落第生の舞台   作:ゴマ醤油

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第二劇 
再起


 ──物語には必ず派生が存在する。

 より良い結末にしたい、あのキャラの活躍が見たいなど人の願いの数だけ存在していると言って過言ではないだろう。

 

「──わかります」

 

 誰もいないはずの舞台。

 とある二人の少女を中心に展開された運命の舞台の名残。

 一旦の役目を終え、次が始まるまでライト一つ付くことのないその空間で誰かが音を発する。

 

「わかります。このまま終わるには少し惜しい存在だということが」

 

 ──それは黄黒の獣。長い首が特徴的な生き物。

 本来人の言葉など縁もない存在。動物園で見るぐらいにしか機会のない動物。

 奇妙な点は数知れず。あまりにも浮いたその存在がただ一点を眺めながら呟く。

 

「星夢誘。彼女のあのキラめき」

 

 麒麟は想いを馳せる。

 あの時、二人目の例外として呼び寄せられた少女。

 レヴューのたびに己を擦り減らしていた哀れな少女。彼女が最後に放っていた眩いほどの輝き。

 

 あの愛城華恋と何ら遜色ない光を舞台から離れさせるのは惜しい。

 あの娘のキラめきをもっと見たい。もっと舞台を熱くして欲しい。それは観客(みるもの)として当然の感情だった。

 

 運命が捻じ曲がる。

 まるで台本が入れ替わったかのようにそれは違う方向にずれていく。

 こうなればもう後は進むだけの一方通行。

 

 賽は投げられた。後は演者を観覧席から眺めるだけ。

 舞台少女達よ。観る者を滾らせ、心を揺らすことに全てをかけた少女達よ。

 

「──わかります」

 

 どうか、誰も予想できないナマモノを。

 ──運命の舞台を。どうか、我が目に。

 

 

 

 

 

 季節は梅雨。夏の暑さと雨の湿っぽさが大変人を苦しめる地獄に近い季節。

 そんな人に適さない気温の中、子供ですら学校に行くであろう時眼帯に、とある少女か公園のベンチで溶けるように腰を下ろしていた。

 

 彼女の名は星夢誘。年は十六。ただ今ニート一歩手前の残念少女。

 先日聖翔音楽学園という名門校を辞めた、所謂中退生というやつである。

 

「──はーあっ」

 

 余りのやる気のなさに自分でも驚いている。

 いつまでもこのままでいるわけにもいかないのは分かっている。せっかく母も退院したのに、未だ通う学校が決まらないこの状況が不味いのも分かっている。

 

 一応の縁がありライブハウスのバイトはしているが、あくまでもバイト。働く気がないのなら早い所学生に戻らなくてはという危機感はある。

 

 しかしどうにもやる気が起きない。編入試験の勉強もあんまり身が入っているとは言い難い。

 

「……はあっ」

 

 その溜息の理由は分かってはいるのだ。

 どうやら私の心は、未だに舞台の道を諦められてはいないのだ。

 

 舞台の上で感じる高揚感、一つの作品を仲間と共に創り上げる達成感。

 舞台上で感じた全てを、自身の夢を無我夢中で追っていたほんの二〜三ヶ月前が随分と懐かしい。

 

 情けないことだ。あのよく分からないキリンのオーディションでようやく現実と向き合えた気がするのに。

 何かを諦めて生きていく。それが大人になることなんだろうか。

 

 顔だけ上を向き空を眺める。

 最近雨が続いたというのに綺麗な青空。梅雨にこんなに晴れ渡っているのを見るのは珍しい。

 もっとも、今の私の現状と正反対のすっきりさで嫌になるのだが。

 

「……まあ、くよくよしてても仕方がないか」

 

 そろそろ帰ろう。そう思いベンチから立ち上がる。

 今日はバイトもないし大福でも買ってこうかなと考えていた時だった。

 

 こちらを見る一人の人物が目に入る。

 昼間の公園にいるには違和感のある格好をしたその人物が、何でか私をじっと見てきている。

 

 例えばだが、聖翔の教師でもしてそうな雰囲気を出しているその人物。私の人生内においてまったくもって記憶にないのだが、一体──? 

 

「星夢誘だな?」

「……そうですが、誰ですか?」

 

 いきなり名前を当てられてつい返事をしてしまったが、これはまずいのではないのだろうか。

 冷たい汗が湧き出てくる。こんな元学年主任並みに威圧感のある人に名前を知られているのは非常に怖い。

 

「私は八雲響子。青嵐総合芸術院、舞台科の教師よ」

 

 八雲と名乗った女性からは意外な単語が聞こえた。

 青嵐総合芸術院。それは舞台の道を志した者としては知らないはずのない名前の一つ。

 

 私が進路を決める際、三つの候補があった。

 聖翔音楽学園、シークフェルト音楽学院、そして今出た青嵐の三校。

 そのどれもが高い実力を示す名門校として知られている。

 私はスタァライトをやりたかったから聖翔に入ったが、何がが違えば通っていたかもしれない場所。

 

「……青い嵐の学校さんが、一体何のようで?」

 

 とりあえず気になったことを聞いてみることにする。

 他校からの引き抜きとかなら分からなくもないが、私は今聖翔にすら通っていない残念ガール。

 制服すら着ていない私をわざわざ探しにくるなんて意味がわからないにもほどがある。

 

「そうだな。あの学校を去った君にこう時間を設けるのは、確かに可笑しいと感じるだろう」

「……ええ、まあ」

「端的に言ってスカウト。つまり、我が青嵐への勧誘だよ」

 

 勧誘? つまりどうゆうことだろうか。

 はたから見たら二年で挫折した哀れな学生である私を誘うとは。青嵐は噂に聞く凛名館ほどに潰れる機危機でもあるのだろうか。

 

「私には目的がある。君にはそれに協力してほしい」

「……具体的には?」

「キリンのオーディション。それを使うのさ」

 

 キリン? あの謎の舞台を利用する? 

 あの非科学じみた空間をどうやって使うというのか。

 

「学費は問題ない。重要なのは君の意志一つだ。どう?」

 

 その問いかけはとても魅力的だ。

 舞台に戻れる。丁度悩んでいた時に、そう蜜を垂らされたら即決で食いつきたくなってしまう。

 

 だが良いのだろうか。

 一度は離れることを決めた私が、戻っても良いのだろうか。

 

「言っておくが青嵐に来たからといって、君が中心になるわけではない。私はチャンスをあげるだけだ。断るのなら、それで良いと思っているよ」

 

 それはそうだろう。

 彼女にとって私はただの駒。いなければそれでも良いのだろうと理解できる。

 

 一度、目を瞑り思い出す。あの頃の情景を。

 私が何よりも好きでしょうがなかったあのステージを。

 

 なんだ。悩むことなんてないじゃないか。

 せっかくの申し出だ。学費の心配もないというのなら受けようじゃないか。

 

「受けます」

「迷いがないね」

「好きですから。舞台が」

 

 意外そうな顔をしている彼女。これからをあっさりと決めた私にどこか思うところがあるのだろうか。

 結局、私は舞台少女を辞めることは出来ないのだろう。この燃え盛る情熱を全部吸い尽くされないと降りることは無理なのだ。

 

「──そう。なら、付いてきて」

 

 そう言う彼女の後ろを歩く。

 未来なんて知らない。どうなるかなんて考えられない。

 

 今の私が思うことは一つ。

 舞台に上がる。それだけ、それだけで充分である。

 

 公園を出る。空は変わらず快晴のまま。

 けれどもどうしてか、先程よりも鮮やかに感じていた。

 

 

 

 

 そうして物語は再び動き始める。

 彼女は青嵐に入り、青の嵐の一人となって舞台の道を歩む。

 

 その道でかつての学び舎が絡むのはそのしばらく先のこと。

 運命の女神達と青い嵐が激突するのは、もう少し後の話である。




お久しぶりです。
今更ですが、再演を見た記念に書いちゃいました。設定としてはアニメと舞台を混ぜた感じです。
続くかは知りません。読む人がいたら考えます。
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