落第生の舞台   作:ゴマ醤油

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第二幕

 わずかに上が割れている窓から漏れ出る光に目を覚ます。

 もう残りの電池もわずかな携帯で時間を確認する。九時五十分。昨日はだいぶ疲れていたらしく随分寝てしまったようだ。まあ無理もない。いきなりあんな闘いに繰り出されたのだから。

 まだ目覚めきってない体を伸ばしながら思い出す。キリンはあれをオーディションと言っていた。ならば、あれは舞台なのだろう。実際、あの時感じたあの感覚はかつて舞台に立った時に似ていたような気がするし。うん。そろそろいいか。

 体の調子も戻ってきたので、そろそろ朝食を取ることにする。昨日出た際に買っておいたコンビニのおにぎりだ。正直パンを買えば良かったと思うがまあ、何も食べないよりはずっといい。

 包みを取り、おにぎりを口に運びながら再び考える。昨日戦ったあの少女。花柳香子について。そうでもしなけりゃこの何もしない時間に気持ちが下がってしょうがない。

 花柳香子。聖翔に居た頃のクラスメイト。幼なじみだという石動双葉を遠慮なしにこき使っていたわがまま娘。

 クラス内において、委員長である星見純那や人気者の大場なな、あのコミュ力の高い愛城華恋に続き接することの多かった少女である。

 

「……微妙」

 

 おにぎりの味に対して思わず文句が口から漏れる。やはり、新発売とあったこのサーモンもどき味は外れだったのだ。

 というか、もどきってなんだもどきって。なんでそんなもんを買ったんだ昨日の私は。あれか。久しぶりにまともな食事が喉を通って舞い上がっていたか。……花柳について思考を戻そう。

 とにかく、あの少女はあのクラスの精鋭八人の中でも交流をしていた部類ではある。なので、あの少女とぶつかることには少しだけ驚いてはいた。久しぶりに顔を見れて少しだけ嬉しかったのもあるにはあるのだが。

 最後のあいつの言葉を思い出す。あの妙に寂しそうに発せられた問いかけを。

 あいつは否定すると思うが、仲の良いやつが弱っている時には心配する程度に善性は持っていた――まあその大部分は石動に向けられていたのだが。

 だから、少しだけ申し訳ないとは思う。学校を辞める際に誰にも理由は言わずに去ったことを。

 舞台でもあいつには言ったが、辞める者の理由などまったくどうでもいいと思ってはいる。

 あの時は、今よりも酷いメンタルで他のことなど考える余裕はなかったのでしょうがないといっちゃしょうがななかったし。

 別に、天堂や西條は気にすることはないだろう。話すことはあったがそこまで仲が良いわけでもなかったから。

 けれど、花柳や星見には辞めることだけは言っておくべきだったと思う。あっちがどう思ってるかは知らないが、それぐらいは言うぐらいの義理はあったのに。

 食事も終わり、少しお腹を整え、建物から出て少し体を動かす。昨日のレヴューの際に感じたほんの少しの違和感についての確認と少しでも体にキレを戻すためだ。

 学校を去ってからおおよそ一ヶ月。今もレッスンを続けているあいつらと違い、私はあの時から何ら成長はしていない。

 どれくらい時間が経ったのか。だいぶ体を動かしていた気がする。なぜ、今更調整をするのか。嫌な予感がするのだ。あのレヴューについて。

 選ばれし舞台少女のオーディション。そんなことをあのキリンは言っていたような気がする。特別感のある舞台少女と言えば当然天堂と西條が思いつく。しかし、何故花柳だったのか。

 確かに花柳も実力も実力者ではある。しかし、この日本のというのなら何も聖翔だけに限られるわけはない。

 同世代になら、シークフェルトの雪代晶や何処に行ったのかは忘れたが胡蝶静羽などもこの世代の筆頭として挙げられる。

 けれど、けれども当たったのは花柳であった。ということはだ。まだ確証はないが、もし予想が当たるのなら相手は聖翔の生徒に絞られるはずだ。

 ならば、次に当たるのもあの聖翔の内の誰かであろう。あの才ある八人の内の誰か。

 それは自身の求める物のための道としてはあまりにも険しい壁。誰と当たっても、負ける可能性は十二分にある。いや、勝つ可能性が絶望的に少ないと言うべきか。

 

「――はあっ」

 

 思わず息を吐く。ため息か。それとも疲労の一息なのか。

 どっちでもいい。どちらにせよこれからの苦行に対してではあろうから。けれど、あきらめるわけにはいかない。決して譲れない最後の希望の光。

 それだけを糧にして今は体を、自身を動かしているのだから。

 

(……また、銭湯行きたい)

 

 汗もかき、再び体を流したくなる。さすがに二日連続は欲張りすぎか。……いや、行こう。一度流してしまったのでお腹が減るよりもこっちの方が苦痛ではある。それに、明日の食事も用意しなければ。

 バイクを動かし、再びこの廃墟から離れる。正直もう戻ってこない気がする。だって、結局あの廃墟もあの家も両親が居るわけではない。ひとりぼっちの空間。それならば、まだあの家の方が気持ちも晴れるかも知れない。まったくもって確証もないのだが。

 バイクを走らせ、昨日の銭湯で汗を流す。そして、簡単に食事をしあの家に戻る。

 家まで近づくと多少気分が滅入ってくるがそこは抑えつつ、家の前まで到着する。

 相変わらず割と大きい家だと思いながら、玄関を開けガレージにバイクを入れておく。そして、持っている鍵でドアを開けその中に入る。

 中はあの日から全く変わっていなかった。

 玄関を通り、リビングに行く。やはり、あの日から変わることはない。まあ当たり前か。変わっていたら泥棒でも入っている事になる。それは怖い。

 

「……飯でも食おうっと」

 

 テーブルに買ってきた物を置き、近くの椅子に座る。意外と心は落ち着いている。あの日の絶望から幾分かましにはなっていたのか。

 それとも、単純にあの大好きだった両親のことで心が動くことがなくなってしまったのか。ああ、嫌になる。

 ふと、時計を確認する。十六時三十分。感覚では昨日はこれぐらいの時間だったか。いや、どうだろう。時計を見てないしはっきりとはわからない。

 まあ、推測が正しいとして学校中はやらないだろうから、このぐらいだろう。私には関係ないが。

 そろそろ軽く食べようかと思ったその時、あの多少聞き慣れた電子音が響く。どうやら、キリンのお呼びがかかったようだ。

 もうほとんど電池もない携帯を確認する。やはりというべきか、見た画面には回るキリンにオーディションとかいう訳わからない組み合わせの画面が広がっていた。

 さて、今回は一体誰と戦うことになるのだろうか。

 

 

 

 再び、舞台に立つ。服装も昨日の物に変わるのを確認する。

 瞬間、無数の光が一点に集まる。そちらを見る。

 

「輝くチャンスは誰もが平等。だから愛のダンスで誰より熱く。自由の翼で誰より高く!」

 

 響く声は宣誓。恐らくは自身の意志。

 あの声は、あの響く特徴的な声は――!

 

「九十九期生次席。西條クロディーヌ。C'est moi la star!」

 

 やはり、西條か! 予想はしていた。けれど、こんなにも早く当たるなんて。

 こんなにも、早くぶつかるなんて!

 

「では本日のレヴューの開演です。歌って…踊って…奪い合いましょう」

 

 レヴューの幕が上がる。

 その瞬間、上から刃が降りとっさに避ける。

 すぐに体制を立て直しそちらを見る。どうやら、降りてきたらしくそこには優雅に立つ西條の姿があった。

 

「あら。いざなも参加してたの」

「――お前はいると思ってたよ!」

 

 こちらに刃を振るいながら、少しだけ驚いたように軽く話しかけてくる。

 こっちは全然驚かない。天堂とお前は絶対いると思ってたからな!

 舞台に響く金属音。刃をぶつけ合う両者。

 片方は恐ろしく顔を歪ませ、対してもう一方は余裕そうに剣を振るう。それは実力の差なのか。それとも、気持ちの差なのか。

 どちらにせよ、戦況は明白。始終クロディーヌのペースである。

 

「――そこっ!」

 

 重い一撃。西條の放つ一閃に吹き飛ばされ、後ろに飛ばれ壁に衝突する。後ろには先程はなかった壁だ。何故。どうしてこんな壁が――。

 全身の痛みに耐え、思考をまとめようとするが西條がそれをさせようとしない。続けての剣撃にかろうじて反応する事だけで精一杯である。

 懸命に耐え忍ぶが、片足の足場の無くなる感覚にふと気づく。

 まずい。まずいまずい! なんで後ろがない。まるで、舞台が。この空間すべてがあいつの味方しているようだ!

 

「これで、終わりよ!」

 

 容赦なく上掛けを狙い放たれる一閃。このままでは確実に落とされる。負けるのか? ……いやだ。絶対嫌だ! 負けたくない。

 こんなところで、この天才にこんなあっけなく負けることなど。こんなところで、私の終わりを妨げられるなんて! 絶対に!

 

「――負けるかぁぁ!!」

「――!?」

 

 振るわれる剣を自身の右手で強引に押えに行く。咄嗟だった。それは恐らく本能に近い部分で反応したのだろう。あるいは、舞台がこの思いに応え体を動かしたのか。

 どちらにせよ、重要なのは一つ。その手があの恐ろしい銀の刃を止めたというその事実。

 クロの刃に血が滴る。当たり前だ。本物であろうその剣を、振るわれるその剣を素手で掴むという現実的ではないその止め方。

 一瞬の停滞。その刹那。誘は相手の上掛け目掛け剣を振るう。

 西條も対応するが、ほんの一瞬。その掴まれた剣を振り直すその一瞬が命取り。

 わずかに間に合わず、上掛けを落とされる。

 

「本日のレヴュー。終了です」

 

 闘いを終える合図が響く。実力では劣っていたはずだ。

 けれど、恐らく勝ったのはわたしなのだろう。保証はない。ただ、疲れた。もう今は慰労とその痛みで動きたくない。

 

「Comme prévu いざな」

「……ああ」

 

 西條が声を掛けてくるので、返事だけしとく。フランス語はわからない。

 けれど、西條のことだ。決して悪い意味の言葉ではないのだろう。

 

「私は、必ず勝つ。お前にも、天堂にも」

「……そう」

 

 気持ちを引き締めるため、そしてそれを胸に刻むために西條に言う。

 負けられない。そうだ。このレヴューは私の最後。私が夢を求める最後の舞台。

 舞台が暗転する。再び、この夢の舞台から、現実に帰るのだろう。

 

「……なら、なんでそんなにつまらなそうなの?」

 

 最後に聞こえるのは西條のその一言。

 なんでも無い言葉のはずなのに、その一言が、妙に耳に残った。

 




 ということでクロ戦です。香子もそうですが、この主人公が実力だけでに勝てる相手はほとんどいません。今も学校でレッスンを続けている少女達と理由があるとは言え辞めてしまった彼女ではきらめきが違います。今回は偶然と執念で強引勝つ事ができました。
 とりあえず、次はクロの追憶を書ければなと。読んでくれている方がいるのなら、嬉しいです。

 
 
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