落第生の舞台   作:ゴマ醤油

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最終幕

目が覚める。ここ最近で最も目覚めの良い朝だ。洗面所に行き、顔を洗う。冷たい水がとても気持ちいい。何もかもがこの前までと違って見える。違う風に捉えられる。あんなに、あんなにどうしようも無いと思ってたこの世界が、この日常がこんなにもまぶしいなんて。

 

「……よし!」

 

 顔を洗い、適当なジャージを着て外へ出る。ゆっくりと走り始める。朝の心地良い風。ぽかぽかさせる太陽。ああ、そういえばこんな気持ちでランニングはしていたなと思い出す。 

 一時間ほど走り、家に戻る。汗を流し、簡単に食事を取る。もう、食欲がないなんて事は無い。むしろ今までの分食べてエネルギーを付けなければ。

 そう思いながら食べているとすぐに食べ終わってしまった。

 少し埃の被ったテレビのリモコンを持ち、スイッチを押す。テレビは何も変わらずつきニュースが流れる。まったく記憶にないニュース。まあ当たり前だ。テレビを見たのなんて久しぶりだ。新聞なんて読んでなかった。この社会から置いて行かれるのなんてしょうがないとしか言えない。

 

「……どうしようかなぁ」

 

 ニュースをぼーっと見ながら、これからのことを考えてるとふと言葉が漏れる。これから。学校も辞めてしまってどん詰まりな気がする。学歴も今は高校中退ってことになるだろうし。

 ……バイトでもしよう。いずれこの家にも住めなくなる。自分で出来ることをやっていかないと。もう、泣き言を言ってるだけの生活は終わりだ。

 ぼんやりと、ぼんやりとこれからについて決めていたとき。突如携帯から大きな音が鳴る。一瞬あのオーディションかなと思ったが音が違う。いつもの着信音。……最近こっちを聞いてなかったせいで違和感が凄い。

 

「……はい」

 

 とりあえず出てみる。そういえば電話番号を確認していなかった。まあいいか。迷惑電話なら切れば良いし。

 電話を掛けてきたのは病院だった。母のいる病院。そういえば、最初に行ったときに電話番号を登録したっけ。なんだろう。――まさか!

 不安がよぎる。母の身に何かあったのではないのかと。今更それを私が言うのはあまりにも卑怯だと思うがそれでも寒気が走る。

 しかし、その不安は最初の一言に打ち消された。いても経ってもいられず気づけば病院に向かってバイクを走らせていた。

 母が目覚めた。その一言が聞こえた瞬間にはすでに。

 

 

 

 

 走る。走る走る! 階段を全力で上がり、一つの部屋に向かう。

 息が切れる。お腹が痛い。どうでもいい。

 速く。もっと速く! 周りを気にする余裕なんて無かった。――お母さん!

 

「――っ!」

 

 部屋の前のドアに到着する。

 急いで開けようとするが、その手が何故か動かない。自分がここを開けて良いのか。母が起きていたとして。

 今まで何もせずただ逃げてきただけの私が会う資格なんてあるのか。今すぐ、ここを離れて二度と顔を見せずにひっそりと生きていく。その方が、母のためになるのではないだろうか。

 開けようとしていた手が降りる。やっぱり帰ろう。その方が良い。今更のこのこ訪れる方が間違っているのだ。

 

「おや、入らないのかい?」

 

 扉に背を向けようとした瞬間、声を掛けられる。そちらを見てみると、白衣を着た男の人。

 そうだ、確か母を見てくれたお医者さん。部屋の前にいたのが邪魔だったか。だったらどかなきゃ。

 

「……??」

 

 道を譲る。この人が入ったら私も帰ろう。

 その時に母の顔が一瞬でも見えたらいいなと思っていたのだが、何故かその医者は不思議そうにしており、入ろうとしない。

 

「――確か、星夢さんの娘さんだよね? 会いに来たのではないのかい?」

「……今更、私が来ても。あまりにも都合が良すぎないですか?」

 

 特に知っている関係でもないのに、それでもつい弱音を吐いてしまう。

 こんなところで、この人にはどうでも良いことだろうに。

 

「……君のお母さんが目覚めたとき、最初に聞いてきたのが君のお父さんについて。そして君のことだった」

 

 その医者の一言は信じられなかった。

 確かに母は眠っていた。私が自分のエゴだけでここに来ていないのを知っているわけはない。

 けど、それでも。その言葉は今の私にどうしようもなく響いてしまう。

 

「本当に後悔しているのなら、会っていくと良い。そして謝るんだ。そうすれば、きっとやり直せる。いくらでもだ」

 

 それは医者の中では単なる助言でしかないのだろう。

 けど、それは。それで良いのか。こんな薄情なやつでも。また、やり直しても良いのだろうか。涙がこぼれる。最近、泣いてばっかりだ。

 もう迷いはない。ドアを開ける。

 そこには、そのベッドには、確かにいた。あの日から、起きることのなかったその女性。ずっと会うのは怖かった。自分が行ったら死んでしまっているのではないのかと。もうあの声を、あの笑顔を見ることは出来ないのではないのだろうかと。

 

「――誘?」

 

 こちらを呼ぶ声がする。あの頃と変わらないその優しい声。こちらをちょっと不安そうに見る顔。母さん――お母さん!

 

「――お母さん!」

 

 再会はあっという間だった。

 例えその前にどれだけの苦痛があったとしても。この瞬間は、今この瞬間だけは。あの時死ななくて良かったと。生きていて本当に良かったと思う。

 

 

 

 母とは長い時間話した気がする。先生が見てくれて、その後にたくさん話した。ここに来なかったことを謝った。生きていてくれてありがとうと心から伝えた。そして――父が死んだことも。

 母はそれを何も言わずに聞いてくれた。

 けれど、私の前で涙は見せなかった。見せてくれなかった。父が昔言っていた。私と母は似ていると。辛いことを一人で抱え込むところがよく似ていると。

 病院を去る。次は、すぐに来ると約束をして。これからは母と向き合おうと決意して。弱音を吐いてくれるように、甘やかされるだけの自分はもう終わりにすると誓って。

 家に到着する。

 その時、またあの電子音が鳴る。もう驚くことはない。慣れてしまった。このオーディションも悪くないなと思ってしまったから。

 予感がする。これが最後だと。恐らくこれが最後の舞台になると。

 けれど悔いは無い。この誘惑に乗って良かった。

 

「……行ってくるね」

 

 それは誰に誰に言ったのだろう。両親か。それとも自分にか。

 多分違う。けれど、その言葉は、最後に向かう一言には妙にしっくりきた。

 

 

 

 

「かつて目指したきらめく舞台」

 

 スポットライトが自身を照らす。言葉にするはかつての夢。

 これまで歩んだ夢の跡。

 

「外れた道を歩むとしても。届く場所は違うとしても!」

 

 それはこのオーディションの経験。

 様々にきらめく舞台少女との向き合い。

 己の心をはっきりとさせる奇跡の舞台。

 

「元聖翔音楽学園九十九期生。星夢誘! 最後に魅せよう。このきらめきを!」

 

 高らかに宣言する。正の部分も負の部分もありったけ込めて。

 己のすべてを声に込めて。最後の舞台を楽しむために。

 

 

「本日のレヴュー。開始です」

 

 

 キリンの宣誓を合図にオーディションが始まる。

 辺りを見回す。いつもなら相手も強く向かってくるのに。己が主役と言わんばかりに中心を取ろうとしてくるのに。

 

「……誘ちゃん」

 

 震えた声が聞こえる。そちらを向くと、そこにはいた。一人の少女が。自分ほどの背の大きさ。愛嬌のある顔。誰にでも優しく出来る強さを持った女の子。

 大場なながそこにいた。

 大場に近づき剣を振るう。大場はそれを二つの刀で受けようとする。お互いに向かい合う。彼女はとても、とても泣きそうな顔でこちらを見ている。

 

「――おい大場! どうしてそんなに泣きそうなんだ?」

「……えっ?」

 

 剣を受ける力が入っていない訳ではない。先日までの私を違い、どうしようもなく憤っているわけでもない。

 ただ、もう会えない存在にあったかのような存在を見た――そんな顔。嬉しくも、どこか悲しそうなその表情。

 刃を打ち合う。こちらが攻めればあちらが守る。あちらが攻めればこちらが防ぐ。

 両者均衡。まるで舞踏会で踊るかのように斬撃を紡ぐ。

 

「なあ大場! 昔よりガキっぽくなったな!」

「――そういう誘ちゃんも、随分と感情を出すね!」

「応とも! 最高に楽しいさ!」

 

 お互いに言葉を投げ合う。剣と同じぐらい遠慮無く。まったく繕わない言葉の応酬。

 大場とは特別仲が良かったわけではない。

 それなのに、まるで長年の親友のように感情をぶつけ合う。段々と、大場の顔も楽しそうに輝いてきた。

 どれくらい経っただろうか。

 もはや、お互いに相手を打ち負かすことなど気にしてはいない。

 ずっと終わらせたくない。ずっとこの楽しい舞台に幕引きたくない。そんな思いで刃を交わす。

 それは例えるなら決闘の一つ。河川敷で殴り合う青春の一幕。見ている者も滾らせ、何か感じずにはいられない。

 けれど、終わりが近づく。

 互いの体力は限界に近づき、互いに距離を取る。

 さんざん語った。刃でも、言葉でも。なら後は、最後にはその意志をお互いに見せ合うのみ――!

 息を整える。最後の一撃に全神経を注ぐ。大場は刀を一つ、鞘に仕舞い一本をこちらに向ける。あいつの本気。舞台にきらめく大場ななの最高の一撃! 

 

「「――っ!」」

 

 駆け出しは同時。ただ剣を振るう。それが最高の一撃になるという確信があった。

 交差するのはほんの一瞬。

 

「オーディション。終了です」

 

 キリンの掛け声と上掛けが空に羽ばたくのは同時だった――私の上掛けが。

 幕の下りた舞台についへたり込んでしまう。

 終わった。負けてしまった。けど、こんなにすっきりしているのは何でだろう。こんなにも。楽しかったと思えているのは何でだろう。

 

「……誘ちゃん」

「なあ大場? ――楽しかったな」

「っ! うん!」

 

 大場が手をこちらに差し出す。それを掴み、顔を見合わせる。相変わらず優しそうな顔。

 ああ、もっと早く。こんな風に手を掴めれば。あの学園でもっと素直にしていれば。

 舞台が消える。もうすぐ、こいつともお別れか。

 なら、言うべき言葉は一つ。こいつに、こいつらに伝えたいのは一つだけ。

 

「また会おうな。大場」

「――うん。うん!」

 

 これ以外にここで言うことはない。他のことは、語りたいことは外で言いたい。

 この舞台ではなく、運命に導かれ再会したときに。だからそれまではこの言葉は取っておく。

 舞台から現実に戻る。もう、ここに来ることはないだろう。この不思議ながらも楽しかった運命の舞台には。

 




 読んで下さっている方。ありがとうございます。最終幕。ばなな戦です。このばななは純那ちゃんに励ましてもらった後のばなななのでこのぐらいで。このオリキャラはひかりちゃん同じで今回だけの例外なので、再演前ならひかりちゃん並みに警戒されます。
 
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