことになったのだから。
そんな相澤に対し、相澤の驚く表情と声という珍しいものを聞くことのできた純狐はそれに満足して席から立つ。
「それ以上は話せません。」
「………分かった。話しにくいことを話してもらって悪かったな。」
「気にしてませんよ。それより、私はまだ授業の途中なので帰ってもいいですか?今日の授業、私もやりたかったんです。」
聞きたいこと以上、とは言えないが予想外の進展を生みそうな情報を得た相澤は、純狐を止めずそのまま授業に戻ることを許可する。相澤の許可ももらった純狐は、元気よく部屋を出て運動場γへ向かった。
◇ ◇ ◇
純狐が運動場γに着いたとき、皆はすでに授業を終えており、撤収の準備をしていた。
「お帰り落月少女!早速始めようか。だが皆と同じ条件ですると君には簡単すぎるだろうから、一つ条件を付けさせてもらう。【純化】使用禁止だ!」
純狐の到着に気づいたオールマイトは、片づけをする手をいったん止めて早口に話す。それから純狐に近づき、皆に聞こえないよう小声で話し始めた。
「相澤君が気づいてしまったようだな。詳しい話は後でするが、おそらくこれからは純化を使用するのを禁止、または制限したものが多くなってしまう。」
「ええ、分かってます。大丈夫ですよ。」
二人がこそこそと話していると、オールマイトの出した条件を聞いていた生徒たちが近くにやってくる。今回の授業は職場体験で学んだ個性の使い方を試す、という事が重視されていた面も大きいため、メインである個性を制限するという事の意味が分からないのだ。
また、出久がフルカウルを身につけた、という事もあり、同じ事務所に行っていた純狐がどのように個性を使うのか見るのを楽しみにしていた生徒もいたのだろう。
「先生、何か考えがあってのことですか?」
その楽しみにしていた生徒の一人、八百万は、手を挙げてオールマイトに質問する。色々ドジをやらかすオールマイトもその質問への答えは考えていたようで、特に変な様子も見せず八百万の方を見た。
「HAHAHA!落月少女は個性の使い方に関しては完璧といっても差し支えないからね。職業体験ではそれ以外の部分を重点的に学んできてもらったんだ。だから、その成果を見せてほしい!という事さ。」
じゃあ時間も押しているから始めようか、とオールマイトは純狐に声を掛け、スタート位置につかせる。
「ちなみに落月少女には一人でやってもらうつもりだが……競いたいと思う者がいるなら、手を挙げて知らせてくれ。先着4名様限定だ。」
オールマイトの言葉が終わると同時にクラスのほとんどの生徒が手を挙げる。クラスの圧倒的なトップである純狐と競いたいというのは、純化を使わないとなっても変わらないようだ。
「オーケー……じゃあ、瀬呂君、飯田君、常闇君、芦戸君に決定だ。頑張ってくれ!」
それだけ言うと、オールマイトは目にもとまらぬ速さでビルの陰に消えていった。残された5人は、各自ストレッチなどをしながらスタートの合図を待つ。
「いくらお前でも個性を制限された状態では厳しいんじゃねえか?」
この競技においてかなりのアドバンテージを持つ瀬呂は、少し余裕があるのか、気さくな様子で純狐に話しかけてきた。体育祭のこともあり、純狐をそれなりに意識して訓練を行っているのだろう。
「まあそうね。手を抜いて勝てる戦いじゃないわ。だからこそ、私は最短距離でオールマイトの元へ行くという事をするだけよ。」
二人が話していると、目的地に着いたらしいオールマイトから救難信号が出される。場所は運動場のかなり奥の方だ。
準備を終えていた五人は、その信号が出されると同時に飛び出す。瀬呂はセロハンを使って障害物の少ない上の方へ。飯田は足の速さを生かし路上を。常闇はぎこちないがダークシャドウを使って滑空。芦戸は指を酸で覆い、コンクリートに穴を開けながら建物を上る。
そして約5分後、瀬呂がオールマイトの元へ到着した。このように建物や障害物の多い場所での移動は彼にとってうってつけなのだ。
「よっし、一番だ!」
瀬呂は自信満々にガッツポーズをとり、純狐への初勝利を噛み締める。オールマイトはそんな瀬呂にいつもと変わらぬ表情で拍手を送った。
「おめでとう!!と、言いたいところだが……惜しかったな。」
オールマイトの後ろから少し疲れた様子の純狐が現れる。誰にも越された記憶の無い瀬呂は驚きのあまり声も出ない。
「いや、そんなにがっかりしなくてもいいわよ瀬呂君。あなたと私の差は5秒くらいだから。」
純狐の言ったことは本当である。純化を使えないという圧倒的ハンデを負った純狐は、ビルに弾幕で穴を開け、オールマイトのいるビルまでまっすぐにやってきた。そのためビルの中にいることが多く、上空にいる瀬呂からは見えなかったのだ。
障害物の多い地形は、瀬呂に有利であるとは言っても他の者と比べればという事であり、直線を全力疾走するのよりはどうしても遅くなってしまう。純狐はそこに勝機を見出し、できるだけスピードを落とさないように走り抜けるという作戦をとっていた。
「なおさら悔しいやつじゃねえか!」
瀬呂は膝をついて拳を地面に叩きつける。
「まあ、建物への被害を抑えたという点では落月少女に勝っているからな。総合的に見たら瀬呂少年の勝ちといっても差し支えない内容だったぞ。」
オールマイトの言葉に、純狐も首を縦に振る。この戦法をとる上で建物の破壊はどうしても逃れられないことであり、いかに純狐でも純化を封印された状態、かつ霊力も弾幕にしか使えない状況ではどうしようもなかった。
そんな会話をしていると、他の三人も続々と到着する。見た限り原作と大差ないような展開であり、純狐は職場体験先で何もなかったことに安堵した。
「それじゃあ、今日の授業は終わりだ!皆、それぞれ成長していて素晴らしかったぞ!」
オールマイトはそう締めると、純狐と出久だけに分かるように合図を出し、校舎に戻って行った。
ちなみに原作ではこの後、峰田が女子更衣室を覗こうとして痛い目を見るのだが、今回は純狐にビビッて何もしなかったというのはまた別の話である。
◇ ◇ ◇
「……という事さ。分かってもらえたかな?」
ワンフォーオールとオールフォーワンの因縁の話が終わり、オールマイトは目の前に座る二人の顔をまっすぐに見つめる。しばしの沈黙の後、最初にしゃべったのは出久であった。
「頑張ります……!オールマイトの頼み、何が何でも応えます!」
オールマイトは出久の言葉に対し何か言いたそうであったが、それを言葉にすることはできなかった。オールマイトの心中も知っている純狐は、この場にいることに罪悪感を覚えたがどうすることも出来ないので黙っておく。
「……ありがとう。」
出久はオールマイトのその言葉を聞くと、自分への話はここまでだと察して席を立つ。そして数分後、純狐とオールマイトのみとなった部屋で、二人の話が始まった。
「まあ、大体分かってますよ。純化の制限もしょうがないです。私としては特に異議はありません。しかし事情を知らない他の生徒は不満に思うかもしれませんね。」
「私としても突然のことでまだ何とも言えない状況なんだ。相澤君はそのあたりのことも考えてプログラムを組んでくるはずだから、そこまで心配はしていないが……、今まで通りとはいかないな。」
これに関して、純狐は特に不満は無かった。純化を制限されたからといって楽しむことができなくなったわけでもない。純狐はこの世界に来て、縛りの中で楽しむすべを学んでいた。その後は、お互いの現状の説明とちょっとした世間話で二人は盛り上がる。そして、いつもの下校のチャイムが鳴る少し前に話を切り上げ、純狐は部屋を出た。
(これから忙しくなりそうね。ヘカーティアもここ数日は特に何もしてこないし)
今頃、教師たちは私のことで盛り上がっているのだろうなあ、と他人事のように考えながら、純狐は今日の夜食の食材を思うのだった。
読んでいただきありがとうございました!
誤字報告ありがとうございました。物凄く助かります。
次回、林間合宿?