まだ眠い。いつものように双葉のバイクの後ろに乗りながら、花柳香子は昨日の、あの夢のようなレヴューについて思い出す。
聖翔音楽学園。その地下にあるとあのキリンが言っていた──本当にそこにあるのかも疑わしいが──不思議な劇場。そこで行われたあのオーディションなるもの。
そして、そこで矛を交えることになったあの少女、星夢誘に関して。
自身の実力があのクラスにおいて、トップに近いものだと香子は自負している。
けれど、認めざるを得ない才覚を持った人もいることは認めていた。
幼少期からテレビのCMに抜擢されるほどの天才子役、西條クロディーヌ。完全無欠、完璧と称される天堂真矢。
他にも要所において見習うべき相手はいるのだが、大体の人が一年ながらも去年の劇フェスに選ばれたこの二人を代表としてあげる──多少納得はしていないが。
ただあまり上げる人はいないのだが、香子の中には彼女も注目するところのある人物であったのは間違いない。人見知りで自信家な彼女には珍しくだ。
「……なあ。双葉はん」
「何だよ香子。運転中だぞ」
「いざなはんってどうして辞めたんやろうなぁ?」
バイクを運転している双葉に声を掛ける。双葉に理由がわかるはずもない。
そんなことはわかっている。そこまで馬鹿ではない。そんなことはあの愛城華恋にもわかるだろう。
けれど、聞いてみたかった。聞いてみたくなったのだ。
「──あんっ? 星夢? 知らねぇよ。……あいつ、あんま自分のことしゃべりたがらなかったからな。……いきなりどうした?」
「……なんでもあらへん」
双葉に聞いたのにこっちが逆に心配される。なんでや。
学園に着き、二人で教室まで歩きながら双葉が話を続ける。いつもならそこで終わるような内容だろうに。
「でも珍しいよな。香子が人について聞くなんて。それも、辞めちまったやつの事なんて」
「……ええやろ別に。ちょっと気になっただけや」
気になっただけ。その言葉に嘘はなかった。
双葉の言うとおり、いちいちこの学園を去った者に興味も無い。昔からこういう芸事の世界に生きてきたのだ。辛くて、ついて行けなくなって去った者などいくらでも見てきた。
どんな事情にせよ、自らが退いてしまえばそれで終わり。
そうわかってはいるのだ。
教室に着き、席に座る。天堂真矢が自分の席に座り、大場ななと星見純那が雑談し、机に寝そべっている愛城華恋を露崎まひるがどうにか起こそうとする。
最近入ってきた転校生という変化はあれど、大方変わることのない光景。
「けど星夢かあ。あいつ、すっげえ上手かったのにもったいねえよなあ」
双葉の一言でふと斜め前の席を見てしまう。自身の右斜め前。
かつてその席に、星夢誘はいた。少し長い茶色の髪。このクラスでも上位には入るであろう整った容姿。このクラスでは大きい方のばななと同じぐらいの身長。そして、多少誤解を生む素の時の目の鋭さ。
恵まれた才を持っていた少女。恐らく双葉でなくとも、多くの人間が彼女の挫折を嘆くことだろう。
「双葉はんはいざなはんと仲良かったやろ。辞めたことどう思ってるん?」
「ん? まあ残念だよ。けどまあ。ここ厳しいし、しょうがないのかなって」
「ふーん?」
少し寂しそうな表情で双葉は言う。
確かにここは厳しいし、しょうがないのかも知れない。けれども、けれどもだ。
言葉を返そうとして、先生が入ってきたので会話を打ち切る。
簡単な報告の後、授業が始まる。その最中、少し考えてしまう。一体どうして去ってしまったのかを。
(昨日のいざなはん。凄かったどすなぁ)
授業が変わり、実技指導の時もつい考えてしまう。昨日のレヴューについて。昨日の誘について。
久しぶりに見た誘。多くは変わっていなかったが、それでも別人のように香子には見えた。
鋭かっただけの目は、死人のような輝きのない瞳に。
雰囲気も最後に見た一年時の最終日とはまるで異なっていた。一瞬、人違いかと思ったほどだ。
(せやけど、あない悲しそうにしてるんは初めて見たわぁ)
彼女とは、席の関係や最初の方に授業でペアを組まされたこともあり他の生徒よりは話すことが多かったと思う。
最初はあの鋭い目がほんの少しが怖くて近づきたくなかったけど、話してみると別段怖くもなく、むしろ気遣いが上手い少女だった。
だからこそ、疑問なのである。あの少女は舞台においては真面目に、顔には出ることは少なかったが楽しそうに取り組んでいた。
いくらキリンのうさんくさい舞台だとしても、あんな感情をぶつけるだけにはならないはずなのだ。
「おーい香子。そろそろ帰るぞ」
双葉が呼ぶ声がする。もう、帰る時間か。すっかり考え込んでしまった。全く意味の無いことなのに。
結局、去ってしまった少女のことなど考えるだけ無駄だろうに。
そう思い、強引に思考を打ち切り双葉を追う。
バイクの前に着き、双葉がヘルメットを香子にかぶせる。
早くバイクに乗りたいと思っていた時、双葉が声を掛けてくる。
「そういえばさ。星夢とは香子の方が仲良かったよな? あたしよりもあいつとは話すことは多かったみたいだし」
「……はいぃ?」
双葉の問いに思わず声が出る。
そして考えてみる。……そうだ。確かに、そんな気がする。
「あたしはバイク置き場で話すぐらいしかなかったし。香子が結構懐いてるのが意外だったなあ」
「……双葉はんはうちを犬かなんかだと考えてはるん?」
「さーて行くぞ香子」
「双葉はん!」
運転手のぞんざいな対応に少しだけ文句はあるが、まあいい。やっとこの心のつっかえが取れた気がする。
そうか。私はそれなりには彼女に好意があったのだろう。
しかし、彼女は去ってしまった。何も言わずに。何も相談してくれることなく。それがたまらなく気にくわなかったのだ。
(今度会えたら、聞いてみてもええかもなぁ?)
双葉の後ろに座りながら、香子は思う。もし、また会う機会があったのなら少し聞いてみようと。
双葉はんよりは遠いけど、普通のクラスメイトとは言えないぐらいには近しい仲であったその少女に。
その時は、前みたいに笑って話せると信じて。
一応おまけとして。この作品はキャラの癖が強くて書くのが難しいです。なので、読んでくださった人で違和感を感じるのならそれは作者の実力不足です。そんな作品でも、もし読んで下さる人がいるのなら嬉しいです。