遭遇
「ありがとうございましたー!」
大きな声が店に響く。今日何度目になるだろうか。
笑顔でお客に対応する少女──星夢誘は、今日もせっせと労働に勤しんでいた。
「──ふう」
ちょっと疲れた。もうだいぶやっているこのバイト。時給が高くて周りも悪くないこの環境にも随分と慣れてはいるのだが、三連勤目ということもあり少し眠い。
こんな調子だが、帰って大学の課題もやらなくちゃいけないのがとても辛い。
「星夢さんー! ちょっと来てー!」
店長が私を呼ぶ。一体何だろうと思い店長の元へ向かう。
何かあったんだろうか?
「あっ、星夢さん! 奥の部屋を簡単に掃除してきてくれない? これから使うんだ」
「はい」
店長に奥の部屋か。珍しい。
この店はそこまで大きくないし、予約のお客がほとんどなのでいきなり大人数を使うことは少ない。実際私も大人数であそこの部屋が使われるのを見るのは少なかったりする。
「店長。何人ぐらい来るんですか?」
「九名様だったよ」
九人。一グループにしては多いと思える。
どっかの飲み会かな? 羨ましい。こちとら飲む機会なんてあんまり無いのに。
奥の部屋に行き、簡単に掃除をしておく。まあ正直そこまで汚く無いし苦労はほとんど無い。
「──お腹減った」
つい口から漏れる。そういえば、昼におにぎり食べてから水しか体に入れてない。なんか食べたい。店長何か作ってくれないかな。
そんなことを思っていたら扉の開く音がし、同時にたくさんの人が話す声が聞こえてくる。どうやら来たらしい。……はあ、がんばろ。
「──い、いらっしゃいませ!」
意識を切り替え、お客の元へ向かう。
その面子の顔を確認できた時、一瞬固まってしまった。
何の運命のいたずらだろうか。とても見覚えのある人達。最近はテレビや雑誌でもちらちらと見る事もある面々。というか星見達だった。
「予約しておいた星見です。あの、大丈夫ですか?」
「は、はい! では、ご案内します!」
どうにか表情に出さないように席に案内する。
幸い、あっちは気づいてはいないようだ。まあ私だとわかったところでどうなのだという話だが。
どうせ出会ってしまうなら、こんなしょうもない感じではなく、もうちょっとそれらしい感じで遭遇したいし。
「双葉はん双葉はん。何がおすすめなん?」
「ちょっと! 何で隣なのよ、天堂真矢!」
「ひかりちゃん何飲むー?」
……相変わらずキャラの濃い奴らだ。石動にべったりな花柳とか、いちいち天堂に一言言う西條とか。
こいつらを見ていると、なんだか昔を思い出す。聖翔にいたあの一年間を。
少しだけ感傷に浸りながら、オーダーを取りキッチンへ戻る。
キッチンでは他に客がいないからか、店長ともう一人のバイトの先輩が作業をしながら話していた。
「店長。お願いします」
「ありがと。……何かあった?」
オーダーを受け取った店長が唐突に聞いてくる。
「──えっと?」
「ああごめんね。星夢さん、いつもより優しい目をしていたから」
そう言って店長が作業を開始するため離れる。
そうか。顔に出ていたか。確かに思う所はあったのだが、まさか顔に出ているとは。まったく、元舞台少女が聞いて呆れる。
「ねえ星夢さん! あの中に天堂真矢いたんだけど! サインとかくれたりしないかな?」
「……あっちもプライベートなんですから辞めといた方が良いですよ」
「そっかー。まあしょうがないかー!」
先輩がサインをほしそうにしていたのでやんわりと止める。そういえばこの先輩割とミーハーなところがあったな。
まあたぶん天堂達なら書いてくれそうな気もするが、今日は諦めてほしい。私のために。
「あれあれ? そういえば、さっきから元気ないね? もしかして、知り合いだったり?」
「……まあ」
何度か行き来した頃。先輩があいつらについて聞いてくるのを適当に流す。いろいろと大雑把な人なのにこういうとき妙に察しが良いのは何故なんだろうか。
まあごまかすのも面倒くさいので、手を動かしながら軽く説明する。
昔通っていた学校のクラスメイトだったこと。訳ありで辞めて、それ以来会ってないことぐらいだが。
いつもはからかってくる先輩も何でか静かに聞いてくれたのでつい話してしまった。バイト中なのに。
「そっか。いろいろあったんだね。……話してこないの?」
「今はバイト中ですよ先輩。……それに、あっちもせっかくの飲み会でしょうしね」
話を切り上げ、用意できた品を部屋に持って行く。
先輩には悪いが今日は本当に会う気はしなかった。……まあ眼鏡もしてるし特に気づかれる事も無いだろう。多分。
「失礼します」
一言掛けて部屋に入る。お酒や食べ物もだいぶ進んでいるようで、その部屋はなかなかにカオスな状態になっていた。
知らない黒髪や星見と饒舌に語り合っている天堂。意外にも酔っているように見える石動の話しを少し苦笑いで聞いている西條や露崎。割とお酒に強い方なのか、一番普通に話す愛城と大場と花柳。
正直見てられないのでテーブルに品を素早く置き退室しようとする。昔の知り合いとか関係なくこの酔っ払いどものに絡まれるのは勘弁したい。
部屋から出ようと腰を上げると、何処からか視線を感じたのでそっちをちらっと見てみる。
見ていたのは黒髪の女性。名前は何だったか忘れたが聖翔祭で二年連続
特徴的な髪飾りを付けたその女はこちらをじっと見てくる。こいつと私は会った事なんて無いはず。なんだ一体、私の顔に何か付いているか。
「……ええっと。どうされました?」
「……どこかで会ったことありますか?」
そう聞かれた時心臓がどきっと鳴った気がした。こいつとは会ったことがないはずなの、に……。あっ。
思い当たることが少し浮かんだ。一つは第百回聖翔祭の時の大福。そしてもうひとつは──。
「……もしかしてですが、だいぶ前に道端でスタァライトやっていましたよね?」
「──!! はい。じゃああの時合わせてくれた人ですか?」
「ええ。お久しぶりですね」
なるほど、あの時のカンパ少女だったか。それなら思い当たることもある。まさかこいつだったとは。世界は狭いな。
いつぞやのクリスマス前。ちょうど短気のアルバイトの帰りだったか。道端で一人で劇を始めたそのインパクトと圧倒的なクオリティは未だに覚えている。それを見ている内についやりたくなってしまい、少しだけやらしてもらったんだったか。
「やっぱり。……あの時はありがとうございました。とっても上手でした。お姉さんのフローラ」
「……そう言ってもらえると嬉しいです。……それと、お姉さんはやめてください。多分同い年なので」
「えっ?」
軽く礼をして部屋を出る。なんか余計なことを言った気がするがまあ酔っ払いにだし問題無いだろう。
それに思い出した。あの少女は前に雑誌で見た神楽ひかりだ。天堂真矢と同じぐらいには注目されている話題の女優。そんな少女と一緒にスタァライトが出来たのか。少し嬉しい。
次第に注文のペースも落ち、あちらに行くことも少なくなった。そろそろあいつらも帰るだろうか。まだ閉店時間までには時間があるためどっちでも良いが。
少し考えていたらなんだかトイレに行きたくなっていた。
「店長。トイレ行ってきます」
「わかった! もうやることもないしゆっくりで良いよ」
店長に一言伝えてからトイレに行く。用を済ませ、手を洗い戻ろうとすると二人の少女と鉢合ってしまう。神楽と西條だ。
「あっ。さっきの人」
「……失礼します」
「あっ。──待ってください」
少しだけ急いでその場を離れようとすると、神楽に引き留められる。何で止めたかわからなさそうにしている西條に構わず神楽は言葉を続ける。
「ちょっとひかり。知り合いなの?」
「うん。あの。……あの日以外でも、会ったことありませんか?」
「……たぶん無いと思いますよ」
とりあえずごまかしておく。別に、神楽だけならばれても構わないと思っている。別に聖翔で一緒にいたわけでもなく気まずいわけでもない。
けれども、この場には西條もいる。見た感じそこまで酔っていない彼女に何か感づかれたらちょっと面倒だ。
「ちょっと待って。……確か、学校で」
「学校? 学校って聖翔?」
やばい。段々と思い出してきているぞ。このままでは大福を差し入れたのは私だとばれる。
そこで終われば良いのだが、連鎖的にばれてしまうかも知れない──そうだ。聖翔祭を見に行ったから知っているのだということにしておこう。そうしよう。
「──思い出した。あの時の大福の──」
「あっ星夢さーん。店長がまかない作ってくれたってー。って、お取り込み中でした?」
神楽の閃きにかぶせて先輩が何か言ってくる。
一瞬、カラスの鳴き声が聞こえてきそうになるぐらい場が固まる。それぞれが違う理由で少し気まずい思いをしているであろうがそんなことは関係ない。
「ほしゆめ? って誘!?」
「……どうもです。西條さん」
西條がこっちを驚いたように見てくる。いきなりばれたのが脳で処理しきれなかったのか、思わず敬語で返してしまう。
「? 知り合い?」
「あー。ごめん星夢さん。先戻っているね!」
あまりよくわかっていない神楽とはと違い、何となく気まずくなったのか逃げるようにこの場を去る先輩。……あとで文句言ってやろう。
「Ca fait longtemps! 誘。何してるの?」
「何ってバイトだよ。バイト」
西條が聞いてくるので適当に返す。相変わらずのフランス語は前と変わらず、何言ってるのかわかんないけど。
「……あれ? 知り合い?」
「ああっ。ひかりは知らないわよね。元クラスメイトよ。誘、こっちは──」
「知ってるよ。神楽ひかりってんだろ? 大方、私が辞めた後に入った生徒ってとこだろ?」
少し戸惑う神楽に西條が軽く説明する。
「ええ。知ってたの?」
「雑誌とかで見たことあるし。それに──」
「聖翔祭で大福くれた人。……違った?」
「──なんだ。覚えてたのか」
西條と話してると、神楽がようやく思い出したのかこちらに確認を取ってくる。
ばれてしまいもう隠す意味もないので否定はしない。
「大福……? なんの話?」
「聖翔祭で大福の差し入れくれた人」
「大福……? それって百回目の?」
「うん」
西條に言う神楽。ばれてもいい。ばれてもいいんだが、隠していたのでちょっとむず痒い。
「……ねえ。ちょっと聞いても──」
「悪い西條。もう仕事戻んなきゃ」
何か聞きたそうな西條から逃げるようにその場を去る。西條は今の私をどんな風に見ているか。
なんと情けないことか。別に逃げなくてもいいのに。逃げる必要なんてないのに。
早足でキッチンへ戻ると、店長が何かを作っている──先輩の姿が見えないのは品物でも運んでいるのだろう。
「……何かあった? さっき鏑木さんがちょっと変な顔してたけど」
「……名前呼ばれてばれました」
「ああっ。なるほどね」
店長に話すと少し納得したようにうなづかれる。
「──ねえ星夢さん。本当に、いいのかい?」
店長のその言葉に心が揺れる。先程までは何ともなかったのに。会わないと決意していたのにだ。
確かに、この機会を逃せばもう逢えないという予感はする。けど、だからといって今此処で会うのもとは思う。
「もし、もし悩んでいるのなら。取り敢えず話してみるっていうのも良いと思うよ。今日はもう上がっても大丈夫だしね」
「……いいんですか?」
「良いんだよ。今日はもう、予約入ってないしね。それに、星夢さんにはとっても助けてもらってるからね。今日ぐらい大丈夫さ」
店長が優しく笑いながら言う。そんな風に言ってもらえるなんて。
やっぱり私は人に恵まれている。それだけは、あの時から変わらない。
「戻りましたー!」
「ほら、こっちは大丈夫だから。これ持っていくついでだと思ってね。……だめだったら戻ってきたって良いんだし」
悩んでいる私の背中を押すように出来た品を運ぶように言ってくる店長。
会う会わないは今は問題じゃない。ただ少し、少しだけ話したい。そんな気持ちが浮かんでくる。
ゆっくり向かっていたのにいつの間にか部屋の前まで到着する。一瞬。かつて母の病室に入る前の様な緊張を感じたが、あの時ほどではない。
「──失礼します」
扉を開け、素早く品物をテーブルに置く。さて、なんて言おうか。
思考がぐるぐると加速していく。悩むことでもないはずなのに。もうこのまま出てしまうか。
いやだめだ。それではあの頃と何も変わらない。たまには、私も踏み出さないと。まあとりあえずだ。
「──西條。さっきなんか聞きたいことあったのか?」
「……あったけど。仕事はいいのかしら?」
「今日はもう上がり。ゆっくり話してきたらってさ」
若干眠そうな天堂に寄りかかられている西條に声を掛ける。ちょうど一人で飲んだいたのだろう。とりあえずこいつが聞きたいことについて答えるのがいいか。
「そう。じゃあ聞くけど。なんで辞めたの?」
西條が直球ストレートで聞いてくる。酒も入っているからだろうか。いや、この少女はアルコールがなくても変わらないだろう。
「……家族事だよ。酒がまずくなるやつ」
「……そう。それだけ聞ければ十分よ」
西條は納得した表情で酒に口を付ける。こういう所を踏み込まないのはコイツの優しさだろうか。きっとそうだろう。
少し、少しずつだが会話も進む。辞めてからのこと。あのキリンのレヴューについて。他にもいろいろ。
不思議な感じだ。学校では西條とこんなに話すことはなかったはずなのに。そこまで違和感を感じない。
「──へえ。あの大福。やっぱりあんただったの」
「ああ。でもやっぱりって?」
「真矢と香子がそうなんじゃないかって。少し話してたのよ」
西條に寄りかかりながら寝かけている天堂をに目を向ける。そうか。そういえばこいつらには大福をあげたこともあったっけ。懐かしい。
「あれ? クロちゃん誰と話してるの?」
「バイトの娘よ。ねえ誘」
「……よお愛城」
愛城がこちらに気づいたのかグラスを持ちながら会話にはいってくる。見た感じこいつはまだちょっと寄ってる程度らしい。こいつ酒強いのか。意外だ。
「誘ちゃん……? あー! 星夢さんだー!」
愛城は大げさに驚く。正直こいつとは露崎並にあまり絡まなかったのに妙に距離感が近い。まあ、こいつに遠ざかられるとそれはそれで傷つくのだが。
「うわー! 久しぶりだねー! って、なんでお店の格好?」
「バイトだよ。お前は何も変わらないな」
「いやー。それほどでもー」
別に褒めてないのに嬉しがる愛城。本当にこいつだけは変わっていない気がする。他の連中は少し大人びていた様に見えるのに。
「懐かしいねー! そうだ! ひかりちゃん紹介するね!」
「呼んだ華恋……ってあれ? ……大福の星夢さん?」
「おうあってる。けど、大福付けなくて良いからな」
「わかった」
チーズをつまみながらこちらを見る神楽に言葉を返す。大福の人で合ってはいるのだがいつまでもそう呼ばれるのもなんかと思う。
「ちょっと華恋聞いてよ、って……うそっ。星夢さん?」
「……久しぶり。星見」
星見がこちらに気づいたのか信じられない物を見ているかのような目で見てくる。
それに釣られてか。それともこちらに人が集まって来たのもあり目立っていたのか、別で話していた奴らや寝ていた天堂も目をこすりながら目を覚ましこっちを見てくる。超気まずい。
「……ええ。久しぶりね。……元気だった?」
「……ああ。ピンピンしてるよ」
星見がゆっくりと、ゆっくりと聞いてくる。何かを噛みしめるような、何かを思い出すように。
「──本当に、久しぶり」
少し大きな声で、見ているみんなに聞こえるように言う。
何年ぶりかの再会。
酒を飲んでいるわけでもないのに感情が抑えられない。
その後について特に語ることはないだろう。
例えどれだけありふれた再会でも。どれだけ平凡な出会いでも。
この巡り会いは決して、間違いではないのだろうから。
ただまあ、最後に言えるのは。
後日、その時撮った写真に写っていたのは皆の笑顔。
そこには当然、不器用ながらに笑顔を見せる一人の少女もいたということだけである。
読んでくださった方ありがとうございます。