──意識が定まっていくのがわかる。より鋭く、より一点に。
胸を支配するのは焦りと昂り。手には力が入って仕方ない。
やっと、やっとここまで来たんだ。あと少し。あと少しで終われるんだ。
そう念じながら目の前の脅威に向き合う。
無数に蔓延る害畜ども。それら全てが己一人に襲いかかってくる。
だが、恐れることは何もない。逃げるなんて思いつかない。
理屈なんて関係ない。今この胸に溢れているのは未来を掴み取るという決意のみ。
──決着はすぐそこに。果たして──。
「はーっ。……はあーっ」
街中のベンチにてアイス片手にへこたれる少女が一人。私だ。
先程から溜息が漏れてきりがない。わかっていても止まらない。止める気もない。
この活気に満ちた街中でこんなにも後ろ向きな人間はそういないだろう。少なくともそう自負できるぐらいにはマイナス気分だ。
早起きは三文の徳と誰かが言った気がするが、生憎私には縁もゆかりもない話であったらしい。
「……欲しかったなー。でかスズタル」
取り逃がした品は非常に大きかった。
そもそも私は朝など得意ではない。ベッドに沈み、健やかなる睡眠を貪る時間だと私は考えている。これを覆すに足る理由など舞台関係のことでしかないはずだったのだ。
──しかし例外はあった。あっさり見つかった。
始まりはクラスメイトのお世話役が持っていたチラシ。たまたま見えたそれに記されていたのはとある大会の宣伝。
それだけなら別になんでもない。──ないのだが、その景品が問題だった。
もこもこスズタルキャット。ベットに一つ欲しいぐらいの大きさの抱き枕が優勝景品とされていたのを見た瞬間、私の情熱が燃え盛ったのだ。
──まあ結果は只今のメンタルに比例した残念な始末に終わったのだが。優勝じゃなければ意味などないのだっ!
そんなこんなで絶賛落ち込み中であるのだが、いつまでも座っているわけにもいかないのが辛い。
時間はおおよそ十時三十分。午前中だけで終わってしまう大会もどうかと思うのだが、終わってしまったのだからどうしようもない。
……何しようかなー。買い物しようにもそこまでお金はないしなー。
ペロペロと大福味のアイスを舐めながら雑に思考を進めていたちょうどその時である。ポケットが震えたのは。
(誰だー?)
日頃使うことが限りなく少ない通信端末が動いたのに驚きながら画面を見る。父さんも母さんも休みなので家で寛いでいると言っていたから思い当たりがない。
「……星見?」
液晶に表示された無料会話アプリのアイコンの下に書かれていたのは我がクラスの委員長こと星見純那であった。
業務連絡は面と向かって言ってくることが多い彼女だが一体──?
「──あんっ?」
その文は私にとってはそこまで気にすることのない内容ではあった。事実、彼女は無理はしなくていいと気を使ってくれていた。
だがまあ、丁度予定がなくて暇だったところだ。日頃お世話になっている彼女のために休日を使うのも悪くない。
そうと決まると、とっとと腰を上げ歩き始める。
目的地は一つ。──いざかまく、いや違った。いざ寮へ。
馴染みの薄い住宅街を歩き回り、ようやく寮が見えてきた。
私はここ使ってないから道に迷いかけた。興味本位で一回は来たこともあった気がするが、入学したての時期だったので記憶にはもうないのか辛かった。
……どうでもいいか。本題はそこじゃないし。
入り口近くに付けられているボタンを押す。それなりに大きい建物なので誰が出てくるか少し緊張する。
少し待っていると扉が開く。中から出てきたのは意外な──厳密に言うなら出てくるのが意外と言う意味だが──人物。花柳香子が普段の強気をまるで感じさせないおどおどさを発揮しながら姿を見せた。
「は、はいぃ。どちらさまでぇ……っていざなはんかい。どないしたん?」
「見舞い。愛城が風邪引いたって聞いてな。ここに花柳しか残んないって聞いて見に来たんだよ」
「ふーん。そらご苦労なことやな。ま、上がったらどうや?」
花柳に言われ中に入る。手入れの行き届いた綺麗な寮だ。全員で掃除とかしているのか。もしそうなら凄いな。
「……そういえば大場は? 誰かが風邪で家を開けるイメージはあんまない奴だけど」
「買い物に行きましたわ」
「そか」
階段を登りながら質問をするがどうやら大場はいないようだ。まあいればこのザ・お嬢様が玄関まででてくるなんてないか。
適当に納得しながら壁に愛城、神楽、露崎と書かれた部屋まで歩く。……三人部屋なのか。見たところ他は二人なのに仲良いこって。
「華恋はん入るでー」
まるで意味の無い声かけと同時にドアを開けると、中にはいかにもと寛いでいますといった風に寝転んでいる愛城が眼に入った。
「香子ちゃん誰だったー……って南雲さん!?」
「おーおー随分と元気そうだな愛城。まるで休日のリーマンじゃねえか」
こちらに驚く愛城の近くに買ってきた飲み物を置く。
星見のやつがわざわざ私に連絡してくるからどんくらい酷いことになってるのかと思えば全然たいしたことなくて安心した。やっぱバカは元気が一番だしな。
「華恋はんったらまひるはんが出かけた瞬間にはぴんぴんしてはってなぁ。そらもうリード放された犬みたいやったわぁ」
「はーん。愛城もたまにはお世話役がいない時間が恋しくなるのか」
「誤解だよ! とってもビッグに誤解される言い方だよ香子ちゃん!! 薬飲んでさっき起きたところだから元気なんだよ南雲さん!!」
誤解を解こうとしてくる愛城だがそんなことは別にわかっているし、このままにした方が面白いのでそのままにしておく。
あー楽しい。愛城ほどからかいがいがあるやつはそうはいない。少なくとも私の記憶では昔の知り合いに二人ほどいた程度である。……もう随分と会ってないけど元気にやっているのか。二人とも演技の才があったから案外他の学校で続けている気がするが。
「……そういや神楽が来てからもう大分経ったよな」
「そうやなぁ。……最初の華恋はんのはしゃぎようは今でも覚えてるわぁ」
「そ、そんなにはしゃいでた?」
「そりゃもう。ようやく昼休みに入ったって時と同じぐらい」
事実、冗談じゃなくすごかったのは覚えている。
基本授業は睡眠時間であると態度で宣言しているようなやつが、神楽の姿を見た瞬間からもうぴょんぴょんしていたのだからそりゃ記憶に残りもする。
「思えばあの時ぐらいからか? お前らや天堂達がなんかこそこそやってたのって」
「え、え?」
「いやなに。星見や愛城なんかを見てりゃわかったさ。いつぞやに家庭科室借りて皆で鍋やったっつうのも聞いたしなぁ」
そんな話を聞いたときに大分衝撃が走ったのは記憶に新しい。
だってこいつらや天堂って特別仲が良いとかではなかったし。それが鍋パとか一瞬我が耳を疑ってしまったほどだ。
……まあ、そんくらい仲が良くなってくれれば百回目の聖翔祭もより成功するだろうしいい事ではあるが。
そんな風に緩い感じで雑談を続けていた時、どこからかぐるぐると獣が唸ったような音が部屋に響いた。
「何や華恋はん。お腹減ったん?」
「そういえば朝はそんなに食べれなかったからなー。……あっ、でもグッド! 丁度良い時間帯だよ?」
そう言われたので時計を見てみる。デジタル式の置き時計には十二時をとっくに過ぎていてもうすぐ一次になるそうな時間であった。
……もうそんな時間か。あんま長居しても仕方が無いし、とっととお暇しますかね。
「んじゃ、そろそろかえ──」
「お昼どうしよう? ばななが買い物行っちゃってるってことは冷蔵庫も空っぽってことだよねぇ」
……大場に頼りすぎではないだろうか。
私は共同生活とかしたことはないからわからないけど、一人の生徒が厨房の支配権を握っているのはどうかと思う。学校でも大場以外が料理してる話とかそんなに聞かないし。
そんなことを考えていると隣の花柳がなにやら隣でぼそぼそ呟いているのが目に映った。
「……出前取ったで」
「デマエ!?」
……寮生活の癖して個人で出前取るのか。相変わらずの金持ち加減だ。石動がいなければ凡人の破算一直線コース分ぐらいまではぽんと金をしまいそうで怖いなこいつ。……だから石動も保護欲をそそられるんだろうなぁ。
……ま、特に関係ないし帰りますかね。私も立ち食いそばでも寄っていこうか──。
「そろそろ帰るよ。私も昼ご飯食わなきゃだし」
「えー! もう帰っちゃうのー!」
「何やいざなはん。特上寿司食べていかんの?」
「いや、さすがに奢られるのはわる──」
「もう頼んでしもうたのに帰られても困るわぁ。そ、それともお寿司嫌いやった?」
……何で私の分も頼んでるんだコイツ。そしてどうしてそっちが不安そうに聞いてくるんだ。
……ああっ。相変わらず変な所で甘いやつだよなぁ。いや、それがコイツの優しさなんだろうきっと。
じゃあせっかくだし頂いていこうかね。特上だし。
「……好きすぎてお前らの分がなくなっちまうぞ?」
「一番でっかいの頼んどるし大丈夫やろ。余ってももったいないしなぁ」
「……ならいただくよ。さんきゅうな」
我ながら良いクラスメイトを持ったものだ。そう思える瞬間であった。
あっ、始めて食べた特上寿司はとってもとっても美味しかったです。
お久しぶりです。他の作品が止まっているので息抜きに書いています。
この作品は完結となっていますが何か書きたくなったらたまに書きます。
ソシャゲも一応まだ本編は追っているので転校したパターンで書いてみたい気持ちもあります。まあその場合は凜明館とフロンティアのどっちかですが。