落第生の舞台   作:ゴマ醤油

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きっかけ

 ──その物語は二人の少女の運命。遠く近い、未来でも過去でもある一つの星の物語。

 記憶を無くした少女の片割れ。失った過去を取り戻すため、魔女の住む塔へ向かい苦難を乗り越えるというありふれた話。

 

『小さな星を摘んだなら、あなたは小さな幸せを手に入れる。大きな星を摘んだなら、あなたは大きな富を手に入れる』

 

 一度はその星の輝きに呑まれ取りこぼす運命。そうして叶わずして終わる悲しみの劇場。

 そこで終わるのが多くの者が知っている結末。どこにでもあるありふれた悲劇の物語。

 

 

「──すげぇ」

 

 

 だからこそ、その知らない世界に──誰にも予想の付かない未知に魅了されてしまった。

 悲劇を喜劇に。バッドエンドをハッピーエンドに。絶望を希望に。そんな単純で、何よりも難しい理想をまざまざと見せつけられた。

 

 一度は己を焼き尽くした星の輝きさえも輝かしい希望の象徴に成り代わった未知の舞台。思わず強く握りしめたその手が私の気持ちを代弁しているようだ。

 

「こんなことって……。あのスタァライトを九人で演じるなんて……」

「氷雨、泣いてたよねー」

 

 後ろで歩きながら感嘆を抑えきれない二人。気持ちは十二分に理解できるが、南風も穂波もいつも以上にうるさくて鬱陶しい。子供かこいつら。

 

「……声が大きい」

 

 どうやら同じ事を思っていたらしく、隣から少し煩わしそうに目を向ける天才様。

 だが持っているパンフレットで口元を隠すその姿は、一番感情を抑えつけているようにさえ見て取れる。まったく……不器用なことで。

 

「さすがの柳もごまかしきれてねーな。それは相当に気に入ったらしい」

「……そういう星夢さんも、手に力が入りっぱなしですよ」

 

 ……人に興味などなさそうなのによく見ていらっしゃること。

 いや、私が抑えきれないだけか。かつての同胞達のあんな華々しい舞台を見せつけられて、黙ってられるほど舞台少女を辞めてないのだ。

 

「私たちもスタァライトやりたぁぁい!!」

「……そうは言っても、うちで演じきれるのなんてここにいる四人ぐらいですし……」

 

 穂波の言い分はもっともだ。如何に青嵐の芸術科は優れているとはいえ、日本最高峰の聖翔に比べると層の厚さ光る原石も少ない。メインキャラを九人で構成するとして、残念ながら一部を強調させるだけの陳腐な舞台に成り果てるリスクの方が大きい。

 

 それでもいいと妥協できるなら、残念ながら私は舞台の道になんか戻ってきてはいない。中途半端な劇を作るのは、誰もが損をする悲劇でしかないのだから。

 

「人数だけの問題かしら。……星夢さん」

「ん?」

「……いいえ。なんでもないわ」

 

 ……一人で悩む天才様は、また違った観点をお持ちのようで。

 生憎私には心なんて読めないし、その深い思考を見透かすなんてできっこないのだ。

 

「そうよね〜。悔しいよね~」

「……八雲先生」

 

 そんな思考を置いてくように、前方から飄々とした態度で歩いてきた八雲先生が軽い笑いを見せながら話しかけてくる。

 

「実力なら、負けてないと思います」

「そお? なら、見極めてあげようじゃない」

 

 馬鹿の片割れこと氷雨の啖呵を予想していたかのように次の言葉を口にする八雲先生。

 見極める? またかったるい試練でも課すつもりなのだろうか。

 

「どうやってです? また特別試験でも出すんで?」

「もっとわかりやすく面白い、聞くだけで夜も眠れなくなりそうなイベントよ」

 

 私たちを追い越し先を歩くその背中。そこからですら感じられるくらいには、いつもよりも自信のある態度だ。

 

「聖翔の走蛇先生と話をつけてきた。喜べ誘、懐かしき古巣に修行の旅だ」

 

 それを噛み砕くのには少しばかり間を取られてしまった。

 聖翔? 修行の旅? ……ああなるほど、つまりはそういうことか。

 

「決行は一週間後。やるべきことは一つ。とってもシンプルで単純なこと」

「八雲先生。一体何のことでしょうか?」

 

 私は何となく察しは付いた。しかし未だピンと来ていないと表情に出ていた三人だが、柳が八雲先生に詳しい説明を求める。

 

「交流プログラムよ。あの素晴らしき、聖翔音楽学園とね」

 

 次に出てきた言葉は予想通り。一言で表わすのならそれで十分の回答だ。

 ああ、懐かしい。最早舞台を挟むだけの遠い関係であったあいつら。それが再び交差することになろうとは思いもしなかった。

 

「……星夢さん?」

「──ははっ」

 

 変なものを見るかのようにこちらに視線を向けてきた柳。けれど、今溢れているこの激情の一端は、とても抑えようとは思えなかった。

 例えどんな形になるとしてもあいつらと舞台でぶつかり合える。その興奮は私にとって零れるくらいには、大きいものらしい。

 

 ──嗚呼楽しみ。本当に、待ち遠しいことだ。

 

 

 

 




  

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