目が覚める。体がわずかに痛い。慣れない場所で寝てしまったからだろうか。
けれど、自分が何処で寝たのか覚えていない。
辺りを見てみると、どこかもわからない汚い部屋だった。
ここは一体? 私は何を──?
「──そうだ。キリン」
まだ回りきっていない頭でも思い出せた鮮明な記憶。恐らくは夢だろうに妙に記憶に焼き付いている。私はあまり夢を見ないのに。見てもすぐに忘れてしまうのに。
まあとりあえずはいい。肝心なのは一つだけ。私が死に損ねてしまったこと、ただそれだけ。
(……どうしよ?)
脳を強引に回し思考を深めていく。これからどうすればいいか。また昨日の場所に戻って地面に飛び込むか。いや、とりあえず今は気分ではない。
じゃあどうする。まあ、やることなんて、やりたいことなんて今はないのだが。
いろいろ考えていると、どこからか音が鳴る。一瞬驚いたがなんてことは無い。自分のお腹の音であった。
「……とりあえず、なんか食いに行くか」
細かいことを考えても仕方が無い。部屋から出ればここがどこかなんてわかるだろうし。
とりあえず部屋を出ようと立ち上がり、扉を開ける。特に鍵もかかっていることもなくあっさりと部屋から出る。
すると、昨日見た階段があった。
なるほど、あの建物の中だったのか。なら、こんな汚いのも納得だ。
でも、一体どうやってこの部屋まで来たのだろうか。キリンか、キリンが運んだのか。……いや、多分違うだろう。そもそもあれは夢だろうし。
建物を出る。ここは当面の隠れ家にでもするので覚えておく。人生やめたくなったらこの上からジャンプすれば良いんだし。
そう気楽に考えながら、外に隠していた自身のバイクに向かい、それで適当に走る。少し走り、牛丼屋さんが見えたのでそこに停まる。
お腹が減った。なんでも良いしここで食べよう。
建物に入り、牛丼を頼み食べる。美味しい。まともな食事を食べるのもいつ以来か。あの日から、あまり食べなくなっていたのに。食べたくないと思っていたのに。
あっという間に食べ終わる。腹はふくれた。さて、どうしたものか。
とりあえず財布を確認する。残っているのがおおよそ三万。自身の口座も持っていないのでこれが全財産である。
あまりの少なさに情けなくなるが、まあどうでもいい。どうせあまり意味なんて無いんだから。
「……レヴュー」
ふと言葉が漏れる。あのキリンが言った言葉。運命の舞台がどうとかこうとか。
受けると安請け合いしてしまったが、正直ピンとこないしそもそもなんなのかさえあまりわかってはいない。
そもそもあの糞ジラフ説明が下手すぎるし。
「ま、やってみるしかないか」
結局、それしかないのだろう。どうせ、もうやりたいことなんて無いのだ。夢だろうとリスクの高い賭けだろうと最後ぐらいやってみようと思う。
まあ、そもそもあれが現実ならばだが。
(とりあえず、出るか)
とりあえずここを出る。せっかく久しぶりにまともな欲が出たのだ。どうせなら体も洗いたい。最後に体を流したのはいつだったか。
……決めた。銭湯にでも行こう。
とりあえず目的地も決まったのでバイクを走らせる。どうせ、いつかは着くだろうと道は適当に。自分がどこにいるのか全くわからなくなるほど適当に。今の自分の人生のように。
しばらく走り、銭湯を見つけ風呂に入り、とりあえず体の汚れを流す。
だいぶさっぱりした。母と父の両方から受け継いだこの茶色の髪が少し傷んでいたのはショックだったがまああんな生活をしていたのだ。しょうがない。
着る物なんてこれしかないのでさっきまで着ていた制服をもう一回着て銭湯から出ると、空がすっかり茜色に変わっていた。
そういえば、今日は時間を一切見ていない。
そもそも、起きたのは何時だったのか。どれくらい風呂に入っていたのか。
「……帰るか」
とりあえず、いったんあの隠れ家に帰ることにする。
まだ親の契約が続いているあの家に帰るという選択肢も一瞬だけ浮かんだがすぐにそれを消す。あの、もう誰もいない抜け殻に帰ったって虚しくなるだけだ。
だったら、その辺で寝ていた方がまだましだ。
再び、バイクを走らせる。途中少ないお金でガソリンを補充し、隠れ家まで移動する。バイクに鍵を掛け、その辺に隠し今日目覚めた部屋に移動する。
出る前となにも変わらないこの部屋。恐らく、明日にはここから移動するのだろうと自分に呆れながら適当に座ろうとする。
瞬間、音が鳴る。いつか聞いた電子音。妙に記憶に残る音楽。登録したこともない着メロ。
夢じゃなかったのかと、携帯を見る。画面には昨日と同じ画面でオーディションと書かれていた。
「……ッ!?」
信じられなかった。まさか、あんなめちゃくちゃなことが夢ではなかったなんて。
まさか、本当に。本当に私に希望に似た何かが見えるなど。
求める物へのチャンスがあるなど。
世界が変わる。あの掃き溜めみたいな部屋から何もない空間へ。ただ広がる舞台の上へ。
なんなんだこれは。魔法って実在するのか。あるいは、催眠術でも掛けられているのか。
よく見れば自分の服さえ違う。まるで、何かを演じるための衣装。日常で着ることなど無いであろう形式張った服。まるで、ここで決闘でもするかのような服。
「……あらっ? 何でここにいざなはんがおりますん?」
その声に振り向く。そこには誰かが立っていた。かつてのクラスメイト。
本当にたまに二人組を組まされた女。
あの殺陣のうまかった石動に世話されていた少女。花柳 香子がそこにいた。
「……花柳? 何でここに」
「理由は同じなんとちゃいます?」
花柳はこちらに言う。それもそうだ。ここにいるということは、あのキリンに唆された一人ということになる。まあそうだ。あのキリンの口ぶりからして、誰かと競い合うことになるとは思っていた。
ならば、花柳がその相手ということか。
「上掛けを落とせばレヴュー終了です。では、本日のレヴューの開演です。歌って……踊って……奪い合いましょう」
何処からかキリンがレヴュー開始を告げる。
上掛けを落とす。両者とも持っているこの物騒な武器でか。随分と危険なことだ。見たところこれは本物。――ならば当然、死ぬこともあるのかもしれない。
いや、ここが舞台なら何でもありということなのか。
「──やるしかないか」
「そうどすなぁ。うちかて負ける気はあらへんし」
両者とも武器を構える。二人の意志は一致していた。
勝つしかない。それがこのオーディションを受けた理由。それは、どちらともが共通して持ちうる理念。
最初に駆けだしたのは誘。驚くほどに速く間合いを詰め相手目掛けて斬りかかる。
花柳も瞬時に判断し自身の薙刀をそれに合わせる。
互いに刃を打ち付け合う。一つ一つの衝突で手が、体が震える。この感覚。かつて味わったこの高揚感。舞台に立った時と同じ。
「──ふっ!?」
花柳が薙刀を振るいこちらの斬撃をうまく流し、後ろに退く。
得物的にもあちらの方が有利だろう。
「なんで、なんでこのオーディションを受けたんいざなはん!? あんたは学校を辞めたんとちゃいます!?」
「──うるせえよ。お前に言う意味があるか。花柳」
花柳の激昂に、再度距離を詰めながら刃で答える。
答える気はない。どんなに言い訳しても私はあの学校を辞めた。それは変わらない。何より今この場で、それは関係ない!
「お前は! 変わらず石動の脛囓ってるのか!? なあ!? 花柳さんよお!?」
「──っこの!?」
連続で刃を振るう。間合いを詰めればこっちの有利。いくらあっちが上手くても、あの天才花柳香子だとしても。この間合いになればこっちの方が有利──!?
連続で押し切ろうとするその一瞬。無数に降り注ぐそれが視線を隠す。これは、桜?
「──せやぁ!?」
「──!?」
まるで花柳に味方するように空からこぼれる桃色の雫。
そこから突き進むようにこちらに斬りかかってくる花柳。それを間一髪それを避けるが、続けざまに放たれる一撃に吹き飛ばされる。
痛みが体を巡る。確かに痛い。痛みをこらえ立ち上がる。
そうだ、そうだとも。あの日の苦痛は、あの空虚な日々に比べれば。こんな痛み、なんてことは無い!
「なっ!?」
舞台が暗転し、そして、再び世界に明かりが戻る。だがしかし、その変わりぶりに思わず花柳の足が止まる。
業火。それがこの戦場を表す一言。先程までの桜がすべて焼け落ち、ただ恐ろしいほどの勢いと実も毛もよだつ程に冷たさを感じさせる炎が舞台を蹂躙していた。
「せやぁ!!」
一瞬。ほんの一瞬足が止まった花柳目掛けて刃を振るう。すぐに躱そうと身を動かすが、もう遅い。
全力を込めたその一撃で花柳の上掛けを落とす。
「本日のレヴュー。終了です」
終了の合図が聞こえ、ようやく緊張を解く。一瞬、本当に一瞬の奇跡。この気持ち悪い光景に花柳が足を止めたから勝てた。そんな内容だった。
少しだけ、少しだけ気持ちが晴れたような気がする。苛立ちを誰かにぶつけられたからか。あるいは、こんなおかしな物だろうと再び舞台に立てたからか。我ながら単純で嫌になる。
「……なあ、なんで学校やめたん? それだけ動けるのに。双葉はんも少し残念そうやったし」
「……何にもねぇよ。気にすんな」
花柳がもう一度聞いてくる。レヴュー中とは違い、少し寂しそうな声色で。口も態度も悪いこいつの根の部分が見えるように。
けれど、答える気はない。どんな理由で辞めたって、結局。あの学校からは落第生なのである。なら、語る必要も無いだろう。
お優しいこいつらなら、こんな元クラスメイトのことですら、何か思わなくてもいい気持ちを持つかもしれないし。
舞台から明かりが消える。もう、花柳の声も聞こえない。もしかしたら、次もあの学校のやつが相手かもしれない。
けれど、関係ない。迷いはない。たとえ、これが悲劇に終わるとしても。どうしようもない結末を迎えようとも走り抜く。
もう私には終わりを彩るしか、楽しみはないのだから。
無料公開のアニメ見ていたらなんか書けました。続きは書けたら書きます。